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幽霊さがし  作者: 梨鳥 
3/13

古い家と、あの子

 それから季節は巡って、私が高校生活にほとんど溶け込んだ頃(これは清水君のお蔭が大きい)、両親が念願のマイホーム購入を決意した。

 少し前まで、民家なんて殆ど無かった土地を、都市計画化で拓き始めた場所だった。

区域にはポツンポツンと古い家があって、大抵そういう元々いる家は、ぎゅうぎゅう詰めに建てられた小さな一軒家と違い、とても広い庭や大きな家屋を構えている。

広い家に住みたいと夢を見ていた両親は、そう言った家屋の空き家を不動産屋に勧められ、周りの新築とほぼ変わらない値段で購入した。決め手は広さの他に、リフォーム代も含まれていた事。建売よりも、自分達好みの外観や内装に出来ると喜んだ。父も母もホクホク顔だった。

 私はと言うと、元いたアパートよりも、少し高校から遠くなるけれど、バスや電車通学に要らない憧れを持っていたのでワクワクしたし、何より、二つ下の弟との相部屋から解放されると思うと、飛び跳ねて喜びたい位だった。

 家は状態が良くて、それから、作りも「レトロ」な感じが私達家族を惹きつけた。

 昔ながらの透かし模様のガラス戸や、なんだか雰囲気のある天井の梁など、小さな「レトロ」を残しつつ、古い家特有の急な階段や、背の低いキッチンや和式のトイレなどを最新の物に造り代え、全ての部屋の畳を剥がしてフローリングにし、新しい色物や柄物の壁紙を貼れば、急激に「私たちの家」に変身していった。

 どうしてこの家が空き屋なのか、なんて、誰も疑問に思っていなかったし、元々家の周りに定住しているご近所様が、前記した理由でほとんどいなかったから「この辺りはどんな様子ですか? 住みよいですか? 近くを流れる川は以前水害など起こした記憶はありますか?」なんてリサーチは、ほとんど不動産屋頼みだった。

 不動産屋の宮地家担当者は、とても笑顔が優しい叔父さんで、少し強引な要望を突きつける父にも気持ち良く接し、折り合いをてきぱき付けてくれたので、父も母も彼を信頼した。中学に入ってからカッコつけてツンツンしている弟とも、いつの間にか仲良くなる手腕は、本当に凄いと思った。

 とんまな宮地一家を手のひらで転がすのなんか、この担当者には朝飯前だったのだ。


 かくして、宮地家は古くて新しい家に無事収まった。

 漸く環境に慣れ始めたある朝食時、『気味が悪いわ』と、母がぼやいた。

 ぼやきの内容はこうだった。

 専業主婦の母はリフォーム中、家の様子を度々見に行っていた。

 そうすると、自分よりも少し年かさの女が、自分と同じように家を眺めていたのだと言う。

「一度や二度じゃなかったのよ。見かけない方が可笑しい位。でも、近所の人かと思うじゃない? 古い人か、新しい人かわからないけれど、仲良くしたいじゃない? だから挨拶をしてたんだけどね……」

「変な人なの?」

 母は首を振る。

「感じの良い人だよ。だからお母さん、何とも思ってなかったんだけど……」

 でも、リフォームも済んで、周りの新築にも住人が決まって、ご近所の顔を覚えていくと、そのひとの顔が無かった。


「一体、誰だったのかしら……?」

「ふうん……?」

「高校生の娘さんがいるんですねって、聞かれたのよ」

「え?」

 私は話の矢面に立たされるとは思っていなかったので、少し目を見開いた。

「ほら、ミチルもたまに付いて来てたでしょう?」

「……うん」



 本当は、何度か一人で見に行ったりもしていた。

 ……ちょうど、緩やかな階段が出来て、いよいよ自分の部屋に着手するという時、私は後からの思い付きをコッソリ業者の人にお願いするつもりで、未来のわが家へ向かっていた。コッソリしたのは、ただ単に「どうして後から言うの」と親から小言を言われるのが厭だっただけで、要望だって『クローゼットの棚の数』くらいのものだった。

 放課後、「新しい家への下校練習」も兼ねて学校から真っ直ぐリフォーム中の家へ向かった。私鉄で二駅。私鉄駅からバスで、三駅。あまり乗り慣れていないので、少し緊張して座っていると、「あれ~?」と声がした。

 見れば、あの、カラオケの男の子だった。相変わらず、何だかだらしない。

 どうしようか、どうしようもないのだけれど、私が戸惑っていると、彼はお尻から飛び込む様に私の隣にボスンと座ってしまった。

「チミルちゃん!」

「ミチルです」

「そうそう、ミチルちゃん!」

 ウェ~イ、と謎の声を出して、私に大きな手のひらを向ける。

 戸惑っていると、強引に私の手を取って自分の手にハイタッチさせた。

「どこ行くの?」

「家……に」

「電車通学だっけ? 自転車通学って言ってなかった?」

 色々根掘り葉掘り聞かれた、あの薄暗くて息苦しくて煩い部屋を思い出して、私は彼から少し距離を取る。

「嘘つきだな~」と、彼がニヤニヤするので、私はちょっとムキになった。

「嘘じゃないです。ひ、引っ越すの。新しい家をリフォームしてるから、見に行くの」

「へぇ~、なんか凄ぇ。リフォームってどんなん?」

「え……水回り替えたり」

「水回り?」

「ウソ……き、キッチンとかお風呂とか……だ……です」

「うそって何だよ。馬鹿にすんなよ」

「だって……」

「あ、なぁ、それ数学の教科書?」

 彼は何だか忙しい。私の鞄から覗く教科書をヒョイと引き出してしまった。

「あ~、ウチと違うわ。このフセンなに?」

 宿題の印に付けたウサギの形のフセン(長い耳が、印に飛び出すようになっている)を、彼は指で弾いて「カワイイ~」と裏声を出した。

「宿題なんです……フセン取らないで」

「宿題かぁ、俺やってやるよ」

 言うが早いが、彼はシャツの胸ポケットに突っ込んでいたシャープペンシルをカチカチノックして、組んだ足を支えに教科書へ数式を殴り書きし始めた。

「ちょ、ちょっと……」

 綺麗に使っていて、その事を気に入っていた私はビックリして彼の腕を掴んだ。

「もう次で降りるから……」

 彼の腕は固くて、ビクともしない。

「え~、今良いところなのに~」

「あ、ほら、この駅だから……」

 彼は教科書を返さずに立ち上がった。

「じゃ、俺も降りよっと」

 電車のドアが開いて、彼は私の教科書を持ったままピョンとホームに降り立った。


 それから、彼はなんだかんだ言って私に付いて来て、結局新居まで来てしまった。

 彼はリフォーム現場を見ると「スゲェ」を連発して、私はそれにちょっと得意な気分になってしまって、家に彼を入れてしまった。本当は誰かに早く自慢したかったから。

 ヘルメットを貸してもらって(彼はまともに被らず、後ろ首に引っ掛けていた)、ビニールの敷かれた階段をドキドキして登り、自分の部屋と決めてある部屋へ行く。

「あ、ミチルちゃん、見に来たの」

 埃の舞う中、特に優しい業者さんが私を見つけて手を上げた。

「こんにちは。あの……ちょっとお願いがあって」

「なに?」

「この押し入れをクローゼットに変えますよね? 小さい棚を作って頂けないでしょうか」

 業者さんは難なく笑って頷いた。

「良いよ。手をつける前で良かった」

「はい。お願いします」

「おお~、古い押し入れって面白れぇ」

「ミチルちゃんのカレシ?」

「違います! ちょっと、危ないですよ!」

 見れば、押し入れに身体を突っ込んで、上段に足を掛けている。

 業者さんは笑って、彼と一緒に押し入れを覗き込んだ。腰の懐中電灯を手に取り、天井を照らす。

「面白いだろ? 天井に引っ掛かりがあるの見えるか? スライドさせてみろ」

「へぇぇ~? お、ホントだ。おお、おおお?」

 彼の声に私も気になってしまって、押し入れの上段に手を掛け覗き込んだ。

 私の家なのに、なんで彼がこんなに楽しそうな発見をするのか、とちょっと面白く無い。

 上段から天井までは、一メートル二十センチ程で、そこに出来た四角い小さな穴に、彼は既に頭を突っ込んでいた。

「屋根裏ってやつ?」

「屋根裏部屋!?」

 ドキドキして私は夢中で押し入れに押し入り、彼の横に割り込んだ。

「イテテ、ちょっと待てって」

 彼が屈んで、私に場所を開ける。

 懐中電灯を受け取って、私は四角い穴に頭を突っ込んで暗闇を照らした。

 埃臭かった。そして、空気が湿気を含んで重かった。見渡せば暗くガランとしていて、自分の思い描いていた「屋根裏部屋」とは程遠いとわかるとガッカリした。

「面白いっスね」「だろう?」などと話している声がする。

 ちっとも面白く無い、と私は穴から抜け出して、上段に座り込んだ。

 すかさず、彼がまた穴に頭を突っ込む。

「塞いじゃうんスか?」

「特に希望を聞いてないからね。それに、そんなに使わないでしょ?」

「そっか~……あれ、なんかある」

「え? なになに?」

「ちょいまち……あ~……ハックション!!」

 派手にクシャミをして、彼は屋根裏へ身体を乗り上げ、穴に入って行ってしまった。

「え……え~? 大丈夫?」

 ハックショイ! と返事をして、少し離れたところへ四つん這いで這って行く。

 程なくして、何かを手に持ち戻って来た彼は、ススだらけだった。

「ホレ」

 穴からにゅっと腕を出し、私に平たい小箱を突き出した。受け取ると、どん、と音を立てて穴から降りて来て、私の横から一緒に小箱を覗き込む。

「なんだろう?」

 狭い押し入れの上段で、私達は首をひねった。

「以前住んでいた人の忘れ物かな」

「以前住んでいた人……知ってますか?」

 業者の小父さんは、スッと私から目を逸らして「知らないなぁ」と言った。


 彼とは私鉄の駅で別れた。

 ここから更に、もう二駅分向こうの街に住んでいると言っていた。

 電車が来るまでお互い十分程あって、私達は並んで座り、小箱を開けた。

 中には、古いノート。

 何となしに開けば、それは日記だった。

 とても綺麗な字で綴られていて、内容から日記だと判ると私は直ぐに開いたノートをパタンと閉じた。

「……日記だな」

「……」

「……」

「よ、読んだら駄目だよね?」

 彼は肩をヒョイと竦めた。

 構内アナウンスが鳴って、彼の電車が間も無く到着する事を告げた。

 彼は「お、じゃあネ」と言って立ち上がる。

 私も慌てて何故か立ち上がる。

「ミチルちゃんは、反対でしょ」

「う、うん、そうなんだけど……あの、あのね。あの時」

「んん?」

 ガタンガタン、と電車の音が近づいて来る。

 私は勇気を出して、それに負けない声を出す。

「あの時、助けてくれたの?」

 ゴー、ガタンガタンガタン……。

「んぇぇ~? 何? 聞こえねぇ~」

 列車のドアが開く。彼はヒョイと乗り込んだ。

「あ、ま、待って。あのあの、名前、教えて!」

 彼はちょっと、驚いた様な、悲しそうな顔をした。ドアが閉まる。

「ああ……」

 窓ガラス越しに、彼が自分の口を指差した。

 電車が動き出す。彼の唇が、大きく動く。『い』?

「え……? ええ? わからない……」

『お』? 『ろ』??

 私は思わず駆け出した。

 彼は笑って、口話術。

『お』? 『う』? ……わからないよ!!

 キューン、と音を立てて、彼を乗せた電車は行ってしまった。

 それとすれ違いながら、慌しく私の電車がやって来る。

 

 書きなぐられた宿題は、半分も正解じゃなかった。

 でも、私は教科書に答えを見つけたんだ。

 ページの一番下に、流れ飛ぶように書かれた文字と、携帯電話の番号。

『相羽弘人』。私はどうしてだかやたらと恥ずかしくて、教科書に顔を押し付けたんだっけ。



 だからね、気を付けなさいね。知らない人に。相手が女性でも油断できない世の中だからね?

 母の言葉に、私はてんで、上の空。

 季節は冬を迎えていた。

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