仁君
いない。どこにいるの?
どんなに醜い姿で現れたって、私は怖がったりしないよ。
自分の部屋の姿見に、私が映ってる。
*
休日に、息子がとうとう家にカノジョを連れて来た。
病院に息を切らして飛び込んで来た子だ。
俺はちょっと信じられない。こんな綺麗な子が、息子を?
息子はカノジョの手を引いて、リビング兼、俺の部屋と自分の部屋を隔てる引き戸の向こうに入って行く。
「入ってくんなよ」と俺を脅して、ピシャンと引き戸を閉めやがった。
コイツが五つの時に、マイホームを買った。
コイツの母親が、欲しがったから……。
でも、ある日出て行った。
あの女は、何かにつけ突っかかって来てた。
手当たり次第に遊んだ末に、俺の人生にちょっとだけ引っ掛かった女……。
「貴方は私を見てない」「私を見てくれない」「結婚すれば、変わるかと思ったのに」「子供が出来れば」「私達を見てない」「家を買えば」「私って、貴方の何?」
そう言われる度に、真愛への気持ちが幽霊みたいに……。
厭で厭で、思わず言ったんだ。女房にじゃないよ。幽霊になんだ……。
『煩い! 出て行け!』
人生で稀に見るホームランだった。バッドエンド過ぎた。
……それから、新築を売り払い、アホらしくてずっと1LDKだ。置いてきぼりされた俺と子供と二人暮らし、それで足りたから。
でも……。そろそろ2LDKなのか……。
「相羽君……あ、あんまりくっつかないで……」
「いいじゃん……」
「だって……ほら、先生のおススメの本、読もう?」
「そんなのつまんねぇよ」
休日くらい、家でゆっくりさせてくれ。そわそわしちまうじゃねぇか。
デレデレしやがって。父の孤独を少しは解れよな。
なんでいつも俺は蚊帳の外なんだ?
チクショウ。
大事にしてたのに。
ちゃんと愛して来たのに。
鬱陶しそうに、扉を閉めやがって……。
二人で嗤ってんだろ。邪魔な親父だなぁって!
そうはいくか!
「おい、牛乳飲むか!? 牛乳!」
ガラッと引き戸を開けてやった。
必死で拒むカノジョの服の中に、手を入れようとして躍起になってる息子がいた。
何度も妄想しては苦しんだシーンを現実に見せられた気がして、俺は頭に思い切り血が上った。
「開けるなっていったろ~!?」
「その子から離れろ! 今すぐにだ!」
「ハ~!? あっち行けよ! 邪魔なんだよ!!」
やっぱりか! やっぱり俺は邪魔ものなのか!!
その時、可愛らしい声が部屋に響いた。
「邪魔じゃないです!」
「「へ?」」
「お、おじさん、ここに居て下さい!」
「ミ、ミチル~……」
「よ、よ~し、いいぞ。トラ、トランプでもするか!?」
女の子が笑って、牛乳を渋々取りに息子が席を離れると、こう言った。
「おじさんがいて、良かった」
「またやったら引っぱたいて良いからね」
恥ずかしそうに、うふふ、と顔を手で覆って笑う仕草が余りにも可愛らしくて、息子よ、俺はお前の気持ちが今、世界で一番わかるかもしれない。
「ミチルは俺が嫌いなんだ」
口を尖らせて牛乳を持って来る息子に、彼女は首を振って
「嫌いじゃないよ」
俺は当てられて、ちょっと小さくなって牛乳をすする。
「だってサ、嫌がるじゃん」
「好きだよ、相羽君」
ドキッとした。結構、大胆な子なんだな、と驚きつつ、俺も「相羽君」なので訳も無く喜んでいたり……。
「だったら……」
「でも、おうちではおじさんに守ってもらうから」
そう言って、俺の方を見た。
「頼りにしてます!」
「はぁ~!? え、てか何オヤジ!? 何泣いてんの!?」
笑い話にしか聞こえないだろ?
笑い話さ。
こんな風に、冗談でも良かった。
頼りにされたかった。
お前は大切な人に必要とされたい気持ちを、嗤う様なヤツじゃないよな……?
そうだよな。真愛。
そうしてくれたのは、アイツだったのに、まだお前に語り掛けるなんて、俺は死ぬほど馬鹿だ。
アイツ、許してくれないかなぁ……。
くれないよなぁ……。
そりゃ嗤うよなぁ……いいさ。ずっと、嗤っててくれ。俺が死ぬまで。
真愛……。真奈……。
六月二十日・晴れ
相羽君のお父さん、可愛い。
今日、相羽君に真愛ちゃんを探してる事を打ち明けた。馬鹿にされるかと思ったら、相羽君が『あ、俺会った』と言った。
ある日、物凄い綺麗な女の子が夢にでてきたんだって。『見つけてくれてありがとう』って言ったんだって。
それから、『やっぱり頼りになるわ』って笑ったそう。
なんの事か私も相羽君もサッパリ解らなかったけど、相羽くん、デレデレしてたに違いない。だって、ちょっと気まずそうに話すし、私に黙っていたんだもんね!
ちょっとふくれていたら、相羽君が慌てたように提案したんだ。
アメ食べる? とかなんとか言いながらね。
『いるとしたらさ、リフォーム前じゃねぇ?』
成る程、相羽君、頼りになります。




