表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/110

第96話 動乱の王都その十一


 その後の展開は一方的なものだった。

 ほぼ全ての行動を予測されたスバルの攻撃は、その全てがユウトに避けられ、或いは完璧に防がれてしまう。それとは逆に、スバルはユウトの攻撃をほとんど避けることが出来ず、精々防ぐのが精一杯だった。

 今も丁度、ユウトの拳がスバルの腹部にめり込み、その体を弾き飛ばした。


 「“フレイムランス”。“ウィンドスラスト”」


 殴り飛ばされたスバルを追撃しようとしたユウトへの牽制に、ヴァルドが魔術を放つ。轟々と派手に燃える五本の炎の槍に隠れて、視認出来ない幾重もの風の刃が同時にユウトに襲い掛かった。派手な炎の槍に注意を引き付け、元々視認し難い風の刃を確実に当てるというコンビネーションだ。

 しかし、ユウトはスバルから視線を外すことなく、炎の槍も、風の刃も、さも当たり前のようにその悉くを右手の白皇(ハクオウ)で打ち落とす。そのままヴァルドを一瞥すらすることなく、ユウトは何も無かったかのように追撃に走った。

 ヴァルドはその様子を驚愕の表情で見ていた。

 ――手に負えない……っ。

 確かにユウトの行動予測はまさに神がかっていると言って良い。ただ、それはあくまで直接対峙しているスバルに限る。視界にすら入っていないヴァルドの行動まで読むことは出来ない。しかし、今のユウトが研ぎ澄まされているのは行動予測だけではない。研ぎ澄まされたありとあらゆる感覚は、ヴァルドが魔術に用いた魔力を感じ取っていた。

 それは最早予知に近い。今のユウトにはどこまで見えているのか分からない。それこそ、未来が見えていると言われても、ヴァルドには否定しきる自信が無かった。

 この時点で、ヴァルドは撤退を選択をするべきだった。シグルドを始めとした騎士達は健在で、ヴァルド自身は傷を負っており、勝算らしい勝算も無かったのだ。だが、ここで撤退すれば次の機会を得るまでには軽く見積もっても数年は必要になる。聖櫃を目と鼻の先にして、ヴァルドは引くに引けなくなっていた。


 「ふっ!」


 ユウトは突き出された拳を避けてスバルの懐に入り込むと、左手で襟首を掴んで足を刈り取る。地面から足が離れて宙に浮いたスバルの体を巻き取るように背負うと、勢い良く地面に叩き付けた。


 「――かはっ!」


 叩きつけられた衝撃で肺にあった空気が吐き出される。すかさず、ユウトは動きの鈍ったスバルの腕を取って体を引っ繰り返すと、うつ伏せになった背に膝を落とし、腕を極めて動きを封じ込めた。

 一拍置いて動けるようになったスバルは、ユウトを振りほどこうと力を込めるが動かない。力付くで外そうにも、同じように“強化”を使っているユウトが相手では通用しない。

 だが、それはヴァルドの一言によって覆された。




 「身命を賭せ」


 ヴァルドがそう告げると、組み伏せたスバルの力が途端に強くなり始めた。


 「っ!?」


 その事実に怯んだ一瞬で、極めていた腕を振りほどかれたユウトは即座にスバルから距離を取る。しかし、解放されたスバルは、ユウトが退いたと同時に立ち上がり、駆け出していた。

 ――速いっ!?

 目算を誤ったユウトはスバルが懐に入るのを許してしまった。更に繰り出されたスバルの拳も、今までよりも一段階速い。避けられないと判断したユウトは咄嗟に腕を上げてガードする、が――。


 「ぐ、あっ」


 ガードの上から殴りつけられたユウトの体が宙に浮く。その場から弾かれたユウトは、崩された姿勢を空中で何とか直して着地するが、追撃をかけてきたスバルが既に目前に迫っていた。

 ちっ、と舌打ちをすると、向上したスバルの身体能力を考慮に入れて、再度その行動を予測する。

 ――右に回りこんで斜め下から突き上げ。白皇の腹で受け流し……っ!?

 予測通り、スバルは右に回りこんで、下から突き上げるように拳を握った。しかし、その速さはユウトの予測を更に上回っていた。ユウトは受け流すのを早々に諦め、倒れこむように前に体を放り出す。ゴウッと物騒な風切り音を立てながらスバルの拳が頭上を通過する。ユウトは地面に手をつくと、逆立ちするようにしてスバルの側頭部目掛けて足を振り上げた。

 ユウトに蹴り飛ばされたスバルは少し離れたところで止まる。ダメージがあったからか、今度はすぐには向かって来なかった。

 ――これ以上は不味い。

 スバルを見据えるユウトの表情に焦りが滲む。スバルが急に強くなった理由は明白だ。特に難しいことなど無い、単に“強化”の出力を上げただけ。ただそれだけに過ぎない。だが、そのことがユウトを焦らす原因となっていた。

 “強化”は魔力によってその身体能力を高めることが出来るが、その効果はあくまで身体能力が向上するだけで、肉体そのものが強靭になるわけではない。そして、身体能力だけが引き上げられた肉体は、使えば使うほどその反動として体にダメージが蓄積する。当然身体能力が高くなれば高くなるほど、その反動も大きい。

 ユウトが体を鍛えているのは、少しでもその反動に耐えられるようにするためだ。実際、ランド達に鍛えられていた当時よりも今のユウトの方が遥かに長く、高出力の“強化”に耐えられるようになっている。今のスバルは、そんなユウトすらも超える出力で“強化”を使っている。

 その結果はどうなるか。時間を置かず、スバル自身が証明することになった。

 ブシュッ、と地面を蹴ったスバルの足から鮮血が飛び散る。


 「くそっ!」


 予想通りの現象にユウトが悪態を吐く。“強化”で引き上げられた身体能力に体が耐え切れなくなっているのだ。しかし、スバルは気にした様子もなく、そのままユウトに襲い掛かる。

 ――まだ上げるつもりかっ!?

 先程よりも更に速い。それは当然肉体にかかる反動も更に大きくなっているということだ。

 本来であれば、ここまで出力をあげることは出来ない。自分の体を壊さないよう脳が自然にリミッターをかけているため、やろうとしても出来ないのだ。以前ウェンディと戦い、死に掛けた時のユウトですら、リミッターを外すところまではいっていない。しかし、精神支配を受けている今のスバルは、先程のヴァルドの言葉で容易くリミッターを外されていた。

 長引かせるわけにはいかない。長引けば長引くほどユウトの勝ち目がなくなってしまう。それ以前に、スバルの体が先に壊れてしまうだろう。

 そう考えたユウトは咄嗟にスバルを捕まえようと左手を伸ばすと、右手首を掴んだ。すると、今度はスバルが左手を伸ばし、ユウトの右手首を握る。互いに互いを捕まえた状態で、ギリギリと力比べを開始する。

 ユウトが限界まで出力を上げた“強化”で対抗しようとすると、スバルも更に出力を上げる。その度にスバルの腕や背から血が噴き出して、いつの間にか全身が赤く染まっていた。一箇所一箇所の出血量はそう多いものではないが、これだけ数を重ねればいずれ失血死してもおかしくない。

 だが、それに留まらず、更に状況悪くなる一方だった。


 「ぐ、ぁっ!」


 いくらユウトが限界まで出力を上げようともスバルはその限界を超えて出力を上げているのだから、スバルに軍配が上がるのは自然な成り行きだろう。力負けしていたユウトはいつの間にか捕まえていたはずの右手首を解かれ、逆に左手を掴まれていた。握り潰されるのではないかと思えるほどの怪力で手首を握られ、白皇から手が離れる。落ちた白皇は地面に突き刺さり、刀身の半ばまで地面に埋まった。


 「こ、の……っ!」


 両手は掴まれて満足に動かせない、地面から足を離せばその時点で組み伏せられる。手も足も出せない状況で、しかしユウトの眼光は衰えない。それどころか、一層力強く、鋭く光った。


 「いつまで寝てるつもりだぁっ!」


 つき損なった鐘の音のような鈍い音が響き、スバルの頭が後ろに跳ねた。

 手も足も出せないなら、頭を出せば良いじゃない。脳天を突き抜けた衝撃と鈍い痛みを受け、そんなことを考えた直前の自分の迂闊さを呪いながらも、ユウトは手を――否、頭を止める気は無かった。


 「いつものスカした面はどこいったぁっ!」


 戻って来た額に目掛けて、再度頭を振り下ろす。再び跳ね上がったスバルの額から流れた血が飛び散った。額が割れたのか、それはユウトも同じで、額から流れ出した血が伝う。ユウトの手首を握っていたスバルの手から力が抜けた。手がはずれて二人の体が離れかけるが、ユウトが逃がす訳もない。今度はユウトがスバルの手首を掴み、引き寄せた。


 「根性見せろ……っ。馬鹿昴っ!」


 三度頭を振り下ろす。

 別に頭に衝撃を与えれば意識が戻るかもしれない、などと考えたわけではない。とりあえず動くのが頭くらいだったから、後は勢いに任せただけ。だが、ユウトが頭を振り下ろすのとほぼ同時に、下から額が突き上げられた。互いに勢いが乗る前にぶつかったため、衝撃はそれほどでもない。 そして、額を押し付けあう二人の目が合った。


 「黙って、聞いていれば……。馬鹿に馬鹿呼ばわりされる筋合いは、無い……っ!」


 ユウトを睨むスバルの瞳には、生気が戻っていた。


 「すばっ――だっ!?」


 感極まった様子で声をかけようとしたユウトの頭が弾かれたように――というか、まさに弾かれて後ろに跳ねた。原因は言うまでも無く、スバルの頭突きだった。

 両者はその態勢のまま押し黙り、僅かな時間が過ぎる。その間、二人の戦いを見届けていたシグルド達ですら、何となく言葉を発してはいけない雰囲気を察して黙り込んでいた。やがてユウトがゆっくりと頭を元の位置に戻す。


 「いや、別に恩に着せようとか思ってるわけじゃないんだけどさ。助けようとしている相手に頭突きってどうなの?」

 「人のこと言えた義理か。お前こそ、助けるのに託けて人のことバカスカ殴った上に頭突きまでかましてくれただろうが」


 どこからか「あぁん?」と聞こえてきそうな顔でメンチを切り合っていたユウトとスバルだが、しばらくするとふいに笑みを溢した。

 色々なことがあった。短くない時間が過ぎた。ユウトは一時記憶を失っていたし、スバルも操られていたとはいえ後ろ暗いことをしてきた。元の世界で学生をしていれば、このような体験をすることは無かったはずだ。そんな非日常を経験し、一度は殺し合いまでした二人だ。変わっていないはずが無い。それでも以前と同じように笑い合えることが、何にも代え難いことだと思えた。

 ひとしきり笑った後、今度はユウトが首を傾げた。


 「だけど、何で急に解けたんだ? まさか頭突きが効いたわけでも無いだろ?」

 「それは俺にも分からない。……上手く説明できないが、俺の意識を奥底に繋ぎ止めていた鎖が急に解けたみたいだった」


 自力で解いたわけでも、ショックで解けた訳でもない。ならば考えられるのは一つだ。何故急に、と全く理由に見当がつかないのは不気味だったが、少なくともユウトには他に考えられなかった。しかし、どこか戸惑いながら向けた視線の先では、ユウト以上に信じられないという表情で愕然としていた。


 「馬鹿な……。何故精神支配が解けて……?」

 「その必要が無くなったからだ」

 「メイザース殿っ!? これは一体どういうことですか?」


 この場に姿を現すとは思って居なかったのだろう。メイザースの姿を認めたヴァルドが思わず声を上げた。

 ――あいつがメイザースか。

 ザックが言っていた通り、顔が見えないほどフードを深く被っており、その他もザックの情報と合致していた。鍛えているようには見えない、魔力もさほど感じない。だというのに。

 ――この得体の知れない感じは何だ……?

 見る限りは戦って負ける要素は無いのに、頭のどこかで戦ったらただでは済まないと確信している自分が居る。メイザースを相手に、警戒を最大まで強めていると、スバルが震えた声で呟いた。


 「あいつだ」

 「え?」

 「俺を操っていたのは、あいつだ……っ」


 ユウトはずっとスバルを操っているのはヴァルドだと思い込んでいた。そのためメイザースの話をザックから聞いても、あくまで協力者としてしか認識していなかった。だが、それは間違いだった。メイザースは単なる協力者などではなく、少なくともユウトにとっては、まさに黒幕とでも呼ぶべき相手だ。

 そう認識したのと同時に、まるで心の内を見透かしていたかのような絶妙のタイミングでメイザースがユウトを見た。そして、フードの奥に隠れていても尚、感じ取れるほどはっきりと、ニタリと嗤った。


 「どういうことか、と聞いたな。簡単なことだ。準備が整った」

 「準備? 準備とは何のですか?」


 聞いた覚えの無い準備(・・)の内容をヴァルドが尋ねるが、メイザースはそれを無視して話を続ける。――否、話を終わらせた。いつの間にか握られていた漆黒の短剣で、ヴァルドの喉を刺し貫いて。


 「ぁ……がほっ……」

 「よく奴をここまで連れてきた。囮に時間稼ぎ、最後に良く働いてくれたが……貴様はもう不要だ。安心するが良い、貴様の同胞は先に逝っている。寂しくはないだろう?」

 「あ゛、あぁ……っ」


 淡々と告げるメイザースにヴァルドは憎悪の込めた視線を向けるが、やがて力尽きてぐったりと地面に横たわった。


 「なんだこれ、どういう状況だ?」


 ヴァルドが事切れるのとほぼ同時だった。セインをはじめとした隊長格の近衛騎士と、彼らが率いる騎士、兵士達、そしてギルツ達が到着した。今しがた到着したばかりの一行は、一人残らず状況が分からずに困惑した表情を見せていた。


 「皆無事だったか」

 「あ、あぁ。こっちはなんとかな。それより――」


 何があったのかと聞こうとして、スバルの姿が視界に入る。一瞬、驚いた顔をしたが、ユウトとスバルが並んで立っているのを見て、三人が頬を緩めた。


 「スバルは助け出せたみたいね」

 「二人ともボロボロですね。今治療をしますから、じっとしていて下さい」


 状況の不明さに対する困惑よりも、ユウトが目的を果たせたという喜びが勝ったのだろう。ソフィアとエリスがどこか長閑な雰囲気を纏い始めた。だが、そんな状況ではないということに、すぐに気が付くことになった。ユウトとスバルが気を緩めるどころか、一層ピリピリとしだしたのだ。


 「治療している余裕があれば良いんだがな」

 「それは、あいつが何を考えているか次第だな。昴は何か知らないのか?」

 「……俺の知る限り、メイザースの目的はヴァルドと同じ魔人の復活のはずだ」

 「魔人……? 建国記に出てくる魔人か?」

 「その建国記を読んだ事が無い。両者が同じかどうかは分からん。ただ何にしても――」


 その先は言わずとも分かる。メイザースの目的がヴァルドと同じなら今ここで殺す理由が無い。元々目的が異なっているか、或いは魔人の復活という点は一致していたが、それ以外の点で異なっていたのかもしれない。どちらにせよ、危険な思想の持ち主であることは間違いない。放っておけば、何をしでかすか分からない。ならば、容赦して良い相手ではない。そもそもヴァルドと組んでいた以上、敵であることに間違いはないのだから、躊躇う理由も無い。

 シグルドも同じ考えなのだろう。ユウトと視線を交えると、コクリと首を縦に振った。一斉攻撃を仕掛ける。言葉は無くとも、互いにその結論に至っていた。

 しかし、そんな思惑を嘲笑うようにメイザースが口を開く。


 「準備が整ったと言ったはずだ」


 直後、メイザースの背後の空間が歪む。そして、そこから出てきたのは――。


 「棺……?」


 吸血鬼が寝床に使うような、見紛うはずも無く棺だ。ただ、それがどこにでもあるような棺でないのは見ただけで分かる。

 棺の中から異常なまでに濃厚な魔力が漏れ出しているのだ。漏れ出しているだけでこれなのだ、おそらく中の魔力はこんなものではないだろう。漏れ出す魔力がこの程度ですんでいるのは、棺自体が魔力を遮断するような性質を持っているからに他ならない。だが逆に言えば、それでも抑えきれないほどの膨大な魔力が内包されているということだ。

 そうはいっても、見た目はただの棺だ。殆どの者にとっては困惑の方が強い。そんな中、唯一事情を知っているシグルドだけが顔色を変えていた。


 「馬鹿な、聖櫃の封印が……っ!?」

 「ここに全てが揃った」


 メイザースが棺を見て、言葉を紡ぐ。


 「アルシールに封じられし肉体。バイセルとフォルセナに二分されし魔力。そして――」


 今度は、ユウトを見た。


 「エイシスに封じられし魂が」


 ドクンッと心臓が跳ねた。


 「あ……あ、あ゛ぁぁぁっ!?」


 心臓を抉られるような、抗い難い痛みが走った。立っていることすら出来ず、掻き毟るように胸を抱きながら地面に転がりのた打ち回る。


 「勇翔っ!?」

 「ユウトさんっ!?」

 「胸を押さえて……? どういうことっ!?」

 「俺に聞くなっ! おいユウトっ!」


 突然苦しみだしたユウトに駆け寄り原因を探ろうとするが、当然外傷は無く、何故苦しんでいるのかも分からない。咄嗟にエリスが治癒術をかけるが、一向に治まる様子が無い。

 何も出来ずにあたふたするしかない一行を尻目に、メイザースは興味深そうな目でユウトを見ていた。


 「一部とはいえ魂を剥ぎ取られる苦痛は想像を絶するようだな。ここまで同化していたというのは予想外だが」

 「魂を剥ぎ取るだと……?」


 問うようなスバルの声が届かなかったのか、メイザースはユウトから視線を外すと、棺に向いた。


 「さあ、ここに凱旋が叶う」


 苦しんでいたユウトが、糸が切れたようにぐったりと動かなくなった。

 そして――。

 ガタリ、と棺の蓋が動いた。




 「一体何が――」


 出てくるのか。

 誰が口にしたのか分からないが、この場にいる誰もが同じ思いを抱いていた。唯一、スバル達だけは棺の中身よりも、ユウトの容態を心配していたが。

 そんな期待に満ちた――不安に満ちたと言うべきか、視線が集まる中、棺の蓋が完全に開いた。そして、現れたのは。


 「男……?」


 仰々しく、勿体ぶった登場をした割に、出てきたのは見た目普通の男だった。鍛えていると思われる引き締まった体も、騎士や兵士達からしてみれば然程珍しい事ではない。年の頃は二十代後半から三十代前半といったところか。唯一特徴的なのは、首筋で纏めた男にしては長い黒髪だった。黒髪はマルクス大陸では珍しい、と言ってもこの場には既に二人居るのでその希少さも薄れている。

 そのためか、すぐにざわざわと兵士達が騒ぎ始めた。「期待外れ」だとか、「怖がって損をした」だとか、口々に暢気なことを言い出す始末だ。それだけメイザースの演出(・・)を意識していたということなのだろう。だからこそ、出てきた者が見た限りただの男だったことのギャップから、恐れることは無いと勘違いした(・・・・・)

 だが、この場に居た近衛騎士クラスの人間は正反対の反応を示していた。

 誰もが顔を真っ青に染め上げ、だらだらと冷や汗を流す。アルシールのみならず、大陸中でもトップクラスの戦士達がおよそするはずのない、強者に出くわした弱者の態度だった。

 そんな中、メイザースはゆっくりと男に近づき膝をつくと、頭を垂れた。


 「無事の御帰還、心よりお祝い申し上げます。魔人と呼ばれし御方」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ