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第93話 動乱の王都その八


 「ちっ。この距離じゃ反応するか。昴め余計なことを」


 ヴァルドに向けて投擲した飛刀はスバルによって打ち落とされた。それを確認したユウトは悪態を吐くと、足場にしていた民家の屋根から飛び降りた。下からその様子を見ていたギルツは、呆れた顔でユウトを出迎えた。


 「ほんと恐ろしいことを考えるよな、お前……」


 ギルツがそう言うのも無理は無い。ユウトが今やった長距離投擲は、まさに“探査”殺しとでも呼ぶべき攻撃手段だった。

 兵士にしろ冒険者にしろ、ある程度魔力の制御が出来る者であれば“探査”を覚えている。魔力という形でではあるが、目で見えない範囲でもその存在を察知することが出来るという利便性は極めて優れているからだ。実際、ユウト達も“探査”に頼っている部分は大きい。

 しかし、便利といっても弱点はある。“探査”は周囲の魔力を察知する技術であって、精霊銀や魔鋼のような例外を除けば基本的に魔素を含まない無機物を察知することは出来ないのだ。“探査”に慣れた者ほど、そのことを忘れてしまい易い。そのため、魔力が関わらない攻撃手段に対する警戒が薄くなってしまっている。

 長距離投擲はそこを突いたものだった。視認する以外に気付く手段が無く、気付いた時にはもう間近に迫っているという、油断している相手からしてみれば悪質極まりない攻撃だ。難点を挙げるとすれば、飛んでくる方向が分かってしまうため、投擲を警戒している相手には通用しないということだ。もっとも、初見で長距離投擲を警戒する者はそうそういないだろうが。


 「物凄い速さで飛んでいったわね……」

 「色々工夫したからな」


 ギルツと同様に呆れた様子のソフィアに、ユウトがどこか自慢げに胸を張る。

 “強化”を使えるユウトとしては遠くに飛ばすのはお手の物だが、豆粒ほどにしか見えない相手に正確に当てるような技術は無い。そこを補うために、風の加護による加速と弾道の安定を行なった。おかげでユウトの手を離れた飛刀は猛スピードで、かつ正確にヴァルドに向かって飛んでいった。スバルが防がなければ、狙い通りヴァルドの右足を吹き飛ばしていたはずだ。

 もっとも、ユウトは防がれたことをあまり気にしては居なかった。


 「とはいえ、結局は思いつきだし、こんなもんだな」


 元々ふと思いついたのでやってみたというだけで、それほど期待していたわけではない。特にスバルが傍に付いているため、防がれる可能性が高いと思っていた。ユウト自身が“強化”を使うので良く分かるのだが、“強化”使いにとってはあの程度の速度の投擲なら気付いてから打ち落とすのは難しいことではないのだ。


 「失敗はしたが、いい牽制にはなったんじゃないか?」

 「どうだろうな。……そこまで甘い相手でも無いだろ」


 驚きはしただろうが、スバルが防いでしまった以上、投擲も然程の脅威ではないと知られる結果になった。防げると分かっているなら恐れる理由はないし、それて怯むような相手なら本当に楽で良かったのだが、残念ながらそうではない。


 「でしょうね」

 「はい。それに、そんな相手に一方的に負けたなんて嫌です」

 「ハハハハッ。エリス嬢ちゃんも言うようになったな。さて、今度こそ正面対決だ。準備は良いな、嬢ちゃんズ」

 「問題はありません」

 「こっちもよ。というか、その嬢ちゃんズって何?」

 「そのままの意味だが。呼びやすいだろう?」

 「一括りにされるのはあまり嬉しくないのだけれど」

 「なら……ユウトの嫁〜ズとかにしておくか?」

 「逆に呼びにくいだろ、それ。そもそも嫁じゃないし」


 嫁と言われて満更でもなさそうな二人に代わってユウトが冷静に指摘する。――と、少しだけ笑う。


 「けど、それも良いな」


 そう言ったユウトを、ギルツだけでなく照れていた二人までもが驚いた顔でマジマジと見た。

 今の発言がどういう意味なのかは言うまでも無いが、それをユウトが自分から口にしたことが信じられなかった。ユウト自身、そのことに驚きはあったのだが、思った以上にストンと受け入れることが出来た。


 「あ、あの。それって……」

 「冗談とかじゃ、ないのよね?」


 期待半分恐怖半分といった様子で聞いてくる二人に、ユウトは少し照れたように答える。


 「まぁ、その。……また後日に改めてってことで」


 ここで口にしてしまったのはユウトにとっても予定外というか、突発的なものだ。どうせなら、きちんとした場を整えて、然るべきタイミングで伝えたかった。そうした思いから、結局言葉を濁すことになったのだが。


 「これはもうすぐにでも終わらせましょう」

 「勿論です。立ち塞がる者は全て排除します」


 二人の乙女がやる気を出すには十分だった。




 投擲を行なってから少し経って、ユウト達がヴァルド達の前に姿を見せると、待ちかねていたとばかりに早速声を掛けてきた。


 「まさか生きていたとは思いませんでしたよ」

 「だろうな。お前が止めも刺さない間抜けで助かったよ」


 実際はセインに邪魔をされて止めを刺せなかったというのが正しいのだが、その辺りの事実は今のユウトにはどうでも良いことだ。単にヴァルドを挑発出来れば十分だった。その挑発には一定の効果があったようで、ヴァルドの機嫌が明らかに悪くなる。元々、ユウトを殺し損ねていたということが分かった時点で相当の怒りを感じていたこともあり、今のヴァルドは沸点が低くなっていた。


 「……口の減らない。それにしても、何故わざわざ姿を見せたのですか? 一度敗れたのをもう忘れたと?」

 「何故? 用があるからに決まってんだろうが、馬鹿か」


 逆にユウトを煽ろうと歪んだ笑みを浮かべたしたヴァルドだったが、ユウトは気にも留めずに吐き捨てた。そもそも、ユウトが負けたのはスバルであってヴァルドではない。勝ち負けを揶揄されようとも、どうとも思わなかった。

 もっとも、ユウトに暴言を吐かれたヴァルドの方はそうもいかなかった。


 「私にはありませんよ。ですから……死になさい」


 こめかみをピクピクさせながら、ヴァルドが死刑宣告を突きつける。それと同時にスバルが動いた。“強化”で跳ね上がった身体能力で一呼吸のうちにユウトの懐に入り込み、剣を抜いて切りかかる。避ける間もない致命の一撃――と、思われたが。


 「っ!?」


 攻撃を受けたのはスバルの方だった。真横に弾き飛ばされたスバルの体は、何度か地面をバウンドしながら十数メートルの距離を転がって、ようやく止まった。

 以前にもスバルの奇襲を受けたことがあったが、あの時はスバルが“強化”を使うことを知らなかったことが大きい。だが、今回はそうではない。奇襲を十分に警戒していたユウトは、スバルの動きを完全に捉えていた。鞘から少しだけ抜いた白皇(ハクオウ)の刀身で剣を受け、仕返しとばかりにその頭部に蹴りを叩き込んだのだ。実際には、スバルが直前に腕を差し込んだため、蹴りが入ったのは頭ではなく腕だったが。

 ヴァルドは奇襲に失敗して吹き飛ばされたスバルの姿に驚いた顔をしたが、その光景に驚いたのはヴァルドだけではなかった。


 「ちょっ!? おまっ……おいっ!?」

 「何やってのよ、ユウトっ!?」

 「え? 何って……」


 いきなりギルツとソフィアに詰め寄られたユウトは、何故二人が驚いているか分からず首を傾げる。


 「――ハイキック?」


 直前までスバルの頭部があった位置まで上がっていた足を下ろしながらそう答えた。それは紛れも無い事実ではあるのだが、ギルツ達が聞きたいのはそんなことではなかった。


 「そういう意味じゃねぇよっ!?」

 「えぇと、ユウトさんはスバルさんを助けたいのでは……?」


 さしものエリスもユウトの行動に驚きながら、おそるおそる尋ねる。

 体格の良いスバルをキック一発で横に吹き飛ばしたのだから、ただの蹴りでは無く“強化”を使った蹴りだ。ギルツ達としても、スバルを相手に傷付けずに取り押さえるようなことが不可能なのは分かっていたのだが、流石にここまで容赦の無い一撃を加えるとは想像していなかった。

 しかし、当のユウトは悪びれる様子も無く、「うん」と頷いた。


 「じゃあ、何でその相手を本気で蹴ってんだよ……?」

 「いや、何というか。敵に捕まって助けを待つとか、何様だこの野郎と思ったらふつふつと怒りが。あと、イケメンだからって何でもかんでも許されると思うなよ、と」


 そう率直な考えを述べると、責めるような視線が集まる。


 「酷い言いがかりね……」

 「後半なんてただのやっかみじゃねぇか、しかもくだらない類の」

 「ユウトさん、流石にそれは……」

 「いや、ちょっと待ってくれ。いくらなんでもそれが全部じゃないぞ? 下手に手加減したらこっちがやられるし、多少の怪我ならエリスの治癒術で治せるからさ」


 思った以上に冷たい反応が返って来たので必死になって弁解を試みるが、三人は「ふーん」と明らかに信じていない様子だ。その信用の無さに打ちひしがれていたユウトが、唐突に白皇(ハクオウ)を抜いた。


 「はぁ……っ!」


 そして、飛来した五本の炎槍を一呼吸のうちに全て斬り捨てた。


 「雑談とは随分余裕ですね」

 「そっちは随分余裕が無さそうだな」

 「っ……」


 図星を突かれたヴァルドがギリッと歯を鳴らす。

 ユウトとスバルの実力は前回の時点ではほぼ同等だったが、今はそうではないということがヴァルドには分かってしまった。操られているだけのスバルと違い、ユウトは経験を積み、自分で考えながら戦っている。そのため成長速度に大きな開きがあるのだ。しかし、両者の成長具合以上に、ユウトが精霊銀の刀を持っているというのが問題だった。

 精霊銀は、その耐魔力の高さ故に魔術の効果を大幅に減衰させることが出来る。今ユウトが炎槍を斬り捨てたように――正確には打ち払ったというべきだが、大抵の魔術をほぼ無効化することが出来てしまうのだ。スバルやヴァルドのように魔術を主体に戦う者にとっては、厄介極まりない話だった。

 その危険性を理解しているヴァルドはすぐに冷静さを取り戻し、懐に手を入れた。


 「ええ、認めましょう。ユウト君、貴方は私が思っていた以上に厄介な存在でした。ですから、貴方を排除するのに全力を使いましょう――来なさい」


 ヴァルドは、遺物(アーティファクト)を起動した。


 「これはまた、大盤振る舞いだな……」


 目の前に広がる光景に、ギルツが呆気に取られる。

 ヴァルドが起動したのは、分類としては転移の遺物だが、ヴァルド達が王都に侵入した際に使った物とはまた違う性質を持っていた。前者が使用者を別の場所に送る(・・)物だとすれば、後者は対象を使用者の下へ呼び寄せる(・・・・・)、謂わば召喚の遺物というべき物だ。

 それによって呼び出されたのは、数十体にのぼるキメラの群れだった。


 「光栄に思って下さい。王都に残る近衛騎士を相手にするためにと取っておいた切り札です。貴方にはそれだけの価値があると判断したのですから」


 ヴァルドはそう告げると、片手を小さく上げて――突撃の指示を下すように前に倒した。

 その合図を皮切りに、ヴァルドが最初から連れていたキメラと新たに召喚されたキメラが、一群となってユウトに襲い掛かった。ユウトはキメラの攻撃を回避し、或いは白皇で受け流す。――が、間髪入れずに襲い掛かってくるキメラの群れに、とうとうユウトが後ろに下がり始めた。


 「ちっ……。エリス、ソフィア、後ろに下がれっ。ギルツは二人を」


 一度仕切りなおしに大きく距離を取りたいところだが、そうしてしまうとキメラの狙いがエリスやソフィアに移ってしまう虞があるため、それも出来ない。だからといって前に出るには敵の数が多すぎた。

 ――攻撃に移るだけの余裕が無いか……。スバルみたいに魔術が使えれば話も違うんだけどな。

 もしスバルであれば、一定の距離を保ちつつ“強化”で攻撃を避けながら魔術で応戦出来ただろう。だが魔術の使えないユウトの間合いは、結局のところ刀が届く範囲でしかない。一度その距離に踏み込んでしまえば、おそらく間合いを離す前に集中攻撃を受けることになる。

 ――仕方ない。時間はかかるけど、二人の魔術で少しずつ数を減らして……。

 そう考えていると、ソフィアが焦ったような声でユウトを呼んだ。


 「ユウトっ! スバルとヴァルドが……っ!」

 「え? ……居ない!?」


 ヴァルドの方はキメラの影になってユウトの位置からでは確認出来ないが、スバルの方は確かに先程まで倒れていた場所に居ない。それに気がついたユウトは即座に“探査”の範囲を広げた。二人の居場所はすぐに見つけることが出来たが、既にかなり離れてしまっていた。


 「……王城に向かってる?」

 「ユウトっ。お前は二人を追えっ」

 「だけど――」

 「王城にはあの人が居るはずだ。手遅れになるぞっ!」


 ギルツがそう言うと、ユウトが顔を顰める。

 スバルとヴァルドはアルシールの人間からすれば侵略者だ。特にヴァルドについては、エイシスを裏から操っていると目されている今回の侵略の主犯格だ。もしそんな相手が目の前に現れれば、間違いなく殺されるだろう。それが並の相手ならばスバルとヴァルドの敵ではないが、今王城に居るのはアルシール最強の騎士だ。ここで時間をかけ過ぎれば、追いついた時には手遅れになっている可能性があった。それはユウトも理解していたが、だからといって素直に頷けるものでもなかった。

 ――いくらなんでも数が多すぎる。この量は三人だけじゃ……。

 そう思った瞬間、ユウトの真横を十数本の矢が通り過ぎ、一体のキメラに突き刺さった。矢は炎と化してキメラの全身を包み込むと、数秒と経たずにキメラを黒焦げにしてしまった。驚いてユウトが振り返ると、弓を構えるような姿勢で立つソフィアが意地悪そうに笑った。


 「ユウト。それ以上渋るなら、私達を馬鹿にしてると取るけど?」

 「私達はそんなに弱くはありませんよ?」

 「そういうことだ。信用しろ」


 そこまで言われては、ユウトはもう苦笑するしかなかった。

 ――ここで任せないのは、皆を信用してないのと同じか。

 白皇を鞘に納めたユウトは、キメラの群れから大きく距離を取った。


 「ここは任せる。それだけ言った以上は、すぐに追いついて来てくれよ」

 「当然だ。あの野郎にはまだ借りを返していないんだからな」


 ギルツの返事を聞くと同時に、ユウトは風の加護を使用し、跳躍する。そして、民家の屋根に飛び乗ると、そのまま王城に向かっているヴァルドとスバルの後を追いかけた。




 「行ったな」


 ユウトの姿が見えなくなるとギルツはそう呟いて、戦斧と魔鋼製の盾を構え直した。大口を叩いた以上、役割を果たさなければユウトに合わせる顔が無い。しかし、そんなギルツとは別方向に気力を昂ぶらせる二人が居た。


 「すぐに倒して、後を追いましょう」

 「ええ。スバルを助ける手伝いをしないとね」

 「「一刻も早い告白のためにっ」」


 握り拳を作り力強く宣言する二人に、先程まで気力を漲らせていたギルツは、がっくりと肩を落とした。


 「嬢ちゃん達、いくらなんでも欲望が露骨過ぎやしないか……?」

 

 それだけ待ち侘びていたということなのだろうが、ユウトが居たらどう思うか。ちらっと否定的なことを考えて、すぐに思い直す。

 ――いや、その方がユウトも踏ん切りがつきそうだな。

 もっとも、二人はユウトの前でそんなことは言わないだろうが。


 「まあ……、欲望だろうが願望だろうが何でも良いさ。やるべきことは変わらない。来るぞっ」


 動機は兎も角、やる気に満ちているのは悪いことではない。ギルツが向かってきたキメラの群れに飛び込まんと前に出るのと同時に、エリスとソフィアは魔力を練り始めた。


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