第81話 二人の過去
迷宮を脱したユウト達は、その後すぐに王都へ戻ることにした。
繰り返し迷宮に入って、あのゴーレムを倒し続ければ大量の精霊銀が手に入るのでは。と考えたりもしたのだが、一度あのゴーレムを倒した者相手には転移の陣がある場所まで一切の障害が現れないようになっていた。要するに、ゴーレムはおろか、リビングアーマーなども現れないということだ。実際に帰り道では一度も敵と遭遇することはなかった。そうなった以上、迷宮で鍛錬を行なうことも出来ないので、居る意味も無い。ウェルは山を下りると言ったユウトを止めることなく送り出した。
そして、ウェントーリ大山脈を離れたユウト達は今、王都との丁度中間辺りまで戻っていた。
パチッと薪が爆ぜる。やけに大きく聞こえたその音は、周囲の闇に溶けて消えた。
既に陽は落ち、生憎と曇り空で月も隠れているため、真っ暗だ。そんな中、円になって焚き火を囲むユウト達を炎の灯りだけが照らしている。そのユウト達の間に会話は無かった。これは、かなり珍しいことだ。夜営の機会は今までも何度もあったが、大概はユウトとギルツが馬鹿話をしていたり、エリスやソフィアがユウトに話しかけたりと賑やかなのだ。だが、大体の場合中心になっているユウトの雰囲気がおかしかったため、エリス達も会話の切っ掛けが掴めなかった。
実のところ、ユウトの様子がおかしいのは今日に限ったことではない。ウェントーリ大山脈を降りた頃から違和感はあった。話しかければ答えるし、“探査”は絶えず行なっており、戦闘になれば普段通りに戦っていた。だが、基本的に心ここにあらず、という状態だったのだ。しかも、今のユウトはいつにもましてボーっとしていた。
ぼんやりと焚き火の炎を眺めていたユウトの耳を、薪の爆ぜる音が打つ。
ユウトが元居た国では電化製品などが普及していたため、薪で暖を取ることは少ない。一部の家や地域ではあったのだろうが、少なくともユウトは見たことも無い。そのため、こうした音もほとんど聞く機会が無かった。だが、こちらに来て、その機会が驚くほどに増えた。電気もガスも無いこの世界では、外で光源や暖を取ろうとすれば、焚き火になる。冒険者として何度か旅をしたユウトも、もう数えるのが面倒なくらいの回数は夜営を行なっていた。
――いつの間にか、耳に馴染むようになったな。
最初に夜営をしたのは、王都への旅馬車に乗った時だ。カイン達に夜営の方法なども聞いていたが、やはり最初は戸惑うことが多かった。その時はまだ“探査”も未熟で、護衛の冒険者――アベルやタロスも居たが、必要以上に周囲を警戒していたりもした。
今思い返せば、元の世界でキャンプもしたことが無かったのに、魔物が徘徊する場所で夜営とは、また思い切ったことをしたものだと思わなくも無い。
ここのところ、そんな昔の――と言っても、まだ一年も経って居ないのだが、昔のことを良く思い出していた。何故、今になってこんなことを思い出しているのか。その理由は分かっている。ウェントーリ大山脈を後にする時に告げられた言葉が原因だ。
「遠からず、ヴァルド達は再び動き出すはずです。準備と心構えはしておきなさい」
そう、ウェルは言った。
正確な日時は分からないが、遠くないうちに決着が着く。ヴァルドとの決着だ。それによってスバルも助けだすことが出来る。だが、それは同時に、ユウトの旅が終わるということを意味している。
記憶を取り戻した今なら分かる。エリスやサーシャ達と暮らしていた時に感じていた焦燥感、誰かに呼ばれているような感覚。あれは、きっとスバルのことだ。記憶を失いながらも、どこかでスバルがこちらに来ていると悟っていたユウト自身が、それを伝えようとしていたのだろう。
記憶は取り戻した。スバルも助けだす。そうなれば、ユウトが旅をする目的は全て失われることになる。それは歓迎すべきことだ。目的を達することが出来た結果なのだから。だが、こうして仲間と旅をすることが無くなるのかもしれないと思うと、どうにもセンチメンタルな気分になってしまう。
――なんて、まだ終わったわけでも無いのに気が早すぎるな。
ヴァルドを倒し、スバルの精神支配を解くという大一番が残っている。それを為して初めてユウトの旅は完遂するのだから。
――そう。スバルを助けるために……。|奴に思い知らさなければならない《・・・・・・・・・・・・・・・》。
「ユウトっ」
「……何?」
突然上がった悲鳴のようなソフィアの声に、返事をしながらゆっくりと視線を向けた。
「その、えと……」
ユウトに見られたソフィアは、しどろもどろになりながら言葉を探していた。
つい、声をかけてしまった。何か用があったわけでも、話したいことがあったわけでもない。ただ、あのままではいけない気がしたのだ。
「どうかしたのか?」
黙ってしまったソフィアにユウトがもう一度聞く。急かしているわけではなく、いつも通りの声音なのだが、今のソフィアにはどこか違うように聞こえてしまい、更に言葉が出てこなかった。
そんなソフィアを見かねたのか、エリスが助け舟を出す。
「少し、聞きにくいことを聞いても良いですか?」
「答えられることなら」
「スバルさんのことです」
「スバルの……?」
ユウトが不思議そうに聞き返すと、「はい」と小さく頷いた。
「スバルのことなら別に構わないよ。けど……」
何故それが聞きにくいのか、と言いたそうな顔だった。
「今は敵に囚われている状況ですから……」
「あぁ……」
話題として適当かと言われると微妙なところなのは確かだ。ユウトはエリスの答えに納得して、頷いた。
だが、それはソフィアの態度がおかしかったことの本当の理由を悟らせないための嘘だ。
「助かったわ」
「いえ。私も同じ気持ちでしたから」
ユウトに聞こえないように互いに小声で耳打ちする。
ソフィアに先を越されたが、咄嗟に声をかけそうになったのはエリスもだった。ソフィアが声をかけたおかげか今は戻っているが、あの瞬間、ユウトの瞳がとても暗くなった。それまで物憂げだった雰囲気が吹き飛び、まるで別人ではないかと思うほど暗く重い空気を纏っていた。
――ユウトさん。大丈夫……ですよね?
何が大丈夫なのかエリス自身にも分からないが、そう思わずには居られなかった。
本当なら、どうしたのかと、何を考えていたのかと聞きたかった。だが、それをしてしまうと、致命的な何かを引き起こしてしまいそうな気がして怖かった。それはソフィアも同じだ。だから、声をかけながらも、それ以上何も言えなかったのだ。
「それで、スバルの何が聞きたいんだ?」
そう聞いたユウトは、いつものユウトだった。
普段通りのユウトであることにホッとしながらも、拭いきれない不安を胸の内に抱えながら、エリスは話を続けた。
「そう、ですね。スバルさんとどういう風に親しくなったのか、とか」
咄嗟に考え付いた質問だったが、エリス自身言ってみて強い興味が湧いた。ユウトがここまでしようとするのだから、単なる友人ではないのは明白だ。きっと元の世界に居る時に何かあったのだろうという期待があった。
「んー」と少し考えてから、ユウトはゆっくりと口を開いた。
ユウトがスバルを初めて見たのは、中学の入学式だ。入学生の代表として挨拶をすることになっていたため壇上に上ったスバルは、今よりもずっと幼さを残していたが、当時から周りとは明らかに違う雰囲気を持っていた。スバルが顔を見せた瞬間、生徒達が男女問わず目を奪われた時のことは今も鮮明に覚えている。何を隠そうユウト自身もその一人だったからだ。男が男に見惚れるなんて、変な趣味を持っていると思われそうだが、そういうのとは関係なしに、そうさせるだけの
「確かにね。チラッと見ただけだけど、とても整った容姿だったわ」
「ですね。私も一瞬、エルフの方かと思いました。雰囲気は全く違いますけど」
女性陣が声を弾ませてスバルを褒める。優れた容姿の男を見て黄色い声をあげるのは、どの世界の女子も同じらしい。今の二人は同級生の女子がスバルを見たときのそれと良く似ている。女子がそうなるのは最早見慣れているので気にもならない――はずなのだが、エリスとソフィアがそうなっているのを見るのは、正直面白くなかった。
そんなユウトの心境に気付いたのか、ギルツが面白いものを見たとばかりに笑った。
「嬢ちゃん達よ。それくらいにしないと、ユウトが拗ねるぜ?」
「なっ!? べ、別に拗ねねぇよ!」
ギッとユウトが睨み付けるが、ギルツはどこ吹く風だ。睨んでいるはずの視線にそれほど力が篭ってないのが、図星だということを雄弁に語っていたからだ。
ふと、エリスとソフィアに見られているのに気付いた。すると――二人の表情がへにゃっと緩む。
「心配しなくても大丈夫よ?」
「はい。私達はユウトさんしか見ていませんから」
そして、とても嬉しそうな顔でそう言った。スバルの容姿を褒めたことで、ユウトが嫉妬したことに二人も気付いたからだ。
他方、ユウトは複雑な表情で視線を彷徨わせる。
自分が嫉妬したこと、それを二人に気付かれたこと、更にそれで二人が喜んでいること。それらの気恥ずかしさや嬉しさがごちゃまぜになって、二人を直視できなかった。
そんなユウトの頬に、肩に乗ったシルが不満そうな表情でグリグリと頭を押し付ける。それで少し冷静になったユウトは、シルの頭を指で撫でながら、わざとらしく咳払いをする。
「あー……ゴホン。話を続ける」
エリスとソフィアに暖かい目で見られながら、ユウトは全力で誤魔化すことにした。
本人の意思に関わらず入学式で鮮烈なデビューをすることになったスバルは、早速女子から強い人気を得た。反対に、一時は目を奪われたものの、冷静になれば女子の視線を独り占めしているスバルの存在は、思春期入りたての男子にとっては面白くない。しかし、その時点ではまだ面白くないというだけだったものが、あることが切っ掛けで、スバルは本格的に男子の中で孤立することになった。そのことを話すには、まずユウトのことを話さなければならない。
「俺は家族が居ないけど――」
「えっ!?」
突然の告白に、三人が驚きの声をあげた。
「ん? ……ああ。そういえばそのことは言ってなかったっけ。俺は事故で両親を亡くしているらしいんだ。兄弟も居ないらしいし」
「らしい?」
「物心ついた時には施設――孤児院に居たから、両親の顔は覚えてない。死因や兄弟が居ないってことは後になって聞いた」
「そう……」
悲しそうにソフィアが視線を伏せた。エリスやギルツもどこか表情が暗い。
ユウト自身は家族が居ないことを特にどうとも思わない。そもそも家族を知らないユウトにとって、家族が居ないことが当たり前で、居ないことの辛さのようなものが分からないからだ。だが、それも今なら少し分かる。サーシャやエリス達がそれを教えてくれた。
自分にもサーシャのような母が居たのかもしれない。カールやテリーのような弟と遊んだり、エリスやエイミィのような妹を可愛がったり。もし、そんな子供時代が自分にあったとして、それを失っていたのだとすれば、確かに悲しい気持ちになる。こちらの世界で出来た家族が、家族を失う辛さを教えてくれた。それは、ある意味では余計辛い思いをしたとも言えるが、失ったはずの家族が今は居る、そんな幸せな境遇でもあるのだ。
「まあ、でも。俺の家族は、院長先生やエリス達が居てくれるから」
寂しくも悲しくも無い。
暗くなりかけた雰囲気を払拭しようと、そのことを伝えようとしただけなのだが――。
「ちょっと! 私はっ!?」
ソフィアが一人ショックを受けていた。
「えっと、ソフィアは……」
言葉を濁すと、更にショックを受けた表情になった。それに気付いて、慌てて弁明する。
「あぁ、いや。家族と同じくらい大事だけど、家族かと言われると何か違う気が……」
ユウトにとって、ソフィアもサーシャ達と順番が付けられないくらいに大事な人だ。だが、それなりに一緒に暮らしていたサーシャ達と違い、ソフィアに対しては家族という感覚は無かった。
そう言うと、少し不満そうにしていたが――。
「むー。まぁ、いいわ。これから家族になれば良い話だし。妹じゃ結婚出来ないものね」
それを聞いて、エリスの柳眉がピクリと揺れた。
「あら。妹と言っても血が繋がってなければ問題ありませんし、ただの他人より強い絆がありますから」
今度はソフィアの口元がひくついた。
――ああ。またか……。雲多いけど、明日雨降らなけりゃ良いなぁ。
威圧感を感じさせる笑みを顔面に貼り付けて睨みあう二人をよそに、ユウトはそっと空を見上げて現実逃避を始めた。
王都でのデート以来、時折こういうことがあった。喧嘩――とは少し違うし、二人も本気で言い合っている訳では無いのだが、意地の張り合いというか、通過儀礼というか。そういうものらしい。その証拠に、言い合っていても暫くすれば勝手に終わるし、二人がそのことで遺恨を残している様子も無い。むしろ、互いに言いたい事を言い合うことで、逆に仲良くなっている節すらある。
なので、ここは触らぬ神に何とやら。終わるまで石になっているのが正解だ。だが、空気の読めない奴が居た。
「おいユウト。そこは何でも良いから話を合わせとけよ」
ギルツがそう声をかけてきた。とりあえず話を合わせておけば、こんな言い合いにならずに済んだと言いたかったのだろう。だが、言い合いになるということは、互いに譲れないものがあるということだ。それを「何でも良いから」と言われれば、当然――。
「ちょっとギルツ。何でも良いってどういう意味?」
「聞き捨てなりませんね」
先程まで言い合いを繰り広げていたとは思えない仲の良さで二人が同時にギルツに噛み付いた。
「え、や……その……」
二人は更に威圧感の増した笑みを――最早それを笑みと呼んで良いのか微妙だが、浮かべている。冷や汗をだらだらと流しながら、ギルツがユウトに助けを求めるように視線を向ける。
しかし、ほとんど同じタイミングでユウトがサッと視線を逸らした。
「ちょっ!? ユウトてめっ――」
「ギルツさん。良いから釈明してくださいませんか?」
「どういう意味で言ったのかしら?」
ユウトに手を伸ばそうとしたギルツを二人が阻んだ、
――ギルツ。空気の読めないお前が悪い。……骨は拾ってやるからな。
心の中でギルツに合掌した。
しばらくして――。
「それで、何があったんですか?」
説教を済ませたエリスが尋ねる。ギルツは燃え尽きたようにぐったりしていた。
「……一人、話が聞けるような状態じゃない奴がいるんだけど」
「あれは放っておいて良いわ」
「あっ、はい」
ギルツをあれと言い放ったソフィアに怯えながら、カクカクと首を縦に揺らし、話を戻す。
中学にあがった頃、ユウトはいじめられていた。
丁度中学にあがる頃の年齢は、大人になりかけでありながら精神的に未熟なこともあり、どこか無邪気な部分を残した悪意が生まれることがある。本人達はそんなに酷いことをしていないつもりで、相手を深く傷付けるということは少なくない。親が居ないという分かりやすい弱者であることは、その対象となりやすかったのかもしれない。
「いじめられた? お前が?」
いの一番に驚いたのはギルツだった。こちらでのユウトしか知らないため、いじめられている様子がギルツには想像できなかった。
「いじめっても、殴られたとかじゃなくて、陰口の類だな」
あ、復活した。と思いながら淡々と答える。当時も煩わしいとは思っていたが、それほど悲観はしていなかった。陰口を叩かれるのはそれよりも前からあったことで、多少露骨になったに過ぎなかったからだ。
そんな折、偶然にも現場に遭遇したスバルを、何を思ったのか陰口を叩いていた者達が誘った。お前も一緒に楽しもうぜ、とばかりに。しかし、スバルの返事は冷たかった。
「下らないことで話しかけるな」と、一蹴したのだ。
「えぇと、ユウトさんを助けようとした……のでしょうか?」
エリスが戸惑った顔で確認する。状況的にはそう見えなくも無いが、助けようとしている者の言葉に聞こえないからだろう。実際、当時のスバルにそのつもりは無かった。
「後から聞いたら、その時は家庭のことで機嫌が悪かったと言ってたよ」
「機嫌が悪かっただけなのね……。でも、それで仲良くなったのよね」
「いや?」
「――え?」
キョトンとしたユウトに、ソフィアが意表を突かれた。
助けられたユウトがスバルにお礼を言って、そこから仲良く――などと思ったのかもしれないが、当時いじめられていたユウトがそんな積極性を発揮するわけが無い。そもそも――。
「スバルも俺も、互いに助けた助けられたなんて認識なかったし」
「そうなの……」
明確な否定の言葉にソフィアががっくりと肩を落とした。
「ただ、間接的な切っ掛けだったのは確かだな」
仲間に誘われながら、それを「下らない」と一蹴したことで、何となく面白くない奴から周りを見下すむかつく奴にランクアップしてしまった。その結果、いじめの標的がスバルに移り、反射的にユウトへのいじめが無くなった。もっとも、標的は移ったのだが、スバルの両親が良くも悪くも学校に対して影響力の強い人で、しかも女子のほとんどがスバルの味方についたことにより、スバルが積極的にいじめられることは無かった。だが、そんな状況でスバルと仲良くしようとする男子が居るはずも無く、スバルの孤立は決定的になった。
ちなみに、女子からは相も変わらず人気があったのだが、ほとんどが遠巻きに見ているだけだったので、生徒の約半数の人気を得ながら孤立しているという、ある種面白い状況だった。
そうして、孤立することになったスバルだが、中学校くらいでは二人で一組になったり、数人で班を作って何かをするような機会が思いの外多い。当然、そこでもスバルは爪弾きにされるわけなのだが、同時に、いじめの対象ではなくなっただけで友人が出来たわけではないユウトも残るわけで、必然的に余り物同士で組まされることになった。
そうして、ちょくちょく行動を共にするうちに、友人になったのだ。
「いや、ちょっと待て。重要なところが全く分からん」
「えー。でも、こんなもんじゃね?」
「じゃね? と言われても……。というか、本当にそれだけなの?」
「何を期待していたのか知らないけど、別に何か壮大な出来事があったとか、無いぞ。いつの間にか友達になってた、なんてざらにある話だろ」
肩透かしを食らったとばかりに、三人が不満そうな顔をする。
そんな顔をされても、実際話して面白い出来事があったわけでは無い。一緒に居るうちに、自然と友達と呼べるような間柄になっていたのだ。
それでもまだ納得できないのか、更に聞いてくる。
「何か、この時から仲良くなった、みたいなことは無かったんですか?」
「そう言われてもな……。あぁ――」
改めて考えていると、ふと思い出した。
「そういえば、いつ頃かな。ずっと無口だったスバルが少しずつ話すようになったんだ」
「その時に何かあったの?」
「……いや、何も」
「参考にならんなぁ」
これ以上は無駄だと思ったのか、三人が大きく溜め息を吐いた。そんな三人を視界に収めながら、ユウトはその時のことを思い出していた。
何も無かったと答えたが、それは少し違うかもしれない。
スバルと組まされるのが当たり前のようになってから暫く経った頃、初めてスバルから話しかけられたことがあった。
「お前、両親居ないのか?」
――と。
傍から見れば、何かあったというほどのことでは無い。ユウト自身、その時は特に何も考えずに「そうだ」と答えたくらいだ。しかし、そのやり取りこそがスバルにとって大きな意味を持っていたことは、後になって知った。
そのことをエリス達に説明しようと思えば、スバルのことをもう少し掘り下げて話す必要がある。そうでなければ、納得しないだろう。だが、いくらエリス達が相手とはいえ、スバルの承諾無しに話すわけにはいかない。嘘を吐いたようで申し訳無くもあったが、黙っていることにさせて貰った。
そうしてユウトとスバルは周囲から孤立しながらも二人で居ることが多くなった。しかし、そんなのも初年度くらいで、二年、三年になるにつれて、多少精神的に成熟したのか、ユウト達を爪弾きにするような雰囲気は徐々に薄れていった。
やがて、同級生との関係もある程度改善した頃に卒業を迎えた。
進学した高校は近所の公立だった。ユウトには私立に通うような余裕は当然無かったが、スバルが同じ高校に行くことには驚いた。スバルは中学時代学年トップを維持し、家も裕福なため、それこそ公立私立問わずどこの高校にも行けたはずだからだ。「どこでも構わないなら近いほうが楽だ」と言っていたが、ユウトにあわせたことは明らかだった。ユウトも、スバルと同じ高校に行けると分かった時は、純粋に嬉しかった。
その時には、二人はそれくらいには互いを大事な友人だと思うようになっていた。
高校に上がると、親が居ないということは同情の対象にこそなれ、嘲笑の対象とする者は居なかった。スバルも大人になったのか、中学時代ほど周囲に冷たい態度は取らなくなった。――といっても、多少言葉を選ぶようになっただけで、基本スタンスはあまり変わらなかったが。そのため、スバルは相変わらず仲の良い友人は増えなかったが、級友を作るくらいには周囲との関係を築けていた。ユウトは、スバルよりも社交性が高かったこともあり、仲の良い友人も出来た。
もっとも、どこまでいっても、親友と思えるのはお互いだけだった。
その後もユウトとスバルは、普通の高校生として平穏無事に過ごしていた。しかし、あの日、大きな転換点を迎えることになった。
話が終わる頃には夜が更けていた。思った以上に長話になってしまったらしい。ユウト達は交代で見張りを行いながら少し遅めの仮眠を取ることになった。翌朝、再び王都に向かって出発する。
それから更に一週間近い旅路を経て、ユウト達は王都へ戻って来た。




