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第6話 ガロへ

村から近くの町へ舞台が移動します。

16/4/7 改訂

16/6/28 誤字修正

16/8/27 序盤、村を出てからの時間を変更

16/9/29 5話から移動

 ユウトは空を見上げていた。見上げた空は青く澄み渡り、遮るもののない日差しが眩しかった。


 「一人……か」


 荷馬車に揺られながら寝転がっていたユウトは呟いた。

 村を出てからしばらく歩いたところで、幸運にもガロに向かう商人に会った。商人は人の良い性格で、成人前……に見えるユウトが一人で歩いているのを心配し、荷馬車に乗せてくれた。

 村を出て、まだ半日も経っていないが、一人でいるということに思いのほか寂しさを感じていた。

 ――考えてみれば、俺はずっとエリスたちと一緒にいたんだよな……

 記憶の無いユウトにとって、始まりは約二ヶ月前だ。それからずっと孤児院で暮らしていたため、一人でいるという状況を基本的に経験していない。一抹の寂しさを感じても致し方ないことだろう。

 ユウトは目を瞑り、見送ってくれたみんなの顔を思い出した。




 出発の日となった今日、孤児院のみんなは村の外にまでユウトを見送りに来てくれた。

 早朝、みんなと一緒に孤児院を出た。

 ユウトの前にはカールとテリーが並んで歩いている。エイミィはユウトの手を握って横を歩き、その反対側にはエリスが、心なしかその距離は近かった。サーシャは一番後ろからみんなを見守りながら歩いていた。

 歩く早さは先頭を歩くカールとテリーに合わせていたが、とてもゆったりとした速度だった。

 誰も口を開くことなく、別れを惜しむように、少しでも長くと願いながら、ゆっくりと歩を進めた。――それでも、いずれは終わりが来る。

 普通に歩くよりも倍近い時間をかけて、村の外に着いた。

 そこには、ランドたちが見送りのために待っていてくれた。

 ランドたちは口々に激励の言葉をかけた。ユウトが留守の間、孤児院のことは任せておけと最後に約束してくれた。ユウトはランドたちに感謝を告げて、頭を下げた。

 ユウトは孤児院のみんなを見渡し、一人一人の顔を忘れないようにしっかり見詰めた。


 「いってきます」


 はっきりと告げたユウトの言葉に、エリスたちは寂しそうな様子を見せながらも、笑顔を浮かべた。


 「いってらっしゃい」


 エリスたちは口を揃えてそう言った。




 ユウトが瞼を上げると、太陽は随分高くなっていた。いつの間にかうとうとしていたようだ。


 「起きたのか、若いの」


 瞼を上げたユウトに気付いた男が、ユウトに声をかけた。

 男は、ユウトが荷馬車に乗せて貰っている商人の護衛を受けた冒険者で、革の鎧に身を包んだ快活な人柄だった。

 男が言うには、男はそれほどランクは高くないらしい。商人と長い付き合いで、この辺があまり危険でないこともあって、ギルドを通さず直接依頼を受けたということだった。

 ――随分迂遠な言い方だな。

 ユウトは心の中で首を傾げたが、特に聞こうとは思わなかった。


 「冒険者見習いってところかい?」

 「分かるんですか?」

 「おぉ、鍛えられた体をしているし、剣も下げてる。だが、冒険者のことについては詳しくないようだからな。まぁ、冒険者らしくない珍しい格好だが」

 「格好はまぁ、故郷の民族衣装のようなものです」


 今ユウトが着ているのは紺の学生服……のような、別の服だった。これはエリスが、ユウトの着ていた学生服を似せて作ったものだ。

 ユウトは村ではずっと他の服を着ていた。

 学生服はユウトの記憶の貴重な手掛かりであるため、大事にしておきたかったのと、悪目立ちを避けたかったからだ。

 元々、ユウトは学生服を置いていくつもりだった。必ず帰る、という意思を込めて。

 しかし、学生服が記憶を取り戻す何かの切っ掛けになるかもしれないと考えたエリスが、気を利かせてくれた。

 特徴は再現されているが、素材が違いすぎるのかお世辞にも学生服に似ているとは言い難く、一般的な服装に比べると少々奇抜に見えた。

 それでもユウトにとってはエリスが作ってくれた大事な服だった。


 「ほぉ、そういや黒髪だな。納得だ」


 やはり黒髪というのが珍しいらしい。アンが言っていた遠国の出だと勝手に解釈していた。

 

 「それにしても、随分軽装だな。荷物も大して持ってないようだ」


 冒険者はその職業柄、武器や鎧は勿論、旅をするための荷物を持っている。少なくとも、今のユウトほど荷物が無いというのは珍しかった。


 「えぇ、ある程度はガロで揃えようかと思ってました」

 「鎧に必要な物にと揃えると、結構かかるぞ?」

 「元手は結構あるので大丈夫です」


 ユウトは脇に置いておいた大きく膨らんだ袋を軽く持ち上げて笑った。

 袋の中身は、孤児院を襲ったコマンダーウルフやソルジャーウルフの毛皮や牙。それに爪だ。これらはそれぞれ何かの素材になるため、冒険者ギルドで買い取りを行なっている。ソルジャーウルフはDランクの魔物で、素材は使い道が多い。しかも二十体分以上あるため、全て売れば結構な値になるだろうとカインは言っていた。

 コマンダーウルフの素材はコマンダーウルフ自体が珍しいこともあって希少価値が高い。売ればソルジャーウルフの素材とは比べ物にならない値で売れる。コマンダーウルフの素材のうち、爪と牙は売るつもりだが、毛皮は売るつもりは無かった。

 コマンダーウルフの毛皮は硬い、勿論鉄には及ばないが、皮としてはとても頑丈で軽い。そのため、防具として加工した方が良いとカインに助言を受けており、ユウト自身もそのつもりだった。

 男と話していると、しばらくして壁のようなものが広がっているのが見えた。


 「お、見えてきたな。若いの、あれがガロだ」

 「あれが……」


 ガロは、石造りの城壁に囲まれた町だ。このように周囲を城壁で囲っている町は、アルシール内では然程多くない。ガロが城壁で囲まれている理由の一つは魔物にある。ガロの周囲は森が多いため魔物が多い、町に侵入するのを防ぐためだった。

 もう一つは戦争だ。ガロはアルシールの南西部で最も国境に近く、大きな町でもある。そのため、侵略を受けた場合防衛の要としての役割を持っていた。

 ガロの城壁が少しずつユウトの視界に大きくなっていき、荷馬車が門の前に並んでいる列の最後尾についた。

 前の様子を窺うと、一番前の荷馬車の商人らしき男が、門兵に何かを見せていた。


 「……あれは?」

 「商業証だな、見たことないのか? 町への出入りと商売の許可が合わさったもので、商人なら誰でも持ってるもんだ」


 男に尋ねると、驚いた様子で答えてくれた。

 町への出入りの許可、という点が引っかかった。


 「……通行証みたいなのが必要だったりします?」

 「必要だな」


 ――あれ。これ不味いんじゃね?

 内心ビクつきながら質問を重ねた。


 「……無い場合は?」

 「お前は冒険者志望だったよな。冒険者ギルドで貰えるギルドカードが通行証代わりになる。本当に何も無い場合は、保証金として銀一が必要だな。その場合、ギルドカードを貰った後に、それを見せれば銀貨は返して貰えるぜ」


 アルシールにおける通貨は、金貨、銀貨、銅貨の三つだ。国が鋳造したもので、金貨一枚は銀貨百枚の価値があり、銀貨一枚は銅貨百枚の価値がある。金貨が何枚、銀貨が何枚というのは言い難いため、金三銀五というように硬貨の種類と枚数だけを言うのが一般的だった。

 ――なるほど、カインさんが銀貨一枚は持っておけと渡してくれたのはそういうことか。

 ユウトは硬貨を一切持っていない。カインが村を出る際に、餞別だと銀貨を一枚渡したのは、こうなることを予想していたからなのだろう。

 ――っていうかわかってなら先に教えておいて下さいよ……

 心の中で恨み言を呟いた。

 カインらしからぬ悪戯だと一瞬思ったが、良く考えるとランドを弄ってるのだから別に意外ではなかった。

 列が進み、ユウトの順番になった。

 男の言った通り、通行証の類がないと伝えると、銀貨を一枚要求されたため門兵に銀貨を渡した。

 門を越えたところで、冒険者の男や商人と別れることになった。


 「お世話になりました」

 「いえいえ。頑張って下さいね」


 礼を告げると商人が人の良い笑顔を浮かべて激励してくれた。


 「ギルドは、町の中央付近にある。この大通りを真っ直ぐ行きゃ見つかるだろう。宿や店なんかの場所はギルドで聞けば教えてくれるぜ」

 「ありがとうございます」

 「おぉ、また会うこともあるだろうが、達者でな」


 二人と別れ、教わった通りに大通りを進み、ギルドへ向かった。


 「結構でかい建物だな」


 ユウトは眼前の建物を見上げる。ユウトの中での建物といえば、村の住居だ。ギルドの建物は村の住居の四、五倍はあった。

 中に入ると、一角に冒険者らしい人たちが集まって話しているのが視界に入った。

 ――おぉ、なんかそれっぽい。

 自分でも良くわからないが感動していた。

 気を取り直して視線を巡らすと、カウンターが幾つもあり、受付と記載された場所もあったため、そちに向かった。


 「すみません、登録をお願いしたいのですが」

 「はい、冒険者登録ですね。では、まずこの用紙に記入をお願いします」


 職員の女性が愛想の良い笑顔で対応する。

 渡された用紙には名前や年齢、使用する武器、特技という欄があった。欄を全て埋めてから、用紙を職員に渡した。


 「お名前はユウトさん、年齢は十七、使用する武器は剣と槍、特技は剣術と槍術でお間違いありませんね」


 用紙を見ながら確認する職員に、ユウトが頷いた。

 ユウトが頷いたのを見て、職員が水晶玉のようなものを取り出した。


 「では、次にこちらの魔道具に手を置いて下さい」

 「これは?」

 「魔力を調べる魔道具です。魔力があると中心部が光るようになっていて、魔力の量によって光が大きくなります」


 ケイトが言っていた魔力量を調べる魔道具だった。

 平均的な魔力量の持ち主だと、水晶玉の六割くらいが光る。大陸で五指の魔力量を保持するといわれる導師(プロフェッサー)は 部屋中を光で満たすほどだったらしい。

 ――さて、どうしようか。

 この魔道具の存在は最初から分かってた。ケイトの話が事実なら、ユウトも導師(プロフェッサー)と同程度の魔力を持っている。それこそ部屋中を光で満たしかねないわけだが、そんなことをすれば目立つのは避けられない。

 しかし、それはユウトの望むところではない。というか単純に面倒ごとは嫌だった。


 「これって絶対調べないといけませんか?」

 「いえ、そういうわけではありませんが。僭越ながら、ご自身の魔力量を把握しておくほうがよろしいと思いますが」


 冒険者となる者のほとんどは簡単な魔術は使える。そして魔術を使うには魔力が必要であり、当然使い続ければ魔力は枯渇する。それで死ぬわけではないが、魔力を著しく消耗すると、意識を保っていられなくなる。失った魔力を回復させるために体が勝手に休もうとするからだ。

 過去この魔道具が出回る前は、自身の魔力量を把握しておらず、魔術を使いすぎた結果、戦闘中に気を失ってしまうという事態が頻繁にあった。そういった事態を避けるためにも、自身の魔力量を把握しておくことは重要だった。

 それはユウトも良く分かっているのだが、ここで悪目立ちはしたくなかった。

 ――一番良いのは、誰もいないところで魔力量だけ確かめさせて貰うことなんだがけど。さすがにそれは高望みしすぎか。

 ユウトもそこまで都合の良いことは考えられなかった。


 「でしたら、遠慮しておきます。自分の魔力量は把握していますから」

 「分かりました。では少々お待ち下さい」


 断ったことで変に勘繰られるのではと、ユウトは一抹の不安を感じていたが、職員は特に不自然に思わなかった。

 ――考えすぎだったか。

 ユウトは知らないことだが、魔力の測定を拒むケースは珍しくはあっても、全く無いわけではない。冒険者になろうとする者は、大抵が魔術をかじっている。その中には、魔力が無い者や著しく少ない者もいる。そういった者は、魔力量を調べるまでも無く自身に魔術が使えないことを知っており、使うことを考えない。そのため、時間の無駄だと魔力量を調べることを辞する者がいる。

 この職員はユウトもそうなのだと勝手に判断していた。


 「お待たせしました。こちらがギルドカードになります」


 差し出された長方形のカードは手のひらに乗る程度の大きさだった。カードの中央にはユウトの名前が、左上には大きくFの文字があった。カードの縁には、申し訳程度の絵柄で装飾がされていた。


 「ギルドカードは冒険者としての身分を示すものです。町への出入りの際にはこれを提示して下さい。他にも、何かあれば役に立つと思います」


 職員はFの文字を指で指した。


 「こちらは現在のランクになっています。ランクはFからE、Dと上がっていき、Aが最高になっています。Sというランクも存在しますが、Sランクは通常のシステムから外れていますので、これは冒険者の中でも別枠として捉えて下さい。ランクアップは、依頼の達成や魔物の討伐など、ギルドが把握できる様々な事情を考慮した上で決定します。その際はギルドの方から報告させて頂きます。それから――」


 依頼はその難易度に合わせてランク分けされている。そのランクは冒険者のランクとリンクしており、例えばCランクの依頼はCランクの冒険者に適した難易度だとされている。

 ランクによって受けられる依頼は増え、FランクはFランクの依頼しか受けられないが、CランクはFからCランクの依頼を受けることが出来る。もっとも、下位のランクの依頼をあまり受けすぎると、下のランクの冒険者の依頼が無くなってしまうため、その場合にはギルドの方で制限することもある。

 依頼の内容はランクごとに大まかな特色がある。

 Aランクは魔物の討伐が主だが、同ランクの冒険者が十数人でようやく対等に戦えるほどの魔物が対象になる。CからBランクの場合、護衛の依頼や数人で対等の魔物を対象とした討伐だ。EからDランクの場合は単独で戦える魔物を対象とした討伐、Fランクの場合は魔物の討伐はなく、薬草などの採取やちょっとした力仕事の手伝いなどになる。


 「ここまではよろしいですか?」


 ユウトが頷くと、職員はギルドの中にある掲示板が複数立てられた場所を指した。


 「依頼はどの支部でもそちらにあるような掲示板、これをクエストボードを呼んでいますが、そこに依頼書が貼ってありますので、受けたいものを剥がして受付までお持ち下さい。依頼の受領と完了の報告、報酬の支払いは全て受付で行います」

 「ちなみに、FからEにあがるためには、どれくらい依頼をこなせば良いんですか?」

 「確実に何回こなせば上がる、というわけではありません。ランク次第ですが、例えばFの場合五回の依頼を達成した時点で支部長が審査をします。現ランクにあがってからの期間、依頼の内容、達成度、その他諸々を考慮して昇格の可否を決定します。ですので、Eランクにあがる場合、最低でも五回となります。これで説明は以上になりますが、お願いと注意して頂きたいことが一点ずつあります」


 お願いというのは、活動の中心となる町を変える場合には、事前にギルドに連絡して欲しいというものだった。これはギルドの方から何らかの依頼や連絡がある場合に、それを確実に伝えられるようにするため、ギルドの方で冒険者が今どこで活動しているのか分かった方が都合が良いからだ。

 注意して欲しいことというのは、個別の依頼についてはギルドは関知しないということだった。

 冒険者は基本的にギルドを通して依頼を受ける。しかし、個人から直接依頼を受けることも別に禁止してはいない。その代わり、当然ながらギルドはそれに関して生じた不都合やトラブルには不干渉だ。だが、その手のトラブルに関してギルドに文句を言ってきたりすることがあった。

 ――だからか。

 話を聞いたとき、ユウトは一人納得していた。ガロに来る際、男が迂遠な言い方をしていたのはこのためだ。

 男はランクが低いと言っていた。おそらくDランク以下なのだろう。だから、通常護衛依頼は受けられないが、商人と個人的な付き合いがあり、個別の依頼であると告げた。しかし、ユウトはそれに全く気付いた様子がなかったため、このことを知らない見習いだと判断したのだ。


 「こちらからは以上になります。何か分からないことが御座いましたらいつでもいらして下さい」


 説明を終えると、職員は笑顔を浮かべて頭を下げた。


 「ありがとうございます。……ところで、早速でなんですけど、武器や防具の店、それに安い宿を教えて頂けません?」


 ユウトはバツの悪い顔を浮かべながら聞いた。職員は一度キョトンとした顔をしたが、笑顔で答えてくれた。

 ユウトは受付を離れると、同じ建物内にある素材の換金所に向かった。

 持って来ていたソルジャーウルフの毛皮と牙、爪は、状態の良いものはそれぞれ銅五十になったが、損傷が激しかったりしたものは、タダ同然だったり、安く買い取られることになった。コマンダーウルフの牙と爪は予想通り高く、それぞれ銀二だった。全部売ると銀三十三銅四十七になった。

 その後、門兵のところへ行き、ギルドカードを見せて銀貨を返還して貰ってから、防具屋へ向かった。

 防具屋は大通りに面したところにあり、中を覗くと鎧や盾などが見えた。


 「こんにちは」


 軽く挨拶しながら中に入る。店内には全身鎧から革鎧、篭手に盾と様々な防具が置いてあった。

 ユウトはその一角に近づくと商品を確かめるようにジッと見た。そうしていると店の奥から声がかけられた。


 「いらっしゃい。何をお探しで」

 「駆け出しの冒険者なんですが、防具を買いに」

 「新米か。なら革か、金に余裕があるんだったら鉄製の胸甲にしときな。サイズは合わせてやる」


 見た目頑固親父といった感じだったが、無愛想ながら面倒見の良い人だった。


 「オーダーメイドって頼めますか?」

 「一点物だと? 新米が随分と羽振りが良いな。良いとこのお坊ちゃんかい」

 「いえ、多分庶民です。素材が手に入ったので、それを使って欲しいんです」

 「素材ねぇ。とりあえず見せてみな」


 ユウトは、持っていた袋からコマンダーウルフの毛皮を取り出した。毛皮を見た店主が驚いた表情を見せた。


 「お前さん庶民だってんならどうやってこんなもん……いや、余計な詮索だな。構わんが、この量だと全身は無理だ。リクエストは?」

 「そうですね。胸甲の裏地と腰鎧で足りますか?」

 「問題ない。胸甲は鉄で良いのか?」

 「はい。それでお願いします」


 胸、というより胴体は内臓が密集しているため、深手を負うと死に直結する。最悪手足は失っても死にはしないが、内臓を深く傷つけられれば死に至る。そのため、胴体部を守る防具は鉄製のものが主流だ。とはいえ、そのまま鉄の塊をつけると着け心地も悪く、衝撃が直接伝わってしまうため、それを緩和するため革を緩衝材代わりに使用する。


 「素材は鉄以外持込だからな。……銀十だ。三日かかるぞ」


 現在ユウトは銀貨を三十四枚、銅貨を四十七枚持っている。一般的な労働者の平均的な日給が銀一であるため、ユウトは現在一か月分の給料と同じくらいの金銭を持っていることになる。ちなみに、外食での平均的な食事代が一食銅十で、宿での一泊が銅五十であるため、何もせずにいれば一ヶ月半ほどでなくなってしまう。


 「大丈夫です、それでお願いします」

 「分かった。他はどうする?」

 「前腕と下腿部用の防具はありますか?」

 「篭手と脚甲か……あっちに置いてある。値段も書いてあるから適当に選べ。サイズ直しは一つにつき銀一で一日かかる」


 店主が顎でしゃくった先には篭手と脚甲が置いてあった。

 ユウトは置いてある中から良さそうな篭手と脚甲を選んだ。篭手も脚甲も同じ獣の革で作られたもので、それぞれ銀三だった。

 胸甲と腰鎧が銀十、篭手と脚甲がサイズ直し込みで片方銀四、合計で銀十八になった。前金として半額の銀九を支払い、受け取るときに残りの半分を支払うことになった。

 店を出てから、その近くにある武器屋に入った。


 「こんにちは」

 「いらっしゃい」


 中に入るとすぐに声がかけられた。ユウトは店の中に視線を巡らすと、すぐ横に槍が立てかけられていたため、そちらに向かった。

 ユウトは、ここで剣と槍を買うつもりだ。ユウト自身は剣の方が得意だが、槍は間合いが広い。間合いが違う武器があった方が相手にあわせて有利な方を選ぶことも出来る。

 鉄製の穂先にするのは決めていたが、穂先の形状が複数あった。先端が鋭く突きに向いたものや剣のような薙ぎに向いたものだ。ユウトは薙ぎを主体としたカインの槍術を習っている。ユウトは薙ぎに向いた穂先の槍を何本か持ってみて、一番手に馴染んだものを選んだ。

 その後、剣が並ぶところに行き、置かれた剣を見渡した。

 ある一点でユウトの目が見開かれた。


 「これは……」


 ユウトの口から声が漏れる。

 視線の先には、他と毛並みの違う剣があった。ユウトはその剣を抜くと、刀身に目を奪われた。

 マルクス大陸では、刃が両刃で厚く広い剣が主流である。それに対し、ユウトが見つけた剣は主流のものに比べて刃は片刃で薄く細い上に反りが入っている。


 「かたな……」


 刀を見て呆然としていたユウトに、店主が声をかけた。


 「それを知っているのかい?」

 「え、えぇ……まぁ」


 ――知っている。知っているが、どこで知ったのか分からない。

 ユウトは自分に戸惑っていた。


 「あぁ、その髪。君はヤマトの人なのか」


 戸惑っているユウトを他所に、一人得心がいったのか、しきりに頷いていた。

 ――ヤマト。東の遠国の名前か? 聞き覚えがあるような気もするけど……

 ユウトが思考を重ねていると、店主が話を続ける。


 「君、その刀が気に入ったなら買わないか? 安くするよ」

 「えぇと」

 「その刀さ、珍しくて王都のある鍛冶師から買ったんだ。だけど、珍しすぎて誰も買わないんだよね。まぁ、一般的な剣とは随分違うから敬遠されるのも仕方ないとは思うんだけどね」


 店主の申し出に心が揺れたユウトは、使い心地を試してみたいと思った。


 「少し振っても?」


 店主が、どうぞとばかりに手のひらを上に向けた。

 腰に構えてから刀を抜こうとしたが、スムーズに抜けなかった。何度か抜いてから納めるだけの動作を繰り返す。

 なんとなく感触を掴んだユウトは、再び腰に構えてから刀を抜いた。


 「へぇ、一般的な剣とは随分勝手が違うはずなのに様になってるね。使ったことがあるのかい?」

 「いえ、無いと思います」


 刀になんとなく覚えはあるが、使ったことがあるという感覚は皆無だった。自分の感覚を信じるなら、おそらく使ったことは無い。

 ユウトの微妙な言い回しに店主が疑問を感じたようだが、特に追及はされなかった。

 ――剣よりも薄くて鋭い。切れ味重視ってことか。下手に受けたり、切りつけると折れそうだな。

 刀身を見ながら思案する。

 今のユウトでは、おそらく十分には刀を使いこなせない。しかも折れやすいのであれば余計に使えない。自分の腕に疑問をもった状態では命を預けることが出来ないからだ。であれば、本来の目的通り剣を買うべきだ。

 しかし、とユウトは力強く否定する。

 ――ここで刀を諦めて良いのだろうか。この、何かを感じさせる刀を。腕に自信が無いなどという理由で諦めるのかっ!?

 拳を握り、力を込める。

 ――否。断じて否だ。自信がないなら磨けば良い。そんなことは諦める理由にはならない。ここは心の命じるままに従うべきだ。ここで従わない奴は男じゃない!


 「……君、大丈夫かい?」


 目を瞑り、拳を握りこんで震えているユウトは、まるで真理に辿り着き、歓喜に震えているようだった。――つまるところ、不気味だった。

 店主はそんなユウトを胡乱げな目で見ていた。

 正気に戻ったユウトは、照れたような顔を浮かべた。


 「あの、そっちの鉄剣も買うんで、安くして貰えません?」


 結局ユウトは男心――否、オタク心に屈した。

 ユウトは、鉄製の槍と剣、刀の三つを買った。交渉の結果全部で銀十五銅三十にして貰った。

 刀の発祥国と同じ国の人が買いに来たのも何かの縁だから、と店主は刀をほとんどタダ同然で譲ってくれた。

 本当にヤマトの出身か分からないユウトは、騙しているようで気まずかったが、元の値段だと買うのは無理だったため、何も言えなかった。

 武器を受け取った後、宿に向かった。

 ギルドに教えて貰った宿だが、朝夕食事付きで一泊銅四十だった。食事付きな上に平均的な宿よりも安いためここに決めたが、食事も部屋の質もお察しだった。防具が出来るまでの三日は最低でもいる必要があるため、先に三日分の宿代を支払った。




 夕食後、ユウトは簡素なベッドの上で頭を抱えていた。


 「銀貨が八枚、銅貨が九十七枚。三日後の鎧の支払いが銀九……」


 広げた所持金を数えたユウトが、再び数え直す。


 「銀貨が一枚、二枚……」


 硬貨を一枚一枚数え、横にずらす。


 「八枚……一枚、足りなぁーい」


 何度数えても、鎧の支払いに足りなかった。


 「……本当に足りねぇよ。なんでこうなったんだ」


 何となくノリでやってみたが、気が滅入ってきた。

 なんで、と聞かれれば明らかに暴走したオタク心のせいだ。タダ同然にして貰ったとはいえ、元が高い刀だ。これを買わなければ銀貨の数枚は多く残っていたはずだ。

 ――刀に惹かれるのは男の性だと、心の底から思っていたあの時の自分を殴ってやりたいっ!


 「働こう……」


 とりあえず現実的な対処法に思考を戻した。

 ユウトは労働を決意した。

 というより、このままでは王都に行くための馬車にも乗れず、残りの鎧代すら払えない。

 元々、登録だけはガロでして、依頼は王都に行ってからのつもりだったが、早々に予定が狂った。


 「いやまぁ、別に拘りはないんだけど。……大手を振って出てきた手前、村を出てから二日で金欠って」


 誰もいない部屋で、自分に言い訳するようにユウトはぼやいた。


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