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第63話 戦いの幕引き


 ヴァルドの視線に誘われてギルツ達が視線を向けた先には、腹部を剣で貫かれて力を失ったように崩れ落ちたユウトの姿があった。


 「ユウト!?」


 信じられないものを見たとばかりに、ギルツがユウトの名を呼ぶ。

 しかし、地面に伏したユウトに動きは無かった。


 「嘘……、そんな……っ」


 同じようにユウトの姿を見たエリスが顔を青ざめさせる。その体は震えていて、今にも倒れてしまいそうだ。

 目の当たりにした光景を信じられず、二人が思考を停止させている中、冷静だったのは意外にもソフィアだった。


 「何しているのギルツ! すぐにエリスを行かせるわよ! エリスもしっかりしなさい!」


 その言葉に二人が我に返った。

 ユウトが刺されたのは紛れも無い事実だが、生きていれば治療が出来る。ここで時間を無駄にして、取り返しが付かなくなれば後悔してもしきれない。

 その一心で、ソフィアは冷静さを堅持することが出来た。

 この場で治癒術が使えるのはエリスだけであり、どんな手を使ってでもエリスをユウトの下に向かわせなければならない。

 ソフィアの一喝で落ち着きを取り戻し、その意図を理解した二人はユウトの下に向かおうとする。――が、すぐに行く手を遮られた。


 「勝手なことをされては困りますね」


 ヴァルドがギルツ達の前に立ち塞がる。

 すると、すぐにギルツが襲い掛かった。


 「どけぇぇぇっ!」


 大きく振りかぶった戦斧を気迫と共に振り下ろす。

 しかし、ヴァルドは避ける素振りも見せずに、戦斧に向かって手をかざす。


 「お断りします。“ウィンドウォール”」


 かざした手の平に圧縮された空気の壁が生じ、ギルツの一撃を受け止める。


 「くっ、そぉっ!」


 ギルツの表情が歪む。

 誰にも知られたくなかったユウトへの劣等感を仲間の前で暴かれた挙句、一矢報いることすら出来ない。

 ――何で俺はこんなに弱いっ!?

 そんな自分の弱さが悔しく、情けなかった。

 しかし、ギルツのそんな感情もヴァルドにとっては嘲笑の対象でしかない。


 「ははっ。良い顔ですね。予定とは違いましたが、その滑稽な顔を見れたので良しとしましょう。それと、そちらのお二人」


 ヴァルドの視界から外れるように移動していたエリスとソフィアに視線を向けることなく声をかける。

 ギルツが注意を引いているうちにと移動していた二人の挙動も、ヴァルドは正確に把握していた。

 声をかけられたソフィアは咄嗟に時間稼ぎに移る。


 「エリス走って! “フレイムランス”」

 「甘いですよ。“アイシクル”」


 ソフィアが放った炎の槍がヴァルドに向かうと、その手前で大きな氷柱に阻まれる。氷柱に突き刺さると、氷柱の一部を蒸発させながら消滅した。

 魔術は止められたが、僅かながらに時間を稼げた。――そう思えたのは、僅かな時間だけだった。

 ヴァルドの生み出す氷柱は一本では無かった。

 ソフィアの魔術を防いだ直後、エリスとソフィアを半円に囲むように氷柱を並べ、ユウトとの間に壁を作り出した。


 「そんなっ!?」

 「余計な手出しは無用に願います。さあ、息の根を止めなさい!」


 三人を完全に抑え込んだヴァルドが余裕をもってスバルに指示を出す。

 その言葉にギルツ達の顔が青ざめる。


 「やめろぉっ!」


 ギルツががむしゃらに戦斧を振るう。

 それを正確に風の壁で防ぎながら、必死のギルツを嘲笑う。


 「おやおや、だらしないですね。もっと頑張って下さい。早くしないとユウト君が死んでしまいますよ?」

 「貴様ぁっ!」 

 「あははははっ! ……ん?」


 声を上げて笑っていたヴァルドがあることに気付いた。


 「何をしているのです? 早くしなさい!」


 スバルが全く動かない。

 ユウトは既に地面に伏し、剣に貫かれた腹部からは血が流れて地面を赤く染めている。抵抗する素振りは無く、後は確実に剣を突き立てるか魔術を使えば、間違いなく息の根を止めることが出来る。

 しかし、スバルはそのどちらもをする様子が無かった。

 ――既に死んでいるから、指示を受け付けないのでしょうか……?

 確かに死んだ人間を殺せと言っても、それはそもそも達成不可能な指示だ。受け付けなくても無理は無い。

 それならそれで構わないのだが、出来れば確実に死んだという証拠が欲しい。


 「首を落としなさい」


 そう指示を変更した。

 生きていようが死んでいようが、これなら達成は可能だ。そして、首が落ちて生きていられる生物は居ない。

 しかし――。

 

 「あ゛あぁぁアァぁああぁァッ!?」


 スバルが頭を抱えて苦しみだし、同時に魔力が膨れ上がる。

 それを感じたヴァルドが慌て始める。


 「また魔力暴走ですかっ!? 調整したというのにまだ――」


 直後、極太の雷が落ちて、視界全てを真っ白に染め上げる。

 僅かに遅れて雷鳴が轟き、地面を砕くような爆音が響いた。


 「……っ。生きてる……のか」


 しばらくして、そうギルツが呟いた。

 光と音が止んでようやく状況が分かるようになったが、まだ目はチカチカするし、耳は良く聞こえない。

 周囲を見回すと、殆どの者がギルツと同じように地面に伏しているが、雷が当たったというわけでは無いようだった。あの威力の雷が当たったのならば、黒コゲになっていなければおかしい。

 実際、雷が治まったと分かり、皆立ち上がろうとしている。


 「全く――」


 突如声が耳に届き、反射的に声の主を探す。すると、ユウトの近くにヴァルドが立っていた。

 ユウトと、雷を落とした当人であるスバルは今も倒れたまま動かない。

 スバルが倒れているのは魔力切れによるものだ。

 今の暴走の折、残っていた全ての魔力を雷に費やした。もっとも、制御が出来ていなかったため、大半の魔力は魔術に還元されず、無駄に放出されただけだったが。

 その暴走はヴァルドにとっても予想外のことで、呆れたような目でスバルを見ている。


 「本当にタイミングが悪いですね。前にしろ今回にしろ、重要なところでこの様ですか」


 そう言いつつも落ち着いた様子のヴァルドを認め、ギルツが咄嗟に走り出す。

 予想外の事態に陥りながらもヴァルドが落ち着いているのは、焦る必要が無いからだ。

 それは即ち。

 ――まずいっ! この距離じゃ届かないっ!?


 「まぁ、目的は果たせますから良いでしょう。さようならですね。ユウト君」


 ヴァルドを止められないということだ。

 懐から短剣を取り出したヴァルドがユウトの首に振り下ろす。


 「ユウっ――!」

 「させると思うか」


 ユウトの名を呼ぼうとしたギルツの声に、セインの声が被さった。

 いつの間に近寄ったのか、ヴァルドのすぐ近くに迫っていたセインが振り下ろされようとしていた短剣を打ち払う。


 「くっ……、また邪魔をするか。近衛騎士っ!」


 短剣を弾かれたヴァルドが距離を取りながらセインを振り返る。

 先程までの余裕のあった表情は消え、その目には激しい憎悪と敵意が露わになっている。


 「当然、邪魔をするに決まっている。……また?」


 咄嗟に放たれたヴァルドの言葉に、セインが何かを感じ取った。

 

 「そうか……。貴様達だな、聖櫃に現れた賊は。何が狙いだっ」


 それは数ヶ月前にあった、エイシス兵を引き入れた大臣の反乱。その時、一部の者以外には秘匿されている聖櫃に賊が侵入した。

 その賊の素性も目的も、はっきりとしたことは未だに分かっていない。

 しかし、膨大な魔力を持つ特徴的な黒髪の男――スバルを連れて居る事に加え、近衛騎士に邪魔をされたことがあるという二つの点が該当するのはその賊くらいしか思いつかなかった。


 「そんなことを話す義理はありませんね」


 一度吼えたことで落ち着いたのか、既に口調は戻っていた。

 ヴァルドはセインと距離を保ったまま、視線を僅かに動かす。

 キメラと兵達が戦っていた方向に目を向けると、不快そうに眉を顰める。

 ――なんて運の悪い……。

 ヴァルドの視線の先には、黒コゲのキメラの残骸が二つあった。

 先程の雷が直撃したのは明らかだ。

 そのため、キメラが足止めしていたはずのセインが自由に動けるようになっていた。

 ――この男と正面からぶつかるのは得策ではありませんね。

 ヴァルドの魔術は、精霊銀の剣と鎧を身に着けているセインとは相性が悪い。精霊銀は魔力に対する耐性が極めて高いからだ。勿論、そうは言っても限度はある。

 だが、有象無象であれば兎も角、相手がセインとなれば、普通に撃っても避けられるか剣で打ち払われる。まともに当てるにはそれなりの手数を必要とするだろう。

 しかし、ヴァルドには精霊銀の耐性を貫くほどの魔術を連続で放てるだけの魔力は無い。

 絶対に勝てないとは思わないが、相性が悪く、不利なのは間違いなかった。

 そう判断したヴァルドは視線を更に動かす。

 ――あの様子なら、放っておいても死にますね。

 視線の先は、倒れたままのユウトだ。傷のある腹部の周囲はユウトの血で赤く染まっている。

 その出血量とそこから推測できる傷の深さから見て、最早誰が治癒術を使おうと手遅れだ。ならば、目的は既に果たしたと言って良い。

 ヴァルドはユウトを狙うのを止め、倒れているスバルに駆け寄ろうとする。それに気付いたセインが追う。


 「逃がすかっ」


 しかし、ユウトを守ることに意識を割いていたセインは、ヴァルドの意図に気付くのが一瞬遅れてしまった。

 結果、セインが追いつくよりも早く、ヴァルドがスバルに辿り着いた。


 「これ以上貴方に付き合う気はありませんよ」

 「待てっ!」


 引き止めるセインの声は虚しく響き、二人の姿は消え失せた。

 ――逃がしたか……。いや、今はそれよりも。

 振り返ると、既にユウトの側にエリス達が集まっていた。


 「エリス早くっ!」 

 「分かっていますっ!」


 うつ伏せに倒れていたユウトを仰向けにすると、三人が青ざめる。

 傷口から流れ出た血液が、ユウトの体を真っ赤に染めていた。

 ――傷が深すぎる……。私だけじゃ……っ。


 「ギルツさん、ユウトさんを村に運んで下さい。ソフィアさんはすぐに院長先生とエイミィ、ケイトさんを呼び戻して下さい」


 エリスはユウトに治癒術を使いながら、二人に指示を出す。

 

 「分かった」

 「了解よ。すぐに連れてくるわ」


 二人は返事をすると、エリスの指示に従った。

 ギルツは振動を与えないようにゆっくりとユウトを背負い、ソフィアはガロの方角に向けて走り出した。


 「私の家を使うと良い。入り口に近いから、孤児院に連れて行くより早い」


 ギルツがユウトを背負ったところで、セインが声をかける。

 エリスは時間が惜しいとばかりに首を縦に振るだけで返事をして、そのままギルツと共に村に戻っていった。




 その場に残ったセインは殆ど炭になったキメラを視界に収めながら、ため息を吐いた。


 「まさか、こんなことになるとはね……」


 ここに来てから予想外のことが起き過ぎている。

 ユウトが居た事からしてそうだったが、更にヴァルドが襲ってきて、ユウトが刺された。挙句に――。


 「セイン様」


 声をかけられ、セインが振り向く。

 声の主はオルクだ。


 「結果は?」


 セインが短く問うと、オルクは軽く一礼してから答える。


 「間違いないようです。何人かが気付いていました」

 「やはりそうか。……私の勘違いならば、どれほど良かったか」


 セインが憂鬱そうな表情を見せる。

 戦闘が終わり、エリス達がユウトを連れて行った後、セインは戦闘の後始末やキメラの調査等を行なうために残った。だが、本命は別にあった。

 戦闘中、セインが気付いたある事を調査するためだ。

 最初は単なる気のせいだと考えていた。しかし、戦闘が終わってみるとどうにも気になったため、オルクに調査をさせることにした。

 その結果は、先の通りだ。

 

 「ですな。このことが知れれば、間違いなく拗れるでしょう」

 「ああ。だからこの件は、こちらで、この場で、全て終わらせる」


 他の誰にも知られてはならないという意図を込めて、そう言った。

 このことは誰にも――特にユウト達にだけは知られてはならない。このことを知られれば、ユウト達とセインの間には明確な溝が出来る。

 それはセインにとって都合が悪い。

 そのため、セインは兵士達にも気取られないように調査するようオルクに指示してあり、現在詳しい事情を知っているのはセインとオルクだけだった。


 「はっ。了解しました」


 オルクはそんなセインの意図を正確に理解して、返事をする。


 「……彼が知れば、汚い大人だと罵られるかな?」


 セインは少しの間視線を彷徨わせると、独白するように呟いた。


 「かもしれません。ですが、これも必要なことかと」


 セインはユウトに対して、どこか後ろめたさを感じていた。

 オルクはそれを承知で、その背中を押している。元よりオルクはそのために居る。

 事実を隠蔽することが正しいことだとはオルクも思っていない。だが、同時に悪だとも思っていない。言うべき事と言うべきではない事はその時々において必ず存在する。

 それを言うことが互いに不利益しか生み出さないのであれば、黙っているべきだ。

 オルクは今回の件がそういう類の物だと思っていた。

 それはセインも理解している。だからこそ、そう指示しているのだ。

 

 「必要なこと、か。確かにそうなのだろうが、気持ちの良い物ではないな」


 印象を良くする為に悪い事実を秘匿する。

 それでは騙しているのと変わらない。少なくとも、誇れるようなやり方ではない。

 いずれは背中を預けあえればと思っている相手に、そんなやり方をすることが本当に許されるのか。その時に、胸を張って背中を預かれるのか。

 セインの迷いはそこにあった。

 すると、オルクが恭しく頭を垂れる。


 「その時が来たら、片棒を担いだ者として私も頭を下げましょう」


 そのオルクらしくない台詞に意表を突かれたセインが笑う。


 「いつの間にそんな忠義者になったんだい?」

 「これは心外ですな。私は常に忠義を尽くしております」

 「よく言うよ」


 一々仰々しい態度を取るオルクに、セインが呆れたように肩を竦める。

 オルクの態度のどこが忠義を尽くしているというのか。

 しかし、頼りになる副官なのは確かだった。

 オルクの軽口のおかげで気が楽になったセインは心の中で礼を告げ、後始末をするために村に戻った。


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