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第57話 村への帰路


 フィリアが大森林に去ると、その背中を見送っていたギルツがしてやられたという表情を浮かべる。  


 「何と言うか……ソティスさんにまんまと乗せられた感じだな」

 「あぁ。最初からこの状況に持っていくつもりだったんだろう」


 敢えてソフィアを煽り、決別するような形で半ば強引に外に送り出した。

 形の上では娘を村から追い出したようにも見えるが、その実ソフィアの意思を最大限汲み取った上で、ソフィアを守るための判断だ。見る者が見ればそれは一目瞭然なのだが、あのやり取りの後ではディオス以上に異論を挟める者は居ないだろう。

 ソティスが人間を拒否する立場は現状変えることが出来ない。しかし、ソフィアはそれにどうしても納得がいかなかった。

 あのまま続ければ、ソフィアと他のエルフ達との間に確実に溝が出来ていたはずだ。既に出来かけていると言っても良いかもしれない。それほどまでにソフィアと他のエルフでは人間に対する感情に差があるのだ。

 ソフィアが村に残っても、その溝はずっと埋まることは無かっただろう。そうなれば、村人達もソフィアもずっと気まずい雰囲気で――最悪、険悪な関係で過ごさなければならなくなる。それを避けるためにも、ソフィアは外に出たほうが良かったし、ソフィア自身もそれをどこかで望んでいた。

 ソフィアのためにも、村のためにも、この判断は適切だった。

 そして、ソティスが言った通り、長い時間ソフィアが人間の中で生き、その実情を知った上で戻れば、その言葉には重みが出る。

 ウェントーリ大山脈に行った際のソフィアの話を半信半疑で捉えていた村人達も、今回ユウト達人間を直に見て、更に将来実際に人間達の中で生きてきたソフィアの言葉を聞けば、その意味を真摯に受け取るだろう。その結果として、村人達がどう判断するかは分からないが、少なくとも先入観だけで決め付けることにはならないはずだ。

 数十年、村に戻れないというデメリットは負ったが、ソフィアが役割を果たせれば、エルフの人間に対する認識が一変する可能性もある。人間に気持ちが傾いているソフィアにとっては、願ってもない機会だった。

 結局、ソティスは村長という立場とソフィアの父親という立場を両立し、どちらにとっても良い結果を導き出した。

 それに比べて、ユウト達はといえば。


 「もしかしたら戦闘になるかも、とか思ってたのが恥ずかしくなるな」

 「年の功とはよく言ったもんだ……」


 最悪、エルフの村長という立場から自分達を無理矢理にでも拘束――処分しようとするのではないかと疑った。しかし、ソティスは最初からユウト達に危害を加えるつもりは毛頭無く、それどころかソフィアを通して人間を知ろうとする姿勢まで見せた。

 器の差を見せ付けられたようでもあるが、改めて考えてみると思慮の深さでユウト達がソティスに勝てないのは、ある意味当然のことでもある。


 「俺達の十倍から十数倍は年上だ。年の功ってことなら、どれだけ積んでるのか分かったもんじゃない」


 外見こそユウト達より少し年上といった程度の美青年だが、その中身は百年以上の時を重ねたエルフだ。その重ねた時の分だけ、ユウト達よりも知識があり、経験があり、思慮に費やした時間がある。その差を埋めるのは、並大抵のことでは無い。


 「まぁ、それは兎も角。結果としてはそう悪い物でもない。だろ?」

 「悪い結果ではない。確かに、俺達にとってはそうだけど。そう言ってしまって良いものか……」


 ユウト達にとっては無条件での解放に加え、ソフィアが仲間に加わり、更に人間の認識を変える機会も貰えたことになるため、これ以上ない結果と言って良い。

 だが、父親や家族と呼んでいた村人達から追い出されたソフィアにとってはどうなのだろうか。

 ユウトが視線を向けると、ソフィアは寂しそうな顔で俯いていた。

 ――事情が事情なだけに皆から背中を押されてって訳にいかないのは分かっているだろうけど、流石にな……。

 エルフの同胞達がソフィアの行動を好ましくは思っていないのは目に見えている。その上、形だけとはいえ父親から追い出された。まだ十七の娘には、理解が出来ていても受け入れるには辛いはずだ。

 どう声をかけようか迷っていると、エリス達女性陣がソフィアに近づいた。


 「ソフィアさん」

 「……ん、何?」


 ソフィアの弱々しい返事を気にした様子も無く、エリスが明るい表情を向ける。


 「こちらのお二人はアンさんとケイトさんと言って、私やユウトさんのお師匠様なんです」


 「よろしくね」と二人が笑顔を浮かべると、ソフィアも「よろしくお願いします」とそれに応じる。しかし、その表情には元気が無い。

 エリスはそんなソフィアの様子に勿論気付いていて、声をかけた。そして、同じように気付いていて、更にエリスの意図を汲んだアンとケイトが明るく声をかける。


 「敬語はいらないからね。私達、エルフの友人は初めてよ」

 「友人……?」

 「うん。会ったばかりだけど、良ければお友達になろう」


 それは図らずもユウトがソフィアに言った言葉と同じだった。

 その言葉に驚いて、ユウトに言われたときの事を思い出した。つい、クスッと笑みを溢し、胸が温かくなったように感じた。

 ――そっか……、うん。やっぱり知らないなんて勿体無いわ。こういう人間達は確かに居るんだもの。皆にちゃんと分かって貰うためにも、私自身がもっと人間のことを知らないと。

 そう決意を固めたソフィアの表情に明るさが戻った。


 「その言葉。人間達の中では友人を作るときに言う決まりでもあるの? 前にユウトにも言われたんだけど」

 「そうだったんだ。二番煎じになっちゃったかぁ」

 「わざわざお友達になりましょうなんてくさい事言う人、ほとんど居ないわよ」

 「アンてば酷い!」


 アンとケイトが楽しそうに言い合っていると、それに釣られてソフィアも笑顔になる。

 その笑顔を待っていたエリスが優しい表情を向ける。


 「少しは元気が出ましたか?」

 「……えぇ、心配してくれてありがとう」

 「いいえ。きっと長い付き合いになりますし、仲良くしたいですから」

 「私もよ。まだ人間のことを良く知らないから、色々教えて」

 「勿論です。代わりと言ってはなんですが、エルフのことも教えて下さいますか?」

 「当然よ。……特に貴方とは色々話をして、詳しく知っておきたいわ」

 「私も、貴方の事を良く知っておきたいです」


 二人が笑顔を向け合う。しかし、その笑顔にはどこか迫力があった。

 いつの間にか言い合いを止めて二人の動向を見守っていたアンとケイトが、二人の笑顔から発される異様な迫力に飲まれて一歩下がった。


 「何か入り込めない雰囲気ね。っていうかちょっと怖いんだけど」

 「だねぇ。でも、これはこれで面白くなりそう」


 そんな会話をしているとは知らず、賑やかに話をしている四人を見ていたユウトが胸を撫で下ろす。

 ――やっぱり女同士の方が話が弾むのかな。

 ソフィアも元気になったようなので、そのまま女性陣に任せることにした。

 ソフィアから意識を外すと、それ見計らったようにランドとカインがユウト達に声をかける。


 「今更だが、彼女はお前達の知り合いなのか?」

 「はい。俺とギルツが少し前に出会った子で、短い間ですけど一緒に旅もしました」


 それは概ねカインの予想通りの答えだった。

 ランドとカインも話を聞いていたため、会話の中で大体のことは想像がついていた。念のためと思って確かめたが、これで色々と合点がいった。


 「お前がエルフのことを知っている風だったのは、彼女から聞いていたからだったんだな」


 そう言ってソフィア達に視線を向けると、女性陣もランドとカインの紹介をしているようだ。「とりあえず名前だけ覚えておけば良いよ」と酷い紹介の仕方をしているのが微かに聞こえた。

 ランドとカインにも聞こえたのだろう。文句を言いたそうな目でアンとケイトを睨んだが、当の二人はどこ吹く風で気にも止めていなかった。

 その様子に苦笑しつつ答える。


 「えぇ、ある程度は」

 「また短い時間で濃い経験してんな、お前等」

 「その分大変なことも多いけどな」


 風竜のことを思い出し、ギルツが苦々しい顔になる。

 ギルツの顔で何となく結構な酷い目にあったのだろうと察したランドとカインが話題を逸らす。


 「それはそれとして、目的は果たせたのか?」

 「えぇ。原因は取り除きましたし、村で素材を拾ってからガロに帰りましょう」

 「もう一つの目的は……聞くまでも無いか」


 ランドの視線がソフィアに向けられる。

 その仕草で、ソフィアの無事を確認するというもう一つの目的があったことを見抜かれていると確信した。


 「あはは……、ばれてましたか」

 「お前が大森林の中に入っていった辺りで何となくな」

 「すみません」

 「原因を探るという建前の目的を果たしたのだから、別の目的の有無は大した問題じゃない。そもそも、謝る理由も無いだろう」


 カインは騙されたとも利用されたとも思っていない。

 元々勝手について来たのはカイン達だ。

 最初について行くと言った時ユウトが困惑した様子だったのは、このことがあったためだと今のカイン達なら理解できる。エルフのことを知らないカイン達に事情を話すわけにもいかず、それに気付かず無理について来たため、結果的に騙すような形になっただけだ。

 そんなつもりも毛頭無いが、カイン達にユウトを責める権利は無い。

 カインと同じ意見のランドも、後押しするように頷いた。


 「だな。……それはそれとして、道すがら大森林の中であったことを話して貰うぞ」

 「話せる範囲で良ければ」

 「十分だ」


 新たにソフィアを加えたユウト達は、ガロへ戻るために村へ向かって歩き出した。 




 そして、ユウト達が居なくなると、大森林の中からヴァルドが姿を現す。


 「やれやれ、長耳共の力を借りたとはいえ、仮にもAランク相当の合成魔物(キメラ)をあそこまで簡単に倒しますか」


 いつも通りの口調。しかし、その声には異様な真剣さと重く、暗い響きが含まれていた。

 ヴァルドはキメラをユウトにぶつけるため、エルフの村を襲わせていたキメラを回収に来ていた。この村を最後にしようとソフィアの村が襲われるのを待っていたのだが、幸運にもユウト自らがキメラの下まで出向いてきた。

 これは手間が省けたと、そのままキメラでユウトの実力を探ろうとしたのだが――予想以上の結果だった。

 主に身体能力を高めた個体だったのだが、そのキメラの身体能力と同等以上の“強化”を使い、危なげなく時間稼ぎを行なっていた。しかも、それでもまだ全てを見せたわけではないようだった。

 ――あの強さは厄介ですね。敵に回れば確実に私達の障害となる。

 近衛騎士に推挙されているのだから、それなりの力は想定していた。しかし、メイザースがわざわざ実力を確かめて、場合によっては確実に消すとまで言うほどには危険視していなかった。

 だが、それは自分の考えが甘かったのだと今なら理解できる。

 真の近衛騎士の――それに選ばれる者の恐ろしさを、厄介さを見誤っていた。

 おそらく、以前聖櫃でヴァルドが当たったのは、真の(・・)近衛騎士では無かったのだろう。

 そういう意味では、今のうちにユウトを発見できたのは僥倖だ。

 ユウトが精霊銀の武具を持った後で、しかもユウトと同等以上の近衛騎士達を複数同時に相手取ることを考えると、どれだけ手間を取られるか分からない。


 「えぇ。認めましょう。君は確かに私達の邪魔になる。ですから――」


 ヴァルドの瞳に深い闇が垣間見える。しかし、それを見ることが出来た者は居なかった。


 「確実に消えて貰いますよ、ユウト君」


 そう言い残してヴァルドは姿を消した。




 一方、ヴァルドに目を付けられていることを知らないユウトは、ギルツ達と共に村に向かっている最中だった。

 女性陣は先行する男性陣から少し離れて後に続いていたが、いつの間にか四人はすっかり仲良くなっていた。


 「ねね。それでどうなったの?」

 「ユウトを助けた人が居て、私とギルツが麓の村に戻る前に連れてきて、それからずっと眠っていたの」

 「へぇ、それはまた不思議というか不可解な話ね。どうやって降りたのかしら?」

 「それは私たちにも……。でも、何であれユウトが無事だったのならそれで良かったから……」


 今はソフィアがユウト達とウェントーリ大山脈に向かったときの話をしていた。

 エリスにとっては自分が知らない間のユウトの話であるため興味津々で聞いており、アンとケイトは冒険者として未知の場所での経験に興味があった。また、それ以上に――


 「やっぱりソフィアってユウトのこと好きなの?」


 ソフィアの顔がボッと火がついたように赤くなる。


 「分かりやすいねぇ」

 「あぅ……」

 「これは手強いライバルが現れたわね、エリス」

 「私は別に、その……ライバルだなんて……」


 唐突に水を向けられたエリスが焦る。その表情はソフィアに負けず、真っ赤になっていた。

 ――あぁ。この二人、反応が初々しくて楽しいっ。

 アンとケイトは新しく出来たからかい甲斐のある玩具――もとい妹分と、それによって生まれた人間関係に心を躍らせていた。


 「まぁ、ライバルは良いけど、ちゃんと仲良くしなさいね。じゃないと、ユウトが悲しむわよ」


 からかい甲斐があるとは言っても二人が可愛い妹分なのも確かなので、年長者としての助言は忘れない。

 しかし、エリスとソフィアは顔を見合わせるとクスリと笑う。


 「大丈夫ですよ」

 「えぇ、エリスとは仲良くやっていけるわ」


 会って間もないが、お互いに信用に足る相手だとは分かっていた。何より同じ相手を好きになった者同士、妙なシンパシーのようなものを感じており、仲良くなれそうだという確信に近い予感があった。


 「余計なお世話だったかしらね」

 「そうみたい。でも、仲良くやれるなら、三人で一緒になっちゃえば?」

 「三人で……ですか」


 ――あらま。思ったより好感触?

 乗り気とまでは到底言えないが、否定的なようにも見えない。ソフィアの様子も概ね同じだった。

 冗談半分だったのだが、これはこれで結論としては悪くない。ケイトの見た限り、ユウトも二人のことが好きなようだが、どちらか一方を選べる段階には無いし、ユウトとしても選び難いものがあるだろう。

 独占出来なくはなるが互いに仲良くやれるなら、一方が選ばれない可能性があるエリスやソフィアは勿論、どちらかを選ばないことになるユウトにとっても、ある意味理想的な未来だ。

 ――今のうちにそういう方向に持っていけば、全員ハッピーじゃない?

 そう思ってアンに目配せすると、分かっていると言いたげな視線が返って来た。二人が意思疎通をして意見を同じにしていると、人間の結婚観が分からないソフィアが恐る恐る聞く。


 「その……三人でって人間の間では普通なの?」

 「普通では無いけど、そう珍しいことでもないわね。跡継ぎの関係で王族や領主なんかは普通に何人も奥さんが居るわ。エルフでは禁止されてたりするの?」

 「いいえ。他の村のことまでは知らないけど、私の村では別に禁止されていなかったわ。ただ、元々若いエルフは少ないし、何人も奥さんを娶るようなことはそもそも難しいから」

 「禁止する以前の問題ってことだね。エリスはどうなの? シスターさんはそういうの禁止されてたりするの?」

 「いえ。あの、そもそも私はシスター見習いのようなことをしていますが、シスターでは無いんです」

 「あれ、そうなの? そういえば、シスターさんらしいことをしているところ見たこと無いかも……?」


 シスター服のようなものを着て、小さいながら礼拝堂のある孤児院で暮らしているため当然のようにシスターだと思っていたが、言われてみると確かにエリスが祈りを捧げるようなシスターらしいところを見た記憶は無かった。

 それもそのはずで、エリスの格好や生活環境は、院長がシスターだった頃の経験に基づいて教育を施していた産物というだけだ。エリス自身はシスターになろうと思ってはおらず、同時に院長がエリスをシスターにしようとしていたわけでもない。実際、シスターを辞めている院長自身も、今ではシスターらしいことは特にしていない。


 「はい。シスターになるには、きちんとした礼拝堂のある教会――この近くだとガロですね。そこで洗礼を受け、色んな勉強をしなければならないんです。ですが、私はそのどちらも受けていませんから」

 「そうだったんだ。でも、それなら余計問題ないよね?」

 「それはそうなんですが……」


 ――もう一押しね。

 二人の反応はそう悪い物では無い。もう一押しすれば、全面的な賛成ではないにしても首を縦に振るだろう。

 そうなれば、後はその方が良いのだと時間をかけて教え込んでいけば良い。

 そう考えたアンとケイトは趣味と実益を両立させた――と、自分達ではそう思っている計画に二人を乗せようと、笑みを浮かべた。




 女性陣の少し前を歩くランドとカインは、そんなアンとケイトの様子を背中に感じて、呆れたような困ったような複雑な顔をしていた。


 「なぁ……カイン」

 「……あまり聞きたくないが、何だ?」

 「あいつら、絶対余計な……というか変なこと吹き込んでる気がするんだが、俺の気のせいか?」

 「安心しろ。俺もそう思っている」

 「……止めるべきか?」

 「止めて聞くようなら苦労しないだろう。そもそも、お前はあの中に入っていって、止められるのか?」


 カインが姦しい女性陣に目を向け、ランドも釣られたように視線を動かす。そして、男が立ち入り難い雰囲気を感じて苦々しい顔になる。


 「それは……嫌だな」

 「そうだろう。……あいつらも二人のことは大事に思っているはずだ。下手なことは言わないだろう……多分な」

 「最後の方やけに声が小さいんだが、自信無いんだろ」


 ――そんなことは無い。

 カインはそう心の中で答えた。


 「口に出せ、口に。表情だけ自信満々にして後になってから、そうだとは言ってない、とか何とか言って逃げるつもりだろ」

 「それは誤解だ。言いがかりはやめて貰おう」

 「なら、はっきりと口に出せ」


 ランドが詰め寄るが、結局カインは口に出すことはしなかった。




 「後ろは随分楽しそうだなぁ」


 四人で楽しそうに話している女性陣と、喧嘩しているようで仲が良さそうなランドとカインの声を背中に受けて、ギルツがぼやく。


 「良い事じゃないか」

 「まぁな。ランドとカインは兎も角、嬢ちゃん達は何を話してるんだろうな」

 「さてね。女同士の話を男が聞こうとしない方が良いと思うぜ」

 「ほう。それはまた何で?」

 「大抵は聞いてもへこむだけだ」


 そう答えたユウトはどこか達観したような遠い目をしていた。


 「……なんか実感篭ってるな。そんな経験あるのか?」

 「分からんが、そんな気がしてる」

 「そうか……きっと嫌なことがあったんだな」


 記憶の無いはずのユウトがそう言えるほどはっきりとした感覚があるなら、きっと忘れ難い経験だったのだろう。そう思ったギルツが生暖かい視線をユウトに向けた。


 「まぁでも、嬢ちゃん達に限ってそれは無いだろ」


 ギルツの目から見ても、エリスとソフィアがユウトに好意を持っているのは明らかだ。その二人が、ユウトがへこむような陰口を叩くとは思えない。むしろ、あり得るとすれば――。

 

 「もしかしたら、お前の取り合いでもしてんじゃないか?」

 「マジで止めてくれ。胃が痛くなりそうだ」


 冗談で言っただけなのだが、思いの他ユウトの反応が本気だった。なので、変な誤解を招かないよう、一応言葉でも否定しておくことにした。


 「冗談だ。あれが取り合ってる様子に見えるか? 仲良さそうに話してるじゃんか」

 「ばっか、お前。女子は怖いんだぞ。人前では仲良くしていながら、裏で口撃とかざらなんだからな!?」


 どこで貰ってきたのかトラウマを刺激された様子のユウトが悲鳴をあげる。そのあまりの様子にギルツが心底心配そうな表情になった。


 「お前のその穿った女性観はどこから来てるんだよ……。本気で心配になってきたぞ……」

 「放っておいてくれ。俺自身が原因を覚えてないんだからどうしようもない」

 「拾われてからじゃないなら、その前ってことか……。しかし、その穿った女性観もあくまで取り合いになったような場合だろ。あの二人なら大丈夫じゃねぇかな」

 「何を根拠に……」

 「勘だ」

 「なんて当てにならない言葉だ」


 自信満々に言い切ったギルツに冷たい視線をぶつける。女心に関して男の勘ほど信用出来ない物は無い。


 「失礼な奴だな。大体、あの二人は相性自体は悪くないようだし、取り合う理由が無けりゃ険悪にもならんだろ?」


 ユウトの失礼な視線に不満気な顔をしながら何の気なしにそう言うと、ユウトが不思議そうな顔をした。


 「……どういう意味だ?」

 「どうって……そもそも、お前を取り合う理由は無いだろ? あの二人が互いに嫌い合ってるなら別だが」

 「すまん、意味が分からないんだが……?」

 「意味が分からんって……あぁ!」


 理解が及んだギルツが唐突に声をあげた。

 アルシールでは一夫多妻が認められている。エリスとソフィアの仲が悪くないのなら二人一緒に娶れば良く、そう考えれば二人がユウトを取り合う理由が無い。

 ギルツは当然のようにそう考えていたのだが、記憶の無いユウトはそういった常識に関しても一部欠落したままだ。結婚観に関しても欠落している可能性がある。


 「そうか。その可能性があったな。そんなことわざわざ確認したり、説明したとは思えんし……」

 「全く話が見えないんだけど。一人で分かったようなことを言ってないで説明してくれ」

 「……いや、それは勿体無いので断る」


 説明しようと思い、しかし思い直す。

 ――誤解したままのほうが面白い。

 そんなことを思っていたのが伝わり――そもそも、勿体無いなどと口走っていたが、ユウトの表情が不機嫌になっていく。


 「段々腹が立ってきたんだが……」

 「そう言うな。余計なことを吹き込んで怒られるのも嫌だしな。とりあえず、二人がお前のことを好いているのはまず間違いねぇよ。心配すんな」


 ユウトがそうなるとは思えないが、複数妻を娶れると聞いて二人以外の女性に手を出そうとし始めたりしたら、原因を作ったギルツが間違いなく二人から手酷い叱責を受けることになるだろう。

 ――それは避けたい。割と本気で。

 ユウトはまだ納得していないようだったが、我が身の平穏のためにもここは黙秘を貫かせて貰おうと決めた。


 「別にそんな心配をしているわけじゃ……」


 照れたようにボソボソと否定するユウトの言葉は、ギルツの耳には届いていなかった。




 そんな会話を続けながら足を進め続けていると、ユウト達一行は村の近くにまで戻って来ていた。

 そこで――。


 「また随分居ますね」

 「だねぇ。とりあえず敵ではない、かな」

 「おそらくは。しかし、どうなってるんですかね」

 「ちょっと分からないかな」


 ユウトとケイトが“探査”で感知したのは村に居る大勢の人間達。住んでいた村人を全員集めた人数の倍近い。


 「とりあえず、敵で無いなら普通に戻れば良い」

 「そうですね。でも、その前に」


 エリスが自分の外套を脱いでソフィアに渡す。


 「え?」

 「ソフィアさんがエルフだということは、今はまだあまり知られない方が良いと思います。それで耳を隠して下さい」

 「あ、うん。そうね」


 言われた通り外套を羽織り、フードを被る。

 ソフィアは旅支度を整えて出てきたわけでは無いため、殆ど身一つだ。元々特に持ってくる物があった訳ではないので、そういう意味では困らないが、エルフの特徴的な耳を隠す物も持ち合わせていなかった。

 アン達が普通に受け入れていたため忘れていたが、大っぴらにエルフであることを喧伝するわけにはいかない。


 「これで大丈夫ね。じゃあ、このまま行きましょう」


 ソフィアの耳が隠れたのを確認したアンが促す。

 ユウト達は一応の警戒はしつつ、そのまま村に向かった。


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