第52話 大森林の辺
翌日、ユウトとギルツ、それに新たに加わったエリスの三人はランド達のパーティーと共にガロの町を出た。
人数が増えたことで馬が使えないため、今回は徒歩だ。
「ギルツもそうだが、改めて見るとユウトも俺等より良い装備だな」
「えぇ、少し前にちょっと奮発しまして」
ランド達の装備は心臓を守る胸当ては鉄製だが、それ以外は革製だ。武器もユウトの白夜のように特別製と言うわけではない。
「たった半年で私達と同じCランクになるくらいだもの、沢山稼いでるわよね」
「やれやれ。何から何まで弟子に追い抜かれるとは、不甲斐無いことだな」
「私、その内エリスにも抜かれそうな気がしてきたよ……」
「いえ、私はそんな……。この格好もまだ慣れませんし」
「それは仕方ないわ。でも、良く似合ってるわよ」
恥ずかしそうにしているエリスは普段のシスター服姿では無かった。
ケイトが身に付けているような丈の長いローブとその上に革の胸当てを着けて、杖を手にしている。
「でも、本当に頂いても良かったのでしょうか」
「気にしない気にしない。折角のプレゼントなんだから貰っておかないと」
「そうそう」
「あぁ、気にしないで使ってくれた方が俺も嬉しい。お祝いってのもあるし、少しでも身を守るのに役立てばそれで良いさ」
「はい……、ありがとうございます」
エリスがはにかむように微笑んだ。
ユウトと共に行動することを決めたエリスは、昨日の内にギルドで冒険者として登録した。
魔物と戦うことになる以上、普段のシスター服という訳にはいかない。そうは言っても、村に居たエリスは当然武器も防具も持っておらず、村では使う機会が少ないため金銭も殆ど持っていなかった。
そこでユウトが金を出して、一式揃えてエリスに贈った。ユウトとしてはそれで少しでもエリスの危険が減るのなら安いものだし、依頼をこなしつつ時折臨時収入を得ていたユウトの懐具合から言えば、並の装備なら事実安いものだった。
それでもエリスが申し訳無さそうだったので、冒険者になったお祝いということにして受け取らせた。
「ところでユウト。大森林に向かうと言っていたが、このまま南で良いのか?」
「そうですね……」
大森林はアルシールの南部の更に南側を東西に広がっている。ガロから真っ直ぐ南に進むのが最も早く大森林に着くルートになるが、今回の目的は魔物が村に向かってきた原因を調べることにある――と言うことにしてある。
本当の目的はソフィアの無事を確かめることなのだが、どちらにせよ大森林の中に入るわけにもいかないため、原因を探って間接的にソフィアの無事を確かめるくらいしか手段が無いのが現状だった。
そのため、原因が大森林のどこにあるのかが肝要になる。
「魔物が向かってきた方向って分かりますか?」
「村の南側だね」
「なら、村を経由して南に。魔物が来た方向に向かいましょう」
「了解だ」
前と同じように、村に来た魔物がより上位の魔物から逃げてきたのであれば、向かってきた方向の先に原因があると考えるのが妥当だろう。それに、村ですべきこともある。ユウト達はひとまず村に向かうことにした。
「そういや、今回と同じような事態に遭遇したって言ってたが、その時はどんなだったんだ?」
その道中にランドが聞く。
「そういえば。確かに聞いておいた方が良いわね」
「あぁ。すっかり失念していたな」
次々に同意の声があがる。
一方ユウトはどこまで話して良いものか迷う。
エルフのことを勝手に話すわけにはいかないが、だからといってそこを誤魔化すのも嘘をつくようで心苦しい。――断じてソフィアのことをエリスの前で話すのが怖いわけではない。
助けを求めるようにギルツを見ると、何かを察したような笑顔で頷いた。
――あ、こいつ絶対面白がってやがる。
助けは期待できないと判断を下したユウトは、妥協案を提示する。
「ある人との約束で全部は話せないんですが、ある程度なら」
「依頼内容に他言しないことが含まれている場合もある。話せる範囲で構わない」
カインの答えに安堵したユウトは、依頼で王都の南にある小さな村に行ったときの話を始めた。
それほど長い話ではない。しばらくすると、伝えられる範囲の話が終わった。
「なるほど、確かに似たような事態だな。多少違うのは魔物が村の付近に留まっていたということだが……」
「村の近くなら、マンティアントとやらが近づいて来ないと考えたんじゃないか?」
「ふむ。ありえない話ではないか……」
「そうね。それにしても新種の魔物が出たとは聞いていたけど、発見者が貴方達だったなんてね」
「もし今回もそんな魔物が居たら、ユウト君達に任せるしか無さそうだね」
「だろうな。話を聞く限り俺達で相手をするのは難しいだろう」
ランド達がユウトの話を元に、いざという時の対応と対策を講じ始める。
ユウトが話したのはマンティアントを倒したところまでだ。それ以降はどうしてもソフィアのことを話す必要があり、また今回のことに関して事前に話しておかなければならない内容でもないため、話すのを控えた。――しつこいようだが、ソフィアのことを話すのが怖い訳ではない。
「ユウトさん」
「ん?」
「私にも話せませんか?」
近づいてきたエリスが拗ねたような顔をする。
今回のことに関係する重要な部分は話しているが、そうではない部分は殆ど話していないことをエリスは察していた。
「……ごめん」
「意地が悪かったですね。ごめんなさい。話せないことの中に、ソフィアさんという方のことも入っているんですね」
「何で、それを?」
「勘です」
ユウトの驚いた顔を見て、エリスが満足そうに笑った。
話せないのは仕方が無いことだと分かっていても、やはり秘密にされるのは面白くない。とりあえずユウトを驚かせることが出来て、エリスは溜飲を下げた。
「ん?」
ふと、生暖かい視線を感じて目を向けると、ギルツとアン、それにケイトがニヤニヤしていた。
軽く睨みつけると、三人が顔を寄せ合ってコソコソと言葉を交わし――再びユウトとエリスを見て、ニヤリと分かりやすく笑みを浮かべてから、何も無かったようにそっぽを向いた。
――こいつら……っ。
おちょくるような態度にイラッとする。それからギルツだけは後で殴ろうと心に決めた。
一方エリスは恥ずかしかったのか、顔を赤くしてユウトから一歩離れた。
「お前達はもう少し緊張感を持ってくれないか……」
その様子を見ていたカインとランドが呆れた顔で溜め息を吐いた。
多少急いだこともあって、ユウト達は予定よりも早く村に到着した。
先日はランド達の疲労が大きかったため、戦闘が終わるとすぐにガロに向かった。そのため、村の中には今も無数の魔物の骸がそのままになっていた。
「何とも酷い光景だな……」
「そうね。建物はどこも血が飛んだり壊れたりしてるし、地面には血やら肉やらが散乱してる。見ていて気持ちの良いものじゃないわね」
今回は人的被害はゼロで済んだが、運が悪ければ散乱している死骸は魔物ではなく村人だったかもしれない。そう思うとゾッとする。
ユウトが改めて辺りを見渡していると、エリスが辛そうな顔をしていることに気付く。
近づいていくと、見計らったようにエリスがユウトに声をかける。
「私達の村、ボロボロになっちゃいましたね」
「……うん」
この光景は一度見ているはずだが、その時は戦闘中だったり戦闘が終わった直後だ。気分が高ぶり、また無事だった安堵から周囲の様子を確認している余裕は無かっただろう。
落ち着いてから改めて見たことで、こみ上げて来る物があるのだろう。それを我慢しているのか、エリスの声はやけに平坦なものだった。
「でも、皆無事ですから、すぐに元に戻ります」
「うん」
「生きていれば、何だって出来ますから」
「うん」
「ユウトさんったら、さっきからうんしか言ってませんよ」
「……村自体は壊されても直すことが出来る。だけど、そこに在った記憶や思いが踏みにじられたことに変わりは無いよ。だから――辛くて当たり前なんだ」
エリスの瞳が揺れる。
ユウトの言葉は図星だった。村人は全員無事で、村もいずれは再建できる。しかし、ずっと暮らしていた大切な村が壊されたという事実は、例え村が元通りに戻ったとしても消えることは無い。
エリスが昔のことを思い出す度、一度は村が壊されたという記憶がついて回る。――失った両親と共に暮らしたというエリスの思い出にも。
それはエリスにとって、どれだけ辛いことなのだろう。
エリスは我慢していた感情が溢れないよう目を伏せる。しかし、隠し切れない感情がエリスの声を震えさせた。
「そう言うユウトさんは辛くないんですか?」
「俺はここに数ヶ月しか居なかった。この村で育ったエリス程辛くは無いよ」
「……ユウトさんは嘘つきですね。手、力が入りすぎて震えてますよ?」
エリスがユウトの手をそっと取る。
ユウトがエリスの気持ちに気付いたのは、ユウト自身が同じように感じていたからだ。
確かに短い時間だったが、ユウトにとってもこの村は故郷同然だ。先日魔物と戦ったときに激昂していたのは、エリスやランド達が傷付けられていたからというだけではなく、村を滅茶苦茶にされたことも大きかった。
「ユウト、感傷的になるのは分かるが……」
カインが言い難そうにユウトに声をかける。
「はい。分かってます」
感傷的になるのは避けられないが、浸っては居られない。それに、既に起きたことは変えることは出来ないが、先のために出来ることはある。
「……エリス、あまり時間の余裕も無い。それに、このままじゃ皆が村に戻って来れないから――すぐに元通りに直せるように、今出来ることをしよう」
そう言って、ユウト達は行動を開始した。
魔物の死骸から、素材となる部分だけを切り取る。切り取った素材は持ち歩くには邪魔なので孤児院に残しておいて、帰りに取りに来ることにした。
そして、残りの部分は全て広場の一角に集める。
「ケイト」
「了解。“フレイムピラー”」
カインに促されてケイトが魔術を使う。
地面を走った炎が積み上げられた魔物の死骸に到達すると、火柱があがって死骸を焼き尽くす。
その光景をエリスが不思議そうに見ている。
「何故こんなことを?」
「普通は放って置けば他の魔物なり動物なりが食べちゃうから問題ないんだけど、ここじゃそれは期待できない。だけど、そのままにしておけば肉が腐って病気の元になりかねないから、火で焼いてそれを防ぐんだ」
村を再建するなら、どちらにせよ魔物の死骸は邪魔になる。壊れた建物を直す知識や技術はユウト達には無いが、これくらいは出来る。火で焼くのは腐敗しないようにするためだが、同時に掃除にもなる。
これが今のユウト達が出来る唯一のことだった。
魔物の死骸が焼かれ、完全に灰になったのを確認すると、それを土に埋める。
これで、村ですべきことは終わった。
灰を土に埋め終えたところで、ギルツがユウトに声をかける
「ここからが本番だな」
「あぁ。……大森林か。またマンティアントみたいなのが出てこなきゃ良いんだがな」
「それ、本気で言ってるか?」
「出てこないで欲しいってのは本気だ。けど、その可能性は低いだろうなぁ」
「だな……」
一度同じような事態に遭遇した者としては、今回は何も無いと楽観的に考えることは出来なかった。
ユウト達は村を出ると、大森林に向かって南に進み始めた。
それから数時間、大森林の緑が遠目に確認できるほど近づいたところで、ユウトとケイトがほぼ同時に気付いた。
「ユウト君、気付いた?」
「はい。随分多いですね」
「うん。五十くらいは居るね」
ユウトとケイトが言葉を交わし始めたところで、少し遅れてエリスも気付いた。
「魔物……でしょうか?」
「いや。多分人だ」
「そう……だね。でも、何だろう。少し違う気が……?」
ケイトの言葉にユウトとギルツが微かに反応を示す。しかし、他の面々はケイトの言葉に集中していて気付かなかった。
ユウトの魔力制御はこの半年で格段に向上しているため“探査”の精度もかなり上がっているが、年季の違いもあってまだケイトには及ばない。ユウトにも分からない僅かな違いをケイトは掴んでいた。
「それよりも、魔物も居る。戦闘中みたいだ」
「なら急ぐぞ」
ユウト達は先を急ぎ、大森林に近づくと、そのすぐ近くに人の一団と大きな魔物の姿があった。
――やっぱりか。
一団の姿を見て、ユウトとギルツは先程のケイトの言葉で予想したことが当たっていたことを確認する。
魔物と対峙している戦士風の男が二人、その背後には非戦闘員と思わしき女性や老人が数十人。その全員が長い耳と整った顔立ちをしたエルフだった。
「何だ……? エルフ、なのか?」
「嘘。実在したの……?」
ユウトが背後に視線を向けると、ランド達は足を止め、その一団を呆然と見ていた。
――まぁ、無理は無いけど、今はそれどころじゃない。
エルフの一団を襲っているらしい魔物は二足歩行する大きなカブトムシのような姿をしている。相当強力な個体らしく、対峙しているエルフの戦士は既に満身創痍で、いつやられてもおかしくない状態だった。
「行くぞ、ギルツ」
「おうよ」
唯一エルフの存在を知っていて動揺していないギルツに声をかけ、足を止めたランド達を置いて二人で先行する。
「久しぶりだけど、鈍ってないよな?」
「それはこっちの台詞だ。怪我人」
風竜戦以降、二人で連携を取った戦闘を行うのは初めてだ。
軽口を叩き合ってから、ユウトが一歩先に出る。
それと同時に“強化”を強め、ギルツを引き離して一気に魔物に肉薄した。
「せいっ!」
エルフの戦士に気を取られ、周りへの警戒が疎かになっていた魔物の脇腹に渾身の突きを放つ。――が、突きを放った姿勢のままユウトの動きが止まる。槍の穂先が甲殻に阻まれ、それ以上穂先が突き刺さることは無かった。
「っ!?」
甲殻に阻まれた突きの衝撃が跳ね返って、ユウトの腕を痺れさせる。
――マンティアントと同等かそれ以上の硬さかよっ。
内心舌を巻きながらユウトはその場から後ろに跳び退いた。
それよりワンテンポ遅れて、魔物がユウトの方を向こうと体を動かす。
その隙にギルツがエルフの戦士達に近づいた。
「おい、大丈夫か?」
「人間……なんのつもりだ」
二人の戦士が他のエルフを庇うように体を動かす。傷のせいかその動きは緩慢としているが、ギルツを睨む目には警戒と嫌悪が込められており、意識ははっきりしていた。
――傷は多いが、とりあえず大丈夫そうだな。
戦士達の強い視線を平然と受け流しながら、睨む元気があるなら平気だろうと判断した。
エルフが人間を嫌っていることはソフィアから聞いて知っている。助けたところでどんな態度を取られるのかも大体予想していた通りだった。
「なんのって、一応助けたつもりだが」
「人間の手など借りない」
「強がるのは良いが、そういうのは状況を見てやるんだな。そのくだらないプライドはお前の同胞の命より重いのか?」
辛辣なギルツの言葉に戦士達が顔を悔しげに歪め、ギルツを睨む視線が更に強くなる。
エルフ達の態度は予想通りで、その理由も分かっているが、だからと言って無礼な態度を取られて何とも思わないわけではない。
――どうせ礼も言わないだろうし、これくらいのことはしておかないと溜飲が下がらんからな。
端正な顔立ちが忌々しげに歪むのを見ながら、満足する。
――二枚目の顔が歪んで不細工になるのは見ててスッキリするな!
そう思ったとか思わなかったとか。
そんなギルツを余所に、ユウトはじっくりと魔物の姿を観察していた。
体長は三メートル程あり、全身が甲殻に覆われている。姿形はカブトムシに酷似しているが、ありえないほど手足が太く、まさに丸太のような手足だった。その手足も例外ではなく、甲殻に覆われている。
全身鎧のような魔物だが、その中でも異質なのが腹部だ。まるで大きな盾を腹に身に付けたようで、見た目からして最も頑丈そうな部分だった。
この魔物はマンティアントと同様に大森林にのみ生息する魔物で、エルフたちはアーマービートルと呼んでいるBランク相当の魔物だ。
――これは……俺と相性が悪いな。
全体を観察したユウトがそう結論付けた。
ユウトの攻撃はその多くが斬ることだ。そのため、異常に硬い物に対しては、刃が通らず相性が悪い。マンティアントの時もその甲殻には歯が立たないと判断して、細くて甲殻に覆われていない手足の関節部を狙うことで対処した。
しかし、アーマービートルに関してはその関節部すら駆動を阻害しない程度に甲殻に守られているため、余程上手く狙わなければ関節部に当てることは難しいだろう。その上、アーマービートルはまるで盾に身を隠すように体を小さくしているため、甲殻が関節部を隠してしまっている。
だが、その防御力に反比例してアーマービートルの動きは鈍重だ。
先程の一撃で分かったが、マンティアントを弾き飛ばせたのとほぼ同じ攻撃にピクリともしなかったところを見る限り、アーマービートルの重さはマンティアントの比では無いはずだ。それに加えて、ずっと防御姿勢を取っているため、早く動くことが出来ないのだろう。
――なら、俺よりも。
「ギルツ。俺はこいつとは相性が悪い。任せるぞ」
「了解。久々に良いところを見せてやるぜ」
ギルツの戦斧は重量と強度に優れた武器だ。一応刃もついているため斬ることにも使えるが、切れ味は刀は勿論、剣にも劣る。斬るというよりは、重量を生かして潰すと言ったほうが正しいだろう。
だからこそ、頑丈なアーマービートルの甲殻相手では、戦斧の方が有効だ。マンティアントの時は動きが早かったため、重い戦斧ではまともに当てるのが難しかったが、鈍重なアーマービートルなら問題は無い。
珍しくメインの戦闘をギルツに任せ、ユウトは撹乱に専念することにした。
予想通り、アーマービートルはチョロチョロと動き回るユウトの動きについていけず、攻撃のタイミングを失っていた。また、ギルツの戦斧も甲殻を傷付けることが出来ていた。
そのまま一方的な展開になったが、しかし傷を付けるだけに留まり、決定打には足りなかった。
――もう少し攻撃に専念したいな。
チラリとギルツの後方を確認する。
そこにはまだエルフ達の集団があった。本来ならすぐに離れるべきであり、ユウトとしてもそうして欲しかったのだが、ユウト達が人間だということで判断に迷いがあるのだろう。
――そろそろ我に返って欲しいね。
そう判断したユウトは、声を張り上げる。
「ランドさん達はエルフ達の周囲を警戒して下さい。万が一コイツが向かったら時間稼ぎを。エリスはギルツの後方から火の魔術を使ってくれ」
突然の状況にまだ認識が追いついていないらしいランド達を強制的に引き戻す。
誰かを守りながらでは、やはり動きが鈍る。エルフ達の守りをランド達に引き受けて貰えれば、後ろを気にする必要も無くなる。加えて、アーマービートルの甲殻は物理的な攻撃には強いが、虫型ならば火や熱に弱い可能性があった。
ユウトの声に我に返ったランド達が声を張り上げ、動き出す。
「分かった!」
「はい!」
ランド達はすぐにエルフの一団の近くまで行き、ギルツと交代するように守りにつく。
人間が近くに来たことでエルフ達は揃って警戒したり、怯えたような反応をしていたが、全て無視する。
エリスもギルツの背後に回ると、すぐに魔術で援護を始める。
「“フレイムランス”」
炎の槍がアーマービートルに向かって飛翔する。しかし、甲殻にぶつかると、そのまま霧散してしまった。
「物理的な攻撃じゃなくて熱を与えるんだ!」
端的なユウトの指示だが、エリスはその意図を理解して、使う魔術を切り替える。
「ギルツさん離れて下さい! “ファイアストーム”」
アーマービートルの周囲を炎が囲み、その内部を炎と熱風が吹き荒れる。
アーマービートルの甲殻はその強度から生半可な攻撃は殆ど意味をなさない。そのため、氷の刃や土の棘など単純に物理的な破壊力に転化される類の魔術は相性が悪い。
炎の槍は単純な物理攻撃とはならないが、通常は対象を焼き切るほどの高温では無い。それでは甲殻を突破することが出来ないため、先の通り霧散してしまう。
だからこそ、純粋に炎と熱を与える魔術に変更した。
炎自体は甲殻を焼くことは出来ないだろうが、全身を熱されることによるダメージは甲殻の堅さに関係なく本体に届く。
僅かな時間の後、アーマービートルは炎の嵐を内側から振り払うが、炎と熱に炙られてその巨体をふらつかせていた。
その隙を狙ってギルツが戦斧を勢い良く振り下ろす。
膨大な質量に遠心力を加えた一撃はアーマービートルの甲殻に突き刺さったが、甲殻を抜くことは出来なかった。
しかし――。
「そのまま踏ん張れ!」
ユウトがそう叫ぶと、ギルツが奥歯を噛み締め、全身に力を込める。
次の瞬間、戦斧の背にユウトの蹴りが炸裂する。
いくら膨大な質量を誇るとはいえ、ギルツの膂力はあくまで人の範疇だ。それだけでは甲殻は突破できなかった。しかし、そこに“強化”を使ったユウトの膂力が加わればどうか。
その結論は、すぐに結果となって現れた。
蹴り飛ばされて勢いづいた戦斧はアーマービートルの甲殻を裂き、体に深く食い込むとそのまま三分の一ほどを切り裂いた。
動かなくなったアーマービートルは、斬られた部分から緑色の体液を流しながら大きな音を立てて地面に倒れた。