第51話 一緒に
微笑んだエリスとユウトの視線が交じり合う。
抱き合っているため互いの顔が至近距離にある。そこでユウトが自分達の状態を思い出す。
整ったエリスの顔を間近で見ることになったユウトは、直視できずに視線を彷徨わせる。
しかし、反対にエリスはジッとユウトの顔を見詰めていた。
――ユウトさんだ。夢じゃない。ちゃんと帰って来てくれた……。
久しぶりに見たユウトの顔は少し大人びたようにも見えるが、優しい顔つきも、照れた表情も以前と変わりない。
エリスがユウトの顔を見詰めたままでいると、彷徨っていたユウトの視線が躊躇いがちにエリスの瞳に定まる。
二人が見詰め合った形になったところで、期待に満ちた声が耳に届いた。
「このままキスとかいっちゃうのかな」
「雰囲気ばっちりだし、いっちゃうでしょ」
ケイトとアンがコソコソと言葉を交わす。その視線はユウトとエリスの顔辺りに釘付けになっている。
それとは対照的に、ランドとカインは気まずそうにユウトとエリスから視線を逸らしていた。
「外野がこれじゃあ雰囲気もくそも無いだろう」
呆れた様子でケイトとアンを見ていたギルツがそう言うと、アンとケイトがギルツの方を振り向く。
「何言ってるの。二人の世界に入ってるんだから、外野なんて見えてないわよ」
「そうそう。このままじっくり――」
再びユウト達の方に視線を向けると、見詰め合っていたはずの二人が真っ赤になって離れていた。
「もう、君がうるさいから気付かれちゃったじゃない」
「俺のせいか!?」
「他に誰が居るのさ」
理不尽に責められるギルツを余所に、雰囲気に流されそうになったユウトとエリスは恥ずかしさで互いに顔を見られずにいた。
しばらくして全員が落ち着きを取り戻すと、ユウトがコホンと咳を一つする。
「皆落ち着いたみたいなので、仕切り直しましょう」
「キスを?」
期待の目をしたアンとケイトが間髪入れずにハモる。
「違いますよ! わざわざ仕切り直して皆の目の前でするわけ無いでしょうが!」
「私達の目の前じゃなければするの?」
「いや、そういう問題では無く……」
どう答えても墓穴を掘るような気がしてユウトが言葉に詰まる。
「それくらいにしておけ。久しぶりに会えてはしゃぐのは分からないではないが、話が進まない」
「それもそうね」
カインに釘を刺されて、ようやく二人がからかうのを止める。
「……とりあえず、魔物は駆逐できたので一度ガロに戻りましょう。村の人も避難しているはずなので」
そう言ったユウトの顔は、魔物と戦った直後よりも疲れていた。
エリスの治癒術で傷は治すことが出来たとはいえ、一戦交えたランド達に反対する理由は無く、すぐにガロに戻ることになった。
そうして村を出る直前に、ギルツがユウトに近づいて小さく声をかけた。
「大量の魔物が突然村に向かってくる。どこかで見たような状況じゃないか?」
「あぁ、それは俺も思ってた」
「まさかまた……?」
「かもしれない。後で様子を見に行くぞ」
不吉な予感を覚えながら、二人はランド達と共にガロに向かった。
ユウト達が去った後、村にはヴァルドの姿があった。
ヴァルドは切り殺された大量の魔物の死骸を興味深そうな目で見ている。
「なるほど、確かにこれは少々厄介ですね。この程度でどうにかなるとは思っていませんでしたが、力試しにすらならないとは」
ヴァルドの脳裏にはユウトが魔物を片っ端から斬り捨てていく光景が蘇っていた。だが、ヴァルドの目にも本気でやっているようには見えなかった。
その上、通常の武器であれだ。精霊銀の武具を持たせたら、その存在は間違いなく脅威になる。
「やはり合成魔物をぶつける必要がありそうですね」
確実に始末するためにも底を知りたい。低ランクの魔物では無理だったが、Aランク相当の合成魔物なら十分その実力の程を引き出させることが出来るはずだ。
「もう少し時間をかけるつもりだったのですが、仕方ありません。まぁ既に二、三箇所くらいの巣穴は潰しているでしょうから良しとしましょう」
この機に乗じて、大森林にあるエルフの村々を壊滅させてやろうと考えていたのだが、当てが外れた。
そもそもヴァルドの予定ではユウトが魔物と遭遇するのはもう少し後のはずだった。
ユウトと魔物が向かうように仕向けた村の関係は概ね把握している。エリス達村人を全滅させ、激昂させた上で実力を見るはずだった。しかし、予定外の抵抗で時間を取られ、また思った以上にユウトの到着が早かったため、予定が全て狂ってしまった。
「まあ、所詮はついでですし、多少予定が狂ったところで問題はありません」
ヴァルドはそう呟くと、ゆっくりと南に向かっていった。
ユウト達はガロに戻ると、避難していた村人達と合流した。
魔物は一応駆除したが村に被害が出ていることを告げた。その上で、まだ何が起こるか分からないため、しばらくはガロに留まるようにお願いした。そうは言っても、村人達には住む場所は無く、宿を取るような金も無い。
そこで、ギルドにも相談して町長の協力を得ることで、しばらくは住む場所などの心配は無くなった。
後のことをお役人に任せ、ユウト達はようやく落ち着いて顔を合わせることが出来た。
「本当に無事で良かったわ、エリス。皆さんも良く御無事で」
「はい、院長先生。皆さんに助けて貰いました」
「いえ。助けられたのは俺達の方です。エリスさんが居なければユウトが駆けつけてくる前にやられていました。それに結局ユウトに助けられましたから」
「そうでしたか。ありがとう、ユウト」
「いえ、まぁ。俺にとっては皆大切な人ですから」
ユウトが照れたように言うと、カール達が瞳を輝かせる。
「やっぱユウトにーちゃんは凄いんだ」
「そうね。たった一人なのに私達五人よりも戦果が上で、しかも無傷なんだもの。本当に凄いわ」
カールに同意するようにアンが言うと、更に子供達のテンションが上がる。
「それは置いておいて、紹介するよ」
弟妹に凄い凄いと褒めちぎられて、気恥ずかしくなったユウトが話題を変える。
手振りでギルツに視線を集める。
「俺の仲間で、ギルツって言うんだ」
「はじめまして、ユウトと組んでるギルツです。年は二十一でBランクの冒険者をやっています。皆さんのことはユウトから良く聞かされました。大事な家族に、尊敬する師匠達だと」
大事な家族、尊敬する師匠と言われ、それぞれ照れたように顔を綻ばせる。逆にユウトは「余計なことを」と恨みがましい目をギルツに向けていた、
その後、年齢順に全員が自己紹介を済ませたところで、サーシャが問う。
「それで、これからどうするのですか?」
「皆さんがガロにいる以上、俺達に出来ることは無いので、何か進展があるまでは自由にさせて貰うつもりです」
カインが答えると、今度はユウトとギルツに視線が向いた。
「ユウトとギルツさんは?」
「俺達は元々休暇というか、まぁ休むつもりで戻ったんですが、少し状況が変わったので、大森林の方に向かおうかと」
「大森林に?」
ユウトの言葉を聞いて、エリスが心配そうに聞き返す。
「うん。少し前に、今回みたいに大量の魔物が村に向かうっていう事態に遭遇したんだ。そのときは原因が大森林にあったから、今回もそうかもしれない」
「ですが、大森林は危険な魔物が沢山居るって……」
「まぁ、うん。確かにそうなんだけど、原因を特定して場合によっては排除しないと、このままじゃまた同じようなことが起こるかもしれない。皆だって安心して村に戻れないし、俺も不安だ」
「それは確かにそうだけど……」
アンも難色を示す。
アンだけでなく冒険者であるランド達は特に難しい表情をしている。
大森林の噂は冒険者の方が良く耳にする。幾つか間違っている点もあるのだが、この場でそれを知っているのは直接ソフィアから話を聞いているユウトとギルツだけだ。もっとも、全てでは無いにしろ、大森林の方が強い魔物が多いのは事実であるため、大森林が危険だという認識自体は間違いではない。
それはユウト達も分かっている。しかし、口にしていないが、捨て置けない理由がもう一つあった。
ソフィアのことだ。
前回はソフィアが住んでいる村に出た異形の魔物が関係していた。ユウト達はソフィアの村が大森林のどの辺りにあるのかまでは知らないが、また何かあったのではないかと言う不安があった。
勿論、大森林まで行ったからといって、中に入って確認することが出来ないだろう事は理解しているが、ジッとしていることは出来なかった。
「まぁ、大丈夫ですよ。無茶はしませんし、少し様子を見てくるだけです」
場合によっては様子見だけで済ますつもりは無いのだが、全部を説明するわけにはいかない。余計な心配をかけないように気負いのない笑顔を浮かべる。
しかし、大森林の悪評は根強い。ユウトの言葉だけでは院長達の心配は取り除けなかった。
そこでランドが思いがけない提案をする。
「俺達も行こう」
「え?」
「構わないだろ?」
戸惑いを見せたユウトのことは気にせず、ランドが仲間達に聞く。
「えぇ、助けられっぱなしじゃ師匠の面目丸潰れだものね」
「だね。どうせしばらく暇なんだし、手伝うよ」
「俺達が受けている依頼には村の安全が含まれている。危険を排除するのも仕事の内だ」
口々に賛成するアン達に、むしろユウトが焦る。
「え、いや。でも、報酬とか無いですし」
「んなもんいらねぇよ。さっき助けられた礼とでも思っとけ」
「あれは俺が勝手にやったことですから」
「なら、これも同じだ。俺達が勝手にやる」
「ぅ……」
ユウトが唸る。
ユウトとしてはあまりついて来て欲しくなかった。
ソフィアのときは、大森林近くでマンティアントに遭遇した。今回も同じようなことが無いとは限らない。ランド達の実力ではBランク以上の魔物とは戦えないだろう。とはいえ、邪魔だからついて来るなとは言えない。
「中に入らないとはいえ、大森林の近くまで行くんだ。強い魔物が出る可能性がある。最悪あんた達じゃ――」
ユウトの心境に気付いていたギルツが代弁しようとする。しかし、ランドがその先を言わせなかった。
「あぁ、分かってる。手に負えない相手だと分かれば、俺達はすぐに逃げるさ」
そう言って苦笑いを浮かべる。
「あれだけ実力差を見せ付けられたら、今更ユウトと肩を並べて、とは言えないものね」
「不甲斐無いことだがな」
ランドを援護するようにアンとカインが続く。
ギルツが少し驚き、そして口元を緩ませた。
――なるほど。ユウトが尊敬する師匠だと言う訳だ。
ランド達は自分達とユウトとの実力差を理解し、事によっては邪魔になることさえ分かっている。そのことをギルツに言わせず、自ら認めることで角が立たないようにした。
冒険者として自分達のことをきちんと把握している証拠であり、ランクの高低に関わらず有能である証明だ。そして、粗雑な冒険者の中でも希少な、人間が出来ている人達だった。
――この人達に助けられて、教えを受けられたのはユウトにとって幸運だったな。……そういえば、ユウトといると性質の悪い奴とあまり会わないな。
タロスにアベル、ロアやメイア。Bランク以上の冒険者ということも関係しているだろうが、ユウトが出会った冒険者は皆人間的には出来た人達だった。
唯一の例外といえば、冒険者ではないがドーガくらいだろう。
――変な星の下にでも生まれてんのかね。
そんなことを思いながら、ギルツはもうランド達の同行に反対する気は無くなっていた。
それを察したのか、ユウトもそれ以上何も言おうとしなかった。
しかし、そこで横から更に声が上がる。
「あの、私も行きます」
「なっ!?」
エリスの言葉にユウトが驚愕する。
「何言ってるんだ。そんなこと――」
「お願いします」
エリスが真剣な表情で頭を下げる。
ユウトが助けを求めるように周りを見るが、誰もエリスを止めようとする様子は無かった。
エリスが何のためにアン達から指導を受けていたのか、村に残っていた全員が知っている。誰もが心配はしていたが、だからと言ってエリスを止めようとは思っていなかった。
「……危険、なんだぞ。場合によっては死ぬかもしれない」
「分かっています」
「なら――」
「それでも、もう待っているだけは嫌なんです。貴方と離れ離れになりたくない」
潤んだ瞳を向けられて、ユウトが言葉を失う。
ユウトの頬には確かな赤みがさしていた。
「こりゃ勝負あったな。ソフィア嬢ちゃんといい、エリス嬢ちゃんといい、お前に好意を寄せる女は情熱的だな」
「ギルツ……」
責めるような視線を向けるが、照れて顔が赤くなっているため、迫力が無い。
「心配なのは分かるが、そこまで言われちゃもう反対出来ないだろ。お前がしっかり守ってやりゃ良いだけじゃねぇか」
「簡単に言うなよ」
「そういう訳じゃないんだがな。……あくまで俺の勘なんだが、お前はエリス嬢ちゃんと一緒に居た方が良い気がする」
「どんな勘だよ。面白がっているだけ――」
そこまで言って言葉を止めた。ギルツの表情にはふざけている様子が一切無かった。
予想外に真剣なギルツに、反対している自分が間違っているような気分になったユウトが拗ねたようにそっぽを向く。
「っ……、そりゃ俺だって一緒の方が――」
「ん? 何だって?」
ボソボソと呟くようなユウトの言葉が聞こえず、ギルツが聞き返す。
「あーもう、何でもない! 分かった。一緒に行こう、エリス」
「はいっ」
エリスが笑顔を浮かべると、アン達女性陣がエリスに「よかったわね」と声をかける。
その横では、分かっていたこととはいえ、ショックを受けたランドの肩をカインが軽く叩いた。
「ユウト。エリスのこと、お願いね」
「はい。必ず守ります」
「えぇ、信じています。勿論、貴方自身のことも大事にするんですよ」
優しげに微笑むサーシャに力強く頷いて答えた。
「ところで」
いつの間にかアン達から解放されたエリスがユウトの近くに来ていた。
「ソフィアさんってどなたですか?」
固まったユウトの顔に一筋の汗が流れる。
横目にギルツを見ると、自分の失言が原因だと気付いたギルツがサッと目を逸らした。
「村を出てからのお話、後でゆっくりと聞かせて下さいね」
そう言って笑顔を浮かべたエリスに異様な迫力を感じて、ただ無言で頷くしかなかった。




