第50話 防衛戦
ユウトがカール達と再会する少し前。
村人達をガロに送り出した後、そのまま村に残ったランド達は魔物を迎え撃つ準備をしていた。
「こっちの罠は張り終わったぞ」
「私の方も終わったわ」
「こっちもだ。ケイト、魔物の方はどうだ?」
「……やっぱり向かってくるね。ここを狙ってるのか、単に進行方向上にここがあるのかは分からないけど……」
揃って溜め息を吐く。
もしかしたら途中で方向を変えるかもしれないと限りなくゼロに近い可能性に期待してもいたのだが、やはりそう都合良くはいかなかった。
ケイトの“探査”は依然村に向かってくる数十もの魔物を捉えている。
そのため既にランド達以外の人間は避難させたのだが、避難しているのは鍛えているわけではない一般の人間だ。スムーズな避難は望めないだろう。そうなると、いずれ途中で追いつかれる。村人を守りながら戦うよりも、ランド達だけで迎え撃った方が勝率は――ほんの僅かではあるが、高い。
そう考えて、ランド達は村に残って魔物達を迎え撃つ準備をしていた。
「村に被害を出すのは申し訳ないが」
「いえ。状況が状況ですから、仕方ありません。皆さんも納得してくれると思います」
「助かるわ」
ランド達は村の中に罠を張り、ここを決戦の場にしようとしていた。
相手の数の方が圧倒的に多い以上、開けた場所では囲まれて終わりだ。しかし、村の中であれば遮蔽物が幾つもある。身を隠したり盾代わりにすることも出来るし、何より常に全方向に注意を向けるよりは精神的にもずっと楽だ。
突然だったためそれほど凝った準備は出来なかったが、出来る限りの準備を整えたランド達は村の広場に集まった。
そこで、カインがポツリと呟く。
「……カール達は大丈夫だろうか」
「心配ねぇよ。俺達の弟子だぜ?」
「そうだったな」
「むしろ心配なのは私達の方じゃない?」
「だねぇ。あんな数の魔物と戦うと思うとゾッとするよ」
「前に孤児院が襲われたときは、二十以上だったか。今回はそれ以上だが、俺達は四人だ。ユウトに負けてはいられない」
「当たり前だ。弟子に出来て師匠に出来ないことは無いっ」
ランドが握り拳を作ると、同調したようにエリスがむんっと可愛らしく気合を入れる。
「そうですね。ユウトさんに負けないように頑張りましょう」
「エリスまで気合入っちゃって」
「暗くなるより良いじゃない」
気負った様子も無く、朗らかに言葉を交わす。
そうこうしているうちに魔物が村のすぐ近くにまで迫っていた。
「さて、そろそろ戦闘開始だ。全員気を抜くな。俺とランドが前衛、アンが遊撃だ。俺達とアンは時折交代してエリスさんに治療して貰う。ケイト、その間は負担が増えるが、頼む」
「うん。任せといて」
ケイトの返事を皮切りに全員がカインに頷いて答えた。
それからしばらく経つと、村の広場には幾つもの魔物の死骸が転がっていた。
「ランドさん、カインさん。もう少しだけ頑張って下さい!」
エリスの必死な声が響く。
その視線の先には足から大量の血を流したアンの姿があり、“ヒール”をかけているところだった。
治癒術は人が持つ自然治癒力を魔力で高めることによって傷を癒す魔術の一種だ。そのため、傷の程度によっては当然回復に時間がかかる。擦り傷や少し切った程度なら一瞬だが、傷が多く、また深ければ数分からかかることもあり、致命傷になれば治癒術では癒せない場合もある。
アンの傷は命に関わるものではないが、すぐに回復するような軽い怪我でもなかった。
「ぐぅ……ケイトっ!」
魔物の攻撃を槍で受けたカインがケイトを呼ぶ。その声に答えるようにケイトが炎の矢を放ち、魔物を焼き殺した。
それとほぼ同時に、ランドが相手をしていた魔物を斬り捨てる。
「だぁぁぁぁっ! はぁ……はぁ……。これで、何匹目だっ」
ランドが肩を上下させながら吼える。
前衛を受け持っているランドとカインも大きな怪我こそ無いが、至るところに傷があり、疲労も溜まっていた。
既にランド達が倒した魔物の数は三十を越える。その代償として、前衛の二人は最早気力で立っているようなものだった。
村に向かってきた魔物はEランクからDランクの魔物ばかりだったが、数が多すぎた。三十を越える数を葬って尚、まだそれ以上の数が残っている。
罠や遮蔽物のおかげで包囲されるようなことは避けられているが、魔物が順番待ちの列を作っているような状態だ。
前の魔物が倒されれば、その後ろの魔物が向かってくる。
「次が来るぞっ!」
「クソがっ!」
ランドとカインが再び武器を構えて、向かってくる魔物を迎え撃つ。
「まだなのっ!?」
「もう少しですっ!」
治療されているアンも、しているエリスも余裕が無い。
今のところ何とかなっているが、既に設置した罠は殆ど使い果たした。味方の傷は徐々に増え、反比例するように体力や魔力は減る一方だ。ジリジリと消耗しているのは誰の目にも明らかだった。
ランド達に向かった魔物を牽制しようと、ケイトが魔術を放つ。
「“アイスエッジ”」
無数の氷の刃が魔物を襲い、体中に傷を作る。全身に鋭い痛みを感じた魔物が勢いを失い、警戒したように足を止めた。
その直後に、ドサッという音がした。
アンが悪寒を感じながら、その音がした方を向く。
「ケイトっ!?」
「あ、れ……」
朦朧とした意識の中で、ケイトは自分が倒れたことを自覚した。
魔力欠乏症。一般的には魔力切れと呼ばれているが、朦朧とした意識はその兆しだった。
人の持つ魔力は有限だ。その魔力が底を尽くと完全に意識を失ってしまう。しかし、急にプッツリと意識が無くなる訳ではない。底を尽きかけた時点で意識が朦朧とし始め、それでも魔力を使い続けると完全に意識を失うことになる。
魔力欠乏症は魔術師を名乗る者としては最も恥ずべき事態の一つであり、それを引き起こすのは自分がまだ未熟者だと喧伝しているようなものだ。しかし、ケイトはそれほど未熟ではない。
本来ならここまで魔力を消費しないように使う回数や魔術の規模などを上手くコントロールすることが出来たはずであり、事実ケイトは今までに戦闘中魔力欠乏症になったことは一度も無い。
しかし、今日に限っては本来のペース配分を無視して、戦闘が始まってからずっと魔術を使っていた。
そもそもCランクの冒険者四人と治癒術の使い手というパーティーでは、通常は数十もの魔物を相手にすることは不可能だ。一体一体は格下だと言っても、一対一では倒すのにそれなりの時間がかかる。一体倒しているうちに数体に囲まれることになるため、数が多すぎてどうやっても対処しきれないからだ。
それでもランド達がここまで戦えていたのは、ケイトがペース配分を無視して、常に広範囲に効果を及ぼす魔術による援護をし続けていたからだった。
だがその結果、ペース配分を無視していたケイトの負担は大きく、遂に限界を迎えてしまった。
「アン! 動けるなら戻れっ! このままじゃ抑えきれない!」
「分かったわ!」
ケイトの魔術の存在が、戦況を維持できていた最大の要因だったことはランド達全員が認識している。
二人の声には一切の余裕が無くなっていた。
ケイトの援護が無くなった今、数が多い魔物を二人で抑えておくのは難しかった。まだ治療の途中であっても、動けるのならアンを休ませておくことは出来ない。
アンはすぐに前に出て、魔物を抑えにかかる。それと同時に、エリスはケイトの下へ向かった。
「ケイトさん、大丈夫ですか?」
「だい、じょうぶ……。くらくらする、けど」
――魔力切れは治癒術じゃどうにも出来ない……っ。
悔しげにエリスが唇を噛む。
治癒術はあくまで傷の治癒を促し、加速させるだけで、魔力を回復させることも魔力切れによって朦朧とした意識を治すことも出来ない。
ケイトの代わりに魔術で援護をすることも考えたが、エリスの攻撃性の魔術はケイトには遠く及ばない。エリスの魔力もそれほど余裕があるわけでもない以上、それでは魔力の無駄遣いになってしまいかねない。
何より、治癒術の使い手であるエリスが魔力切れを起こしたら、いざというとき治療することが出来なくなってしまう。少なくとも今の段階でそうなるわけにはいかなかった。
魔術による援護無しで、圧倒的な数の魔物を相手にしたことを考えれば良くもった方だろう。
しかし、一度傾きかけた形勢を立て直すには、何かしらの切っ掛けか相手を上回る地力が必要になる。だが、そもそも一度傾いたということは、それだけの差があったということであり、大抵の場合はそのまま押し切られてしまうものだ。
そして、最初からほぼ全力でカードを切っていたランド達に一度傾いた形勢を立て直し、ひっくり返すだけの手立ては無かった。
それでも何とか必死に喰らいついていたランド達だったが、不十分な治療のままに戦闘に戻ったアンの傷が開くという形で趨勢が決した。
「っ!?」
魔物を捌いていたアンの足に突然痛みが走ると、膝から力が抜けて座り込んだ。
急に座り込んだアンを見逃すわけも無く、魔物が襲い掛かる。
魔物の体当たりをもろに受けたアンはそのまま後ろに弾き飛ばされ、エリス達の近くまで転がった。
「アンッ!」
ランドが叫ぶ。
魔物の膂力は人の比では無い。直撃を受ければ骨が折れ、内臓が破裂することもある。
吹き飛んだアンの容態が気になったが、今はそれどころでは無かった。
ほぼ横並びで魔物を抑えていた三人の内、アンが抜けたことで魔物を抑えることが出来なくなっていた。
その結果、ランドとカインが魔物達にほぼ半円状に囲まれる形になる。
――不味い。この状況ではっ。
前線が穴だらけになり、ランドとカインが半円に囲まれた状態では、魔物が後衛に向かっても止めることが出来ない。
無論、そんな隙を魔物が逃すわけも無い。焦るカインの視界にはエリス達の方に向かう魔物が映っていた。
「どうにかできないかランド!?」
「出来るならとっくにやってるっ!」
怒声をあげる二人は目の前の魔物に対処するのが精一杯だった。
――くそっ。こんなところでっ!?
ランドが悔しさで歯軋りをする。すると、それが合図になったかのように魔物達が突然動きを止めて、一歩後ろに下がった。
――何だ……?
魔物のおかしな挙動に疑問を覚える。すると、ランドの耳にどこかで聞いたことのある声が届いた。
「随分愉快なことをしてるじゃないか」
抑揚の無い声だった。
反射的に顔を向けると、ランド達とエリス達との間にユウトが白夜を抜いて立っていた。
「……ユウト、なのか?」
「はい。お久しぶりです。ランドさん、カインさん」
ランドが知っているユウトとは随分印象が違う気がして、姿形はユウトそのものだったが、つい確かめてしまった。
ランド達に向けているユウトの今の表情は依然のような朗らかな笑みだ。しかし、纏う雰囲気がまったく違っていた。そう感じていたのはカインもだ。
二人が戸惑いを見せている中、ユウトは大量の魔物を前にしながら気負いの無い様子でゆっくりとランドとカインの方に向かう。
ユウトが歩くのに合わせて、魔物がランドとカインから距離を取るように少しずつ下がっていく。
――怯えている……。
ランドは魔物達の不自然な挙動にそう感じて、驚いていた。ランドは今まで幾度と無く魔物と相対したことがあるが、魔物が恐怖を感じている様は見たことが無い。
何故ここまで怯えているのかと不思議に思ったところで、ふとあることに気が付いた。
あまりにユウトの様子が自然だったため違和感を覚えなかったが、その足元に何があったか。咄嗟にそれを確かめようと再びユウトの方を向いて、目を見開いた。
ユウトの背後――先程までユウトが立っていた場所には、何体もの魔物達が肉塊となって転がっていた。
目の前の魔物と戦うのに必死だったとは言え、ユウトが魔物を屠ったことに――そもそも近づいてきたことにすら気付かなかった。
それはカインも同じようで、ランドの視界の端には同じようにユウトの方を見て驚いているカインの姿があった。
ユウトがあの距離まで近づいたのは、魔物が動きを止めた直前で、屠ったのはその近づいた一瞬だ。
遠目にエリス達に魔物が向かっているのを視界に収めたユウトは、既に使っていた“強化”を更に高めて魔物との距離を一気に詰めた。まさか逆に襲われると思っていない魔物は突然の闖入者に気付く間もなく斬り捨てられた。
魔物達が怯えたのは、魔物を斬り捨てた後のユウトを見たからだ。
勢い良く獲物に向かっていたはずの同胞達をほんの一瞬で全て肉塊とした者。実際に斬ったところは見えなかったが、その者が周囲の惨状を引き起こしたのだという確信だけはあった。
魔物は自分よりも上位の魔物を見分けるが、それは技術や能力ではなく本能だ。魔物が人間を襲うのは、人間を格下と見ているところが大きい。それも当然で、戦闘という分野において魔物は人間より遥かに優れているのは火を見るより明らかだ。
人間はその差を武器や技術、知識に数と様々なものを利用することで埋める。しかし、ユウトはそれとは全く異なる。
内包する圧倒的な魔力とそれを利用した“強化”による異常な身体能力は、純粋に戦闘力という基準で並の魔物を容易く上回る。魔物達はそのことを本能で察していた。
そして、同時に理解していた。
この者が自分達を逃がす気も生かす気もない――と。
いつの間にかユウトはランドとカインの近くまで来ており、そのまま二人の横を通り過ぎる。そこで足を止めた。
ユウトは視線を右から左にゆっくりと動かし、魔物の全体を見渡した。そして――
「随分好き放題やってくれたじゃないか。愉快すぎて……歯止めが利かなくなりそうだ」
魔物達にとっての悪夢が始まった。
ユウトは一応抑えていた殺意を解放し、眼前の魔物にぶつけながら走り出す。
“強化”により驚異的な身体能力を得ているユウトの踏み込みは両者の距離を一瞬で潰す。
ユウトが走り出したと気付いた次の瞬間には、一番前に居た魔物の横を抜けていた。
抜き去り際に先頭の魔物を真っ二つに両断し、抜けた先で黒と白が混じった刀身を幾度も閃かせて、近くに居る魔物から次々と斬り捨てていく。
ランド達はその光景を呆然と眺めていた。
「何だ……あれは」
「“強化”、なのか? だが、あそこまで……」
ランド達はユウトが“強化”を使うことを知っている。しかし、ユウトが村を出ていった時点に比べて、今のユウトの動きは格段に良くなっており、その根本から異なっているように見えた。
“強化”の効果は使用する魔力量に比例するため、以前と今とで“強化”の効果に違いがあるわけではない。また、ユウトが大量の魔力を使用しているという訳でもなかった。
ランド達がユウトの動きに違いを感じたのは、それだけユウトの動きに無駄が減って鋭くなったからだ。
以前のユウトは“強化”のおかげで身体能力こそ高いものの、体の使い方そのものはランド達に鍛えられた二ヶ月程度で身に付けただけの付け焼刃に過ぎない。如何に身体能力が高くとも、それを十全に使いこなせなければ宝の持ち腐れだ。村を出た当初のユウトはまさにそうだった、
しかし、今のユウトはまだ完全とは言えないが、その習熟の程度は村を出たときとは比べ物にならない。
それに加えて、ユウトの“強化”の使い方が上手くなったことが、動きの鋭さを更に引き立てていた。
今のユウトは“強化”に使用する魔力量を緻密にコントロールすることで、一瞬でその多寡を変化させられるようになった。
それによって普段は最小限に、要所では最大限――とはいかないが大量の魔力を使用することで、無駄な魔力の消費を減らした上に、自然と動きに緩急がつくようになった。
これらはこの半年間で培った経験の賜物だ。
そんなユウトの戦いぶりに気を取られているうちに、一つの人影がエリス達に近づいていた。
「こりゃまた随分張り切ってるじゃないか」
突然後ろから声がして、エリスが勢い良く振り返る。その様子にエリスの不安を感じ取ったのだろう。
「あぁ、安心してくれ。俺はユウトの仲間だ」
そう言ってギルツが笑った。
ギルツは先行したユウトの代わりに馬を村近くに繋いでいたため、到着が一足遅れてしまった。とはいえ、問題は無いだろう。ユウトが縦横無尽に駆け回り、魔物を斬り捨てている様子がギルツの視界に入っている。どう見ても援護の必要は無かった。
ユウトは心配ないと判断したギルツが何気なくエリスの顔を見る。
その外見から、ユウトから聞いていたエリスだと分かっていたため、ユウトが熱を上げている娘がどういう娘なのか興味があった。ただそれだけだったのだが、顔を直視したとき不可思議な感覚に囚われた。
――懐かしい、気がする……? ユウトと会った時みたいな。……いや、そんな馬鹿な。
どこか見覚えのあるエリスの顔に疑問を覚える。
それはエリスも同様だった。
――どこかで会ったような気が……? でも、私は村の外の人とは殆ど会った事はないし……。
互いにどこか懐かしさを感じながら戸惑っていると、アンがふらつきながら近づいてきた。
「アンさんっ! 無事だったんですね」
「えぇ、何とかね」
「今、治療しますから」
近づいてきたアンに肩を貸して座らせると、エリスが“ヒール”をかけ始める。
「ありがとう。貴方、ユウトの仲間なら手伝わなくても良いの?」
「いや、あの様子じゃ必要ないだろ。っていうか、随分頭にきてるみたいだし、下手に手を出したら後で文句言われそうだ」
「……確かにそうね」
「まったく、凄い魔力量だねぇ……。あれだけ“強化”を使い続けてるのに全く魔力が尽きる様子が無いよ」
「ケイト。あんたも大丈夫なようね」
「うん。私は単に魔力切れだから、休んでいれば治るよ」
安堵からか、二人の声は戦場の中にあるとは思えない程穏やかだ。
二人は言葉を交わしながら、しかしその視線はユウトに注がれている。
――凄いし、助かったのだけれど、素直に喜べないわね。
ユウトが容易く魔物を屠っている光景を見ると、自分達の先程までの頑張りは何だったのかと言いたくなる。それと同時に、八つ当たりだと分かっていても、もっと早く来て欲しかったと思ってしまう。
少しすると、半分以上残っていたはずの魔物はユウトの手で全て切り捨てられていた。
「アンさん、ケイトさん。お久しぶりです。ギルツおせぇ」
ランドとカインに肩を貸したユウトは殺気を放っていた先程までとはまるで違い、落ち着いた様子だった。
大事な人達を傷つけられたという怒りは、当の魔物達を全滅させたことで収まったらしい。
「えぇ、久しぶりね」
「久しぶり、ユウト君」
「俺に手綱を投げて寄こして一人で先行したくせに何言ってんだ。っていうか俺にだけ態度悪いな」
アンとケイトは安堵したように、ギルツは不満そうに答える。
アン達が深刻な状態ではないことを確認したユウトは、真っ直ぐにエリスを見る。
エリスに怪我が無いことは、この場に来た時に一番最初に確認してあった。
声をかけようとユウトが口を開きかけたところで、エリスがユウトの首に腕を回すように抱きついた。
油断していた――というよりエリスが抱きついてくるとは思わなかったユウトは避けることもできずに硬直する。もっとも、分かっていても避けようとはしなかっただろうが。
冷やかすような口笛の音がすると同時に、抱き合った二人に視線が集まる。
エリスはそれに気付かず、ユウトを強く抱きしめる。
「ユウトさん。おかえりなさい」
抱きついたまま、耳元でエリスが呟いた。
エリスの言葉で、緊張していたユウトの体から力が抜ける。
――久しぶりだ。エリスの声。
約半年ぶりのエリスの声は、相変わらず優しく暖かい。
穏やかな気分になるのを感じながら、ユウトもエリスの背に手を回して優しく抱きしめる。
「ただいま。エリス」
会いたかった。会えて嬉しい。そう伝わるように思いを込めた。
その気持ちが伝わったのだろう。
抱き合ったまま、ほんの僅かに体を離したエリスはユウトの瞳を見つめて、花が咲いたような笑顔を浮かべた。




