第45話 行方不明事件その五
「何の騒ぎだ」
くぐもった声だが、その場に居たすべての者の耳にはっきりと届いた。
ユウトとドーガを含む全員が一斉に声の主の方を向く。
フルフェイスの兜に隠れて顔は良く見えないが、声からしてそう年はいっていない。
「セ、セイン様……」
ドーガがうろたえた様子を見せる。
ドーガは兵士長だが、セインは近衛騎士の一人だ。
兵士長はその名の通り兵士達の長であり、兵士より立場は上だが、騎士よりも下だ。そして騎士の中でも近衛騎士は立場こそ同じ騎士だが、その権限は他の騎士よりも多いため、実質的に近衛騎士の方が上になる。
兵士にとって近衛騎士は雲の上の人に近い。それは兵士長であるドーガにとっても例外ではなかった。
「ドーガ殿、これは何の騒ぎか。既に犯人は鎮圧済みだと聞いていたのだが」
「い、いえ。これは、その……そこの冒険者が私達の邪魔をして……」
「何が邪魔だ。無抵抗の相手をいたぶるのがお前達兵士の仕事だとでも言うつもりか」
しどろもどろに答えるドーガに対し、ユウトは頭に血が昇ったままでけんか腰になっている。
ユウトの言葉を聞いて、セインはドーガに強い視線を向けた。
「どういうことだ。抵抗されたのなら兎も角、無抵抗の者を傷つけろなどと言う指示は出していない」
「それは……そこの男が反抗的な目を……」
「捕まった者が反抗的な目を向けるのは当然だ。貴殿は今までもそんな理由で捕縛した相手に暴行を加えていたのか?」
「いえ……そんな、ことは……」
「ならば良い。今回のことは見なかったことにする。ここは私が引き継ぐ。貴殿は館内の捜索の指揮を執れ」
「はっ、はい」
セインの有無を言わさぬ迫力に、ドーガはすぐにその場を後にした。
残されたセインをユウトが睨む。
その視線を受けて、セインが苦笑いを浮かべる。
「そう睨まないで欲しいな。ユウト君」
「……俺のことを知っているのか?」
「一度会って、言葉を交わしたこともあるよ」
そう言ってセインが兜を外す。
男にしては少し長めの金髪と整った顔が露わになる。
ユウトはその顔をジッと見て、気が付いた。
「牢から出たときに会った騎士さんか……?」
「正解だ。そういえばまだ名乗ってなかったね。セインと言う。改めてよろしく頼むよ」
先程とはまるで違う言葉遣いで親しげに話すセインを、ユウトはまだ不審げな目で見ていた。その視線を受けてセインが残念そうな表情を浮かべる。
「……君が私を――兵士や騎士を敵視するのは仕方ないと思うが、全員が彼のような者ではないということは信じて欲しいな」
「全員がそうだとは思っていない。だが、あんたがそうでないという確信は持てない」
「確かに。信用して貰えるか分からないけど――」
そう言って言葉を切ると、セインがガルズに向いて、頭を下げた。
「無抵抗の相手を暴行したのは明らかに行き過ぎた行為だ。部下の蛮行を止められなかったのは、私の責任だ。申し訳ない」
セインに頭を下げられて、ガルズが驚く。
「……まさかアルシールの近衛騎士が、罪人に頭を下げるとは……」
「罪には罰が必要だ。それは私も例外では無い。彼の行為を罪として裁くことは出来ないが、私個人はその行為を悪だと思っている」
罪人を確保する際、兵士達にはそれなりの裁量が与えられている。抵抗しようとする相手への対処もそうだ。そうでなければ相手を逃がしてしまい、時には兵士自身が命を落とすことになりかねないため、臨機応変さが必要だからだ。
しかし、そのために罪人に抵抗の意思があるか無いかの判断は、対応した兵士の主観に頼らざるを得ない。ドーガの行為もドーガが抵抗の意思を感じたと言い張ってしまえば、一応は裁量の範囲として認められてしまうだろう。
だからこそ、セインはドーガを罰することも無く、その場を下がらせることしか出来なかった。だが、セイン自身はドーガの行為を正しいものとして認めてはいない。
その証拠に、セインの顔には確かにガルズに対する謝罪の意思が感じられた。
セインの誠意ある謝罪を見ていたユウトが、初めて会ったときのことを思い出しながら、ようやく力を抜いた。
「あの時と変わってないんですね、貴方は。……貴方のことは信用します」
「感謝する。それで、事情を聞かせて貰って良いかな?」
そう聞かれて、ユウトは突入から今まであったことを全て話した。
その最後に、懸念していたことをセインに聞く。
「ガルズさん達はどうなりますか?」
「そうだね……通常であればかなり重い刑を与えることになる。だが、こちらに協力してくれるのなら話は別だ」
「司法取引ってやつか」
「ガルズ殿、貴方達にその気はあるのか?」
「俺達は殺されるはずだった。そこをそいつの温情で生かされた身だ。従おう」
「了解した。ならば極力罪が軽くなるよう取り計らわせて貰うよ」
ユウトがホッとして胸を撫で下ろす。
罪を償う必要はあるが、少なくとも死罪ということは無いだろう。
「そういえばユウト君。君の友人がもうすぐ来るはずだから迎えてあげると良い」
「友人……ギルツか。そういえば忘れてたな」
気まずそうな顔をしたユウトが頭をかく。
ギルツが戻るのを待っていたはずだったのだが、間に合わずに突入してから一悶着あったためすっかり頭から消えていた。
――忘れられていたと知ればうるさそうだし、出迎えて有耶無耶にしよう。
そう考えて、セインの言葉に従うことにする。
ドーガしか居ないならこの場を離れるわけにはいかないだろうが、セインが居るなら先程のようなことは起こらないはずだ。
「後はお任せしても?」
「あぁ、事後処理はこちらでやっておくよ。あぁ、それと――」
「はい?」
「君が怒るのは尤もだが、先程のは良くない。あれでは君の立場が悪くなるだけだ」
「それは……はい」
セインが言っているのはドーガに敵対行動をとろうとしたことだ。ドーガがガルズに暴行を加えたことが罪にならないということは、それを妨げてドーガに手を出せば罪人になるのはユウトの方だ。
ユウト自身もそれを分かっていたが、カッとなって知ったことかと手を出そうとしてしまった。
セインの言葉は、反論の余地が無いほど正論だった。
「余計なことかとも思ったが、一応ね。君のような優秀な人物が潰されるのは惜しい」
「いえ、御忠告ありがとうございます。……俺はこれで。ガルズさん、また会おうな」
「自分を捕まえた相手に言うのも不思議な気分だが……息災でな」
ユウトがその場を立ち去ると、セインがその方向を見つめて呟く。
「罪人すら取り込むか。本当に面白い少年だ」
「騎士にしようというなら止めておけ。あれはそんなものに収まる器ではないぞ」
「そんなもの呼ばわりは酷いね」
そう言ってセインが肩を竦めた。
それから数日後、ユウトとギルツはギルド長ジェイクと会っていた。
「事件のことはセインから聞いている。犯人の発見に確保、人質の救出と全部やってくれたらしいな。セインが絶賛していたぞ」
「当然」
自慢げにギルツが返事をすると、ジェイクが呆れたような顔になる。
「お前は何もやってないだろう」
「……知らせには来ましたよ」
「結局間に合わずに、全部ユウトがやったけどな」
「うるせぇな! 仕方ないだろうが! そもそもちんたらしてたのは兵士達だろうが!」
痛いところを突かれてギルツが吼える。
ギルツ自身、今回何の役にも立ってないと気にしていたのだ。
「あっちはあっちで色々面倒な手続きとかがあるんだよ。まぁそういう意味でもユウトの判断は適切だった」
「どうも」
「ガルズだったか。そいつらも協力的で、おかげで裏で糸を引いていた奴も捕まったそうだ。そのこともあって随分軽い刑になる予定らしい」
「そうですか」
ユウトが安堵の息を吐く。
あの場でも約束してくれていたが、実際にそうなったと聞かされると安心感が違う。
「裏で糸を引いていた奴ってのは、やっぱり――」
「あぁ、あの館の持ち主だ。協力する代わりに金を受け取って、気に入った娘が居た場合は味見をしていたらしい」
「ちっ。胸糞悪い」
ギルツが吐き捨てるように言う。
館の持ち主はバイセルの国境に近い場所を領地とする貴族だった。その領地は王都からバイセルに抜ける途中にあってとても小さく、またお世辞にも栄えているとは言えなかった。暮らしを良くするためには領地経営だけでは足りないと考え、人攫いに協力して金を手に入れることを選んだ。
王都では今回が初めてだったが、今までも各地で何度か同じようなことをやっていたらしい。それは娼婦であったり身寄りの無い娘だったり様々だったが、居なくなっても騒ぎになり難い者が狙われていた。そのため、今までは大きな事件にはならずに逃げ果せていた。
ちなみに、ガルズ達が人攫いに加担したのは今回が始めてだったらしく、その貴族を捕まえた際に「無能な奴等を送ってきやがって」と喚いていた。
事件に関する話が終わると、ジェイクが頭を下げる。
「今回、依頼を受けて貰って助かった。おかげで兵士との間に余計なトラブルも無かったし」
そう言われてユウトが僅かに顔を顰める。
セインが上手く誤魔化してくれたようだが、実際にはドーガと一触即発の状態にまでなった。それを思うと、素直に頷けない。
「それと……あぁ、そうだ。あの館なんだが、お前達買わないか?」
「は?」
「館って、ガルズさん達が潜伏していた?」
「お前が突入したあの館な」
「何でまた?」
「捕らえた貴族から没収したのは良いんだが、持ってても維持費用だなんだと金はかかるし、下手な奴に売るとまた変なことに使われるかもしれないと、売る相手にも困っているらしい。で、いっそのこと今回のことの褒美って訳じゃないが追加報酬みたいなもんで、安く買わないかってことなんだと」
今回ガルズ達が隠れ家として使っていた館は、その持ち主である貴族が捕まり財産が没収されたことで今は国の所有になっている。しかし、そうなると国は館の管理をする必要が出てくる。館の維持と管理をするには人手が要り、人件費がかかる。すぐにでも手放したいところだが、下手な者に売ってまた悪事に利用されでもすれば、今度はそんな相手に売ったとして国に非難が向けられかねない。
そこでユウト達の名前があがった。事件の解決にも尽力したことだし、彼等に安く譲ってはどうかと。
ちなみに、発案者はセインだ。
「安く、と言われても。あの館だと元がどれだけ高いのか……」
貴族が所有していた館だけあって、その大きさはかなりの物だ。ユウト達は外から見ただけで中の構造までは分からないが、二階建てで部屋の数は三十近くあるだろう。
しかも、一等地ではないが王都の中にあるのだから、おそらく普通に買おうと思えば、ユウト達では手が出せない額だろう。
「それなんだが、えぇと……これか。ほれ」
ゴソゴソと机の上にある書類の中から目当ての書面を見つけて、ユウトに手渡す。
それを見てユウトが固まる。
「どうした? 何が――」
ユウトが固まったのを不思議に思い、ギルツが後ろから書面を覗き込んで、目を瞠る。
そこには、今回の件に対する協力への感謝と、その礼にということで館を売りたいということ、それから館の値段が記載されていた。
「あの館がこの値段……一軒家と対して変わらないぞ……」
「裏があるんじゃないかと勘繰りそうになるんだが……どこかに見えないくらい小さい文字で何か書いてあるんじゃないか?」
わたわたと慌てながらユウトとギルツが不信感を露わにする。
「まぁ、気持ちは分かる。幾ら処分に困っているとはいえ、ここまで条件が良いとな」
そう言ってジェイクが同意を示してから、難しい顔をする。
――まるでこいつらに恩を売ろうとしてるような……? いや、流石に考えすぎか。
ユウト達が優秀だとしても、いち冒険者にわざわざ恩を売るような真似をするとは思えない。
「あっちでも買い手を探すそうだから、見つかるまでに買うなら言ってくれれば良いそうだ。ゆっくり考えろ」
「買うべきか」、「いや、だが買うと維持費やらが――」と仮にもギルド長の前であることも忘れて本気で相談している二人に、ジェイクが呆れたような顔をする。
「あ、はい。そうします」
「だな。すぐに決めるのは無理だ」
「それと、お前さんが助けた娼婦達を含めた娼婦一同が礼を言ってたぞ。店に来てくれればサービスするってさ良かったな」
「マジか。じゃあさっとく今日にでも――」
鼻の下を伸ばしたギルツに、ジェイクが冷たく否定する。
「いや、ユウトにだぞ」
「……俺は?」
「ユウトだけ」
それを聞いてギルツが愕然とする。一方のユウトは不思議そうな顔をしていた。
「俺に?」
「お前さん以外に誰が居るよ。セイン達は犯人を連れてっただけで、助けたのはお前さんだろうに」
当然のようにジェイクが言う。
しかし、ユウトとしては自分のせいで怪我をさせたという自覚がある。深い傷では無かったためその心配は無いが、もし傷が残りでもしていたら娼婦としては致命的だっただろう。
だからこそ、礼をと聞かされても、ピンと来なかった。
「何でユウトだけっ!?」
ようやく気を取り直したギルツが文句をつける。
「お前、何もしてないからだろうな」
明朗なジェイクの答えにギルツが膝をついた。
「働き損だと……っ!?」
「いや、報酬貰ってるから」
「そもそも働いて無いだろ」
一人衝撃を受けているギルツをユウトとジェイクが冷ややかな目で見ていた。




