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第38話 再会の約束

 「ユウトっ」

 「目が覚めたのか?」

 「誰かがうるさいおかげで……あれ、俺は……何で?」


 目覚めたばかりで状況が掴めないユウトは視線を彷徨わせる。そして、ソフィアとギルツを順番に見てから、優しく笑う。


 「良かった。無事だったんだな」

 「――っ、それはこちらの台詞よ」

 「まったくだ」


 ソフィアは瞳を潤ませながら、ギルツはホッとしたように答えた。

 部屋の中とギルツ達を見て、自分が麓の村に居るということを理解したユウトが現状に疑問を覚えた。


 「ここって麓の村だよな? 何で俺はここに居るんだ?」

 「それよりも、体の調子はどうだ?」


 疑問に答えるよりもまず心配をするギルツに驚くが、それも仕方が無いかと自答する。

 何故自分がここに居るかは分からないが、ギルツ達と別れて独りで風竜と戦った後だ。心配が先に立ってもおかしくは無い。


 「……まだ少しボーっとするのと、体中が痛くて動きたくない」


 なんとも無いと示すようにユウトが笑う。その様子を見てギルツの表情が安堵したものに変わった。


 「そうか……とりあえず、後遺症もなさそうだな」

 「状況が分からない。正直なんで生きてるのかも分からないくらいなんだ。説明してくれ」

 「わかった。俺達も聞いた話なんだが、お前が村に連れてこられたところから話そう――」


 ギルツは起きたばかりのユウトの容態を気にしながら、ユウトが村に運び込まれた経緯を説明した。

 深い青色の髪と瞳をした女性がユウトを連れてきたこと、それに女性が治療してくれたが大怪我をしていたらしいこと。それらを話すと、女性についてはユウト自身全く心当たりが無く、また女性に対してギルツと同じような疑問を抱いたため、不思議そうな顔を浮かべていた。

 ギルツの説明が終わると、今度はユウトが聞かれる番だった。


 「そっちは俺達と別れた後どうなったんだ?」


 「あぁ、あの後……しばらくの間やりあってたんだが、途中で“強化”の反動で体の方にガタが来た。動きが止まった隙を突かれて――おそらく魔術だと思うが、壁に叩きつけられてから圧縮された空気の塊みたいなのを全身にしこたまぶつけられた」


 風竜と一方的にではあるが話をしたことや、頼みごとをしたことについては言うのを避けた。頼みごとの内容を知られたくないというのも勿論あるが、それ以上にそのことを話すのは、あの風竜に不義理な気がしたためだ。

 あの風竜がユウトの言葉を理解しながら最後まで言葉を発しなかったのは、意思疎通が出来ることを大っぴらにしたくないからだとユウトは思っていた。そして、ギルツ達が無事に下山出来たのはユウトの頼みごとを聞いてくれたのだと思っている。

 本当ならユウトの頼みごとを聞く理由は風竜には無い。それでもなお頼みを聞いてくれた風竜の意に反することをするのは裏切りではないだろうか、と。

 想像以上にやられていたために、そちらの方に気を取られていたというのもあるだろうが、幸いにもギルツ達はユウトの心境に気付くことはなかった。


 「お前平然と言ってるけど、それで死んでてもおかしくなさそうなんだが……」

 「死なない程度には手加減されてたんだろうな。んで、それほど持ちそうになかったから“強化”に限界まで魔力を費やした」

 「ユウトの限界って……そんな状態で動いたら体が壊れるんじゃ」


 ソフィアが不安げにそう言った。

 ユウトの魔力量が尋常じゃないことはソフィアも知っているだけに、その魔力を限界まで費やした“強化”がどんな異常なものになるか想像もつかない。それはつまり、その反動がどれだけ大きいのかも想像できない程だということだ。


 「あぁ、うん。一応、飛び込んで首に斬りかかったところまでは何とか動けたんだけど、その時点で体の感覚が無かった」


 それを聞いて、ソフィアの顔がサッと青ざめた。


 「大丈夫なの? ちゃんと動く?」

 「いや、落ち着けって嬢ちゃん。さっき体が痛いって言ってたし、今も普通に体起こしてるだろ」

 「そういうこと。俺を連れてきたって人は随分治癒術の腕が良いんだろうな」


 治癒術も魔術の一種だけに、当然その効果の高さは人によって差が出る。使用する魔力の量と体の構造の理解、そしてイメージの強さが効果に影響を及ぼす大きな要因だ。

 風竜から受けたダメージに加えて、感覚が無くなるほど“強化”の反動を受けたユウトが、曲がりなりにも普通に話して動けるようになるには、並みの腕では難しい。


 「そ、そうよね」


 二人に諭されるように言われ、焦ったことを恥じるように縮こまった。

 それを微笑ましい様子で見ていたユウトに、ギルツが続きをを促す。


 「んで、首に斬りかかったところまで、ってことはそこで力尽きたのか?」

 「あぁ、鱗を斬ったところで刀身が粉々に吹っ飛んで、そこで限界。動けなくなったところを風竜に押さえつけられて――覚えてるのはそこまでだ。だから、その女性が俺をどうやって助けたのかとか、風竜はどうなったのかとかは分からない」

 「あの風竜の鱗を斬ったのか……」

 「私達の攻撃じゃびくともしなかったのにね……」


 鱗を斬ったと聞かされて二人が落ち込む。

 それぞれの攻撃は勿論、風竜を怒らせた偶然の同時攻撃でもダメージ自体は通っていたが、鱗を砕くには至らなかった。自分達がどうにも出来なかっただけに力不足だと突きつけられたようでショックが大きかった。


 「斬ったといってもその一回、しかも後先考えない捨て身の一撃だ」


 それに対してユウトは微妙な顔をしている。

 普通に斬ったのなら兎も角、捨て身の一撃では誇ることも出来ない。

 一足先に気を取り直したギルツが疑問を口にする。


 「そうなると風竜は健在だったんだよな。なら、どうやってユウトを助けたんだろうな。風竜を倒した……のか?」

 「……さてな。何にしても俺の命の恩人なわけだし、詮索することもないだろう。考えたところで分からないだろうしな」


 そう言って笑うと、「それもそうだ」とギルツが呟いた。

 ――まぁ、何者かは予想が付いてるんだけど。

 しかし、それを言うつもりは無い。ギルツに申し訳なく思いながら、その答えは胸の内にしまうことにした。


 「ところで、ソフィアは村に戻らなくて良いのか?」


 そう言うとソフィアの表情が微かに暗くなった。

 聞きようによっては「早く帰れ」と言っているようにも聞こえると気付いたユウトが慌てて弁明する。


 「あ、いや、帰れって言ってるわけじゃないぞ。だけど、早く薬を持って帰った方が良いんじゃないかと思って――」

 「随分時間を稼げたから、数日くらい大丈夫よ。それとも、やっぱり居ない方が良い?」


 わざとらしい聞き方に、ユウトが困ったような顔をする。


 「あまりいじめないでくれ。……随分意地が悪くなったな」

 「おかげさまでね」


 会ったばかりの頃には見せなかった、悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべた。

 その様子を砂糖を吐きそうな顔で見ていたギルツが話を締める。


 「とりあえずユウトはゆっくり休め。明後日までに動けるようになったら一緒に、ならなかったら俺と嬢ちゃんだけで大森林まで戻る。良いな?」


 二人が頷くと、話はそれでお開きになった。




 女性の治療が良かったのか、元々の怪我の酷さを考えれば驚異的な早さでユウトは回復し、次の日にはある程度普通に動けるようになっていた。しかし魔物に遭遇する可能性がある以上、ある程度では不安が残る。結局さらに一日休んで三人で出発することになった。


 「では、お世話になりました」

 「酷い怪我じゃったのだし、もう少し休んでいった方が良いのではないか?」

 「ありがとうございます。でも、あまりゆっくりもしていられないので……」


 心配をしてくれる村長に、ユウトが申し訳無さそうにそれを辞退する。――が、横にいたギルツが半眼で睨みながら口を出す。


 「俺達が長居した方が金を落としていくからな」

 「ほっほっほ。見抜かれておるのう」

 「……本当に食えない爺さんだな」


 村長がどこまで本気なのか分からない笑みを浮かべると、ギルツが疲れたような顔をした。しかし、すぐに真顔になると、ゆっくりと頭を下げた。

 長く居た方が金を落とす。それは嘘ではないのだろうが、それだけでは無い。ギルツ達が村に戻るまでのユウトの看病も含めて、滞在していた数日間色々な形で気を使ってくれていた。

 

 「今回のこと、心から感謝します。お世話になりました」

 「私からも。ありがとうございました」

 「また来なされ。歓迎しよう」

 「はい。必ず」


 村長に別れを告げて、三人は村を後にした。

 そして、三人が見えなくなってから、一つの影が舞い降りた。


 「行ったみたいっすね」

 「えぇ、少年も完全ではありませんが、動ける程度には回復したようで」


 突如現れた女性の言葉に、村長が改まった口調で答えた。すると、女性が自慢げな顔をする。


 「そりゃウチが治療したっすからね」

 「……これで宜しかったので?」

 「母様の指示っすから。多分、そのうちまた会うことになるんじゃないっすかねぇ。さて、それじゃウチは帰るっす」

 「お気をつけて」

 「気をつけて、なんて面白い事を言うっすねぇ」

 「人間の挨拶のようなものですよ」

 「そうっすか。じゃ、また来るっす」


 村長が恭しく頭を下げると、女性はその姿を消した。

 老人はユウトを連れてきた女性のことを知っていた。しかし、女性のことを語るのは口止めされていた。そのため、嘘をついてはいないが、全てを話した訳でもなかった。

 例えば、ギルツは気付かなかったが、老人は女性がユウトを置いていった(・・・・・・)とは一言も言っていない。事実女性はずっと村に居て、ユウト達の様子を見ていた。


 「騙すようなことをしてすまんかったのぅ。しかし、また会えるのを楽しみにしとるよ」


 三人が去った方向を見ながら、老人が呟いた。




 目的だった始原の花を手に入れ、帰途についた。そうなれば最後に待っているのは別れだ。

 三人はユウトとギルツがソフィアを見つけ、助けた場所――大森林の近くに戻っていた。


 「俺達はここから先には行けないんだったな」

 「……えぇ、中に足を踏み入れればエルフが先に進むのを妨害すると思うわ」

 「……じゃあ、ここでお別れだな」

 「そう、ね」


 別れと言われてソフィアが寂しそうな顔をする。ウェントーリ大山脈の麓の村を出てから何度も見せた表情だった。その度に三人で色々な話をして紛らわしてきた。しかし、今回はそうもいかない。

 もとよりここでの別れは予め決まっていたことだ。


 「そんな顔すんなって、嬢ちゃん」

 「あぁ、これが最後じゃない。また会えるさ」

 「うん……ううん。会える(・・・)んじゃ嫌。会いに行く(・・・・・)


 そう力強く言うと、寂しげだった表情は決意の篭ったものに変わっていた。

 ここでの別れは避けられなくとも、この先再会を望むことは出来る。しかし、望むだけじゃ足りない。自ら動くことで叶えられることがあるのだと、この旅で教えられた。


 「機会を待つんじゃなくて自分から、か。なるほど積極的だな」

 「うるさいわよギルツ」

 「俺達からってのは流石に無理か。でも、うん、楽しみにしてる」


 茶化すようなギルツにジト目を向け、ユウトの言葉に笑顔を返した。そして、それぞれと顔を見合わせてから、向き合ったままゆっくりと数歩下がって距離を取った。


 「またね、二人とも」

 「おう。またな嬢ちゃん」

 「また会おう、ソフィア」


 それを最後に互いに背を向けて歩き出す。だが、すぐにソフィアが立ち止まる。


 「ユウト」

 「ん? 何か忘れ――」


 名を呼ばれて、振り向いたユウトの頬にソフィアの唇が優しく触れた。そして、ほんの数秒の間ソフィアがユウトの体をギュッと抱きしめた。

 体を離すと、ソフィアが美しく魅力的な笑顔を浮かべた。


 「えぇ、忘れ物よ。……必ずまた会いましょうユウト。大好きよ」


 そう言って、大森林の中に走っていった。

 残されたユウトはソフィアの唇が触れた頬に手を当て、顔を真っ赤に染めたまま放心していた。


 「これはまた……随分と直球だな」


 感心したようにギルツが呟くと、今度は底意地の悪い笑みを浮かべた。


 「ふむ……これはエリスっていう嬢ちゃんに報告だな」

 「なっ!? エリスは関係ないだろ!?」


 思いがけない人物の名前を出されてユウトが焦る。すると、ギルツの表情が僅かに真剣な物に変わる。


 「本当に関係ないのか?」

 「う、いや……だってな」

 「もう少しちゃんと向き合え。気付かない振りは勿論だが、気付けないのも十分罪だと思うぜ。何より、後悔はしたくないだろ」

 「……覚えておく」

 「そうしろ」 


 気まずそうなユウトが一言だけ答えると、ギルツが表情を和らげた。

 大森林から少し離れたところに繋いであった馬を解放し、鞍に跨る。そして、最後に大森林を見た。生い茂った木々に視線を阻まれ、中が見えるはずが無いのは分かっていたが、自然と別れた仲間の姿を探していた。、


 「……行くぞ、ユウト」

 「あぁ……とりあえず王都に戻ろう」

 「ん? 折角だし、お前が世話になったっていう孤児院寄らないのか? ここからならそう遠くないぜ?」

 「ぐっ……いつまでも調子に乗ってるなよ。ギルツ」

 「何のことやら」


 後ろ髪を引かれる思いで、しかし、振り向いてばかりでは居られない。戯れるように言い合いをしながら、二人は大森林から離れた。




 ユウトとギルツがそんな会話をしている頃、二人と別れたソフィアもユウトに負けないほど真っ赤になっていた。


 「うぅぅぅ、キスしちゃった……でも、しばらくは会えないんだし、これくらいは。だけど――」


 生い茂る草木の中を風を切るように走る。思考に気を取られているとは思えない程の速さだった。

 最初は誰も聞いていない言い訳を口走り、それが一通り済むと今度はどう思われたのかに関心が向く。


 「い、嫌がられてない、よね。もしそうだったら……ううん、そんなこと無いわ。可愛いって言ってくれたもの。少なくとも嫌がられはしないはずよ。嫌がられてないなら、喜んでくれてたり……そうなら嬉しいな」


 そんなピンク色の思考を独り言という形で殆ど全部漏らしながら村に向かう。そんな状態でも“探査”を怠らずにいるのは、ユウト達と共に冒険をしたおかげだろう。特にウェントーリ大山脈という危険地域に身をおいていた経験は大きかった。

 意識しなくても殆ど自然に“探査”を使い、必要な分はきちんと意識を向けている。

 そうして、村を出たときよりも早く、かつ安全に大森林を進むことが出来た。


 「戻って……来れたのね。まだ猶予はあるはずだけど……」

 「ソフィア様!?」

 「一体今までどこにっ!?」


 村に到着したソフィアを村人が驚いた様子で出迎えた。村が魔物に襲われた翌日にソフィアが姿を消したことは村中の者が知っていた。

 その目的までは知らないが、いなくなった理由よりも心配の方が先に立ったようで、言葉には驚きと同じくらいの安堵が篭められていた。


 「ただいま。それは後で話すわ。お父様とお母様はどこにいるの?」

 「あ、はい。村長とフィリア様なら執務室にいらっしゃると――」

 「ありがとう」


 村人が言い終わる前にソフィアが走り出す。そして、執務室の前に着くと、ノックもせずに飛び込んだ。


 「お父様、お母様」

 「な……ソフィア!? お前、今まで一体何をしていたんだ!」

 「叱責は後で。お母様これを」


 突然の侵入者に驚いたソティスが、その正体に気付き声を荒げた。それを何でもないように流すと、ソフィアは始原の花をフィリアに手渡した。


 「ソフィア? これは……これってまさか?」

 「えぇ、始原の花よ」

 「一体どうやって……?」

 「今はそんなことより薬を」

 「え、えぇ。そうね。これがあれば皆助かるわ」


 疑問が尽きないという顔をしていた母を急かし、薬の調合に向かわせる。今も苦しむ村人のことを思えば優先度は遥かにそちらのほうが高い。それを弁えているフィリアはすぐに執務室を出た。

 

 「……あれを一体どこで手に入れたんだ?」


 残されたソティスが疑問を口にする。

 表面上は落ち着いて見えるが、ソティスは内心混乱していた。

 ソフィアが一週間以上も前に姿を消したとき、ソティスは娘の目的を察した。

 あまり自分の言うことを聞かない娘だが、村人を大事に思う気持ちは誰よりも強い。だから今も毒に苦しんでいる村人を救うために、命の危険を省みずに始原の花を採りに行ったのだろう、と。

 しかし、同時にそれは叶うことも無いと思っていた。ウェントーリ大山脈に足を踏み入れて無事に帰ってこれるはずが無いと。本来なら誰かにソフィアを追わせたいところだったのだが、それが出来る状況ではなかった。

 だが、無事に戻ってきたどころか、始原の花を持ち帰った。

 ――もう、顔を見ることもできないと思っていたのだがな……

 分からないことばかりだったが、娘が無事であったということは心から嬉しかった。

 そういった感情を表面上でも取り繕えるのは、さすがは年の功というべきだろう。そんなソティスの心情を知らずに、ソフィアは落ち着いた様子で聞き返す。


 「始原の花が咲いているのはウェントーリ大山脈だけでは?」

 「……やはり行ったのか」

 「はい」


 ソティスは頭が痛いとばかりに頭部を押さえる。

 何故そんな無謀なことをしたのかと叱りたいところだが、実際に無事に帰ってきている以上、まずは話を聞くべきだろうと感情を抑える。そして、更に浮かんだ疑問を漏らす。


 「だがどうやって無事に、しかも始原の花まで……」


 そう聞かれて、ソフィアが真剣な顔でソティスを真っ直ぐに見た。


 「そのことでお父様やお母様、それに村の皆にも聞いて欲しいことがあります」

 「……どんな話だ?」

 「強くて優しい、私が出会った二人の人間の話よ」


 そう言って笑ったソフィアの笑顔は、父であるソティスでも見たことが無いくらい優しく眩しいものだった。



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