第32話 麓の村
「到着っと。大体予定通りだな」
「ああ、ここまでは順調だ」
手綱を操り、馬の速度を落としながらギルツが言うと、少し遅れて来たユウトが同意する。
ユウト達が今居るのは、ウェントーリ大山脈の南近くにある小さな農村だ。
馬に乗っていたとはいえ、ここまで数日の間旅をしてきた以上、それなりの疲れは溜まっている。ここで一晩ゆっくり休んで、体調を万全にしてから大山脈に挑むつもりだった。
「ギルツの言う通り馬で良かったわ」
ユウトの後ろに乗っているソフィアがホッとした様子でそう言った。
ソフィアは元々徒歩で来るつもりだった。エルフであるソフィアは人間の通貨を持っていないし、馬に乗ることも出来ないため仕方が無いのだが、徒歩で来ていればここまで時間的な余裕は無かったことは間違いない。
「とりあえず、馬での移動はここまでだ。ここからならそう遠くはないし、歩いて行くぞ」
「こいつらはどうするんだ?」
「村の人に頼んでしばらく預かってて貰う」
そう言って馬を降り始めるギルツに倣って、ユウトも馬を降りる。
「なんでわざわざここに置いて行くの?」
不思議そうに首を傾げるソフィアに、ユウトが手を差し出す。ソフィアはユウトの手を取って、体を支えながら馬から降りた。
「ありがとう。このまま一緒に山の麓まで乗って行っちゃ駄目なの?」
「どういたしまして。一緒に連れて行くと、俺達が山の中に入ってる間、麓に繋ぎっぱなしになる。そうなると、戻ってくる間に魔物に襲われる可能性が高いからさ」
「そういうことだ。ここで帰りの足を失う訳にもいかないからな」
二人の説明を受けて、ソフィアが納得いったという表情を浮かべた。
三人は馬を引いて、村の中に入り厩舎を探す。キョロキョロを周りを見ていると、一人の老人が話しかけてきた。
「冒険者の方かの?」
「はい。依頼の途中で寄らせて貰ったんですが、しばらく馬を預かって貰いたくて」
「厩舎かい? それなら、そこを真っ直ぐ行った先に牧畜をやってる者がおるよ」
「あ、本当ですか。ありがとうございます」
老人に礼を言ってから、教えて貰った方向に向かうと、小さいが老人の言っていた通り牧場のような場所があり、そこに馬や牛といった家畜が放し飼いにされていた。
そこの所有者である村人に最長で一週間の馬の世話をお願いした。前金として、代金の内の幾らかを渡して、馬を取りに来た際に残りを支払うことにし、仮に一週間過ぎて戻らない場合は、馬は村人の物となる契約だ。これらは、預けている間に勝手に馬を売られることを防止し、また預けた者が戻らない場合の処理を考えたもので、馬に限らず何かを預かって貰う場合などには一般的な契約内容だった。
勿論そんなことはユウトもソフィアも知らないので、契約を交わしたのは商人の知識を持っているギルツだ。
「ギルツはこういう時には本当に頼りになるな」
にこやかにそう言ったユウトを、ギルツがジィっと半眼で睨む。
「こういう時にはって何だ、にはって。普段は頼りにならないみたいな言い回しは止めろ」
相変わらずのやり取りを交わす二人を少し後ろから続くソフィアが楽しそうに眺めている。多少ヒートアップし始めたところで、話を変えるようにソフィアが口を開いた。
「ところで、これからどうするの?」
「ん? あぁ、とりあえず今日はここで休んで、明日の朝に出発だ」
「宿を取るの?」
「宿……は多分無いから、空き家を借りる。というわけで、村長のところに向かうぞ。家の場所はさっき聞いておいた」
そう言ってギルツが先頭を歩き出す。
僻地にある小さな村では、たまに村に来る冒険者が落とす金は臨時収入の一つだ。僻地に来る場合、依頼の達成に数日かかる場合が多く、その間泊まる場所が必要になる。だからといって、たまにしか人が来ない村で宿屋を行なうのは無理があるため、住む者がいなくなった家を定期的に掃除して、そこを安く貸すことが多い。
既にある家を利用するため大した費用を必要とせず、定期的な掃除で良いため人手もかからない。また、壊すにも労力が必要で、場所に困るほど狭い村もそうは無いため、こうして利用されるのが普通だった。
そうこうしているうちに、村長の家に到着した。村の長の家だけあって、他の家よりも一回り大きかった。
ギルツが家の扉をノックし、返事が戻ってきてから扉を開けた。
「失礼。冒険者なんだが、空き家を――って」
「おお、ようやく来なすったか。空き家じゃろう? 準備できておるよ」
そう答えたのは、先程厩舎の場所を教えてくれた老人だった。
「村長だったんですか……」
「ほっほっほ。見知らぬ者が来たと村の者に聞いてな、様子を見に行ったんじゃよ」
「で、話を聞いて村に泊まると踏んで、先に用意を済ませていたと……」
「そういうことじゃな」
村長が楽しそうに笑っているのに対し、ギルツは疲れたような表情を浮かべていた。
「……まぁ、話が早くて助かります」
「では、空き家は二軒で良いな。出来るだけ近いのを――」
「一軒で良いわ」
村長の言葉を遮って、ソフィアがそう言った。
「む? 良いのか?」
「えぇ、構わないわ」
心配そうな村長に対し、ソフィアは素っ気無かった。
ソフィアは耳を隠すため、村に着いてからずっとフードを被っているがその顔は普通に見えている。ソフィアが年頃の娘であることを配慮して二軒と言ったのだが、ソフィアとしては信用しているユウト達と離されて人間の村の中で一人になる方が心細い。何より、ユウトたちがソフィアに変なことをするとは微塵も考えていなかった。
「ふむ……まぁ、そういうことなら」
村長は残念そうにしながらも、納得したようだった。
ソフィアを心配してというのも確かにあるが、二軒分の代金が手に入るという期待もあったため、当てが外れることになった。
「ほれ、これが鍵じゃ。場所は、この家を出て右側の三軒目じゃ。一晩分の水は汲んである。もし足りなければ井戸から汲むと良い」
「ありがとうございます」
鍵を受け取り、代金を支払う。
「村の者達には冒険者が来ていることは教えてあるのでな、食材か何かが欲しければ村人に尋ねると良い。邪険にする者は居ないはずじゃ」
「何から何まで助かります」
「よいよい。冒険者の方にはお世話になっとるからの」
村長はそう言って人の良い笑みを浮かべた。
「あの爺さん。本当に食えないな」
借りた空き家で寛いでいたギルツが唐突にそう呟いた。
既に夕食を終え、のんびりしているところだったユウトが肩を竦め、ソフィアは不思議そうな顔をしている。
「どうして? 親切な人……だと思ったのだけど」
そう言ったソフィアが多少言い難そうな様子なのは、同じ人間に対しては、という気持ちがどこかにあるからだろう。それに気付かず、お世辞にも気分が良いようには見えないギルツが答える。
「そう思わせる辺りが、だ。あの爺さん、色々気を利かせながら、俺達が金を落としやすいように上手く誘導してやがった」
「……どういうこと?」
要領を得ないギルツから、ユウトに聞き直す、
「あー……、村の人から予定以上に買っただろ? あれが気に入らないらしい」
「意味が良く分からないわ」
「えぇっと、村の人達が好意的で色々親切にしてくれたから、俺達もお礼にってわけでも無いが、色々買い込んだだろ? で、村の人が好意的だったのは村長の手回しが効いてるわけで……言い方は悪いが、村長主導で村人全員がグルになって俺達が沢山買うように仕向けたってことになる」
ユウトの答えがお気に召さないソフィアが難しい顔をする。
「それは流石に穿った見方じゃない? それに確かに予定より量が多かったけど、質が悪いわけでも値段が高かったわけでも無いのでしょ?」
「まぁね。むしろ多く買った分安くして貰ったくらいだ」
「なら、問題は無いと思うけど……」
「全く持ってその通りなんだが、元商人見習いのギルツ君としては、村長の狙い通りに買わされたことや、それに気付けなかったことがどうにも不満らしい」
「そう……」
呆れたようなユウトの口ぶりに同調したように頷いた。
「ギルツの不満はどうでもいいし、私はそろそろ部屋に行くわね」
「どうでも……」
「ああ。明日に備えてゆっくり休んでおくと良い」
「そうするわ」
どうでもいいと一蹴してギルツを落ち込ませてから、ソフィアが部屋に戻っていった。
ユウト達が借りた空き家は二階建てで村でも大きな部類に入る。一階には今ユウトとギルツが居る大きな広間があり、二階には部屋が丁度三つある。元々二軒貸すつもりだった割に、三人一緒でも大丈夫なように三つ部屋のあるこの家もきちんと掃除されている辺りが、目端の利くあの村長らしい。
「で、勝算はあるのか?」
ソフィアが部屋に戻って少し経った頃、ギルツが唐突にそう言った。
「勝算、ね。あると思うか?」
「……お前でもか?」
「直接見たわけでも無いから正直何とも言えないが、一体で町を破壊できるってのが事実なら、どう考えても人の手に負える相手じゃないだろ」
「だよな……でも、引く気は無いんだろ」
「あぁ、そう言った。別に――」
「お前まで付き合うことはない、とか言わないよな」
「む……」
言おうとした言葉を封じられて口を噤む。その様子を見ていたギルツが笑いながら、笑っていない目をユウトに向けた。
「あまり馬鹿なことを言うなよ? 俺にとって、相棒ってのはそんな軽い存在じゃない」
「そうだったな……悪い。少し頭冷やしてくる」
「刀を持ってか?」
「多少体を動かした方が寝つきが良いんだよ」
無雑作に軽く手を振ってユウトは広間を後にした。相棒の言葉に頬が緩むのを見られないように。
ユウトとギルツが広間で話している頃、部屋に戻ったソフィアは、持ち込んでおいた水を使って体を拭いていた。
服の袖から手を抜き、上半身を露わにして体を水で浸した布で拭う。
――気持ち良いけど、やっぱり落ち着かないわ。
扉一枚隔てた先に異性が居るという状況に特に不安を感じないが、やはり緊張はする。もっとも、居るのがユウトとギルツで無ければ不安どころか恐怖しかなかっただろう。
――あの二人だから、よね。
初めて会った同年代の異性で、人間。心配事の方が多いはずの相手だったが、その心配は杞憂に終わった。二人は、他のエルフに聞いていた様な悪意のある人間ではなく、また、女性に優しい男性でもあった。
ここまで無事に、しかも予想していたよりも早く順調に来れたのは間違いなく二人のおかげであり、そもそもユウト達がいなければマンティアントに殺されていた。
ここまでの数日間もとても楽しい時間だった。もしかしたら、今まで生きてきた十七年の中で一番楽しい時間だったかもしれない。
――二人と、ずっとこうして旅をするっていうのも楽しそう。村が落ち着いたら、お父様に頼んでみようかしら。
だが、頭の固い父親のことだ。きっと反対するに決まっている。
――人間の様子を探るっていう名目ならどうかな。私達も人間と交流を断って随分経つし、人間のエルフに対する感情も私達が知っているものと変わってる。情報収集ってことなら許して貰えるかしら。
そうなれば、また二人と旅が出来る。二人に倣って冒険者をやってみるのも良いかも知れない。
――その前に、二人に今回のお礼をしないと。……村に招待したら喜ぶかな? ユウトはエルフのことが気に入っているみたいだし喜びそう。ギルツは……お酒が好きだって言ってたから、村のお酒を気に入るかな。お父様も、皆を救ってくれた二人なら反対しないわよね。
ユウトはちょくちょくソフィアの耳に視線を向けていた。本人は意識していないのか、若しくは隠しているつもりなのかも知れないが、普段感じない視線なだけに、分かりやすかった。ギルツは良く酒が飲みたいとぼやいては、ユウトに二日酔いになるんだから止めろと釘を刺されていた。
二人が村で歓迎されて、ギルツは村の大人たちと楽しそうに酒を酌み交わし、ユウトはそんなギルツに呆れた顔をしながらも村人達と会話を楽しむ。そんな幸せな未来を思い描いて頬を緩める。
だが、ふと現実に戻り、震えだした体を自ら抱きしめる。
――生きて、戻れるの?
ウェントーリ大山脈が近づくにつれて、そんな不安が頭をよぎるようになった。二人との旅が楽しければ楽しいほど、ふと我に返ったときの恐怖が大きくなる。
――私は、あの優しい二人を殺してしまうかもしれない。
二人との旅を始める前、ギルツが一人で町に向かう際に、一人にしておくと勝手に行ってしまいそうだと言った。その時は否定したが、今思えば、そうすべきだったのかもしれない。
そうすれば、間違いなく二人は無事で居られた筈だ。
――今ならまだ……
視線を窓の外に向けると、ユウトが刀を手に外に出て行くところが見えた。
――こんな時間に何を?
気になったソフィアは身支度を整えて、ユウトの後を追いかけた。
ソフィアがユウトに追いついた時、ユウトは家から少し離れたところで刀を振っていた。
――綺麗……
“強化”を使ったユウトの体は微かに白い光が灯り、その光は白光に反射して、剣筋に残光が残る。それが月明かりと相俟って幻想的な光景になっていた。
思わずその光景に見蕩れたソフィアが、マンティアントに襲われて気絶する寸前のことを思い出した。
――あのときの光はユウトだったのね。
気絶する寸前、人の形をした美しい白い光が見えた。それはまるで、神様か何かが自分のところに降りて来てくれたようだった。目を覚ました後、助けてくれたのがユウト達だと分かり、その時のことは朦朧としかけた意識が見せた幻か、勘違いか何かなのだろうと結論付けていた。
――追い詰められた私を、ユウトが助けに現れてくれた……なんて思うのは流石に子供じみてるかな。
それではまるで御伽噺だ。そんな都合の良い話は現実には有り得ない。
――だけど、勝手にそう信じるのは許されるよね。
巻き込んだのかも知れない。自分のせいで二人を死なせてしまうのかもしれない。しかし、二人が一緒に戦ってくれるというのなら、今はそれを信じよう。
ソフィアは、ユウトの邪魔をしないように少し離れたところから静かにその幻想的な光景を見続けた。
「あれ、いつの間に?」
しばらく無心で刀を振っていたユウトが刀を納めてから、ようやくソフィアの存在に気が付いた。
「少し前からよ。そんなに魔力使って大丈夫なの?」
「あぁ、うん。このくらいなら、明日の朝には戻ってるよ」
魔力は当然使用すればするほど減り、時間の経過によって回復する。魔力の回復は一日で大体全快する程度と言われているため、割合的には同じでも魔力量が多い者ほど回復量は多いことになる。
「……聞いてはいたけど、尋常じゃない魔力量ね」
ソフィアは、人間よりも魔力が多いエルフの中でもトップクラスの魔力量を誇る。そのソフィアでもユウトの魔力量には及ばない。魔力量についてはかなりの自信があったソフィアだが、ユウトの魔力量を聞いてから多少自信を喪失していた。
ユウトの異常な魔力量に呆れていたソフィアが、急に表情を暗くする。
「……怖くないの?」
「……竜が?」
「ええ。竜は最早天災に近いわ。まともに戦って勝てる相手じゃないし、見つかったらおしまい。普通は怖いし、逃げたくなるわ……」
そう言われて、ユウトが黙り込んだ。それと同時に自分の不安をユウトにぶつけてしまったことを後悔した。
ユウトが自分のために現れた存在なのではないかと思ってしまったが故に、ユウトなら間髪入れずに否定してくれると無意識に期待し、甘えてしまった。
ソフィアは、余計なことを言ってユウトの決意を挫いてしまったのではないかと怖くなった。だが、ユウトが考えていたのは別のことだ。
「竜なんか俺の敵じゃない。大船に乗った気で居てくれ」
「え?」
予想外に自信に満ちた言葉に驚いたソフィアが聞き返すと、ユウトが気の抜けた笑みを浮かべていた。
ユウトが考えていたのは、見栄を張るか、本音を言うか、どちらにすべきかということだ。僅かに考えた末、ユウトが選んだのは本音を言う方だった。
「――なんて言えれば格好付くのかも知れないけど、残念ながら怖いよ。勝てるなんて微塵も思えないし、死にたくも無い」
「なら……」
「だけど、死なせたくないって思った。死なせないって約束した。だから、怖くても逃げない」
自信があるわけでは無い。だが、力強くそう言ったユウトに、ソフィアの不安が更に口をついて出る。
「でも、私にとって村の皆は家族だけど、貴方にとっては顔も知らない他人でしょ? そこまでする必要なんて―ー」
「違う。申し訳ないけど、ソフィアの言う通り毒にやられたって人は会ったことも見たことも無い他人だ。だからそこまで助けたいとは思ってない」
「じゃあなんで……?」
「ソフィアが助けたいって言ったから」
「っ……」
真摯なユウトの言葉に、ソフィアの胸が詰まる。
「俺が助けたいのは――死なせたくないのは、毒を受けた人じゃなくてソフィアだ。死なせたくなくて、家族を助けたいっていうその真っ直ぐな心を曲げたくない。だから、手伝いたいんだ」
「ぅ……」
顔を真っ赤にして俯いたソフィアの頭を、そうとは知らずに不安なのだろうと勘違いしたユウトが優しく撫でる。
「ぁ……あの、手。子供じゃない、から……」
「ん? あ、ごめん。不安そうにしてるところがエイミィみたいで、つい」
やってしまったと焦りながら弁解するユウトに、ソフィアが詰め寄った。
「エイミィって誰?」
「え、いや。妹……みたいな子、だけど」
「妹、みたい? じゃあ妹では無いの? どんな子なの?」
「えぇと、お世話になってた孤児院に居た子で、青い髪で七歳の――」
急に元気になったソフィアに驚き、たどたどしく説明する。七歳と聞いてソフィアが明らかに安堵の表情を浮かべたが、説明に必死なユウトは気付かなかった。
「……考えてみると、会ってまだ数日だったわね。もっと長く一緒に居た気がするわ。でも、確かに私はユウト達のことあまり知らないわね」
自分の知らないユウトの人間関係に驚いたが、会って数日でそれほど多くの話をしたわけでも無い。知らないことの方が多くて当然だ。
「そうだな。まぁ、そのうちゆっくり話す機会もあるさ。この旅が終わったとしても、もう会えないわけじゃない」
「私が村に戻った後も、また会える?」
「勿論。まあ、俺達がソフィアの村に行くのは難しいだろうから、ソフィアに来て貰うってことになりそうだけど」
「ううん。大丈夫、皆に話して二人だけは呼べるようにして貰うわ。恩人だもの、それくらいできるはずよ」
「そりゃ楽しみだ」
「うん……」
心底嬉しそうに笑うユウトの横顔をジッと見ていたソフィアの瞳が潤んだように揺れる。
「イチャつくのは構わんが、明日に影響しない程度にしてくれよ?」
「ぴっ!?」
突然背後から声をかけられ、ソフィアが変な声をあげた。
「ぁー……」
ギルツに何ともいえない視線を向けられたソフィアが慌てだした。
「そ、そうね。もう寝るわ。おやすみなさいっ!」
早口でそう言うと、逃げるように家の中に入っていった。
「なかなかの殺し文句だったな」
ソフィアを見送った後、ギルツが可笑しそうに言った。
よく舌噛まなかったなぁ、とソフィアの早口に感心していたユウトが声を掛けられてギルツの方を向いた。
「何の話だ?」
「何のって……さっき嬢ちゃんに言ってただろ」
「いや、殺し文句なんて言った覚えは無いけど?」
ユウトがそう答えると、ギルツの表情が凄いことになった。
「ギルツ。お前今もの凄い面白い顔してるけど、どうした?」
「お前いつか刺されるからな」
「なんで!?」
「そこで、なんでとか聞き返すからだろうな……」
ギルツが諦めたようについた溜め息が、ユウトにもう助からないと言っているようだった。
そんな様子をユウトが刀を振り始めた頃から見続けていたモノが居た。
「母様の言ってた通り、なかなか面白そうな人っすねー。でもあの程度じゃ上まで登れるか微妙なとこっすけど……ん? あぁ、あの子の臭いがまだ微かに残ってるっすか。なら雑魚共はそうそう近づかないっすね」
表情豊かに笑うその女性は、ユウト達の居る村から遠く宙に浮いていた。
「普通は気付かないっすけど、聖地に棲む魔物なら微かな臭いにも気付くはずっす。……多分」
自信あり気に自信の無さそうなことを言うと、笑みを深くした。
「それじゃ、どの程度かゆっくり確かめさせて貰うっす」
そう言い残すとその姿を闇に溶かし、大地に映らない巨大な影を残して消えた。
「ここが……」
目的地を前に、ソフィアが静かに呟いた。
早朝村を出た三人は、ウェントーリ大山脈の麓に居た。
目の前には大きな山がそびえ立ち、緑の無い岩肌が露わになっている。一応人が歩いて登れる程度の傾斜になっている山道らしきものはあるが、ゴツゴツとした岩肌は道と言えるようなものでは無く、侵入する者を拒むようだった。
だが、その険しい山道以上に足を踏み入れさせまいとしているのが、山全体に漂う空気だ。
外界から隔絶され、何者の侵入も許さない。内外で明らかに違う清浄な空気が、侵入しようとする者に向けられる威圧感となって踏み出す足を鈍らせる、
山を目の前にして、改めてこの場が竜の支配する地であることをユウト達に再認識させた。
大山脈の圧倒的な存在感と侵入者を拒絶する威圧感に息を飲んでいると、無意識に言葉が漏れる。
「残っているのか……?」
そう呟いたのはギルツだった。
山肌は露わになり、上まで見ても緑があるようには見えない。既に死滅しているのではないかと考えるのは自然なことだろう。
「さあな。どちらにせよ、ここで帰るって選択肢は無いんだ。考えるだけ無駄だ」
「……だな」
ギルツが表情を改めると、視線を二人に向ける。
「さて、二人とも準備は良いな?」
そう聞いたギルツが、右手の戦斧と左手の大盾を強く握る。
「ああ」
「うん」
同時に答えたユウトとソフィアも、自分の武器を確かめるように握った。
「よし。俺が先頭、次に嬢ちゃん、最後にユウトだ。行くぞっ!」
三人はウェントーリ大山脈に足を踏み入れた。




