第22話 刻印
16/6/30 誤字等修正
ドバンと会った次の日、約束通りユウトはギルツと会っていた。
「そっちはどうだった?」
「とりあえず、刀と剣の整備に一日だ。鎧の方は特に損傷してないから、整備に出す予定はないな。後は槍を新調するくらいか」
「なるほどな。俺のほうは鎧直すのに五日かかるそうだ。斧と盾は三日だから、どの道五日は動けないな」
「じゃあ、次の依頼は早くて五日後か」
「そうなるな」
依頼を受けるのが五日後ということは、後四日は特にすることがないということでもある。鈍らないように訓練をするのは当然としても、やはり時間が余る。
どうしようかとユウトが考えていると、ギルツに声をかけられた。
「槍を新調って、どうしたんだ?」
「ん? あぁ、ドバンさんに見てもらったら穂先はボロボロだし、柄の中にヒビが入ってるって言われた」
「あぁ……」
ギルツが納得したような顔になった。
穂先は兎も角、柄の部分は基本的に木製だ。“強化”を使用したユウトが全力で振り回せば、柄が負荷に耐えられずに壊れても不思議はない。特に馬鹿げた速度で投擲したりすれば、どんな衝撃が加わっているか分かったものではない。
「じゃあ、槍は今日買いに行くのか?」
「そのつもりだ」
「なら、俺も一緒に行くかな。臨時収入も入ったし、良さそうな武器がないか見てみたい」
「王都の武器屋にはあまり詳しくないんだが、どこか良いところ知ってるか?」
一人なら散歩がてら色々見て回ろうかと思っていたユウトだが、色々知ってそうなギルツが居るなら、聞いた方が手っ取り早い。ユウトが聞くと、ギルツは少し考えてから、口を開いた。
「槍に関してなら、品揃えの良いところがあるな。行ってみるか」
ユウトは、一も二もなく頷いた。
「ということで、ここがそうだ」
そこは王都の中心から少し外れたところにある大きな店だった。大通りではないが、それなりに人通りの多い道沿いに店があり、店構えも立派なものだった。店内にはそれなりに客が居るようで、店員も複数人いて、それぞれ接客に勤しんでいた。
「ここは店主が槍好きらしくてな。珍しい槍も仕入れていて、たまに掘り出し物もあったりする……らしい」
「らしいかよ」
「俺自身は掘り出し物に遭遇したことないんだよ。でも、何人かから聞いてるから間違いないと思うぜ」
ギルツは自信があるのか、胸を張ってそう言った。
「まぁ、とりあえず見てみるか」
「おう」
「いらっしゃいませー」
二人が中に入ると、元気の良い声が店内に響いた。
今まで入った店にはない様子だったが、ユウトは何となく懐かしい感覚を覚えた。
――なんだろう、店といえばこんな感じだった気がしなくもない。
自分自身良く分からない感覚に戸惑っていると、男に声をかけられた。
「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか?」
「槍を探しているんだが、良いのは無いか?」
ギルツがすかさず答えると、男が笑顔を深めた。
「これはこれは、良い時にいらっしゃいました。先日良い物が入ったところなんです」
「良い物?」
「はい。なんと魔槍です」
「魔槍か。だが、そこまで珍しいって訳でもないだろ?」
「いえいえ。それがただの魔槍ではありません。なんとかの有名な導師が作られた特別製の魔槍なんですよ」
話が進んでいる二人を見ているユウトが頭の上に疑問符を並べる。それに気付いたギルツが、ユウトの記憶が無いことを思い出した。
「魔槍ってのは、槍に刻印を刻んだもので、魔道具の一種だ。槍だけじゃなく、剣や斧なんかも当然ある」
「へぇ、刻印ってのはどんな効果が?」
ギルツが至極当たり前のことをユウトに説明したため、一瞬驚いた表情を見せた店員の男だったが、すぐにそれを隠すとギルツに代わって答えた。
「その魔槍は熱の刻印が刻まれています。これは穂先が高熱を持つという効果があります。刻印には様々な種類がありますが、魔槍を始め武器に刻まれた刻印は殺傷力を高めるものが殆どです」
魔道具は刻印が刻まれた特殊な効果を持つものの総称だ。魔力の量を調べる魔道具も同じように魔力量を調べる効果を持つ刻印が刻まれている。刻まれた刻印によってその効果は様々で、武器に関しては炎や風を纏ったり、攻撃した部位を焼いたり凍らせたりといったものが一般的だった。
話しながら店員が棚から取り出した槍の穂先には見たことのない文字のような紋様が刻まれていた。
「刻印ってのはこれか?」
ユウトが穂先の紋様を指差す。頷いたギルツにユウトが疑問を投げかける。
「だがこれだと、使っているうちに刻印が削れて使えなくなるんじゃ?」
「そうだ。だから武器としての効果は高いが、寿命は短い。使う人間はここぞというときの切り札にするか、若しくは使い捨てられるだけの金持ちくらいだな」
「えぇ、仰るとおりです。ですが、この魔槍は違います」
「そういや導師がどうとか言ってたな」
「導師?」
再びユウトが疑問を口にする。
「ん? ユウトは導師のことも知らないか?」
「なんか大陸でも五指に入る魔力の持ち主って話くらいだな」
「導師ってのは、Sランク冒険者の一人だ。膨大な魔力量を持ち、魔術師としても優秀らしいが、それ以上に魔道具作成で有名な人で、導師の手掛けた魔道具はその多くが質が高く、高値で取引されている」
Sランク冒険者は本来の冒険者の枠組みから外れた存在だ。Sランクの根拠は様々だが、共通しているのは普通ではないこと、これに尽きる。導師の場合、魔道具という人類全体に有益な道具を作るのに長け、その多くを色々な分野で役立てているためSランクとされている。特に代表的なのはギルドで使われている魔力量を調べる魔道具だ。これも導師が生み出し、ギルドに提供されたものだった。
魔道具を作成できる者自体は多くは無いが、少なくも無い。しかし、それらは例外なく導師が生み出し、若しくは復活させた技術や知識を真似た物に過ぎなかった。
魔道具の概念は遥か昔に生み出されたものだ。大魔導師と呼ばれた者が生み出し、遺した概念を導師が読み解き、魔道具として復活させた。そのため、本当の意味で魔道具を作ることが出来るのは導師ただ一人だけだった。
「すげぇな、その導師って。それで、この魔槍は普通のとどう違うんです?」
「はい。導師が刻んだこの刻印には、熱の効果と同時に刻印を半永久的に維持する効果があるんです」
「刻印が劣化しないってことか?」
「えぇ、勿論武器としては劣化しますので、いずれ使えなくなるのは避けられませんが、寿命が短いという点を克服しています」
「そんな刻印の効果は始めて聞くな」
「導師のオリジナルだそうで。多少値は張りますが、普通の魔槍の寿命を考えればそう高い物でもありませんし、何よりあの導師の作ですから。性能は保証致しますよ」
ギルツがどうする、と問うような視線をユウトに向ける。値段を見た限り、確かに他の魔槍に比べると割高だが、性能を考えれば高い物でもなかった。
「んー、確かに買えなくもないし、良さそうではあるんだけど、俺のメインは刀だからな。サブでここまで高価な槍を使う気にはなれないな」
「そうですか? なんなら、軽く振ってみませんか?」
ピクッとユウトの眉が動いた。
買うつもりは無いと言ったが、やはり魔槍には興味がある。特に導師という凄腕が作った特注というのであれば尚更だ。
「……振ったから買えとか言いませんよね?」
「そこまで阿漕なやり方はしておりませんよ」
店員の声に責めるような響きが混じった。今の言い様は真っ当に商売している者からすれば侮辱に他ならない。それに気付いたユウトが頭を下げる。
「……ですね。すみません、失礼なことを言いました」
「いいえ。構いませんよ」
すぐ謝罪したおかげか、店員もそこまで機嫌を損ねた様子はなく、笑顔を浮かべた。
「では失礼して、少し振らせて頂きますね」
断りを入れてから魔槍を手にする。ユウトが槍を手にした一瞬、店員の顔に変化が起きた。しかし、ほんの一瞬だったため、魔槍に集中していたユウトは勿論、ギルツも気付かなかった。
ユウトは魔槍を何度か振ると、店員に槍を返した。
振った感触はとても良く、手に馴染む感覚が心地良かった。刻印は使わなかったため良く分からなかったが、槍自体はとても気に入る出来だった。しかし、やはり買う気にまではならなかった。そう店員に告げると、残念そうな顔を浮かべながら食い下がる。
「掘り出し物ですので、売れてしまえば次はいつ手に入るか分かりませんが」
店としても高価な槍を買って貰いたいのだろうが、刀を欲したときほどユウトの興味を引かなかった。
「やっぱり普通の槍にしておきます」
「そうですか……ところで、お客様のお名前を窺っても?」
「え? はい。ユウトと言います」
「冒険者の方ですよね? ランクは?」
「Cですけど……」
ユウトが怪訝そうに店員を見る。
唐突にユウトの素性を聞こうとする店員の様子は、どう見てもおかしかった。
「急にどうしたんです?」
「……いえ、今後も良いお付き合いが出来ればと思いまして。お名前やランクを教えて頂ければ、今後良い物が手に入ったときにお知らせすることも出来ますので」
店員は一瞬の思案の後、淀みなく建前を述べた。一応の筋は通っていたこともあり、ユウトはその建前を信じ、それ以上の追及をしなかった。
「なるほど。今日のところは鉄製で、穂先が斬るのに向いている物、あと柄が多少丈夫なのがあれば見せて貰えますか?」
「それでしたら、あちらの方に……」
ユウトが特に何かに気付いたような様子がないことに内心安堵しながらも、槍を買うのは決定している様子のユウトの言動にすかさず反応したところは、さすがの商売人だった。
結局ユウトが買ったのは、前に使っていた槍と似たようなものだったが、柄が丈夫な木で出来たものらしく、微かに重い。そうは言っても誤差のようなものなので、取り扱いに支障が出るほどではない。
店から出たところでユウトがギルツに視線を向ける。
「ギルツは良かったのか? 斧見なくて」
「ん? いや、一応見たぞ。見たけど、それほど良い物は無かったからな、現状維持だ」
ユウトが見ていた限りでは斧を見ていた様子は無かったのだが、いつの間にかキッチリ確認していたギルツに疑惑の目を向けた。ギルツはそんなユウトの視線には気付かずにぼやく。
「魔戦斧とかあれば欲しかったんだがなぁ」
「刻印された斧ってことか?」
「あぁ」
「……そういや聞かなかったが、刻印の効果って魔力使わないのか?」
「いや、使うぞ」
「じゃあギルツは使えないじゃんか」
「普通はな」
刻印は持ち主の魔力を注ぐことでその刻まれた効果を発揮するため、魔力が無ければ使用できない。しかし、そうなると魔術を使えば良いのではないかとも思えるが、勿論のこと、両者には大きな違いがある。
まず、魔力の操作が不要だということ。魔術は使用する際に体内の魔力を操作し、魔術という形に変質させる。魔術に長けた者ほど自然に行うが、やはりある程度集中の必要がある。しかし、刻印の場合単純に魔力を流すだけで済むため、繊細な操作の必要が無い。接近戦を行なう前衛にとって集中の必要なく魔術と同等の効果が得られるのは大きい。
次に、刻印はその性質上、特定の効果しか出せないということ。魔術はある程度使用者の意思で効果を変えられる。例えば、氷柱を出すにしても、小さいのを数多く出すのか、大きいのを一つ出すのか、といった具合だ。しかし、刻印の場合、まずそのような使い分けが出来ない。加えて、炎を飛ばしたり、離れたところに氷を出すような効果の刻印は現状存在しておらず、刻印を刻んだ部分に効果を及ぼすことしか出来ない。すなわち、炎の刻印がされた槍であれば、穂先に炎を纏わせることしか出来ないため、柔軟性に欠ける。
そういった意味では両者は一長一短だが、武器という特性を考えれば使用者は前衛が想定されているため、その点では刻印の方が向いていると言える。
もっとも、どちらにせよ魔力を必要とするのであれば、魔力がほぼ皆無なギルツは使用できない。
「さっきの導師作の魔槍なんだが、あれには周囲の魔素を蓄える効果の刻印も刻まれていたらしい」
「周囲の?」
「あぁ。だから連続使用は出来ないが、俺でもある程度時間を置くことで蓄えた魔力の分は刻印の効果が使えるんだそうだ」
「ソーラー電池かよ」
「そーら?」
咄嗟に口を付いて出たユウトの言葉にギルツが不思議そうな顔をする。
「あぁ、いや。なんでもない」
ギルツは誤魔化したユウトに違和感を持たなかったようで、特に気にした様子は無かった。
――またか。咄嗟に知識だけ思い出すのはどうにも不気味だな。……ソーラー電池ね。
構造は良く分からないが、太陽の光を電気に変え蓄積する道具。このように何かにつけて思い出した知識はそれなりにあるが、やはり決定的に自身に繋がる情報ではない。
もっとも、多少気になっている点はあった。
思い出す知識の殆どが、現在のアルシールにおける常識からかけ離れているという点だ。前に何となく思い出した知識をエリスに話したところ、全く意味が分からないという顔をされた挙句、熱があるのかと心配された。
ドバンからヤマトのことも少し聞いているが、聞いた限りでは自身の知識と合致するような点は見つからなかった。
――まぁ、今考えても多分思い出せないだろうし、時機を待つしかないな。
こうして何度と無く知識を思い出しているうちに、ユウトの中では一つの結論が出ていた。それは、自分に関することについては、時機が来るまで思い出せないだろう、ということ。
幾らなんでも自分に関することだけ都合良く――この場合は悪くだが、思い出せないというのは不自然だ。あり得るのは何者かの意図によってそれに関することだけ思い出せないようにされていることだった。
もしこの想像が正しければ、いずれその何者かの意図の下に利用される時が来るはずだ。でなければ、こんなことをする意味が無い。そして、その時こそが、記憶を取り戻す決定的な機会になるはずだ。
――そのときまでに、もっと力をつける必要がある。どんな意図を持つ何者かは知らないが、人様の記憶を弄るような奴だ。平和的に話し合いで解決できるとは到底思えない。
決意を新たにして、ギルツと共にユウトは歩きだした。




