第20話 相棒
一週間ぶりになります。
今週からは平常運転に戻りますので、またよろしくお願いします。
16/6/30 誤字等修正
「おぉ、皆さん。無事戻られたようで何よりです」
マドラに戻ってすぐ町長の下に向かったユウトたちを、町長は機嫌良く出迎えた。
大まかな事の顛末を説明し、盗賊たちを全滅させたことを報告すると、町長はとても喜んでいた。
「今回の件、本当にありがとうございました。貴方方がいなければ、もっと長い間被害が続き、町の状況も悪くなる一方だったと思います」
町の付近に盗賊が出没し、積荷が襲われるという情報が一度流れてしまえば、仮にその盗賊がいなくなっても当分は人が寄り付かなくなる。王都から来たユウトたちが盗賊の件を知らなかったのだから、まだ情報は出回っていないのだろうが、出回るのは時間の問題だった。だからこそ、情報が出回る前のこのタイミングで盗賊を排除できたのは大きかった。
「今回の件をギルドに報告したところ、正規の依頼として処理して貰えることになりました。詳しいことはギルドの方で説明して下さるはずです」
そう言うと、町長は朗らかな笑みを浮かべた。
昨日町長の依頼を受けた時点では、あくまでギルドを通さない非正規の依頼だったが、正規の依頼としてギルドに処理されることになると、ユウトたちにとってはギルドから正当な評価を受けるという意味で利点になる。
非正規の依頼は第三者としてのギルドが関与しないため、イザコザの原因になりやすいという不利益もさることながら、ギルドの評価に繋がらないという意味での不利益が大きい。ギルドの関知しないところでの依頼のため、例え難易度の高い依頼を達成したとしても、ギルドからは一切の評価を受けない。ギルドでの評価、すなわち冒険者ランクが冒険者にとって重要な位置を占める以上、評価を受けないという点は存外痛かった。
町長との話を終えると、依頼達成の報告をするため、ギルドに向かった。
「盗賊討伐の依頼の件ですね。お話は聞いております」
ギルドの受付職員が見事な営業スマイルを浮かべながら丁寧な対応をする。
「今回の依頼につきましては、ギルドの方ではBランク相当の依頼であると考えております」
依頼のランクは、その依頼の難易度に応じて分けられる。今回の盗賊討伐については、盗賊の規模、被害によってその難易度を計ってランク分けを行なった。
今回の盗賊たちは大体六十人程度で規模としてはかなり大きい方だ。アルシール国内での盗賊は精々二十人程度が普通で、それ以上というのはあまり前例がなかった。
またマドラにおける盗賊の被害はそれほど多くはないが、調べてみると余罪というか、おそらくコイツらの仕業だろうと思われる件が大量に見つかった。マドラに来る以前の被害がとてつもなく多く、盗賊たちが持っていた大量の金品や武器防具などは以前からの戦利品を貯めたものだった。
そういった事情を考慮した結果、ギルドは今回の盗賊討伐をBランクと位置づけていた。
予想外の高評価でロアたちの顔が緩む中、ユウトは疑問を覚えた。
「すみません。ちょっとお聞きしたいんですが」
「はい。なんでしょうか?」
「俺はCランクなんですけど、この場合どうなるんですか?」
ギルドでは、自身のランクより上の依頼を受けられないことになっている。今回の場合、正規の依頼とすると、Cランクのユウトは依頼を受ける資格がないということになってしまう。
「今回の依頼につきましては、そもそも依頼自体が特例のようなものですので、ユウト様につきましても問題なく依頼の受領と達成が認められます」
職員の言葉はユウトにとって嬉しい内容だったが、同時に再び疑問を覚えた。
「そうですか。……ところで、名乗った覚えもカードを見せた覚えもないんですが、何故俺の名前を?」
ユウトが疑わしげな視線を向けると、しまったとばかりに職員が顔を引きつらせた。
ジィッと視線を浴びせられ、職員は冷や汗を流しながら視線を彷徨わせた。
誤魔化そうと思えば誤魔化すことはできるだろう。しかし、その場合おそらく誤魔化しているということは伝わってしまう。下手にギルドに不信感をもたれるのは今後の関係にしこりを残すことになるかも知れない。
そう判断した職員は、諦めたように息をついた。
「今、ギルドの中で貴方の噂が広まってるんです」
「……噂?」
「はい。登録してから二ヶ月ほどでCランクまで上がった期待のルーキー。単独でCランクの魔物を討伐しているらしい、といった噂です。噂、といってもその内容は事実だと思いますが」
「なるほどなぁ」
「二ヶ月でCランクとは恐れ入った……」
「まぁ、あれだけ強ければねぇ」
職員の言葉を聞いて、ユウトは絶句し、ギルツは楽しげに笑い、ロアは呆れ、メイアは呆れ半分苦笑半分といった様子でそれぞれ違った反応を示した。
「ですので、おそらくアルシール国内のギルドのほとんどはユウト様の名前や風貌、経歴などを把握していると思います」
「……」
ユウトは完全に言葉を失っていた。
目立たないようにと思って魔力の検査を拒否したはずなのに、予想外のところで目立ってしまっている。これでは何のために魔力の検査を拒否したのか分からない。
――いや、拒否しなきゃもっと早く、もっと大げさになってた可能性があるのか。
この程度で済んでるだけマシだと思うべきだ、と自分に言い聞かせ心の平静を保つ。――が、その平穏を粉砕した者がいた。
「プッ、ハハハハッ。ギルドのほとんどに顔知られてるとか有名人だなぁ、ユウト!」
大きく口を開けて大笑いしながらバシバシと肩を叩くギルツに、イラッとしたユウトがギルツの足の甲に向けて踵を無慈悲に振り下ろした。
「っ……!?」
ゴッという鈍い音が響き、ギルツが声もなく蹲って足を押さえる。
その様子を見ていたロアたちが、可哀相な物を見るような目をギルツに向けていた。
「……事情は分かりました。話の腰を折ってすみません、続けて下さい」
「あ、はい。えぇと、今回の件はギルドの方ではBランク相当の依頼として認識していますが、基本的には非正規の依頼と変わりませんので、報酬等は町長から提示されている額のお支払いになります。ギルドの方でも確認していますが、通常のBランク依頼に比べるとかなり割高になってますね」
そう言いながら、職員が報酬の入った包みをユウトたちに差し出した。
「それから、皆さんが捕まえてきた盗賊の頭領なんですが、やはり賞金首でした。元は冒険者だったのですが、ある時依頼で組んでいた冒険者を襲い装備を奪ったのが切っ掛けに、身を隠しながら盗賊として殺人、強奪と色々やっていたみたいですね」
「こっちが賞金です」と別の包みを再び差し出した。
二つの包みを受け取ったロアが中身を簡単に確認する。
「確かに」
「では、ギルドカードをお出し下さい」
職員に言われた通りに差し出したギルドカードを、職員が確認してから返される。
「これで依頼達成の手続きは終了です、皆さんお疲れ様でした。それと、盗賊の討伐ありがとうございました。この町の住人の一人として、心から感謝します」
職員の笑顔に見送られながら、ユウトたちはギルドを後にした。
ギルドを出た後、ユウトたちはゼスと合流した。
盗賊の討伐に向かう前から、戦利品があった場合にはゼスに買い取って貰うことになっていたため、戦利品の内容確認などを行なう必要があった。
「……随分溜め込んでたようですね」
戦利品を見たゼスがそう呟いた。
盗賊たちの規模が大きかったこともあるが、戦利品の量は異常だった。貴金属に武器防具、食材と種類が豊富で、これだけでも店が開けるんじゃないか、と思えるほどだ。
戦利品の内容を確認したところ、武器防具についてはそれほど良い物はなかった。少なくとも現在ユウトたちが身に着けている物に比べれば劣る物しかない。とはいっても、仮にもBランクの冒険者たちの装備と比べてであって、普通に売り物としては十分な質があった。
貴金属についても、貴族が着けるような質の高い物ではなく、一般人が多少贅沢する程度の物ばかりだった。
ゼスの店は王都にあり、今はデュマまで行く最中だ。デュマに着けば、今度は王都に戻ることになる。途中の町で行なっていた露店で、王都を出た時に積んでいた積荷はそれなりに減っているが、今回の戦利品の全部を持ち帰るのは難しい。また盗賊のせいで物資が町に入ってきていなかったため、現在マドラの町は貯めていた物資が大分減っている。特に食料品は死活問題だ。
結局、ゼスは一部の貴金属と武器防具、食料品を買い取り、ほとんどはマドラの町の商人に買い取って貰うことになった。
盗賊討伐の依頼達成報酬と賞金首の賞金、それに戦利品の売り上げの総額は相当なもので、四人で分けても臨時収入どころか、ユウトの先月分の稼ぎと同じくらいの額になった。
次の日の昼頃にユウトたちはマドラを出て、デュマに向かって出発した。
デュマはマドラから南に一日行ったところにある村で、今回の護衛依頼の目的地でもある。デュマは町といえるほどの大きさではないが、ユウトがいた孤児院のある村とは比べ物にならないくらい大きな村だ。
ゼスは駆け出しの商人だった頃にデュマの村人に世話になったことがあった。その恩返しを兼ねて数ヶ月に一度デュマに行商に来ることにしていた。
デュマに限らず王都から離れた村では、商品があまり入って来ない。大きな村といっても町に比べればやはり人口は少なく、敢えて魔物に襲われる危険を冒して辺境の村まで来るほどの利益が見込めないため、商人が寄り付かないからだ。
勿論、近くの町まで行けばそれなりに品揃えは良いが、村から町まで向かう際に魔物に襲われる危険があるのは商人でなくとも変わらない。結局辺境の村人が村の外で作られた物を手に入れるのは難しかった。
そのため、ゼスのように辺境の村にまで来て商品を売ってくれる商人はとても喜ばれた。
実際にユウトたちがデュマに到着すると、村人は総出で歓迎した。村人がゼスと顔なじみだというのも大いに関係しているだろうが、護衛を務めていたユウトたちにも村人は好意的に接してくれた。排他的な気風になりやすい辺境の村で、余所者がこうも歓迎されるのは珍しい。商品を持ち込んでくる商人が――ゼスがどれほど村人に喜ばれているのかが良く分かる。
デュマに着いたユウトたちは、村長から歓迎の宴を開くから是非参加して欲しいと言われた。これも毎度のことで、デュマではゼスが来る頃になると村人全員でお金やら食材やらを持ち寄って宴を開く準備を行うのが通例となっていた。
ユウトたちは村長の申し出をありがたく受けることにした。特に酒好きなロアやギルツは参加する気満々で嬉々として頷いていた。
夜になると、村の中央に位置する広場にテーブルを集め、月明かりの下で村人たちが集まって、酒を飲み料理を食べながら笑いあっていた。
そんな中、ユウトは少し外れたところでちょびちょびと果実水を飲んでいた。
「こんな端でどうしたんだ?」
ユウトに声をかけたのはギルツだった。
酒好きなギルツには珍しく然程酔っている様子はなかった。
「別に。そっちこそ珍しいな。酒の席で酔うほど飲んでないなんて」
「まあ、ちょっとな。それより、なんでそんな寂しそうな顔してんだ?」
露骨に話を逸らされたが、ユウトはそれ以上追及しなかった。むしろ寂しそうな顔をしていると言われたことが気になった。
「寂しそう、ね。そんな顔してたか……?」
「あぁ、いや。寂しそうってのがあってるかどうか分からんけど、懐かしむというか何と言うか。あー、上手く言えん」
上手く言葉に出来ないのがもどかしく、ギルツが後頭部をガシガシと掻いた。それを横目に見ていたユウトが視線を村の広場に向けた。
「懐かしむってのは、当たってるかもな。……少し、思い出したんだ」
「思い出したって……記憶が戻ったのか?」
「いや、そうじゃないって」
ギルツの驚いた表情にユウトが苦笑する。
ギルツには記憶が無いことを含めてある程度のことは話してある。思い出したという単語に反応したのも無理は無い。
「思い出したってのは、俺が世話になった村のことだよ。どの村もこんなもんだと言われればそうなのかも知れないけど、なんというか、この村人全員が家族みたいな雰囲気にあてられたのかな。なんか、思い出した」
「……そうか。そういえば、その村でのことはあまり聞いて無いな。冒険者に助けられて村で目が覚めて、それからどうしてたんだ?」
妙に落ち着いた様子で話すギルツに多少の違和感を覚えながらも、ユウトは村でのことを思い出す。
「目を覚ましたところが孤児院でさ、そこに住まわせて貰ったんだ。院長先生にエリス、カール、テリー、エイミィ……村の人たちにも世話になった。俺は殆ど何も覚えてなかったから、文字に常識、国のこととか、色々教えてもらった。冒険者になることを決めてからは、俺を助けてくれた冒険者の人たちに冒険者としての心得や知識を教わったり、武術に魔力の制御とか稽古をつけてもらったりしたよ」
ユウトの脳裏には、村での日々が思い起こされていた。村にいたのは精々二ヶ月程度、ちょっと居たという程度の時間だが、ユウトにとっては何よりも大事な時間だった。それに村を出てからまだ半年も経っていないが、とても懐かしく感じていた。
「なんで冒険者になろうと思ったんだ? その村で生きるってのは考えなかったのか?」
「……考えたさ。孤児院のみんなは優しくて、家族のように思ってた。そのまま暮らせれば幸せだろうと思えるくらいに。ただ、どうしても忘れた記憶が気にかかるんだ。大事な何かを忘れてる、思い出さないとって焦燥感に駆られるんだ。それが何かは分からないけど、なんにしても、それを見ない振りして暮らしていくことは出来ないと思ったから――」
ユウトは孤児院で目を覚ます前のことを思い出せない。しかし、ユウトの記憶の欠落は、その実ユウト自身に関することだけだった。その証拠に、なんでもない事柄や物のことは、何かに関連して咄嗟に思い浮かぶことがあり、それを当たり前のように知っていた。だが、自分のことや自分と密接に関連している故郷や家族、友人なんかのことは全く思い浮かぶことがなかった。
記憶の引き出し、という表現は良く使われるが、ユウトは今その引き出しの場所が滅茶苦茶になり、中身が分からなくなっている状態だった。中身がなくなったわけではないが、どこにあるか分からなければ中身を見ることはできない。
思い出せなければ記憶が無いのと実際にはそう変わりは無い。しかし、やはり記憶が無くなったわけではないのだ。思い出せなくとも残っている記憶がユウトに何かを訴えかける。忘れているな、思い出せ、とそう言われているような感覚が焦燥感へと変じていた。
「……冒険者になったのか」
唐突に口を閉じたユウトの言葉を引き継いだギルツに、小さく頷いて応えた。
「随分踏み込んだ話だったけど、俺に話して良かったのか?」
ギルツの口調は軽かったが、その表情は真剣だった。
ギルツの疑問は、ユウト自身も内心で驚いていたことでもあった。
思い出せない記憶を求めて冒険者になることは孤児院のみんなにも話していたが、焦燥感については話していなかった。余計な心配をかけたくなかったからなのだが、ギルツにはそれほど意識することなく話してしまった。
――知らず知らずのうちに甘えていたのかな。
そうだとすると苦笑するしかない。
ユウトが意識せずに話したのは気を許していたという以上に、ギルツがユウトにとって心配をかけても大丈夫な相手だと思っていたということだ。これは見方を変えれば甘えているということに他ならない。
会ってからまだ二ヶ月程度の赤の他人、腕の立つ先輩冒険者。気さくすぎて馴れ馴れしいと言って差し支えないこの大男を自分で思っていた以上に気に入っていたらしい。
そう思ったユウトの心境は、そう悪いものではなかった。
「……さてね。でもまぁ、自然と話しちまったわけだし、そういうことなんじゃないか?」
曖昧な返答だったが、肯定的に捉えたギルツの頬が綻んだ。
「なぁユウト。俺はさ、これでも五年冒険者をしてる。それなりに実力はあるつもりだし、今まで幾つかのパーティーに誘われたこともあった。だけど全部断った。何故だと思う?」
ギルツはユウトを真っ直ぐに見る。急に話が変わったこともあり、ユウトはギルツの意図を掴めないまま、首を横に振る。
それを見たギルツは、「そうだろうな」と笑った。
「なんというか、しっくり来なかったんだ。俺の仲間――相棒はこいつらじゃない、って。別に悪い奴らだったとか、背中を預けられなかったってことじゃないぜ? でも、どうしても違和感が拭えなかった」
「だけど」とユウトを見る目に力が篭った。
「お前と会ったとき、こいつだって思った。俺はお前を待っていたんだ。俺の相棒はお前しかあり得ない」
ギルツは一度口を閉ざし、大きく息を吸った。
「ユウト、お前の記憶が戻るまででも構わない。俺と組まないか?」
真摯な眼差しを向けられたユウトは瞑目し、少しの間考えると、ゆっくりと口を開いた。
「男に告白されても嬉しくないんだが……ホモなのか、お前?」
何を言われたのかすぐには理解できないギルツが固まる。――が、少しするとクワッと食いつくように喚いた。
「ちげぇよ! 誰がホモだ! 人が真剣に話してるってのにお前は――」
「冗談だって、そう怒るなよ」
飄々としたユウトの態度にギルツが更に声を荒げる。
「普通怒るわっ!」
「この方が俺たちらしいだろ。これからやっていくなら変に肩肘張らないほうが楽で良い」
そう言って笑うユウトに、ギルツがポカンとした顔を見せる。
「なんだよ、そのアホ面は。ちゃんと言わないとわからないか?」
笑みを苦笑に変えたユウトが拳を突き出す。
「よろしく頼む。相棒」
放心したようにユウトが突き出した拳を見ていたギルツだったが、嬉しそうに表情を崩すと拳を突き出し、ユウトの拳にコツンとぶつけた。
「あぁ! よろしくな、相棒!」




