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第17話 盗賊

 次の日、ユウトは強い雨音に目が覚めた。

 朝から強い雨が降っており、少し離れたところすら雨で良く見えないほどだった。

 くしくもロアの危惧が現実になったが、元々この辺りは一年中強い雨が降ることが多い。ルシェからマドラまでは三日かかるため、その間に雨に降られる可能性は十分にあったのだから、然程意外なことでもなかった。

 この大雨は視界を遮るだけでなく、雨音で周囲の音を聞こえ難くしていた。そのため五感で周囲を探るのは不可能に近いだろう。“探査”があるため奇襲はそれほど怖くはないが、戦闘は普段に比べて困難になることは間違いない。

 ユウトたちはいつもよりも警戒しながら、マドラへの道を進み始めた。

 降り続ける雨は服や鎧を濡らし、水を吸った服は体を冷やし重さを増す。否応なく体力を奪い身動きを取り辛くしていた。

 普段と随分勝手が違う環境に辟易しながらも半日ほど進み続けると、先頭の荷車を引く馬が唐突にいなないた。

 同時にバサッという音が耳に届く。ユウトは瞬時に顔を上げ、頭上に目を向けて音の原因を捉えると、声を張り上げた。


 「鉄網だっ! 離れろっ!」


 ユウトの声にギルツたち冒険者は即座に反応し、荷馬車から距離を取った。荷馬車とその近くにいた者の頭上に鉄製の網が降る。

 ユウトたち冒険者は網をかわしたが、ゼスや三人の御者は荷馬車ごと網に囚われ動けなくなった。

 端に重石の付いた鉄網はささくれ立っており、そこら中に引っかかり簡単には外せないようになっている。ユウトたちが鉄網を外そうと動き出したとき、メイアが声をあげた。


 「数三十! 包囲されてるわ。おそらく盗賊よ」

 「面倒なときに面倒なのが来やがったな」


 メイアの言葉を受けて、ロアが舌打ちする。

 盗賊の大半は冒険者くずれだ。冒険者として生活できなかった者であり、せいぜいDランク程度の実力しかない。しかし、そんなことは盗賊たちも良く分かっている。だからその差を埋めるために手を尽くす。人数を増やし、罠を張り、奇襲をかける。

 この鉄網は獲物を逃がさないためと、あわよくば護衛の一人でも動きを止められれば良しと思って仕掛けられたものだった。


 「来たぞっ!」


 ロアの声に合わせて武器を構える。

 ユウトとロア、そしてギルツは荷馬車から距離を取り、三人ばらける。視界の悪い中で同士討ちを避けるためだ。

 メイアは荷馬車の近くに残り、ゼスたちの守りについた。

 盗賊たちは九人ずつに分かれて、メイアを除く冒険者三人に襲い掛かった。メイアの格好は傍目から見ても魔術師だと分かる。メイアが狙われなかったのは、視界が悪く離れたところが見えないこの状況では魔術が使えないだろうと盗賊たちが考えたからだ。

 残りの三人は他の盗賊たちの近くにはいるが、攻撃に参加する様子はない。メイアを縛り付けるけん制役だ。

 ――全く、面倒な相手ね。

 メイアが内心毒づいた。

 全員がユウトたちに向かったのであれば、メイアも戦いやすい。しかし、残った四人がいつゼスたち非戦闘員を狙うか分からないため、メイアは勿論ユウトたちも注意を払わなければならなかった。

 盗賊たちは状況を上手く利用し、自分たちに有利な立ち回りをしていた。しかし、盗賊たちが思っていた以上に地力が違いすぎた。

 ロアとギルツは慣れない強雨やぬかるんだ足場に苦労してはいたが、着実に盗賊の数を減らしていた。メイアも味方を巻き込まない程度に距離が離れた盗賊を狙い魔術を使って援護する。


 「こっちは大丈夫だ! メイアはゼスさんをしっかり守っておけ!」


 雨音に負けないように出されたロアの大声が響く。

 ロアは襲い掛かる盗賊を槍で上手く捌いていた。ロアたちはそれぞれ離れていたため、味方を間違えて攻撃する可能性が考慮せずに済むのはありがたかった。――躊躇い無く攻撃できる。

 最初に飛び込んできた盗賊には、槍を薙いで腹部あたりを強かに打った。間合いが近かったため刃ではなく柄の部分が当たったが、蛙が潰れたような呻き声をあげ、雨で泥になった地面に転がる。

 次の盗賊には影が視界に入った時点で間合いを詰め、突きを三度繰り出した。一発目は左肩に、二発目は右の太ももに、三発目はわき腹を抉った。体を貫かれた盗賊が地面に崩れながら苦痛の悲鳴をあげる。

 ロアから少し離れたところでは、ギルツが襲ってきた盗賊のナイフを大盾で弾き、そのまま大盾で殴り倒す。戦斧は重く、振ると大きな隙ができるため、大人数相手には相性が悪い。ギルツはけん制に戦斧を振り上げると、近くにいた盗賊がそれを察して戦斧から離れようとギルツの左側に動いた。そのため大盾に近くなった盗賊を殴り飛ばす。

 ロアとギルツが盗賊を二人ずつ倒している間に、ユウトは既に半数倒していた。

 ロアやギルツが予想していた通り、ユウトの戦闘スタイルはこの劣悪ともいえる戦場の状態に絶妙に噛み合っていた。

 襲ってきた盗賊が先手を取れたのは最初の一撃だけだった。

 ユウトは初撃を避けると、“強化”を使って移動した。それだけで盗賊たちは森と豪雨による視界の悪さでユウトを見失ってしまった。その後は“強化”を使った高速戦闘に盗賊が翻弄されるだけだった。

 盗賊たちは“探査”で正確な位置を把握することができないため、一度ユウトたちの位置が分からなくなってしまえば敵味方の判断がつかない。しかし、ユウトたちはそれぞれが離れているため、近くにいるのは全員敵だ。

 ユウトは盗賊のおおまかな位置を“探査”で把握し、近づいて一人殴り倒してからその場を離れる。同じように一人一人殴り倒していく、しばらくするとユウトを狙っていた九人は全員殴り倒されていた。

 自分を狙っていた盗賊を全員倒すと、今度はけん制役をしている三人を狙う。

 ユウトは小細工なしで真っ直ぐに突っ込んだ。

 自分たちより強い相手に挑むのに、戦力を惜しむ理由は無い。けん制役に甘んじる者の中で、戦闘に参加していた者たちよりも戦闘に秀でた者がいる可能性は低い。三人なら下手に小細工を弄して時間をかけるよりも、小細工無しで一気に片付けた方が良いと判断した。

 ユウトの予想通り、けん制役の三人は襲ってきていた盗賊たちと同程度か多少劣る程度の実力だった。こんなに早く向かってくるとは思っていなかったため焦ったこともあり、ほとんど無抵抗のままユウトに殴り倒されることになった。

 けん制役を排除してしまえば、メイアが動きやすくなる。


 「俺に来ていた九人とけん制役の三人は殴り倒した。俺は他の二人を手伝う」


 メイアの近くまで戻って、そう伝えるとユウトはすぐに走り出した。

 

 「わかったわ。こっちの始末は任せて。“アーススパイク”」


 メイアはユウトが殴り倒した盗賊がいる位置に向けて魔術を使う。地面から突き出た土の棘が殴り倒されて悶絶し、もしくは昏倒していた盗賊たちの体中を貫いた。“探査”でユウトが倒した十四人が動いてないのは分かっていたが、死んでいない以上いつ動き出すか分からない。後顧の憂いを絶つためにも動けなくなるくらいには痛めつけておく必要があった。

 他の二人の援護に走ったユウトは、間違えて攻撃されないよう気をつけながら動くことにした。“探査”の出来るユウトは敵味方の判別はある程度可能だ。大方の位置さえ分かれば、後は近づいて判別すれば良い。

 ユウトはロアやギルツの間合いに入らないようにしながら、盗賊にちょっかいを出すようにして、注意を逸らす。

 ユウトとしても正確にロアやギルツが判別できるわけではない。間違えてしまう可能性も踏まえて、直接的な攻撃でなく、盗賊の注意を逸らしギルツたちが戦いやすくなるようにしていた。元々地力は盗賊よりもロアやギルツの方が強い。盗賊たちに後ろにも敵がいるかもしれないと思わせ、ユウトに注意を割かせるだけでロアたちは十分有利になった。

 それほど時間をかけず、ロアとギルツが相手をしていた盗賊たちは全滅した。

 

 「こっちは終わりだ! そっちはどうだ?」

 「こっちも終わったぜ」


 ロアとギルツが荷馬車の元に近づいてくる。少し遅れてユウトも荷馬車ヘ向かって歩く。――唐突にユウトが後ろを振り向いた。


 「お゛おぉぉぉ!」


 奇声をあげながら一人の盗賊がナイフを手にユウトに向かってきていた。


 「ユウトっ!」


 ロアが叫んだ。

 生きていたのは分かっていたが、動けないと思っていたユウトは一瞬反応が遅れた。そのため既に目前に迫っている。しかし、まだユウトは“強化”を解いていない。避けることも反撃することも容易だった。――だがユウトはギリギリまで動き出さなかった。


 「くっ」


 ユウトは地面に体を投げ出すように横に飛んだ。

 ナイフをかわされた盗賊は体勢を立て直すことが出来ずに前に倒れこんだ。走り寄っていたロアが、倒れた盗賊に止めを刺した。


 「大丈夫か?」

 「……あぁ。なんとか」

 「ごめんなさい。まだ動けたなんて」


 近寄ってきたメイアは申し訳なさそうな顔を浮かべていた。

 襲ってきた盗賊の傷はメイアの魔術によるものだった。確実に動けないようにしておかなかったことは自分のミスだとメイアは捉えていた。

 確かに任されたメイアが仕事を果たせなかったのだから、それはメイアのミスだ。――しかし、問題はそこではない。


 「ユウト」


 名前を呼ばれたユウトが顔を向けると、ギルツは責めるような目をしていた。

 

 「今、躊躇ったな」


 図星を指されたユウトが顔をこわばらせた。

 相手は手足に土の棘が刺さった後があり、まともに動ける状態ではなかった。動きも緩慢で、いくら気付くのが一瞬遅れたとはいえ反撃することは容易だった。そうであったにも関わらず、反撃もせず避けるのもギリギリになったのは、判断に迷ったからだ。

 あの場面では、襲ってきた盗賊に反撃を加え、確実に無力化するのが最良だ。しかし、ユウトを狙った盗賊は満身創痍で、おそらく“強化”を使用していたユウトが反撃すれば死んでいた。ユウトは一目見たときにそれを理解していた。だからこそ、殺すのを躊躇った。

 ――動けなかった。

 ユウト自身覚悟はあった。――あったはずだ。

 冒険者となることを決めたときに、カインから場合によっては人を殺める必要があることは聞かされていたし、それはユウトも分かっていた。

 しかし、死にかけた男を見たとき、命を奪うことを体が咄嗟に拒絶した。

 ――違う。咄嗟にじゃない。最初から殺すことが怖かったんだ。

 思えば最初からユウトの行動はおかしかった。

 盗賊を倒すのに刀はおろか、持っていた槍すら使おうとは思わなかった。殺す機会はいくらでもあったのに、手にした槍を使わず、敢えて素手で殴り倒していた。

 人を殺すことを恐れ、無意識に槍や刀を使うことを忌避していた。

 ――覚悟なんて出来てなかった……

 俯いて唇を噛んだユウトを、ギルツが厳しい目で見ていた。


 「……また、繰り返すのか」


 ユウトを見つめたまま、ギルツが無意識に呟いた。その声は小さく、誰の耳にも――自分自身にすら届かなかった。

 ジッとユウトを見ていたギルツがユウトに近づくと、肩を掴んだ。


 「助けるべき相手を定めろ。救うべき相手を見誤るな。己の手を汚すことを厭うな。そうしなければ、本当に大事な物を失うことになる」


 ユウトを見据えるギルツの目は真剣だった。

 ギルツには確信がある。このままにしておけば、いつかユウトは大事な何かを失う――と。

 根拠があるわけではない。しかし、ギルツの第六感とも言うべき何か(・・)が、それは事実だと告げていた。

 ギルツとは対照的に、ユウトの瞳には困惑が浮かんだ。

 危ういということはユウト自身理解していた。しかし、それ以上にギルツの言葉には、強い説得力があった。まるで実際にそういうこと(・・・・・・)があったかのように。

 ユウトはギルツの言葉を真剣に受け止め、自身に問う。

 ――俺の本当に大事な物はなんだろう。何を捨てても失いたくない物。それは……家族だ。

 家族のことを覚えていないユウトにとって、もう一つの、確かな家族。

 孤児院のみんなを優しく見守ってくれる院長先生。みんなを笑顔にしてくれるやんちゃなカール。優しい気持ちにさせてくれるしっかり者のテリー。心を暖かくしてくれる泣き虫で甘えん坊なエイミィ。ずっと隣で微笑みかけてくれるエリス。

 ユウトが絶対に失いたくない大事な人達。家族のためならば……

 ――どんなことでも厭わない。

 覚悟を決めた。

 少なくとも現在において、孤児院の誰かが危険な目に遭うわけではない。しかし、今はまだと後回しにしていれば、その時が来た時に致命的な遅れになるかもしれない。

 いざという時に躊躇わないために、今この時に覚悟を決めておく必要がある。

 ユウトは目を瞑り、大きく深呼吸を行なう。


 「……もう大丈夫だな?」


 ギルツの問いに力強い首肯で答える。


 「それにしても四人相手に三十人以上とは大盤振る舞いだな」

 「全く嬉しくないわね」


 重くなった空気を変えようと、ロアとメイアが明るく振舞う。それに合わせてギルツも笑った。


 「随分泥だらけになっちまったな」


 ロアやギルツの鎧はそこらじゅうに泥が跳ねて、まだら模様になっていた。


 「体や鎧の泥は雨ですぐ落ちるわ。……服の方は無理だけど」


 肩を竦めたメイアもギルツほどではないが泥で汚れていた。

 ギルツと違いメイアはローブ姿だ。乾けばある程度は払えるが、この雨ではしばらくはそれも期待できない。当分は泥がこべりついたままになるだろう。冒険者とはいえ女性だ、ある意味一番深刻かもしれない。

 和やかな雰囲気で笑いあっていると、四人の耳に棘のある声が届いた。


 「……あの。和んでいるところ申し訳ないんですが、そろそろ助けて貰えません?」


 ゼスたちは鉄網の下敷きになったままだった。


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