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第16話 和解

 頭部を失ったはずの蛇竜が、ロアに向かって真っ直ぐに尾を伸ばした。


 「!?」


 油断していたロアは動けなかった。

 驚愕の表情を浮かべ、目前に迫る死の気配に体を硬直させる。――が、蛇竜の尾がロアに届くことは無かった。




 ユウトが元の場所に戻ったとき、丁度メイアの魔術が蛇竜の頭を潰したところだった。


 「さすが……」


 感嘆の声が漏れた。

 細かい傷は負ってはいるが、動けなくなるほどの傷を負っている様子はなかった。

 ユウトが安堵したところで、三人がその場で座り込んだ。しかし、そこで違和感を覚えた。

 ――蛇竜の魔力が微かに残ってる……?

 魔物に限らず、息絶えた生物の魔力は完全に消滅する。一説では魔力は魂に内包されており、魂を失う――すなわち、死ぬと内包された魔力も失われるからだと言われている。

 しかし、蛇竜の魔力は完全には無くなっておらず、微かに残ったままだ。

 嫌な予感がしたユウトはいざというときに備えて近くにいようと、“強化”を使い走り出した。――それとほとんど同時に蛇竜の尾がピクリと動く。

 すかさず槍を回転させて逆手に持ち替える。

 ――狙いはロアさんかっ!

 蛇竜が尾をロアに向けて伸ばそうと動き出したところで、投げる体勢に移る。

 

 「らぁぁぁぁっ!」


 咆哮をあげながら逆手に持った槍を投擲する。

 放たれた槍はメイアとギルツの脇を抜けて、ロアに迫る蛇竜の尾に向かって一直線に飛翔した。

 尾がロアの目前に迫ったところで、飛来した槍は尾を串刺しにして岩壁に突き刺さる。

 槍で岩壁に縫い付けられた蛇竜の尾は再び動きを止め、その魔力は今度こそ完全に消失していた。




 ギルツたち三人は目の前で起こった衝撃的な光景に呆然としていた。


 「何だ今の……」

 「槍……よね。飛んできたの」

 「……槍って、あんな速く飛ぶもんなんだな」


 三者三様に驚きを口にする。

 今、ユウトがいる場所は、三人からだと目を凝らしてようやくユウトだと分かるくらいの距離が離れている。

 それだけ離れたところから投げた槍が数瞬のうちに横を通り過ぎ、蛇竜の尾を串刺しにした。一体どれだけの速さで飛んできたのかギルツたちには想像もつかなかった。

 ギルツとメイアはまだ良い。横を通り過ぎた後尾に突き刺さるまで見ていたため、槍が飛んできた、ということは視認できた。しかし、眼前に迫っていた蛇竜の尾に注意が向いていたロアは、自分に向かってきていた尾がいきなり横に吹き飛んだようにしか見えなかった。その驚きはギルツたち以上だろう。

 座り込んだままのメイアの下にユウトが駆け寄った。


 「お疲れ様です。無事……ですよね」

 「えぇ、おかげさまでね」

 「いえ。余計な手出しかとも思ったのですが、念のため」

 「謙遜しなくて良いわ。貴方の一撃がなければロアはやられてたわ。ありがとう……それと、今までごめんなさい」


 メイアが申し訳なさそうな表情を浮かべた。


 「気にしてませんよ」


 ユウトはメイアに手を貸して立ち上がらせる。

 いつの間にか近寄ってきていたロアが後ろから声をかけた。


 「助かったぜ。その、……すまなかった。お前のこと侮っていた」


 ロアはバツの悪い顔をしながら、頭を軽く下げた。

 ギルツが言っていた通り、二人は良くも悪くも冒険者だった。

 冒険者は強くなければ務まらない。それ故に彼らは強さに重きを置いている。勿論、だからといって自分たちより弱い者を嘲笑うような真似をすることはない。力が無いということ自体は非難されることでも嘲笑されることでもない。才能や環境、成長の速さは人それぞれなのだから。

 しかし、力が無いことを忘れ、己を過信し、見合わないことをしようとする者を非常に嫌悪していた。それが他の人間を巻き込むのであればなおさらだ。

 ロアたちにとって、ユウトは己を過信し見合わない依頼を受け、他のメンバーの負担を増やす奴……だった。

 今ユウトは己の強さを示した。ロアたちに及ぶかどうかは兎も角、その窮地を救い、背中を預けるに値することを証明した。もうロアたちにユウトに対する隔意は無くなっていた。


 「気にしないで下さい。事実ギルツの伝手で参加させて貰った身ですから」

 「……悪いな」


 笑って許したユウトに、ロアは再び静かに謝罪を告げた。

 その後、しばらく進んだところに平坦で開けた場所があったため、休憩をとることにした。大きな怪我が無いにしても、戦闘のダメージや疲労、魔力の消耗があるため、少し回復するための時間が必要だろうとの判断だった。

 疲弊していたギルツたち三人を極力休ませるため、ユウトが見張りと警戒を申し出たが、蛇竜がいたこともあり近寄ってくる魔物はいなかった。

 

 「それにしても、蛇竜に遭遇するとは思わなかったな」

 「そうですね。私は行商で何度となくこの山道は通りましたが、BランクどころかCランクの魔物にすら遭ったことはありませんでした」

 「私も討伐依頼以外でBランクの魔物と遭遇したのは初めてよ」


 魔物はランクが高く強い個体ほど人里離れたところに棲みつき、滅多なことでは人里や人の通る場所には近寄らない。そのため、ランクが高い魔物ほど遭遇する機会は少なかった。

 ミンダスとルシェの間の山道はそこまで頻繁ではないにしても人が通る。Bランクは勿論、Cランクの魔物すらほとんど遭遇することはなかった。


 「……最近、CランクやBランクの魔物の討伐依頼が多いって話を聞くが、何か起こってるのか」

 「何か、ね……」

 「俺も魔物の分布がおかしいって話を聞いた。魔物がやけに少なかったり、逆に多かったりしてる場所があるらしい」


 顔を突き合わせて全員が真剣な表情を浮かべていた。

 ――コマンダーウルフも本来珍しい魔物なんだよな。

 村を襲ってきたコマンダーウルフは個体数が少ないといわれている。しかも従えていたソルジャーウルフの数もかなり多かった。絶対にないということではないが、極めて珍しいことだった。


 「魔物が本来の棲み処から移動している?」

 「……かもしれない」

 「もしそうだとしたら、原因はなんでしょうか……」


 ユウトが疑問を投げかける。

 もし何か原因があり、それが今後も続くのであれば、また孤児院に魔物が襲ってくる可能性がある。今はランドたちが村を守ってくれているとはいえ、場合によっては今後のことを考えなければならない。

 黙って考えていたロアが口を開いた。


 「何か餌のようなものが無くなって移動した、とかか?」

 「餌かどうかは兎も角、元の棲み処にいられないようなことがあった、というのが一番可能性が高いわね」

 「一箇所や二箇所なら分かります。だけど、それが同時期に色んな場所でとなると偶然にしては出来すぎではないでしょうか」

 「……偶然ではなく、何か作為的な要因が絡んでるってか?」


 尋ねられたユウトが黙り込む。

 ――魔物を意図的に動かすような手段があるのか……?

 もし作為的な何かが絡んでいるなら、それはおそらく人の手によるものだ。しかし、魔物は人間が制御できるような存在ではない、特にBランクほどの魔物となれば余計にだ。もしそんなことが出来るなら……

 ――人を超えた人?

 馬鹿な、と自分で否定する。

 ――そんな存在がいるわけが無い。いくらなんでも荒唐無稽過ぎる。

 唸っているユウトに、ギルツが雰囲気を明るくしようと軽薄に笑う。


 「まぁ、考えても仕方ねぇさ。ただの偶然ってこともありうるんだからな」

 「……そうだな。答えが出るとも思えないし、今は忘れよう」


 ギルツの気遣いに感謝し、今は気にしないことにしたが妙な不安感は拭いきれなかった。

 その後、十分に休憩を取った一行は、再びルシェへの道を進みだした。

 それから二日後にルシェに到着するまでの間、魔物と遭遇することはなかった。そしてルシェに到着した日の夜――




 「かんぱーい!」


 ギルツがグラスを掲げ、声をあげた。

 ユウトとロア、メイアが同様にグラスを軽く掲げた。ユウトを除く三人はグラスに注がれたエールを飲み、ユウトだけは果実水だ。

 四人は今ルシェの酒場にいる。

 商売のためゼスが別れたところで、ギルツが懲りもせず酒を飲もうと言い出した。嫌な顔をしたユウトだったが、思いがけずロアとメイアが賛同したため、結局一緒に飲むことになった。

 飲み始めてからしばらく経ったところで、ふいにロアがユウトを見た。


 「ところで、あの槍の投擲はどうやったんだ?」


 顔を少し赤くしたロアが疑問を投げかけると、全員の視線がユウトに集まる。


 「どうって、普通に投げただけですよ?」

 「普通に投げたくらいで、あんな速度で飛ぶわけ無いじゃない」

 「……あぁ。それは“強化”を使ったからですよ」

 「そっか“強化”ね。確かにあれなら……」

 「“強化”って体を強くする魔術だよな。ユウトの身体能力はそのせいか」

 「ギルツ、“強化”は魔術じゃないぞ。ってか気付いてなかったのか……」


 ユウトが呆れたようにギルツを見ると、惚けた顔で答えた。


 「すげー動きしてんなぁ、とは思ってた」

 「それで済ますなよ……どう鍛えてもユウト並みの身体能力になるのは無理だろ」

 「俺は魔力の感知とか出来ないし、魔力や魔術に関しては無関心だったからなぁ……」

 「そういう問題でもない気がするのだけど……」

 「まぁ良いじゃんか。それにしても“強化”なんてすげーな、無敵じゃんか」

 「そんなに都合の良いもんじゃないぞ」

 「そうなのか?」

 「えぇ、“強化”はあくまで身体能力を向上させるだけで、無敵の肉体になるわけじゃないの」


 “強化”は魔力で身体能力を向上させるものだと考えられている。力が強くなったり動きが早くなったりはするが、“強化”を使ったからといって肉体が鋼のようになったり、魔物の攻撃を受けても平然としていられるという訳ではない。


 「何より魔力の消費量が多すぎて、普通は使い物にならないし……そういえば、それだけの魔力量があるのに何で魔術を使わないの?」


 メイアがユウトに視線を向ける。

 魔力量が多ければ普通は魔術を使う。その方が圧倒的に効率が良いからだ。それにもかかわらず魔術ではなく“強化”を使うのは何かしら理由がなければ考えられない。メイアが疑問を持つのは当然のことだ。


 「俺は魔術が使えないんですよ。理由はわからないんですが」

 「魔術が使えない?」

 「はい。魔力の制御はできるんですが、何故か魔術を使おうとしても発動しなくて……」

 「そんなの初めて聞くわ。……そういう体質なのかしら?」


 魔力が無い者や制御が出来ないために魔術が使えない者は少なくないが、魔力があり制御も出来る者が魔術を使えないという話は聞いたことが無かった。


 「まぁ良いじゃねぇか。なんにせよ戦力になるんだ。改めてこれからも頼むな、ユウト」


 ロアが笑いながら差し出す手に、ユウトは握手で応じた。


 「……で、折角だ。敬語は無しで頼むぜ」


 握手した手を握ったままロアがニヤっと笑う。ぎっちりと掴んだ手は頷くまで離さないという意思が感じ取れた。

 戸惑ったユウトが視線を巡らすと、メイアもユウトを見て頷いた。


 「……わかった。ロアさん、メイアさん。こちらこそよろしく頼むよ」


 敬語を止めたユウトに、ロアとメイアが嬉しそうな表情を浮かべた。




 次の日の朝、ユウトが集合場所に向かうと既に全員集まっていた。


 「おはようございます」


 挨拶をしたユウトに一斉に視線が集まる。


 「おう、おはよう」

 「おはよう。ユウト」

 「おはようございます」


 今までのことが嘘だったように、ロアとメイアも親しげに応えた。

 二人の態度を見たゼスは驚きつつもホッとした様子だった。


 「あ゛ぁ……」


 そんな三人をよそにギルツはまたも頭を抱えて唸っていた。

 懲りないギルツについては最早触れないことにしたらしく、誰もギルツの方を見なかった。

 ロアは荷馬車を走らす前に、改めて陣形の確認を行うことにした。ユウトを正式に組み込むためだ。


 「今後は、ゼスさんの守りは基本メイアに頼む。前衛は俺とギルツ、ユウトは遊撃として俺たちとメイアの両方のフォローを頼む」

 「わかったわ」

 「わかった」


 ロアの指示にメイアとユウトが答える。ギルツは返事代わりに手をヒラヒラと揺らして、聞いているとアピールしていた。声を出すのも億劫らしい。

 次の目的地はルシェの東南東にあるマドラという町で三日ほどかかる。この辺りはルシェに来る際に通った山と東にある大山脈に挟まれており、森が多い。さらに強い雨が多く、降ると視界が悪くなるため、元々森で視界に悪いことも相俟って特に注意が必要だった。


 「今は大丈夫だが、雨が降った場合視界が悪くなる。そうなるとメイアが魔術を使うのは難しい」


 “探査”である程度の位置は把握できるが、正確な位置は分からない。敵しかいない状態なら構わないが、戦闘中で味方も入り混じった状態では、味方を巻き込むおそれがある以上、安易に魔術が使えない。


 「その場合、特に攻撃力の高いユウトの存在が切り札になる」


 ギルツは防御に秀でるが攻撃力はそこまで高くない。ロアはバランスが良い分ギルツよりも攻撃力は高いが、“強化”を使うユウトには及ばない。視界が悪くなれば連携が取り辛くなるが、それは相手も同じだ。そして、個々の単純な戦闘力だけ見れば、ユウトは頭一つ抜けていた。

 しかもユウトは高速で動けるため、視界が悪い中では視認するのが難しい。ユウトの戦闘スタイルは、視界が悪くなった状態では特に相性が良かった。

 

 「というわけでユウト、そのときは頼りにさせて貰うぞ」


 

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