第14話 Bランク冒険者
ユウトの“探査”に魔物らしき魔力が引っかかったのは、王都を出た翌日の昼過ぎだった。
王都とミンダスの間の大部分は草原だが、草原だけというわけではない。森や川、丘なども当然ある。王都とミンダスの間の街道は魔物を避けるため、基本的には草原を通してあるが一部森が広がっているため迂回できず、中を突っ切る形で街道が敷かれている場所がある。
今は丁度その森の中に敷かれている街道を走っているところだった。
「止まって! 魔物が接近中、数は三。全部Dランクよ」
ユウトが伝えるよりも早く、メイアが注意を促した。
メイアの“探査”はユウトよりも精度が高い。ユウトには強さは勿論、魔物かどうかすら判断できないが、メイアは魔物だと断言し、Dランクだとも判断できているのがその証拠だった。
メイアの注意を受けて全員が戦闘態勢になると、ギルツとロアがすぐに前へ出た。
ユウトも前に出ようとしたところで、声をかけられて動きを止めた。
「おい、お荷物。お前は前に出んじゃねぇ、邪魔だ」
「貴方はゼスさんのそばにいるだけで良いわ」
さすがにイラッとしたが、ここは堪えることにした。
仮にも自分より実力のある冒険者の指示だ。何より護衛対象に一人付けておくのは判断としては極めて正しい。言い方や態度の悪さを置いておけば、指示に従わない理由は無かった。
ギルツが気遣うような視線をユウトに向けたが、構うなとユウトが視線で返した。
しばらくして森の中から出てきたのは、シェルワーム一体とキラービー二体だった。
シェルワームは芋虫のような姿形をしているが、その大きさは百六十センチほどある。背中は硬質な甲虫の外骨格のようになっており、頭部は角のように鋭く尖っている。
キラービーは大型の雀蜂といったところだが、その大きさは百センチを超える。尻の針は刺されれば胴体に風穴が開きそうなほどに太かった。どちらもDランクの魔物だ。
ギルツは一番先に前に出ると、キラービーたちの手前の地面に勢い良く戦斧を振り下ろした。戦斧は地面を砕き、砂埃を巻き上げ、石礫を飛ばす。石礫に襲われたキラービーたちは大したダメージは受けなかったが、機先を制される形になった。
ロアはギルツがキラービーたちを抑えている間にシェルワームに襲い掛かった。槍を振るいシェルワームの注意を自分に向けさせたロアは、ギルツとキラービーから少し離れたところで対峙した。
「オォォッ!」
雄叫びと共にギルツが戦斧を振ると風を裂く音が唸りを上げた。キラービーは戦斧を避けたが、眼前を通り過ぎた鉄塊に慄き、一瞬硬直した。
「“フレイムランス”」
生じた隙を見逃さず、メイアが炎の槍を放つ。キラービーは間一髪で飛び退いたが、翅が少し焼けたようで、飛ぶ様子が明らかに弱々しくなった。
もう一体のキラービーはメイアの魔術に危険を感じたようで、メイアに狙いを定めて向かおうとする。しかし、キラービーの注意がメイアに向いたところを狙ったように、ギルツが大盾で殴りつける。
殴り飛ばされたキラービーとメイアの距離が更にひらくと、すかさずギルツが立ち塞がるように間に入った。キラービーは殴られたことに怒ったのか、ギルツを無視できないと考えたのか、いずれにせよ再びギルツを標的にした。
ギルツから距離を取りながら機会を窺うキラービーたちに、メイアの放った無数の炎の矢が降り注ぐ。込められた魔力は少なく、当たっても致命傷にはならないが、本能的にダメージを受けるのを嫌ったキラービーはそれを避ける。
メイアは無秩序に炎の矢を放っているわけではない。矢の降る数が少ない場所を作り、そこにキラービーが逃げるように誘導する。動かされていると気付かずキラービーは炎の矢に注意を払いながら移動する。その先には既にギルツが待ち伏せている。
ギルツは力も技もあるが速さが足りない。キラービーのように素早く飛び回るタイプは特に苦手だ。その欠点を埋めるために、キラービーを自らギルツに向かわせるように動かしていた。
ギルツとメイアが連携してキラービー二体を相手にしている横で、ロアはシェルワームと対峙していた。
一定の距離を保ちながらジリジリと横に動き、シェルワームの視界にギルツとメイアが出来るだけ入らないようにする。その上で、シェルワームが急にギルツたちの方を狙って動き出しても先回りできる距離に位置を取る。
シェルワームは芋虫の姿形からは予想できないほど早く動くが、鍛えた戦士の足には及ばない。下手に背を向けるようなことをすれば、ロアの持つ槍で後ろから串刺しにされるだけだということはシェルワームも理解していた。
そのためシェルワームは迂闊に動けなかった。ロアとしては背を向けてくれたほうが手っ取り早かったが、シェルワームの動きを抑えるだけで役割としては十分だ。間合いを維持しつつ、シェルワームの様子を窺う。
ロアがシェルワームを抑える時間を稼げば稼ぐほど、メイアとギルツ側の戦闘が優位性が維持できる。そうすればそのうち決着をつけた二人がこちらの増援に入ってくれる。この形になってしまえばシェルワームがどう動こうと、勝負のつくのが早いか遅いかでしかない。
――戦い方が巧いな。
一連の流れを見ていたユウトが賞賛する。
王都に来る際に出会ったアベルとタロスもそうだったが、個々の実力の高さ以上にパーティーとしての戦い方に長けている。
ロアはギルツの動きに合わせることで二体のキラービーの注意を引くことなく、シェルワームの注意だけを引き付けた。一対一になってからも、他のメンバーに注意を向けないように立ち回っている。
メイアも弱い魔術でキラービーを誘導しながら注意を逸らすことで、魔力の消費を減らした上でギルツが戦いやすいように援護している。逆にギルツがキラービーに隙をつくったときは、強い魔術で確実にダメージを与えている。
二人の動きに派手さはないが、堅実で危なげない立ち回りには余裕が窺える。おそらく何かしらのアクシデントが起こっても即座に対応できるだろう。そしてその自信があるからこそ、更に余裕が生まれる。そうすることで自分たちの危険を最小限まで減らしていた。
ユウトが見ている中で、ギルツとメイアはキラービーにダメージを蓄積させていき、今では飛び回る余裕もなくなっていた。動きが悪くなってしまえば、ただの的と大差ない。
「オォ、ラァッ!」
ギルツが振るった戦斧がキラービーを捉えた。超重量の斧はキラービーを引き裂くように真っ二つにする。
それとほとんど同時にメイアが魔術を放つ。
「“アイスエッジ”」
無数の氷の刃がもう一体のキラービーに飛来し、体をズタズタに切り裂いた。
二体のキラービーが動かなくなると、ギルツがシェルワームの背後につき、ロアとギルツでシェルワームを挟撃するように位置取る。
挟み込むような位置取りになってからは、シェルワームの正面にいる方が注意を引き、背後にいる方が攻撃を加える。メイアは弱い魔術を僅かに使い、魔力を温存しながらも、ここぞというタイミングでシェルワームの動きを惑わせた。
パーティー全員でジワジワとシェルワームを追い詰める。そのうち決定的な隙を見せたシェルワームがロアの槍に貫かれて絶命した。
――これがBランクか……
戦闘は終始優勢で、危なげなく、まるでシナリオが決められた殺陣を見せられているようだった。そう感じさせるだけの安定的な強さを三人は持っていた。
ずっと一人で戦ってきたユウトは、囲まれないためにも迅速に魔物を倒す必要がある。そのため、常にどこか危うさを伴う戦い方をせざるを得なかった。ロアたちの戦い方はユウトとは正反対と言って良い。ユウトは“強化”による身体能力の高さで大抵の魔物を圧倒できるが、ちょっとしたミスやアクシデントでその優位が一気に崩れるおそれがある。今のところ上手くいっているが、いつそういった事態が起こるかわからない綱渡りだ。
ロアたちの戦い方とユウトの戦い方、どちらが冒険者として長く活動できるか、どちらが優れているかは言うまでも無い。
――後続は無さそうだな。
ユウトは張り詰めていた緊張感を解いた。
ギルツたちが戦っている間、ユウトはゼスの近くで魔物が抜けてくるのを警戒しながら、周囲にも気を配っていた。それに気付いていたロアがユウトとすれ違いざまに呟いた。
「腐ってやる気を失くすかと思ったが、一応の自覚はあるらしいな」
驚いたユウトが通り過ぎたロアを振り返るが、ロアは立ち止まることなく荷馬車へ戻った。
――少しは認められたってことか?
ロアの言葉は予想よりマシだという意味を含んでいる。認められたというには程遠いが、やはり単純にユウトが気に入らないというだけではないのだろう。
首を捻っていると、いつの間にか近寄ってきていたギルツがユウトの肩を叩いた。
「良くも悪くも実力のある冒険者ってことなんだろうな」
実力があれば認めるが、実力が無ければどんな立派な肩書きがあろうとも認めない。実力でのし上がってきた冒険者らしい発想だ。
その後、何度かDランク程度の魔物と遭遇しつつも、順調に旅程を消化した。最初の町であるミンダスに到着したのは予定通り王都を出て三日目の昼頃だった。
町に入ると荷馬車を停めた。
ゼスが夜まで露店を行なうため今日は町に泊まり、翌日に次の町に向けて出発することになっている。
「明日の早朝、日が昇った頃にこちらにいらして下さい。それまで自由に過ごして頂いて結構です」
ゼスがそう言うと、ロアとメイアはすぐにどこかに行ってしまった。
「ユウト、折角だから飲もうぜ」
近づいてきていたギルツが笑った。
「少しなら構わないけど、飲み過ぎると明日に響くぞ?」
「分かってるって。少しだよ、少し」
――信用できねぇ……
少し、という顔ではない。存分に飲むつもりにしか見えない。
白けた目でギルツを見ていると、気付いたギルツが何かを思いついたような顔をした。
「心配なら一緒に来て監視したらどうだ?」
ユウトは観念したように溜め息をついた。
まだ酒を飲むには時間が早い、ということで日が落ちてから合流することにして、ユウトは町の中を見て歩くことにした。
――もしかしたら、何か記憶の手掛かりが見つかるかもしれないし。
特に期待しているわけではないが、どこで何と出会うかは分からない。
ミンダスはガロの町よりも小さく、城壁のようなものもなかった。
周囲が開けていて、魔物が町に入り込むことが少ないこともあるが、農業が盛んなため、土地を広く使うためだ。農地を含めるとガロよりも一回りほど広いため、それを城壁で囲うとなると費用がかかりすぎる。
ガロよりも小さいとはいえ、多くを回るには時間が足りないため、大通りやその近くを見て回るのが精一杯だった。
王都やガロには無い売り物などを見つけることは出来たが、やはり記憶の手掛かりは見つけられなかった。
日が落ちた頃、ユウトはギルツと合流した。
怒鳴り声に笑い声が入り混じり、混沌とした様子の喧騒な酒場の中でテーブルについている。
「んじゃ乾杯だな」
「乾杯って、何にだ?」
「何でも良いだろ。ほれ、かんぱーい!」
ギルツがエールの注がれたグラスを勢い良く掲げる。大きく揺れたグラスの中でエールが大きく波打った。
「……乾杯」
とりあえずギルツに合わせてユウトもグラスを軽く掲げた。
一口だけ口にしたユウトは顔をしかめた。
――不味い。
ユウトの口に合わなかった。
そんなユウトをよそに、ギルツは早くも飲み干し店員に追加を注文していた。
「少しじゃなかったのか?」
「これくらい少しだって」
「……あんまり飲むようなら殴って止めるからな」
「りょーかい、りょーかい」
今すぐ殴り倒してやろうかと一瞬思ったが、嬉しそうにエールを飲んでるギルツを見て、気が削がれた。
溜め息をついて気を取り直したユウトは、物珍しそうに周囲を眺めていた。
「何か珍しいものでもあったか?」
「ん? いや、そういうわけでもないが」
「ははぁーん?」
厭らしい顔を向けられたユウトが、不快げな顔をする。
「何だよ」
「給仕のねぇちゃん美人だもんな。目がいくのも分かるぜ」
ユウトが見ていた方向に給仕の娘がいたのは事実だが、全くの誤解だ。
「違う」
「照れるなって、良い体してるもんな」
「違うってのに、単に酒場の様子が珍しかっただけだ」
「酒場の? どこもこんなもんだろ?」
「入ったのは初めてなんだよ」
ギルツが納得したように頷いた。
ユウトにとっては酒場自体も珍しかったが、大人たちが酒を飲んで騒いでいる様子の方が珍しかった。何か興味を引くところがあった訳ではないのだが、こういうものなのかと思いながら眺めていただけだった。
「そもそも……」
――エリスの方がよっぽど美人だし。
口には出さなかったが気恥ずかしかった。
そんなユウトの様子を鋭敏に察したギルツが、興味深そうな顔をした。
「ん? なんだって?」
「なんでもない!」
「お、おぉ」
力強く言い切ったユウトにギルツの腰が引けた。
他愛ない話を続けながら、二人はグラスを傾けていた。ギルツはエールを飲み続けているが、ユウトは最初の一口だけでその後は果実水を飲んでいた。
「酒場で酒以外飲むなよ」とギルツは不満げだったが、飲み残したエールを渡したらそれ以上何も言わなかった。
唐突に、ギルツが落ち着いた声で呟いた。
「……悪かったな」
「ん? 何がだ?」
エールを飲むのに集中しているとばかり思ったが、いつの間にかグラスを傾けるのを止めていた。意味が分からず聞き返すと、ギルツは渋い顔をして口を開いた。
「いや、考えなしに誘っちまったせいで、その……嫌な気分にさせたっつーか」
視線をあわせず、ボソボソと呟くギルツ。
「気持ち悪っ」
「おいっ!?」
「冗談……いや、冗談ではないな」
「お前な……」
「いや、だって考えてもみろって。お前みたいな大男がモジモジボソボソしてるの見たら気持ち悪くなっても仕方なくね?」
「……」
ギルツは文句を言おうと思ったが、想像してみれば納得できてしまったので、結局言葉を飲んだ。
「それは兎も角、まぁ気にするなよ。元々ある程度予想はしてたし」
本来入れないはずの低ランクの冒険者を高ランクの冒険者が歓迎するはずはない。今回の話を受けた時点で覚悟はしていた。
「だけどな……」
「受けたときに言っただろ? 勉強させて貰うって」
なおも納得いかないという顔をしていたギルツだったが、ユウトが笑うと、ようやく踏ん切りがついたようで笑みを返した。
「おっしゃー、今日は朝まで飲むぜ!」
「飲むなっ!」
再びギルツがエールの入ったグラスを傾け始めた。ギルツはエールを飲み干すと、店員におかわりを注文してからユウトを見た。
「そういや、冒険者になる前はどうしてたんだ? 冒険者になったのつい最近だろ?」
「ガロでお前と会う前の二ヶ月くらいは、ガロの南西にある小さな村で世話になってた」
「その前は?」
「さぁ?」
「いや、さぁってお前……」
「覚えてないんだよ」
怪訝そうな顔をするギルツに再度言葉を重ねる。
「覚えてない、記憶喪失ってやつ。俺の最初の記憶は約五ヶ月前にその村で目を覚ました瞬間なんだよ」
「覚えてないって、何もか?」
「何もってわけでもないんだが、自分のことはからっきし。何とか名前だけは思い出せたみたいだが、実際のところこれが俺の名前だっていう確証はなかったりする」
呆然としているギルツに敢えて軽い調子で告げる。
「……そうか。あぁでも、ユウトってのは多分お前の名前で間違いねぇよ。何となくだが、そんな気がする」
「何となくって、なんだそれ」
二人でグラスを傾けながら、笑いあう。
夜が深まり、民家の明かりが消える頃まで、二人は酒場で飲み交わした。




