第13話 護衛依頼
「Cランクおめでとうございます。これほど早いランクアップは珍しいですよ」
ギルドの職員が笑顔でCランクのギルドカードを差し出した。
Dランクのときもそうだったが、ランクが上がるごとに装飾の絵柄が豪華になるらしい。Cランクになって装飾の絵柄が随分意匠をこらしたものになっていた。一枚一枚手作りで作られていることを考えると、かなり手間がかけられているはずだ。
ユウトのランクアップの早さは異常といえるが、これには理由がある。
一つは討伐依頼の特徴が上手く作用したことだ。討伐依頼は規定数の魔物を倒すごとに達成したことになる。例えば、規定数を三体とする魔物を三十体倒せば、十回依頼を達成したことになる。ユウトの単純な戦闘力はかなり高く、“探査”も使えるため、魔物の討伐数を稼ぐことは容易だった。ユウトが一日討伐に出れば、最低でも数回分、多いときは十回分になるときもあった。そのため、ランクアップの申請がかなり早く行われた。
もう一つは、ランクアップの基準では戦闘力が大きく評価されることだ。冒険者の依頼の多くは魔物との戦闘があることを前提としているため、冒険者にはそのランクに相応の強さがあることが最低条件になる。逆に、相応の強ささえあるのならば、そのランクとしては十分なのだ。
ユウトは常に同ランクの魔物の討伐を受けており、以前にCランクの魔物の素材を換金所に持ち込んだりもしているため、戦闘力という点では十分基準に達していると判断されていた。
これらの理由がかみ合った結果、ユウトはEからD、DからCと順調にランクアップすることになった。
「ありがとうございます」
ユウトは礼を言ってギルドカードを受け取ると、受付を離れてクエストボードへ向かった。
クエストボードを前にしてどんな依頼があるか確認していると、後ろから声がかけられた。
「よぉ、ユウト」
振り返った先にはギルツがいたので、とりあえずとぼけることにした。
「……どちらさまで?」
「うぉい!?」
「冗談だよギルツ……残念ながら」
心底惜しいとばかりに肩を落として溜め息をついた。そんなユウトの態度を気にも留めず、ギルツはなんでもない顔で笑った。
「お前は本当に容赦ないよな。まぁ、それは良いとして、Cランクになったみたいだな?」
「本人の俺ですら今聞いたばかりなのに何故知っている」
「これでも顔は広くてな。少し前にランクアップ間違いなしって聞いた」
「聞いたねぇ……」
ギルドランクは特に秘匿されているわけではないが、自由に聞けるものでもない。特に審査の段階となると、情報の出所はギルド内部の人間だ。しかも下っ端ではなく、支部長クラスのはずだ。ちょっと顔が広いというレベルではない。
――一体どこから聞きつけたのやら……
別に知られて困ることでも、相手でもないが、知らないところで自分の情報が流れているのは気分が良くない。
「んでユウト。まだ依頼受けてないなら一緒にどうだ?」
「それは良いが、何を受けるんだ?」
「護衛依頼受けてみないか?」
ニッと笑うギルツに怪訝そうな目を向ける。
「護衛依頼は基本的にBランクからだろ? 俺が受けられるのは無いみたいだけど」
Cランクにも護衛の依頼が無い訳ではないが、それは稀で基本的にBランクにしかない。少なくとも、今ユウトが見た限りではCランクに護衛依頼は出ていなかった。
「依頼主とちょっとした知り合いでな。その依頼主が俺を指名してくれたんだ。で、まだCランクだけど腕の立つ知り合いがいるから誘って良いかって聞いたら良いって言ってくれてな」
――どんだけ顔広いんだ、コイツは。
平然と言うギルツにユウトは呆れたが、興味はあったので詳しい話を聞くことにした。
「護衛対象と行き先は?」
「護衛対象は商人のゼスって人だ。行き先は王都の南東にあるデュマだ」
「人数は俺たちだけなのか?」
「いや、俺ら以外にBランクが二人だ」
「……そうか」
――一悶着あるかもしれないな……
多少不安要素はあったが、ここで経験を積んでおくのは悪くない。Cランクに上がった以上、他の冒険者と組む機会は遠からず訪れる。連携や人間関係など不安はあるため、一人でも知り合いがいる状況で初回を受けられるのなら、これに越したことは無い。
「……受けるよ。良い経験になりそうだし」
「分かった、伝えておく。よろしく頼むぜ」
「あぁ、勉強させて貰う」
「出発は三日後で、東門のところに集合。大体片道十日ほどかかる予定だ。寝袋や食料なんかは持参で、荷物はある程度荷車に載せられる。途中で幾つか町や村に寄るから、数日分あれば大丈夫だと思うぜ」
「了解だ」
依頼内容の説明を受けてから、準備をするべくギルツと別れる。
別れた後、ユウトはドバンの店へ向かった。依頼の前に武器の整備をお願いするためだ。
ドバンと知り合ってから、武器を研いで貰うために何度か店に訪れたが、前回研いで貰ったのは一ヶ月前だ。その間も戦闘で何度も使っているのだから、さぞ劣化しているだろうと思っていた。
白光を渡すと、ドバンが刀を抜く。刀身を露わにした白光の具合を見ながら、ドバンが渋い顔をしていた。
「かなり悪くなってるな。ここしばらく来てなかったが、随分無茶したんだろ?」
――あぁ、やっぱり。
パッと見て分かるほど刀身に大きな損傷はないが、この一ヶ月の間に大量の魔物を斬っているため、微かな刃こぼれをしたり魔物の血で刃が劣化するのは避けられない。
「無茶はしたつもりはありませんが、それなりの数を斬りましたから……」
「ふむ。とりあえず、来れるならもう少し頻繁に来い。自分で手入れしてるっても限度があるだろ。こいつは明日には仕上げておけるが、それで良いか?」
「……すみません。次の依頼は三日後なので明後日までに受け取れれば大丈夫です。それから、護衛依頼に出るので一月程は戻れないと思います」
「そうか。一ヶ月くらいなら、無茶な使い方しなけりゃ大丈夫だと……って、ちょっと待て」
刀を見ていたドバンが急に視線をユウトに向けた。
「はい?」
「護衛依頼って、まさかお前もうBランクになったのか?」
「いえ、伝手で混ぜて貰うだけですよ」
「そうだよな……二ヶ月でEからBとかあり得ん」
「あ、でも今日Cランクになりました」
ドバンが溜め息をついた様子のまま動きを止めた。
「どうしました?」
「……二ヶ月でCランクも十分おかしいからな?」
「そうなんですか?」
「当たり前だ」
ドバンは頭が痛いとばかりに顔を手で覆った。
冒険者はその多くが成人である十六歳でなり、四十歳ほどで引退する。
その中でCランクは半数ほどになるが、その殆どは三十歳を超えた冒険者だ。ランクアップのシステム上、依頼を多くこなせばいずれは昇格する。すなわち、長く冒険者を務めていればある程度は自然にランクが上がるようになっている。成人直後に冒険者になり、引退直前まで冒険者を続けると、その大半がCランクになる。
ランドやギルツのように、若くしてCランクやBランクになるのはごく一部の者だけであり、そういった将来性のある優秀な冒険者でも数年はかかるのが通常で、ユウトのように数ヶ月でCランクまで上がるのは異例だった。
「ギルドの職員の人も珍しいとは言ってましたが、そこまで驚いているようには見えませんでしたけど」
「あっちもプロだからな。取り繕うくらいは簡単だろ」
――良くも悪くもギルドに目つけられてそうだな、こいつは……
ユウトのあまりに無頓着な様子に、ドバンが溜め息を漏らした。
ドバンの想像通り、ギルドの内部では昇格の許可が下りる前から結構な騒ぎになっていた。ギルドとしても有能な冒険者とは繋がりを持っておきたいため、何かあれば恩を売っておけと職員たちは指示を受けていたりする。
、ギルツがユウトのランクアップを先に知っていたのはその騒ぎのせいだった。実のところギルツは、ユウトがランクアップしたとは聞いていない。ギルドの内部で、異様な速さでCランクにランクアップしそうな冒険者がいると騒いでいたのをたまたま耳にし、それがユウトのことだと予想していただけだった。
ドバンと違いギルツはユウトが実際に戦っているところを見て、手合わせもしている。そのため経験不足なところはあるが、戦闘力そのものの高さはよく理解しており、そう確信できていた。
逆にドバンはユウトの訓練姿は見ているが、“強化”を使った本気の戦闘は見たことがない。ユウトのランクアップの速さに驚くのも無理は無かった。
「まぁ良い、こうなると俺が出した条件は意外と早く達成されるかもな」
「それは分かりませんが……善処します」
「そうしてくれ」と笑うドバンに、武器を預けてから店をでた。
その後、旅に必要な物を買うために、大通り沿いの店を幾つも見て回った。
途中、防具屋の前に差し掛かったときに足を止め、防具を買い換えようか少し迷ったが、今回はやめることにした。この二ヶ月はヘルハウンドのような強敵に出会わなかったため、防具にほとんど損傷はない。急いで買い換える必要もなかった。
それから三日後の早朝、ユウトは準備を整えて集合場所に向かった。
集合場所には三台の荷馬車とそれを引く六頭の馬が既にあった。そのそばにはギルツと商人と思われる身なりの良い男が話をしていた。少し離れたところでは、三人の男がせっせと荷を乗せていた。
「おはようございます」
「お、来たなユウト。ゼスさん、こいつがユウトです」
「はじめまして、商人のゼスと言います。ギルツさんから話は聞いていますよ、Cランクながらも優秀な冒険者だと。この度は、よろしくお願いします」
「はじめまして。まだ未熟な身ですが、精一杯務めますのでよろしくお願いします」
ゼスは四十前くらいの少々痩せた体型で、眼鏡をした落ち着いた印象の男だった。王都とアルシールの東部で主に活動している商人であり、様々な物を取り扱っている。普段は王都に店を構えて商売をしているが、数ヶ月に一度だけ東部に行商兼商品の仕入れに行っており、今回はその東部への行商兼仕入れの間の護衛だった。
王都から南東にあるデュマという村が最終目的地だ。途中にある町村にも寄ることになっており、最初の町であるミンダスには三日後に到着する予定だった。
挨拶を交わした後しばらく世間話をしていると、二人の冒険者らしい格好をした男女が来た。
「一番最後だったか。遅くなったな」
「ごめんなさいね」
「いえいえ、時間には間に合っていますから」
ギルツが言っていた護衛につく他のBランク冒険者だ。
「Bランク冒険者のギルツだ。よろしく頼むな」
ギルツは二人の冒険者に近づくと、笑顔で握手を求める。
「俺はロアだ。よろしく頼む」
「私はメイアよ。よろしくね」
それぞれ名乗りながら、ギルツの握手に応じた。
ロアは三十歳を超えたくらいで、スキンヘッドの厳つい男だった。ギルツほどではないがユウトよりも明らかに背も体も大きく、槍と鉄の重鎧を身に纏っている。
メイアは三十手前くらいの鋭い顔つきの女性だ。スラッとした長身で緑の髪を肩にかかるくらいに伸ばしており、杖とローブに革の胸当てをつけた魔術師風の格好だった。
「ユウトです。よろしくお願いします」
ランドに続いてユウトも挨拶し、握手を求めて右手を差し出した。
「あぁ、お前がお荷物か」
「伝手で潜り込んでくるなんて、随分図々しいのね」
ロアとメイアに冷たい目を向けられ、ユウトの差し出した手がピシリと固まった。
そのあまりな言い様に、ギルツが珍しく眉をひそめた。口を開こうとしたギルツをユウトが目で制止する。
随分な態度だが、二人の言い分は最もだった。
今回の護衛依頼は、本来Bランクの依頼だ。その中にCランクのユウトが混じっているのは、ギルツの伝手によるものだ。
ロアたちからすれば、実力もなく大して戦力にもならないくせに一端に報酬だけは持っていくだけの目障りな奴ということになる。
ユウト自身そう思われるだろうことは分かっていた。だから敢えて何も言わず、ギルツにも言わせなかった。
――態度を変えさせるには相応の実力があることを示さなきゃ駄目だろうな、
冒険者は実力主義だ。言葉を尽くすことには何の意味も無く、結局のところ実力を示すしかない。
Cランクが時間をかければ多くの者がなれるのと違い、Bランクは謂わば壁を越えた者だ。ロアたちはBランクになるために相応の努力をし、時間をかけ、危険を乗り越えてきた。その結果としてBランクに至ったロアたちには、Bランクとしての実力を備えているという自負と誇りがある。
ロアたちがユウトに辛辣な態度を取っているのは、単にランクが下であることを馬鹿にしているからというわけではない。実力の無い者が、今の評価を必死に勝ち取った自分たちと同じように扱われていることが、ロアたちには我慢できなかったからだ。
「邪魔だけはしないでくれよ」
ロアが嘲るように笑い、ユウトから離れた。メイアもロアについていき、その後はユウトを一顧だにしなかった。
険悪な顔合わせになったが、その後すぐにデュマに向かい東に出発することになった。
先頭の荷馬車にはロアとメイアが、二番目にはゼスが、最後尾の荷馬車にはユウトとギルツが乗っている。御者はゼスの連れて来た三人の男が勤めている。
一番最初に立ち寄る予定のミンダスという町は、王都から東に三日ほど行ったところにある。王都とミンダスの間は平地になっており、草原が広がっている。時折人が通る道であることもあって、その間は魔物には遭うことは無かった。




