第11話 刀鍛冶
ユウトが目を覚ましたとき、日は昇りきっていた。昨日、村に戻ったのが日暮れだったため、半日は寝ていたことになる。先日のヘルハウンド戦はユウトが自覚していた以上に、心身に負担をかけていた。
目を覚ましたユウトは、まず装備の状態を確かめることから始めた。ヘルハウンドとの戦闘で、武器も防具もかなり損傷していたからだ。状態を把握しないままに戦闘になって武器が壊れでもしたら目も当てられない。しかも、既に刀が折れている状態だ。
半ばから刀身が折れているのだから当然だが、やはり刀は使い物にならないようだった。おそらく修復も不可能だ。
槍は、使用する分には問題ない。しかし、ヘルハウンドの牙による傷や、今までの戦闘の傷もあるため、本格的な手入れの必要はありそうだった。剣は剥ぎ取りくらいにしか使っていないため、こちらも問題ない。もっとも、ガロで手に入れてからずっとそのままだ。日頃の手入れは行なっているが、槍と同様本格的な手入れ――出来れば研ぎに出す必要があるだろう。
防具の方も、かなりやられていた。直撃は受けていないため、コマンダーウルフの皮を使用した胸甲と腰鎧は無事だったが、篭手と脚甲は、ヘルハウンドの火球や爪でボロボロになっている。
――槍と剣を研ぎに出して、篭手と脚甲の新調。あと、出来れば新しい刀か……
並べてある装備を見ながら、大きく溜め息をつく。装備の新調でしばらくは依頼を受けられない、そもそも、あまり金がない。今回の報酬を入れても、正直装備を全部新調できるかどうかは疑問だった。
――そういえば、この刀は王都の鍛冶屋から買ったとか。……探してみるか。エリスたちに手紙も出さないと。
装備を確かめた後、遅めの朝食をとってから、王都に戻るために村を出た。
王都に帰り着くと、その足で直接ギルドに向かった。本当はボロボロの服を着替えたかったのだが、魔物の部位が――特にヘルハウンドの頭部が邪魔だったため、先にギルドに行って報酬を受け取ることにした。
「すみません、クロウモール討伐の確認をお願いします」
クロウモールの両手を放り込んでおいた袋を机の上に置いた。受付の女性職員が袋の中からクロウモールの両手を出し、数を確かめる。
クロウモールの両手が机の上に並んでいる様は、グロテスクなものがあったが、職員は慣れているのか、特に表情に変化はなかった。
数え終わると、職員が顔を上げた。
「全部で十三体ですね。ギルドカードをお出し頂けますか」
「はい」
言われた通りにギルドカードを渡すと、職員がカードの裏と、取り出した紙になにやら書き込んだ。
「少々お待ち下さい」
カードをユウトに返すと、クロウモールの部位を持って、一度奥に下がっていった。
前々から何を書き込んでいるのか気になったため、受け取ったカードの裏と、机の上に置いたままの紙を見た。
カードの裏には、依頼の達成に関して記載する欄がある。カードの大きさは手に収まる程度のため、書き込んであるのは、幾つかの数字の組み合わせだった。紙の方には、同じ数字と依頼に関する詳細な内容が書かれていた。
ギルドでは、この数字によって、どの冒険者が、どのような依頼を行なったかなどの情報を管理していた。これは、主にランクアップ時の資料にするためだった。
しばらく待っていると、職員が戻ってきた。
「こちらが依頼達成の報酬と、討伐証明部位の買取代金になります」
ユウトは報酬を受け取ってから、受付を離れる。
受付の反対側にある素材の換金所に向かい、ヘルハウンドの頭部が入った袋をそこの職員に渡した。
「ヘルハウンドの頭ですか。……これなら片方で銀二十五、両方合わせて銀五十で買い取らせて頂きます」
値段を聞いてユウトが驚愕の表情を浮かべた。
ソルジャーウルフの毛皮や爪、牙がそれぞれ銅五十だったから、五十倍だ。確かにヘルハウンドの強さはソルジャーウルフの比じゃないが、ランク自体は一つしか変わらない。ここまで違うとは思っていなかった。
EランクやDランクの魔物と違い、Cランク以上の魔物は普段人の立ち入らないところにしか生息していない。それもあって、討伐依頼が出るのは大抵が人里近くに現れたときだけだった。元々の個体数が少ないこともあり、狩られる機会はそこまで多くない。そのため、素材の価値もDランク以下とCランク以上で大きな差があった。
――これなら装備を新調できそうだ。
思いがけない大量の報酬を手に入れて、ホクホク顔でユウトはギルドを出た。そのまま古着屋に行き、再び安い服を購入し、着替えた。
ボロボロの服は、雑巾代わりにするつもりで、持ち帰ることにした。
古着屋を出ると、既に日が暮れていたため、先日泊まった宿に泊まることにした。帰りがけにレターセットのような物を買い、宿に向かった。
宿の部屋についてから一息ついた後、机に向かうと、ペンを取った。
――さて、何て書こう。
牢屋の中で馬鹿な内容を考えたりもしたが、さすがにあれを書く訳にはいかない。
ユウトは腕を組んで頭を捻る。しばらくそうしてから、意を決してペンを動かした。
翌日、ユウトは損傷した武器と防具をどうにかするため、町に出た。着けたままなのも、持ち歩くのも邪魔になると思い、胸甲と腰鎧は宿に預け、武器は、それぞれ布で包んだ状態で紐で括って肩に担いでいる。
ユウトは最初に防具屋に向かった。
「こんにちは。オーダーメイドお願いしたいんですが」
「いらっしゃいませ、どういったのをお求めですか?」
「素材は、このヘルハウンドの皮で。篭手と脚甲、それと出来れば頭用の防具を」
ユウトはコマンダーウルフのときのように防具に利用するつもりで、ヘルハウンドの皮を取っておいた。
革製の防具は、そこまで防御力は高くない。ヘルハウンドのように硬い皮であっても金属には遠く及ばない。それでも無いよりは遥かにましだ。それに、ヘルハウンドの皮は、自身が火球を吐くためか、火や熱に強い性質がある。手足は勿論、目が熱や火にやられれば致命的だ。それを少しでも防げるのは、同じように火を吐くような魔物を相手にする場合、十分な効果が見込める。
店主は、ヘルハウンドの皮をジッと見て、少し考えてから口を開いた。
「篭手と脚甲は問題ありません。ただ、頭は……額と耳を隠す形のヘッドバンドのようなものになりますが、構いませんか?」
「えぇ、それで充分です」
「それでは、三点で銀六です。完成は……五日後になりますがよろしいですか?」
「お願いします」
「承りました」
ユウトはヘルハウンドの皮を使用した篭手と脚甲、ヘッドバンドの製作を依頼して、防具屋を出た。
防御力を考慮するのであれば、鉄製の防具を買う方が良いのだが、ユウトは継続して革を選ぶことにした。
基本的に防御よりも回避を旨とするユウトは、その戦い方から、手足に傷を負うことが多い。“強化”の効果もあり、動きが速いユウトは、体や頭の直撃は避けられるが、手足までは完全に避けることは難しい。ヘルハウンド戦ではまさにそうだった。爪や火球の直撃はなかったが、手足や体に掠るようなことは多々あった。実際篭手や脚甲、服はボロボロになってしまった。
それを考えると、鉄製に替えるべきとも思えるが、鉄製は革に比べて重い。勿論、ユウトは鍛えているし、“強化”もあるため、重くて動けないなどと言うことはない。しかし、手足に重りをつけることになるため、動きが多少は鈍る。ユウトが革を選んだのは、それを嫌ったからだった。
防具屋を後にしたユウトは、近くの武器屋に向かった。
中に入ると、まず刀を探して店内を見渡したが、刀は置いていなかった。
店主に声をかけ、刀を包んでいた布を広げて、刀を見せながら尋ねた。
「すみません、これと同じような武器を探しているんですが、知りませんか?」
「……いえ、見たことないですね」
刀を見ていた店主が、首を横に振った。
ユウトは店主に他の武器屋の場所を聞いてから、店を出た。
次の店に行くと、同じように刀が置いてないか見てから、店主に尋ねる。知らないと言われたため、再び他の武器屋の場所を聞いてから店を出た。
それを五軒ほど繰り返した。
途中までは、王都観光にもなるし、記憶の手掛かり探しも出来ると、気楽に考えていた。しかし、刀の情報は得られず、記憶の手掛かりも無いとなると、さすがに気落ちしていた。
――次で何軒目だっけ。いくら王都が広いっても、そろそろ店なくなるんじゃ……
溜め息混じりに次の店に向かう。半ば諦めつつもあったが、店に入り中を見渡す。
「あ……」
視線が店の一角で止まった。
「あった!」
つい大きな声を出したユウトに驚いた店主が、責めるような視線をユウトに向けた。
バツの悪そうな顔で頭を軽く下げると、置いてある刀の元に近づいた。
置いてある刀の一本を手に取る。刀を鞘から少し抜いて刀身を確かめた。
――これに比べると質が落ちる……気がする
刀身を見た感じだと、ユウトの折れた刀よりも質が悪いような気がした。
ユウトに刀の鑑定ができるような知識は無い。しかし、刀を振る者として、自分が持つ刀にどれくらい信頼して命を預けられるか、という意味で、ある程度の判別が出来る。勿論、それはユウトの武器として、であるため、単純な価値や質ではなく、ユウトとの相性のようなものもあって、客観的な質の良し悪しとは異なる。
少なくとも、ユウトにとっては、この刀は折れた刀よりも信頼に足るものではないと感じていた。置いてある他の刀も手にとってみたものの、やはり折れた刀よりも良い物はなかった。
そうしていると、店主が不機嫌そうに声をかけた。
ユウト自身は気付いていなかったが、刀を取り、抜き、見ている間に長い時間が過ぎていた。冷やかし紛いのその姿に店主が耐えかねたのだった。
「お客さん、刀が欲しいのか?」
「え? あ、はい。そうです」
突然かけられた声に驚き、振り向きながら返事をした。
「そこにあるのが気に入らないんだったら、打った本人のとこに行けば良い」
「本人……?」
「あぁ、それは元々ヤマトの武器だが、そこで修行した刀鍛冶が王都にいるんだ。そこの刀もそいつが殆ど捨てたようなもんでな、それを譲って貰っただけだ。もし気に入られれば、もっと出来のいいもんも売って貰えるだろうさ」
乱暴な言い様だったが、情報が手に入って浮かれていたユウトには全く気にならなかった。
ユウトは店主にその刀鍛冶の住居を教えて貰い、礼を告げた。
武器屋を出て、大通りから外れた道を通っていく。教えられた住居は、薄暗い路地裏の一角にあった。
「ここか……」
期待に胸を膨らませながら、扉を叩いたが、反応がなかった。
――留守か……?
再び扉を叩いたが、反応はなく、しばらく待ったが出てくる気配も無かった。
念のために、と思って“探査”を行なうと、住居の中に何者かの魔力があるのを察知した。
――居留守か。
そう思ったユウトは、期待を裏切られた気がして、何が何でも顔を見てやろうと執拗に扉を叩き続けた。
十分ほど延々と扉を叩いていると、いい加減我慢の限界に達したのだろう。ドタドタと荒っぽい足音が聞こえてきた。
その後の展開を予想したユウトは、ドアから一歩離れ、耳を手で塞いで待った。
勢い良く扉が開かれ、大きな音が響く。
中から出てきた男がそれと同時にわめき散らした。
「ドンドンドンドンうるっせぇんだよ! いつまでやってる気だゴラァ!」
中から出てきたのは、無精ひげを生やした三十歳ほどに見える男だった。
男を見ていたユウトは、男の口が動かなくなったのを確認してから、塞いでいた耳から手を離した。そして、何も無かったかのように笑顔を浮かべた。
「こんにちは。貴方が刀鍛冶の人ですね。刀が欲しくてお尋ねしたんですが」
「お前、いい性格してんな……」
全く動じていないユウトを見て、刀鍛冶の男が諦めたように肩を落とした。
“探査”で中に人がいると分かっていたとはいえ、執拗に扉を叩く無礼ともいえる態度はユウトにしては珍しかった。そもそもユウトは居留守と断じていたが、寝ている可能性もあった。――実際居留守だったが。
しかし、ユウトの頭にはそれが思いつかなかった。と言うよりは思考を放棄していたと言っても良い。
ユウトとしても、ほとんど諦めかけていた中、刀が手に入るかもしれないと分かったときの期待と高揚感は、本人が自覚している以上に強かったようだ。――ユウトの頭には、刀のことしかなかった。




