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第10話 双頭の黒犬

16/4/12 改訂 誤字修正

 ユウトが向かった鉱山は王都から西に半日行ったところにあり、その近くに村がある。

 鉱山と言っても既に殆ど鉱脈の尽きた廃鉱だった、そのため人が来なくなった鉱山全体に魔物が棲み付いてしまった。村まで魔物が降りてくることは少ないが、あまり放っておくと、数が増えすぎてあふれ出てくるかもしれない。そのため定期的に駆除する必要があった。

 ユウトが村に着いたときには、既に日が落ち始める時間だったため、鉱山に入るのは止めて、その日は空き家に泊まらせて貰った。

 次の日、早朝に準備を整えたユウトは村を出て、坑道に続く山道を登り始めた。

 しばらく歩いていると、急に“探査”に魔力の反応が現れたのを感知し、ユウトは槍を構えた。

 ――いきなり“探査”の範囲内に出現したな。

 通常“探査”に魔物の魔力が引っかかる場合、最初に外縁部分で引っかかり、その後近づいていくものだ。しかし、今の反応は最初から“探査”の範囲の内側に現れた。まるで急にそこに魔物が出現したかのようだった。

 後ろから近づいてくる魔物に、振り向きざまに突きを放つ。僅かに体を捻って避けられた。

 ユウトは近づかれるのを防ぐため、突きを放った体勢のまま槍を横に薙いだ。魔物は後ろに飛び退いたため避けられはしたが、目論み通りに距離を取ることはできた。

 そこにいたのは討伐対象のクロウモールだった。爪が大きく発達し、九十センチほどの大きなモグラのような魔物だが、背中に大きなトゲを複数生やしている。

 ユウトは“強化”を使用し、改めて槍を構え直す。距離を保ったまま動かないクロウモールにジリジリと間合いを詰める。

 一足の間合いに入った瞬間に地面を蹴りつけると、一瞬で槍の届く距離まで間合いを詰めた。槍に捻りを加えながら、クロウモールの腹を狙って突き出した。

 間合いを詰めるユウトの動きを追えなかったクロウモールは、突然目の前に現れたユウトに驚き、動きを止めていた。

 クロウモールはそのまま槍に腹部を貫かれて動かなくなった。


 「……よし。討伐証明部位は両手の爪だったな」


 ユウトは、クロウモールに突き刺さった槍を引き抜いてから、剣を抜いた。動かなくなったクロウモールの両手を斬り落とし、袋に放り込む。

 魔物の討伐はその成果が判断しにくい、虚偽の報告をされてもその真偽を判別できない。魔物の総数が分かっているわけでもなく、数を数えることもできない以上、目に見える形で魔物を討伐したことを確かめる必要があった。

 そのため用いられるのが討伐証明部位だ。

 クロウモールの両手の爪や、ソルジャーウルフの毛皮などが指定されており、それをギルドに持ち帰ることで討伐したことが認められることになっている。

 ユウトは剣を納めて立ち上がった。――瞬間、“探査”に魔力を感じ、その場から飛び退いた。

 ――足元に魔力? ……地中か。

 魔力の反応は、ユウトの足元に出現していた。少し待つと、地中からクロウモールが這い出てきた。

 ――ある程度地中深くだと魔力の反応が拾えないのか。土に阻害される? ……なんにせよ、これからは足元にも注意しないとな。

 地中の魔物は“探査”で捉えられない、というのは大きな発見だ。“探査”に頼りきりになっていると、地中に潜むタイプの魔物に奇襲を受けるおそれがあるということだ。知っているのと知らないのでは、いざというときに違いが出る。

 思考を働かせながら、出てきたクロウモールに槍を繰り出す。しかし、狙いが逸れてクロウモールの頭のすぐ横を通り過ぎた。

 ユウトは舌打ちした。

 足場が凸凹のため、踏み込んだ足が正確に地面を捉えられず、体勢が僅かに崩れたのが原因だった。

 体勢の崩れたユウトを狙って、クロウモールが鋭い爪を突き出した。

 崩れた体勢はすぐには直せない、そう判断したユウトは、爪を避けるように地を蹴って前に跳んだ。崩れた体勢のまま前に跳んだユウトは、地面の上を転がって一回転し、クロウモールの横につける。

 爪を突き出した体勢のままだったクロウモール目がけて槍を横に薙いだ。槍の柄がクロウモールの頭を打ちつけ、吹き飛ばした。ユウトは、殴り飛ばされたダメージで動けなくなったクロウモールに近づき、槍で突き殺した。

 ――平原とは随分勝手が違うな。ギルツのアドバイスを聞いておいて良かった。

 平原で足場の悪さに苦労する機会はおそらくない。敢えてここに来なければこの経験をするのはもっと別の機会だっただろう。

 ユウトはクロウモールの爪を切り落としてから、再び坑道に向かって進む。

 その後、坑道につくまでに数回クロウモールに遭遇したが、危うい場面もなく討伐した。




 坑道の入り口に着いたユウトは周囲を見回した。

 引き上げる際に置いていったのか、風化しかけたつるはしが落ちており、周辺には発掘した鉱石の残骸のようなものが転がっていた。

 ユウトは坑道の中に少し足を踏み入れて、内部の様子を伺う。坑道や採掘に関する知識はないが、容易に崩れるような状態ではないと判断し、奥に進む。

 坑道は同時に二、三人が通れる程度の広さしかなく、槍を振り回すには狭かったため、刀を使うことにした。

 ――あまり大きくは動き回れないな。単に避けるだけじゃ足りない。もう少し何か……

 普段のように動くのは困難だと感じたユウトは、今までとは違った戦い方を模索することにした。

 最初に遭遇したクロウモールには、むしろ大きく動くことを考えた。

 狭い坑道の中だ、壁に天井にと上下左右に足場がある。“強化”で引き上げられた身体能力を駆使して、壁を足場にしてピンボールのように飛び跳ねる。三次元の動きに慣れていない魔物相手に優位に立ち回ることはできたが、ユウト自身も慣れない動きをしたため、鍛錬で培ってきた動きが殆ど出来なかった。

 ――結局、殆ど力押しだったな。……でも立体的な動きは使える機会があるかも。

 坑道のように周りを囲まれたような場所で戦う機会は少ないだろうが、森で木を足場に使うというような手は悪くないかもしれない。使える場面は限られるだろうが、いざというときの引き出しは多いほうが良い。

 次のクロウモールには、紙一重で避けるように心がけてみた。感触としては悪くなかったが、初見の相手に行うにはリスクが高すぎように思えた。このやり方では僅かな読み違いが致命傷になりかねない。クロウモールとは何度か戦闘を行ったことで、ある程度の動きは分かるが、初見の相手ではその読み違いの起きる可能性が高い。

 ユウトはその後もクロウモールを相手に様々な戦い方を試した。

 そうして休憩を挟みつつ、坑道を奥に進んでいると、唐突に足を止めた。

 ある魔力が“探査”の範囲内に入った瞬間、ユウトの背筋に冷たい物が走ったからだ、

 ユウトにはまだ魔力の大小を感じ分けることは出来ない。ユウトにとっては、他の魔力も、今感じた魔力も違いはない。ないはずなのだが、感知した瞬間ゾッとした。

 ――嫌な予感がする。

 冒険者の勘は無視するな、とランドからは言われていた。根拠はないが、そう思った以上はここは引くべきだろう。

 数瞬の思考だったが、その間に感知した魔力がユウトのいる方向に向かって動き始めた。

 ――気付かれた……? 魔力を感知されたのか!?

 後手に回ってしまったと、ユウトはほぞを噛んだ。

 この魔物はおそらく本能的に魔力を感知できる個体だ。でなければ見えているはずのない自分に向かってくるわけがない。そして、魔力を感知できる魔物は大体危険性の高い魔物だった。

 ――まずい。敵の強さが未知数だ。相手にすべきじゃない。

 そう判断したユウトは、すぐに来た道を引き返す。通ってきた道には、既に何体かのクロウモールの反応があった。出来るだけ早く排除しながら進むが、ユウトの“探査”は、少しずつ距離をを詰めてくる魔力を捉えていた。

 ユウトは舌打ちする。

 結局、逃げることも戦うことも選べず、戦うことしかできない状態にさせられた。それが直接勝敗を分けるわけではないが、相手に動かされている状態は思わしくない。

 ――挟撃されれば致命的だ。せめて坑道を抜けないと。

 最早逃げ切るのは無理だ。しかし、戦うにしても狭い坑道内で強力な敵とクロウモールに挟撃されればそれこそ命が無い。迫りつつある魔物がどれほどのものか分からない以上、その事態だけはどうしても避けたかった。

 走り続けたユウトは、坑道の入り口付近で迫っていた魔物の姿を目で捉えられる距離まで、追いつかれた。

 走る速度を緩めずに魔物の様子を見ると、丁度魔物の口から火球が放たれた。

 直線の通路で避ける場所のないユウトは、全速力で坑道から飛び出した。ギリギリで火球から逃れたユウトは、魔物に向き直って槍を構える。

 魔物が坑道の入り口から出てくる。

 首が二つある、赤黒い体の犬のような魔物だったが、頭を含めると二メートルほどの高さの巨犬だった。二つの犬の首はそれぞれが口から炎の吐息を漏らしていた。


 「……ヘルハウンド」


 ユウトがポツリと呟いた。

 炎を吐く双頭の黒犬で、Cランクの魔物だ。二つの頭はそれぞれ自律して動くため、死角は少なく、攻撃の隙も少ない。加えて、火球を吐き出す能力がある。

 ――ギルツめ、恨むぞ。

 鉱山を薦めたギルツに、八つ当たり気味の恨み言を心の中で呟く。

 ギルツもこんな大物がいるとは思っていなかっただろうが、ユウトとしては文句の一つも言ってやりたかった。

 ――まずは、極力一足の間合いを維持しつつ、様子見だな。

 ヘルハウンドの動きはまだ見たことがない、その状態で下手に攻撃を行えば、致命的な隙を見せることになりかねない。まずは攻撃を受けないようにしつつ、ヘルハウンドの動きを把握し、その後攻撃に移る方が危険がないと判断した。

 先に手を出したのはヘルハウンドだった。ユウトに向かって前足を突き出す。直撃すればユウトの腹部を貫くだろう鋭い爪は、しかしサイドステップでかわした。ユウトは、突き出された前足を下げるのに合わせて浅く踏み込む。槍で突こうとしたユウトを予想していたヘルハウンドは、火球を吐き出した。

 浅かった踏み込みのおかげで、ユウトはすぐに飛び退くことができた。直前までユウトがいた地面は火球で焼け、岩肌が赤く染まっていた。

 ヘルハウンドの攻撃に合わせて、ユウトは間合いを詰めて攻撃する。ヘルハウンドはその攻撃を火球で潰す。何度か繰り返したが、すべて通用しなかった。

 ――攻め方を変えないと駄目か。

 早々に決断したユウトは、ヘルハウンドを中心にして大きく円を描くように動く。しかし、二つの頭を持つヘルハウンドは、ほぼ三百六十度が視界に入っている。死角を取ることは出来なかった。

 それでもチョロチョロと動き回るユウトが鬱陶しかったのか、ヘルハウンドは両の口に炎を溜め込み始めた。

 ――広範囲に炎を吐かれたら避けきれないっ。

 危険を感じたユウトは、初めてヘルハウンドの懐に深く踏み込んだ。

 槍を斜め下から切り上げる。

 しかし、穂先をヘルハウンドの頭の一つが牙で受けた。食い付かれた槍は、牙に挟まれ抜けなくなった。空いているもう片方の頭がユウトに迫る。ユウトはすぐに槍から手を離し、その場から転がるように飛び出した。

 ヘルハウンドは咥えていた槍を吐き捨てると、ユウトを睨みつけた。

 ――あの頭、思った以上に厄介だな。このままだといずれ押し負ける……

 動き回れば疲労は溜まる。自身の魔力総量が分からないため、今現在どれだけ残っているのかも良く分からない。ヘルハウンドの攻撃力を考えれば無防備に直撃を受ければ一撃で動けなくなるだろう。

 ならば、と決意を固める。

 ――持久戦で分が悪いなら、短期決戦で終わらせる。

 ユウトは刀を抜いて、正眼に構える。魔力を大量に使用した、“強化”を行ったユウトの体は仄かに白い光を纏っていた。


 「ハァァァァッ!」


 咆哮をあげたユウトは、膨大な魔力によって強化された身体能力を十全に発揮し、刀を下段に構えつつヘルハウンドの懐に鋭く踏み込んだ。ユウトの急激な加速に咄嗟についていけなかったヘルハウンドは、一瞬硬直した。

 ユウトは下から上に斜めに刀を走らせると、ヘルハウンドの胸を深く抉った。足を止めることを嫌ったユウトは、黒犬の足元を潜り抜けるように尾の側から飛び出る。振り返りざまに刀を薙ぎ、黒犬の後ろ足を深く切り裂いた。

 

 「グゥルゥァァァ!」


 ヘルハウンドが怒りに満ちた声をあげる。振り返ったヘルハウンドの動きに合わせて、ユウトが飛び退き距離を取った。

 傷をつけられたため近づかれるのを恐れたか、ヘルハウンドは両方の頭で交互に火球を吐き出した。絶え間なく飛来する火球に容易に近づけなくなったユウトは、再びヘルハウンドを中心に円を描くように走りだした。ユウトを追って火球が襲う。直撃は避けつづけていたが、幾つもの火球がユウトの体を掠り、随所を炎が焼いた。

 徐々に速度を上げていくユウトに、ヘルハウンドが少しずつ遅れ始めた。勝負のかけ時だと判断したユウトは、反応が遅れたタイミングでほとんど直角に曲がり、ヘルハウンド目がけて真っ直ぐに突っ込んだ。

 ヘルハウンドは反応が一瞬遅れつつも、ユウトを迎撃しようと爪を突き出した。ユウトは爪を受け流そうと、刀の峰に左手を沿え盾にするように構えた。

 ヘルハウンドの爪を一瞬だけ受けた刀身は、甲高い音を立てて、半ばが砕けるように折れた。

 刀身は折れたが、刀をずらし、半身になって爪を受け流した。そのままヘルハウンドの懐に飛び込むと、先程抉った胸の傷に、折れた刀を鍔元まで突き刺した。

 ヘルハウンドが断末魔の叫び声をあげる。ユウトは容赦なく突き刺した刀を横に薙いだ。ヘルハウンドの胸がぱっくりと開き、大量の血液を噴き出しながら、その場で崩れ落ちた。


 「ハァッハァッ……死ぬかと……思った」


 ユウトはその場で座り込んで呟いた。

 結果から見れば大きな怪我はなかったが、内容は紙一重だった。体にはヘルハウンドの爪が掠った傷がところどころにあり、血が滲んでいる。炎に焼かれた傷もあり、革製の篭手や脚甲、服はボロボロになっていた。槍は手を離れ、刀も折れている。今ので終わらなければ、死んでいたのはユウトの方だった。


 「あー、服もボロボロだ。着替えといて良かった」


 ユウトはこういった状況を予測して安い服を買ったのだが、まさか買った当日に駄目にするとは思っていなかった。

 ユウトが着ていた服は、村を出る前にエリスがくれた手製のものだ。それを着たまま戦闘を行なって、服をボロボロにするわけにはいかないため、着替えておいたのだが、正解だった。

 ユウトはしばらくの間座り込んでいたが、折れた刀を鞘に納め、剣を抜いてヘルハウンドの皮を剥ぐ。


 「あとは確か……頭だったっけ。確か炎を吐く器官があって、それが素材になったはず、っと」


 ヘルハウンドの二つの頭部を苦労して剣で切り落とした。切り落とされた二つの頭部を見て、ユウトが疲れたように呟いた。


 「……これ持って帰るのか」


 ヘルハウンドの頭部は、ユウトが肩からかけているバッグよりも明らかに大きい。布を出すと二つの頭を包む。


 「あと槍は……あった」


 周囲を見渡し、戦闘中手放した槍を見つけると、近寄って拾い上げた。


 「王都に戻ったら服と刀どうにかしないと……服は兎も角、刀はどうするかなぁ……」


 村への道をゆっくりと歩きながらぼやいた。

 刀はこの大陸では珍しい。手に入れようと思って手に入るような物ではなかった。

 刀の入手法を考えながら、ユウトは鉱山近くの村に戻る。

 帰り道、ユウトはクロウモールに襲われることは無かった。ヘルハウンドが坑道から出てきたために、周囲にいたクロウモールが怖がって逃げ出していたからだ。精神的にも体力的にも限界に近かったユウトにとっては僥倖だった。

 村に着いたユウトは、前日泊まった空き家に戻ると、ベッドに倒れこんで、泥のように眠った。


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