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ショート物語の墓場

作者: リソタソ

似たもの夫婦


 ある町に科学者の夫婦がいた。二人はかつてロボット工学のライバルとしてお互いに競い合い技術を磨き合った仲だった。それは結婚してお互いに第一線から退いた後も続き、同じ家で同じ分野で長年に渡って切磋琢磨していた。

 しかし、ある晩に妻が亡くなってしまった。ライバルがいなくなったこともさながら、それ以上に長年連れ添った最愛の妻を失った夫は悲しみにくれた。二人には子供はいない。夫に寂しい余生が訪れた……かに思えた。

「そうだ、僕には長年で培ったロボット工学の技術がある。これを使えば、妻の脳を媒体としたアンドロイドが作れるやもしれん」

 幸いなことに妻の脳はまだ生きていた。夫は一心不乱に妻のアンドロイドの作製に没頭した。詰まることはない。妻をこの世に蘇らせることへの執念と切磋琢磨し合った愛の結晶とも言える彼の技術力が困難な作業を可能にしていた。

 妻のアンドロイドは完成した。培養液に入れて延命させていた脳を移植し、この世に妻は蘇った。

「オハヨウゴザイマス、アナタ」

 片言ながらも言葉を話すアンドロイド。夫は歓喜した。

「やった! 成功だ! 妻はこの世に蘇ったぞ!」

 だが、その喜びは半年も続かなかった。結局、アンドロイドには心が宿っていなかった。プログラムされたように、脳から過去の記憶を読み取って妻と同じ動作を、言葉を再現する。ぎくしゃくとした動きと電子音。決して、妻と呼ぶにふさわしいものとは言えなかった。

 夫はやがて元気をなくした。まるで人形と過ごしているような悶々とした日々に疲れた彼はついに老衰して亡くなってしまった。

 今度は妻のアンドロイドが残された。

「ドウスレバ、イイノデショウカ」

 アンドロイドは困惑した。このような時、妻ならどうするか、アンドロイドは懸命に頭に入れられた脳みそからありとあらゆる妻の記憶を呼び出して考えた。

「ソウダ、オットヲアンドロイドニスレバイインデス」

 アンドロイドは夫の脳みそを調べた。幸い、夫の脳みそはまだ生きていた。





 一生のお願い


 四歳くらい。

「絵本読んで、お母さん。一生のお願い!」

 六歳から九歳くらい。

「みんな持ってるからゲーム買って! 一生のお願い!」

 十歳から十二歳くらい。

「みんな行ってるから塾に行かせて、一生のお願い!」

 中学生くらい。

「どーーーーしてもピアス開けたいの! 許して! 一生のお願いだから!」

 高校生くらい。

「お願い、どうしても産みたいの! 一生のお願い!」

 二十代前半。

「もうこんな生活嫌! もう出て行くから、止めないでよ。一生のお願い」

 二十代後半。

「ねぇ、あなたは裏切らないでよ。一生のお願いね」

 三十代。

「このこと、あの人には内緒にしててね。一生のお願い」

 四十代。

「うちの子が大変なご迷惑をお掛けしました。費用も全てうちで負担しますので、どうか、どうかお許しください。一生のお願いです」

 五十代。

「ちゃんと仕事について、まっとうな人生を歩みなさいよ。これが私の一生のお願いだから」

 六十代。

「そろそろ孫の顔を見せて。一生のお願い」

 七十代。

「お父さん、もうボケないで……一生のお願いよ……」

 八十代。

「せめて、ボケる前に死んでしまいたいわ……最後の、一生のお願いだから……」







 働く蟻


 汗に濡れたむき出しの腕に吹き付ける風は心地よかった。黒々と焼けた肌が、一時の清涼感に包まれるほんのわずかな喜び。

仕事場から離れた公園片隅にある花壇に腰掛けて、カラッポの胸の中に煙草を吸いこむ。すぼめた口からふぅっと吐き出した煙は、風に流されて急いでどこかに去って行った。忙しなくざわめく梢、ぼろぼろと朽ちた体を風に打たれて壊れていく枯れた花、空き缶の口に落とされた煙草が鎮火する音、僕の溜息、それらはちっぽけな公園という世界の中でお互いに干渉し合わない混ざり合った雑音。

僕は堪らずに頭を垂れる。薄暗い影の中に真っ黒な蟻が列を成して歩いていた。彼らは自分たちの身の丈よりも大きなトノサマバッタの死骸を大勢で担いで運搬している。

それを見ながら、僕は新しい煙草に火を点けた。彼らは頭上で灯った小さな太陽に見向きもしないで一心に自分たちの仕事を続ける。仕事熱心な働き蟻達、彼らは何を思い、何を喜びとしてその労働の苦しみを乗り越えているのだろうか。

 僕の影から脱した彼らに風が吹き付ける。公園の中で奏でられる不協和音にも気づかず、日に熱せられたアスファルトのような体が、熱さから解放されることにも気づかずに、吹き飛ばされることもなく、乾いた砂の上を歩き続けていた。

 目に浮かぶ彼らの世界。広大な大地の決して踏破することのない莫大な世界の中にいるちっぽけな蟻。その中でひたすらに重たい荷物を持ち帰る仕事に没頭する。見返りはない。全て女王蟻が貪りつくす。生きる喜びもなければ、望みもない。物言わぬ奴隷として過労死するまで働き続ける。蟻は蟻の生き方に満足して死んでいく。彼らはそのためにひたすらに無心に仕事に没頭していた。洞窟のように暗い影の中を、膨大な数の岩が待ち構える平坦な道を、突然頭上に降りかかる容赦ない化け物の無意識な攻撃を、彼らは恐れることなく歩き続ける。それが蟻達の死への道程、生きる旅。

 目を開くとおぼろげな視線の先に、フィルターの先まで焦がした煙草の吸殻が、乾いた砂の上に転がっていた。影が少し動いていた。時計を見れば、休憩時間も終わる時間だった。

「おーい」

 同僚が僕を呼んでいた。

「今行く」

 そう返して、足元に置いた空き缶を拾い、溜まった汚水をたぷたぷと揺らしながら歩いた。

「なぁ、今晩飲みに行こうぜ」

 同僚がおちょこを仰ぐジェスチャーを見せて、僕を誘った。飲む、アルコールの混ざった血が体中をめぐる酔いの喜びが頭の中で創造され、全身に思い出された。

「ああ、いいよ」

 答えて、僕らは仕事に向かった。足取りが心なしか軽い。これで、残り半日の仕事を乗り越えられる気がする。

 また、風が吹いた。木々の梢がざわめくだけの気持ちのいい独奏を、清涼感と共に僕のもとへと届けてくれていた。




 看板


 昔、あるところに冒険家がいました。彼は、他の冒険家と古の財宝を求めて競争していました。冒険家は競争相手よりも一足先に、古の財宝があるのは宝珠の洞窟と言われる場所だと言うことを突き止めました。冒険家は急いでそこを目指しました。というのも、競争相手もそこをもうすぐで自分と同じ結論に至るであろうことが明白だったからです。彼らは非常に似ていて、お互いに追い越し追い抜きを繰り返してきた間柄だったのですから、そのように想像するのは容易だったのです。

 そして、ついに宝珠の洞窟に至る一本道を見つけ、何時間も道なりに進んでいると、二股の道に遭遇してしまいました。彼が手に入れた情報では、この一本道を道なりに進めば洞窟に到着するというものでしたので、彼は面を喰らって当惑してしまいます。

 いったい、どちらの道を行けばいいのだろうか。そう悩んでいるうちに、日が暮れ始めました。

 今日はもう先に進むのを止めて、近くの村に宿を取ることにしました。そして、道をさかのぼって行くと、東西に隣り合わせている二つの村を見つけました。

 奇妙なことにその二つの村の作りは殆ど左右対称なほどにそっくりでした。村の入り口には看板が立っており、その看板には両方とも同じことが書かれていました。

『こちらは嘘つき村です』

 どうやら、この二つの村は同じ名前の村で、しかもかなり不名誉な名前を名乗っているようです。おかしなこともあるものだ、とは冒険家も思いましたが、野宿もするわけにもいかず、彼はまず西側の嘘つき村に入りました。

 村の中は人が少ないこと以外に特に変わったことは無く、こんにちは、と声を掛ければ誰もがこんにちは、と返してくれるほどに村人たちも気のいい人達ばかりでした。

 宿を見つけて入ると、これまた気さくそうなお父さんが番頭で出迎えてくれました。

「いらっしゃい、ようこそ正直村へ」

「どうも……って、ここは嘘つき村ではないのですか?」

 お父さんの名乗った村の名前に冒険家は眉をひそめて聞いてみました。

「いやぁ、あの看板を見れば誰だってそう思うでしょう。ですが、同じ名前の村が二つも並んでいるのはおかしいとは思いませんか?」

「まぁ、思いますね」

「それなんですがね、どうやら向かいの村、あっちこそが正真正銘の嘘つき村なのですが、奴らが勝手にこっちの村の看板を嘘つき村の看板に作り変えちまったのですよ」

「それは酷いですね。看板をもとに戻そうとはしないのですか?」

「いやぁ、どれだけ変えても、次の日の朝には嘘つき村の看板に変えられてしまうんですよ。最初は対抗するように変えていたのですが、木材ももったいないですし、何より無駄な労働でしたので、今ではすっかり諦めてそのままにしているのですよ」

「そうでしたか」

「ええ、大切なのは村の名前よりも私たちの正直な心ですから」

 お父さんはとてもさわやかな笑顔で言いました。その笑顔が嘘をつくような人に見える訳もなく、冒険者は彼らが実に信用に足りる人間だと納得しました。

「あの、もう一つお聞きしたいことがあるのですが」

「ええ、どうぞ」

「宝珠の洞窟という場所をご存じでしょうか。この先で道が二つに分かれていてそのどちらかに行けばたどり着けるようなのですが、いったい、どちらに行けばいいのかちっとも見当がつかないのですよ。もし、ご存じであれば教えて頂きたいのですが」

「ええ、それなら知っています。右側の道を行けば宝珠の洞窟があり、左側の道を行けばただ崖があるだけですよ」

「ああ、ありがとうございます。では、明日私は右側の道を行ってみることにします」

 冒険家は大層すっきりした面持ちでその晩を過ごしました。


 冒険家がちょうど西側の村に入るところを、競争相手が目撃していました。その後、長い髪を靡かせて一足先に洞窟に行ってやろうと思った競争相手ですが、彼女もまた、二股の道のどちらに行けばいいか当惑し、引き返しました。彼女は両方の村の看板を見て冒険家と同じく眉をひそめ、冒険家と同じ宿に泊まりたくはなかったので東側の村に入って行きました。

「いらっしゃいませ」

 宿では番頭の若い男が和らかな笑顔で出迎えました。

「この村、嘘つき村って言うの?」

「はい。こちらは嘘つき村です」

「二つも同じ名前の村が向かい合ってるなんておかしなこともあるもんね」

「ええ。私たち村人もいつの間にか看板の名前が変わっていて困惑したものですが、今ではすっかり村の名前通りの嘘つきになったんですよ。あ、すっかり嘘をつくことを忘れていました。訂正します、私たちは嘘つき村ではなく正直村なのですが……えーと、えっと、次は何を言えば……」

 番頭は途中から苦しそうな表情になり、腕を組んでうーんうーんと唸りだしました。

「そんなに無理に嘘をひねり出そうとしなくていいわよ」

「そ、そうですか? でも私たちは嘘つき村の住人ですので、その名に正直になるためにも必死に嘘をつかないと……」

「あんた、嘘つくの苦手でしょう? すぐにばれる嘘ならつかないほうが気が楽よ」

「そ、そうですか……ううぅ、僕はどうも嘘つきになれない性分の用ですね。いやぁ、昔から正直に生きて来たもので、いざ嘘をつけと言われると難しいものです」

「看板の名前、変えられたの?」

「はい。いつの間にか隣の嘘つき村に取り換えられてしまっていて……。でも、私たちは村の名前に正直になろうということでみんなで必死に嘘つきになろうとしているのです」

「バカなのか、律儀なのか、正直すぎるのか、変な村ね」

「ええ、変な村ですが、私たちは正直ですので」

 番頭は正直そうな無邪気な笑顔を浮かべました。

「それじゃ、一つ聞いていいかしら?」

「はい」

「この先の二股の道のどっちを行けば宝珠の洞窟に着くのかしら?」

「それなら、右側の道です。そちらに行けば宝珠の洞窟があり、左に行けばただ崖があるだけですよ」

「ありがと。じゃ、私は一足お先に宝珠の洞窟に向かってくるわ。帰ってきたら泊めて頂戴」

 競争相手は、にやにやと笑いながら村の外に出て行きました。


 と、大変中途半端なところで恐縮なのですが、冒険家と競争相手のその後の足跡については私は知るところがありませんので、ここでこの物語を終わらせていただきます。一つ、この二つの村に関連することだけは知っていますのでそれだけを記述いたしますと、二つの村の看板には、両方の村が廃村になるまでずっと『こちらは嘘つき村です』と書かれていたそうです。











 奇妙な女子高生


 この家の三女は、薫という子だ。彼女は、奇妙なことに毎日朝から晩までずっと自分の部屋の、シーツが皺もなく整えられたベッドの上に足を抱えて座っていた。服装も変わることなく、彼女の通っていたS高校のセーラー服のままだった。

「にゃお、にゃお」

 私は、この家に十四年も飼われている老猫で、この子がこのようになってから毎晩ここに通っていた。

 私が鳴きながら部屋に入ると、彼女も気付いて私を見つめる。一年ほど前からずっとこうしている彼女が、ベッドの上から降りて私を撫でることはなかった。ただ、じぃっと奇妙なのは私の方だと言わんばかりに薄く開かれた目を、前髪を透かして覗かせていた。

「ご飯よー、降りてらっしゃい」

 母親の声がした。これは、私にも彼女にも向けられているはずなのだが、私が階段を下りて行っても、後から彼女が付いてくることは一度もなく、それを母親も気に留めることも一度たりともなかった。

 変な薫。そう思いながら、私はいつものように背を向ける。

「にゃお」

 振り返ってもう一度鳴いても、彼女は相変わらず私を睨めつけているだけだった。


 数日経って、ぼんやりとテレビを見ている母親の膝の上で昼寝をしていると、ぽとり、とわずかな水滴が私の背中を濡らした。

 見上げてみると、母親が涙を流していた。

『……犠牲となった大場京さんは、県内のS高校二年生で、容疑者の同級生とはクラスメートで、大場さんが容疑者をいじめていた、と同じクラスの子が語っていました』

 テレビからしめやかに述べられる言葉が、母親を泣かせていた。

「やった、やったわ薫。あなたの無念、晴らされたよ」

 唐突に、母親は三女の名を呟いた。そして、彼女は私を退けて、仏壇の前に行き、手を合わせた。仏壇には薫の写真が飾ってあった。

 私は階段を上がり、薫の部屋に行った。

「にゃお」

 薄暗い部屋に私の鳴き声が響く。部屋には奇妙な女子高生の姿はもうなかった。






 100sの恋


 長いのが好きなあなたに、私はぴったり。

そんなあなたに私は恋をした。頭の先から、真っ赤に染まって火照っちゃう。

そっと触れるあなたの唇、もう離れたくない。大好き。

 でも、ほんの数秒であなたは私を押しのける。

 どうしてなの?

 悩んで、もやもやして頭から煙が出ちゃう。

 悩んでるのは、あなたも同じね。一緒にそのもやもや吐き出しちゃおう?

 お互いの思いを吐き出せば、私たちはまた繋がる。

 時間が経って、私はイメージチェンジ。ちょっとだけ短くしたよ。

 でも、あなたにはお気に召さなかったみたい。

 捨てられて、二度とあなたの唇に触れられない。

 熱くてもやもやしてて苦しいよ。

 押しつぶされて、私はもう誰にも恋、できなくなっちゃった。


どうも、作者です。懲りずに短いのばっかり書いてます。最後のは擬人化です。何が擬人化されているか、伝わったでしょうか。そうですか、伝わらなかったですか、腕が足りずに申し訳ない。

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