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永海の××な日常  作者: 大豆ラテ
4/4

● 名探偵までの距離


「おなじ探偵でも、名探偵からは程遠いですね。おじ様は――」



 ある長閑な昼下がり。

 永海市で私立探偵をしている相田・一郎は、たまの贅沢にと高校生の姪っ子を連れて小粋なレストランに出かけていた。

 海が臨める高台にたつ、しゃれた雰囲気の店。本来なら、大人の女性を連れてきたいような素敵なところであったが無理は言うまい。そう思える程度には、一郎は独身生活を悪くは思っていない中年男性だった。

 そうしてバイキングビュッフェを堪能してから、締めに熱いコーヒーをすすっている一郎に、向かいの席に座る黒髪の少女が言ったのが、先のセリフだった。

 くたびれかけのスーツに袖を通している一郎とは、見事に明暗を分ける、鮮やかな美少女であった。初夏の流行をきっちりと抑えた涼しげなワンピースに、綺麗に切りそろえられたあでやかな黒髪と理知的な瞳。レストランのオープンテラスにあって、悪い意味で浮いている一郎とは逆に、いい意味で周囲の目線を集めている。

 けれど、綺麗な花には棘がある。

 姪っ子のセリフは、一郎の心にグサリに刺さるものだった。

「おなじ探偵でも、名探偵ホームズからは程遠いですよね。おじ様は」

 しかも、なぜか言い直される。

 昔から推理小説が好きで、よく自分になついてくれていた姪っ子だが、最近わからなくなりつつある。やはり思春期だからかもしれない。そんなこと思い悩んでいると、少女は普通の調子で聞いてくるのだった。

「どうしました。おじ様?」

「……いや、なんだ。お前は俺のことが嫌いだったのかと思ってな」

「まさかまさか。そんなことはありませんよ。それどころか、いち推理小説愛好家としては、親類に私立探偵がいるというだけで十分喜ばしいんですから」

「俺は別に嬉しかないがね。……で、俺がなんだって?」

「おじ様が名探偵から程遠いといったのです。だって、おじ様はいつも浮気調査や失せもの探しばっかりで、全然事件とか解決しないんですから。そういえば、なんでタバコをやめちゃったんですか。ヘビースモーカーじゃないホームズなんてホームズじゃありません」

「俺がタバコをやめたことは、文句を言われるような行いじゃない」

「道行く先々で事件らしい事件にも行き合いませんしね」

「普通は行き合わないんだよ。疫病神じゃないんだ」

「それは推理小説の中の一つのテーゼですよね。初代なホームズ様は、事件を追っかけていくタイプでしたから、これはいわば現代の名探偵の条件です。そう。名探偵は、行く先々で事件に行き合うものなのです。さっきおじ様が口にされたような、疫病神なところがあってこそ現代の名探偵といえるでしょう」

「そんな迷惑なやつらは、どこかに隔離しておけ」

 一郎は素直な感想を述べた。

 だが姪っ子はスルーせずに食いついてくる。

「まあ! 名探偵を隔離! そんなことをしたら、たぶん災害指定地域が生まれてしまいます! 毎日事件が起こる治安最悪の町。住人は全員名探偵……はあ。ステキ」

 素敵というより魔的なアイデアだった。

 絶対にそんな魔窟の住人にはなりたくないと一郎は思った。

 いや、ないのだけれど。

「とにかく、タイミングの話ですよ。名探偵とは絶妙なタイミングで、事件現場に訪れるものなのです。たとえば、おじ様はこうして滅多にこないような海辺のレストランに、美少女と一緒に来ているわけじゃないですか?」

「ああ。ツッコミはさておき」

「普通の名探偵なら、ここらで何か起きてしかるべきなのです」

「普通の名探偵とは異な事を」

 いちいち訂正などすることなく、一郎は耳を傾けていた。

 姪っ子は熱が入ってきたのかテンションが上がり気味の調子で続けた。

 ビシッと隣人を指差し。

「そうですね。たとえば向かいの席の男性が急に吐血して倒れたり!」

「やめろ。営業妨害だ」

「たとえば密室殺人事件が起きるとか!」

「ここはオープンテラスなんだが」

「じゃあ、犯罪者が銃を乱射して立てこもりにくるとか!」

「それは名探偵よりも、ダイハードの人の出番だろ?」

「そうですね。大HARDな名探偵の」

「名探偵のくせに頭悪そうだな。そいつ」

「他人事みたいに言わないでください。そもそも、おじ様ったらキャラが立ってないことがまず問題なんですから。だって、おじ様のキャラ設定なんて、ワトソン役の可愛い姪っ子がいるってことくらいなんですよ?」

「嘘ついてんじゃねえよ」

「いえ本当のことです。キャラクター紹介にそう書いていましたし」

「現実の人間にキャラクター紹介なんてあるか」

「そういうと思って、昨日作っておきました」

「どういう準備の良さだ」

「ドンマイですわ。おじ様」

「お前が俺のマインドの種なんだぜ? 姪っ子よ」

「これが本当の悩ましい美少女というわけですか」

「わけではないな」

「さておき、閑話休題です」

「オーケーオーケー。聞きますよワトソン君」

「聞いてください。ホームズさん。私はおじ様にもっと名探偵っぽくなってほしいと言っているのですよ。是、非、と、も」

「そう言われても、俺は普通の私立探偵なのだが」

 みもふたもない一郎の言葉であった。

「う~ん。じゃあ、せっかくですから、ちょっとホームズごっこでもしてみましょうよ」

「ホームズごっこ?」

「周辺のお客さんをみて、推理をするのです。名探偵ホームズさながらに」

 すでにかなりついていけない一郎であるが、可愛い姪っ子の頼みとあらば、多少のことには目をつぶってしまう程度には、彼も甘い叔父であった。食後の思考ゲームにはちょうどいいとも思えたので、一郎は提案にのることにした。

「いいだろう。普通の探偵の観察力というものをお前に教えてやる」

「楽しみにしていますよ。ではまず、どのお客さんから行きますか?」

「そうだな」

 軽くあたりを見回す。

 オープンテラスには、自分たちの物以外にテーブルは三つあり、それぞれの席にOLらしき女性と、恋人らしき男女と、バンド仲間らしき楽器ケースをわきに置いた三人の若者が座っている。

 まず、一郎はOLをそれとなく指差した。

「では、あのOLだが」

「はい」

「職業は営業系。趣味は野球観戦。阪神ファンだな」

「まあ、休日とはいえ、スーツで出歩いて街からも離れたレストランに食べに来ているんですから営業の人というのはピンとくる話ですが、どうして阪神ファンだと思ったんですか?」

「さっき鳴ったケイタイの着メロが『六甲おろし』だった」

「安直な上にプロセスがつまらないですっ!?」

 どうやらお気に召さないようだった。

 遊びにつきあって、ダメ出し食らうとは難儀なことだ。

 しかたないと諦め、一郎は次に移った、近くの席のカップルを指差して言う。

「じゃあ、そこのカップルだ」

「はい」

「あれはカップルじゃない」

「はあ。確かに、休日に若い男女がご飯を食べに来ているとはいえ恋人とは限りませんね。友達かもしれませんし、職場の同僚かもしれませんし、兄妹とか私たちのように親戚とかの可能性もあります。で、恋人じゃなければなにと?」

「カップルではなく、カッパだ」

「か、河童っ。なぜっ?」

「さっきからキュウリ系の料理ばかりチョイスして食べている。ビュッフェまで来て、そんな喰い方をするような輩は、およそまっとうな人間であるはずがない。食事中にも帽子を脱いでいないところが怪しい。否、妖しい。妖怪だけに」

「そんなわけないじゃないですか。真面目にやってください!」

「お前がつまらない答えはダメだって言ったんじゃないか」

「面白い答えをねつ造しろとは言っていません」

「まあ待て。嘘から出た真ということもある。俺がちょっと行って聞いてきてやろう。あんた方。自分がカッパでないことを証明できるかって」

「それって『悪魔の証明』じゃないですか!」

「ダメか?」

「ダメです」

 どうやらお気に召さないらしかった。

 妖怪相手ならちょうどいいと思った一郎だったが、的外れだったらしい。

 しょうがないので、一郎はバンドグループらしい三人の若者を指差すことにした。

「ならば、そこにいる三人組だ」

「はい。最後はちゃんとやってくださいよ?」

「俺はいつだって真面目なのだが……そうだな。彼らはバンドグループではない」

「まさか、バンドグループじゃなくてなんとかグループだーとかいうんじゃないでしょうね?」

「違う。彼らは犯罪者だ」

「は、はいぃ!?」

「真ん中の男が持ってきていたギターケースに入っているのは、おそらくマシンガン。左右の男は右胸に拳銃だ」

「なんでそんなこと分かるんですかっ」

「歩き方でわかるんだよ。推察するにケースには普通の楽器のおよそ三倍から五倍の重さのガンが入っている。大きさから判断するに、マシンガンあたりが妥当な線だな。拳銃は、右肩の傾き具合でわかる。俺がアメリカでボディーガードの仕事をいくつかしたことは話しな。その時の経験だ」

「で、でも日本でそんなこと」

「そんなことありえない、という発想が落とし穴だ。警戒のラインが低い」

「冗談ですよね? ね? おじ様」

「しっ。声が大きい。連中に聞こえる」

「え、でも。……じゃあ、強盗?」

「まさか。どんなに流行っていたとしても、レストランのレジにある金なんてたかがしれている。それくらいなら、せいぜいナイフ一本でことたりる。ありえるとすれば殺しか誘拐か。おそらく、ここにいる客の誰かが標的だ。すきを窺っているのか、それともまだ来ていないのか。こりゃあ、ダイハードな名探偵の出番だな。……という妄想はやってみたらおもしろいだろうか?」

 姪っ子が、椅子ごとすっころんでいた。

 美少女の醜態に、注目にさらされながらもすぐに起き上って、奇声をあげる。それはおよそ正当な権利の行使であった。

「って妄想だったんですか!」

「普通に考えて妄想だろう」

「真剣な顔で言わないでください! 気になってチラ見してたら、本当に左胸のあたりが膨らんでるから、信じそうになりましたよ~」

 額の汗をぬぐう姪っ子を前に、一郎は落ち着いた調子で語った。

「まあ、本当の推理なんてこんなもんだ。当て推量で、いくらかは予想できるかもしれないが、結果からわかる過程なんか幾通りだってあるもんだ。たぶん、ギターケースを普通よりも重そうに持っていたのは、完徹で練習したか、ライブ明けで疲れているとかだろう。左胸のふくらみは、普通に財布だ」

「はあ。なんだ。怖がって損しました」

「事件なんて、起きない方がいいんだよ。名探偵なんていらないし、世はなべて事も無しってのが一番だ」

「本当に何もなかったら、おじ様のお仕事もなくなっちゃいますけどね」

「おっと。それは困る」

「そんなこと言っちゃってますけど、本当はおじ様は推理なんてできないじゃないんですか? さっきも適当なことばかり言ってましたし」

「安い挑発だな? だけど、そいつは高くつくことになる」

「どうぞ、お高く購入なさってください」

「上等だ」

 一郎は、正対する少女を指差す。

「では、最後にお前のことを推理してやろう」

「私ですか?」

 うなずき、一郎は始めた。

「そうだ。お前の名前は、伊波・ミツキ。市立永海高校の二年生だ」

「私のプロフィールじゃないですか。普通に知ってることでしょう?」

「新聞部に入っているな。いつもポケットに入っている取材手帳が動かぬ証拠だ」

「それも言いましたよね? この前、会った時に言いましたよね?」

「最近の悩みは、身長の伸びに合わせて胸も大きくなってきたので、ひとそろえ下着を新しいのを買いたいと思っていることだ」

「のぞきましたか!? のぞきましたね!」

「そんなわけねーだろ。お前の母親から聞いたんだ」

「まさかの内部告発っ!? ていうか、やっぱり推理じゃないじゃないですか!」

「男の好みは年上属性。渋い系に弱い」

「なななんのことやら、なにか証拠でもあるのかねねね」

「そのセリフが出た時点で、ほとんど自白してるようなものだが。まあ好みについては、ダイハードの映画に連れてけと頼み込まれたあたりで予想していた」

「ふ、ふふ。なかなかやるじゃないですか」

「もちろんこんなものじゃないぜ? 次の推理の材料はお前の格好だ」

「わ、私の格好が何か?」

「この夏流行のワンピースに、髪は美容院にいきたて、靴も新品。素材で初夏のさわやかさをだして。フィット感でボディラインを強調。普段はやっていない化粧もしているとみた。それに後ろ髪にしている髪留めは、俺が二年前に欧州の土産に買ってきたヤツだな。上手なコーディネートで服によくあっている」

 一郎は、淡々と観察より得た情報を告げていた。

 名探偵かはともかく、姪っ子の方の犯人っぷりは上出来であった。

 目の焦点はあっていないし、冷や汗をうかべながら、ろれつが不安定になっている。

「ささささっぱりなにをいっておるのやららら」

「うん? 似合ってるぞ?」

「はわわわわ」

「その気合の入り具合。とてもではないが、親戚のおじさんとご飯を食べに行く女子のよそおいではない。以上の材料から推理するに……」

 話しながら一郎の頭の中で、答えが定まっていく。

 半ば冗談から始めた、思考ゲームだったがゴールは目の前にせまっていた。

 不思議と食後でゆるんでいた頭が冴えていく。

 まさか、これが名探偵の領域なのか。

 そんなかすかな感傷さえ覚えながら、一郎は狼狽する少女に向けて、解答をなげつける。

 そう――――

「さては、今日はこれから男とデートだな」

「……はい?」

「学校の男子か? で、どこに行くんだよ。なんなら待ち合わせ場所まで車で送ってやるぜ? ああ、なるほどさてはそこまで計算に入れて、俺にここに連れてこさせたんだなー。わかるわかる。ん? どうした、そんなに拳を握りしめたりして。なぜ、ピッチャーを持ち上げてるんだ? しかも、かなりプルプル震えながらっ」

「お、お、おじ様の……


おじ様の、アホーーーーっ!!」





……ということがあったのですよ」 


 後日談になります。

 私こと伊波・ミツキは、昨日のおじ様とのことを友人の槇さんに話していました。

 私の話を最後まで聞き終え、槇さんはため息をこぼしました。

「まったく。あんたのおじさんの鈍感さをなじるべきか、あんた自身の性癖を矯正してやるべきか。もう私にはわからんよ」

 ごもっともです。

 私には返す言葉もありません。

 はあ。なんで、あんな人好きになっちゃったんだろう。

「ま。ミツキに禁断の恋は百年早いのよ。ゆっくりやることね」

「百年……とっても遠いです。それに、最後にあんな大声出しちゃって。おかげで、もうあのお店には行けません」

「そりゃ残念。あのお店、たまに有名人が来ちゃうくらいの隠れた名店だったのにねえ」

「おい! ニュースニュース!」

 そんな暗く沈んだ新聞部室に駆け込んでくる影がありました。

 同じく部員の中村君です。息を切らす彼には、槇さんがすぐに応対してくれました。

「どうしたのよ? なんかあった?」

「いや、それが事件だよ事件。うちの町の海辺にしゃれたレストランがあるだろ。そこで立てこもり事件だってよ! お忍びで来ていたA国の皇太子を銃持った犯罪者が人質にしてるって!」

「え。その店って……」

 聞き覚えのある名前に、私は絶句してしまいます。

 言うまでもなく、そこは昨日おじ様と食事をしていた店でした。

 こんな平凡な町で、そんな大事件が起きるなんて驚きです。人質にされた人のなんて哀れな。その時偶然お客さんだったために巻き込まれている方も大勢いるのでしょう。その安否も心配です。そんな場所に、およそ二十四時間前まで自分もいたかと思うと背筋が冷たくなりました。だけど、ぶっちゃけ私が抱いたのは、不謹慎ながら全然関係のないことで……

 そう。私の恋は百年早いそうですが――


 名探偵までの距離は、どうやら一日分のようですよ。おじ様?


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