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永海の××な日常  作者: 大豆ラテ
1/4

● 永海市滅亡

 ――― 2015年1月15日。世界は『過去』に喰われた。 ―――

                    (廃墟に残されたある少年の手記)


 


 1月15日。夜半。

 ボクは自室の押し入れの中で、必死に息をひそめている。

 外には危険な『転生者』共がうろついていて、深夜だというのに、永海市は悲鳴と怒号であふれている。もう何千人死んだか分からない。助かることも諦めた。

 なぜならボク達を襲って暴れているのは、ついさっきまで一緒に暮らしていたはずの町の人達であり、さらに助けてくれるはずの自衛隊に、町ごと包囲殲滅されようとしているのが現状、というか惨状なのだけど。

 蛍雪の功ならぬ懐中電灯の明かりでノートを照らしながら、ボクはこれを書いている。

 書き切れるかどうかは分からない。

 いつ、この家が『転生者』の群れに襲われるか知れないし、それともどこかの軍隊にでも爆撃されるかもしれないのだ。

 だが、今はまだ、その気配はない。

 それに、現状を記録できる人間がこの町にどれだけいるかも分からない。

 故に、今、命と理性ある者の義務として、ボクはここに記そうと思う。


 いつか、誰かの手にこのノートが届くことを願っている。





 ボクの名前は比嘉・ムツキという。

 市立永海高校の三年生だ。

 自分で言うのも難だけど、これといった特徴のない普通の少年だ。

 もしかしたら『学校中に知らぬ者のいない中二病患者』のお隣さんで幼馴染である、ということが、ボク唯一の個性だったのかもしれない。

 そんなのは嫌すぎるけど。

 嫌すぎるけど、語らねばならない。

 如月・弥生という少女について、ボクは語らねばならない。


 なぜなら彼女こそが、ボクの知る限りにおける最初の『転生者』だったのだから。

 

 如月・弥生。

 眉目秀麗にして成績優秀。幼い頃から神童と呼ばれ、周囲の期待を一身に集めていた。すらりと長い手足に、腰まで伸びた美しい黒髪。中流家庭に似合わない端正な顔立ちは、『お姫さま』という単語を見る者に連想させた。

 ボクも隣人として、いつも比べられることに多少の劣等感を感じながらも、友人として誇らしく思っていたと頃もあった。

 彼女が『中二病』という厄介な病にかかるまでは……

 

「私は――、クラメア大陸連合の盟主国ラストエリアが第一王位継承者トルメリア・李・メルト第一王女である。断じて中二病などではない!」


 それが弥生の口癖だった。

 たぶん、100回以上は聞かされている。

 聞かされすぎて、一言一句を暗記してしまったのだ。泣けることに。

 弥生の綺麗さだけでなく、言動までもが人並みから大きく逸脱し始めたのは、高校二年のはじめくらいの頃からだった。

 もう学校に弥生の妄想ネタを傾聴してくれる生徒はいない。最初は、それでも彼女の美貌に目を奪われて、好んで被害を被りに行く者もいたが、どれも数日ともたなかった。

 弥生は、よく見る夢の内容を、自分の前世の記憶だと確信しており、夢の登場人物に似ている近隣住民を見つけては、前世の記憶を共有しようと躍起になっていた。

 つまり、完全に痛い人である。

 誰もがそう思ったろう。ボクもそう思った。

 ちなみに、ボクは夢の中ではお城の執事見習いだったらしい。どちらかといえば紅茶より緑茶派なんだけど。

 そんな奇行を繰り返すうち、弥生の周囲から人間はいなくなり、消去法的必然でお隣さんのボクといる時間が増えていったのだ。

 そして、流れのまにまに、誰よりも弥生の脳内異世界に詳しい少年になってしまったのである。

 ちっとも嬉しくなかったけど。





 クラメア大陸というのは、ここではない異世界の大地らしい。

 そこは剣と魔法のうずまく世界であり、人間の住まう平地以外には恐ろしいモンスターが跳梁跋扈している。人類史が始まったころから、人間たちはとにかく周囲に壁を作って、モンスターから身を守っていた。壁はどんどん広く、大きくなり、やがて壁の内と外が人間の領域とモンスターの領域とに分かれるようになっていった。やがて、人知を超越した力に、英知を兼ね備えたモンスター達の王、魔王が生まれ、同様に知性あるモンスターを従えて人類総奴隷化のための戦争を開始した。それに敢然と立ち向かう、人類連合の盟主国、その王女が弥生の前世であるらしかった。

 やれやれである。

 しかも、壁とかのくだりは、最近流行の某漫画の設定そのまんまだ。影響されすぎてゴッチャになっているのだ。

 そのあたりのことを指摘した時は、

「私もそう思ってたのよね。知ってた? あのマンガの作者、この町の生まれなんですって。きっと同じ前世の記憶を持っていて、そこからアイデアを抽出してるのね。今度、ファンレターに見せかけた手紙とか送ってみようかしら?」

 という具合だった。中二病の症状の一つに、人の話を聞かない。自分の都合よく曲解する、というのがあるそうだが、まさにそれだ。

 そんな話をいつも聞いているうちに、ボクまでおかしな夢を見るようになった。

 夢の中で、ボクはお城に住まう執事の一人で、同世代であるという理由から、よくお姫様の話し相手になっていた。

 どうしてだか、夢の中のお姫様は、姿かたちは似ていないのに、ボクにはその女性が弥生だと本能的に分かった。この人を心から守りたいと、夢の中のボクは恥ずかしくもなく思っていた。

 しかし、それも考えてみれば、別に不思議なことではない。さんざん弥生から異世界エピソードを聞かされたせいで、ボクまでそんな夢を見るようになっていたというだけのことだ。

 だから前世の因縁なんて、あるわけがないのだ。

 

 前世。

 それは、自身が生を受ける前の魂の在り処のことをいう。

 元はインドの思想の一つだけれど、文化圏が変わると説明することすらできなくなるような代物らしい。

 人にも動物にも魂が宿っていて、今の身体が死ねば魂は抜け出て、また新しく生まれる命に入る。

 そうして、魂は巡っていく。

『転生』する。

 輪廻転生だ。

 だけど、細かいところでその『転生』の認識にずれはあるらしい。

 たとえば、人間は死んでも必ずまた人間に生まれ変わると思っている人もいる。また、死んだ瞬間に別の個体となって転生するのではなく、何十年、ともすれば何百年も後の時代に生まれることもあるという人もいる。きっと、お坊さんにお話しを聞ければ、また違った回答を得ることができるとは思う。

 だが、異世界に転生。しかも、前世での知り合いが身近にいる……というのは、かなり新しい見解ではないだろうか。ラノベじゃあるまいし。

 恥ずかしながら、ボクもそんなことも考えてしまったものだ。

 それほど、弥生の語る異世界の情景は鮮やかで、真に迫っていた。どうやら、そういう人のことを設定厨というらしい。クラスの誰かが、そういって弥生を影で馬鹿にするのを聞いたことがある。

 だけど、ボクにはそんな風に落ちぶれてしまった彼女のことを、最後まで悪くいうことはできなかった。

 なぜなら、ボクは弥生の幼馴染だ。付き合いは長い。だからこそ、弥生がどれだけの期待という名のプレッシャーの中で生きてきたのかを知っている。

 先にも、弥生とはずいぶんと比べられたなんてことは書いたが、正直、一つも勝てることがないと、逆にすがすがしくなるものである。

 だが、神童と呼ばれ、優秀であることを押し付けられた子供の気持ちなど、ボクには分からない。

 周りからの期待の大きさに、自分を見失う。異なる自分を求める。そんな逃げ道に走ってしまうことを、誰が否定することができるだろうか。

 弥生は、才色兼備で成績優秀な神童だ。

 だが、ただの女の子なのだ。

 かわいそうな奴なのだ。

 誰もそう思っていなくても、ボクはそう思っていた。

 あの日までは。





 昨年末のことだ。

 冬休み直前の高校に刃物を持った不審者が侵入。数名に重軽傷を負わせ、最終的にとびおりて自殺するという事件があった。かなりショッキングなニュースにだったので、知っている人も多いと思う。

 あの舞台がうちの高校だった。

 授業中だったこともあり、慣れない避難誘導にしたがって大方の生徒は運動場に出ていって難を逃れた。

 それで、ボクもその一団の中にいたのかというとそうではない。

 その時、ボクはある掃除用ロッカーの中に隠れていた。

 ただでさえ狭い空間に、弥生と一緒に。

 もちろんボクの意思ではない。弥生に引っ張り込まれて、詰め込まれていた。

 密室の中で、不思議と心の高ぶる女の子の匂いでいっぱいになっていて、弥生の瞳がすごく大きく見え、心臓がうるさいくらいに早鐘を打っていた。外に、刃物を持った不審者がいるかもしれないという状況であるため、仕方ないことではあるが、ボクは混乱していた。

 だってワケが分からないもの!

 そんなボクの頭を、柔らかく腕に抱きながら、弥生が耳元にささやきかけた。

「さっきの不審者、私達を狙ってるわ。だから、みんなから離れなきゃ」

 こんな時まで中二病かとつっこもうとしたボクは、しかし何も言うことはできなかった。

 弥生は、どこまでも真剣だったのだ。

 焦燥に駆られ、額には冷や汗を流していた。

 まるで、唯一事態を把握している自分が、この何も知らない幼馴染を助けなければいけない――そんな気持ちになっているかのようだった。

「奴は、魔王の放った暗殺剣士よ。きっと、前世の任務を思い出して私を殺しに来たんだわ」

「じゃ……じゃあ、なんでボクまで隠れるんだよ?」

「それは、私を守るためにあいつを城の窓から突き落としたのが、前世のあなただから」

「へ、へー。そりゃ、いい仕事をしたもんだね。それで? 少年執事はお姫様と急接近でもしたわけ?」

「いいえ。あなたはあいつを道連れに、一緒に落ちたのよ。プライドを傷つけられた奴は、あなたを真っ先に殺しに来る。だから今度は、私が守るの」

 弥生の声は強い使命感が込められていて、ボクは茶化すこともできなかった。なんだか息が詰まって、生きた心地がしなかった。

 いや、違うか。死に瀕してこそ、逆に生を感じられた。そんな時間だった。

 結局、不審者とボクらは遭遇しないままに事件は幕を閉じた。

 だから弥生の言っていたことが真実だったかどうかは、藪の中だ。

 そして、その事件がキッカケだった。

 ここからが本題だ。

 その日、ボクは思い出したのだ。

 



 

 事件の後、勝手な行動をとっていたボクと弥生は、こっぴどく叱られることになった。

 だけど、ボクはすでに違うことにショックを受けていた。

 キッカケは、あの事件だった。

 命の危機に伴う多大なストレスが、これまでに見ていた夢の記憶を明確に引き出した。

 おそらく、死の恐怖が、過去に『死んだときの記憶』を甦らせたのだろう。

 思い出した。

 前世の事を。

 そんな馬鹿なと思う人は多いだろうが、ここは信頼してくれることを前提として書く。

 この『思い出す』ということが、今、おそらくこの街を呑み込んでいる事態の原因なのだから。

 この感覚を説明するのは難しい。

 たとえば、演劇部の佐藤という男が『ロミオとジュリエット』でロミオ役を演じていたとする。

 ここで、舞台に立っている彼を客観的に観察した時、彼は『佐藤』だろうか『ロミオ』だろうか。それは当然『佐藤』だろう。『ロミオ』という人格は、舞台の上だけの仮初めに過ぎない。

 しかし、佐藤が役に没入していて、自身をロミオだと信じ切っていたとして、舞台の最中に不意に自分が佐藤であることを思い出したとしたら……。前世を思い出すというのは、そういう気分だ。

 自分という人間が、実はただの仮初めだったという事実。

 自分は過去の続きでしかなく、現在の自分は本質ではないという実感。

 それに気付いた時のショックは、言葉では表現しきれない。

 さらに難しいことは両者の間に『折り合いをつける』ことだ。

 ボクの場合、昔は執事の少年で、今は『比嘉・ムツキ』という、連続性はあるけれど違う人格という現象をすぐに把握することができた。

 これは、弥生の存在があったからだ。

 ボクは、前世でも今でもあいつのそばにいた。

 そばにいて、同じような気持ちを抱いていた。

 だからこそ、多少の矛盾を許容しつつも、人格の統合ができたのだ。

 今をもって、正気でこの手記を書いていられるのは、そんな特殊性がボクにあったからだという事は付記しておかねばならない。

 そして、ここで『折り合いをつけれなかった者』が、今、世界を混乱におとしめている『転生者』達なのだ。





 前世の記憶と折り合いをつけられなかった者の末路は二通りだ。

 前世が普通の人間だった場合、大概の人は、二つの異なる人格の間に生じるひどい違和感に苦しむことになる。

 最悪なのが、前世が異世界のモンスターだった場合だ。

 モンスターは破壊の本能でのみ生きる凶悪な存在だった。

 故に半端な人格しか持たない一般人は、純粋な本能のみで構成された前世の記憶にすべてを侵食されて、『過去』に頭が乗っ取られてしまう。過去に喰われてしまう。

 厄介なことに、ボクがあの不審者に与えられた恐怖によって、前世を思い出したように、『転生者』によって与えられた痛みやストレスなどをキッカケに、被害者は強制的に前世を思い出させられる。

 そうなるともう手が付けられない。

 昨日まで、普通に生活していた人間が、中身だけが急にモンスターに入れ替わって暴れだすのだ。

 これに噛まれたり傷つけられたりしたことがキッカケになって、他の者まで思い出させるのだから、被害はネズミ算式に増えていった。

 まるでゾンビ映画だ。

 最初は、病院に寝ていた学校の事件での被害者だった。あの不審者に切り付けられた重軽傷者だ。彼らが次々と思い出し、過去に喰われて、周囲の人を同様に喰わせた。

 あとはゾンビ物の映画のパターンだ。

 前世の記憶に乗っ取られているだけの健全な市民に対し、政府の対応はなすすべもなく、被害は拡大。街は普通の人間との違いの見えない『転生者』におびえ、疑心暗鬼にかかって各所で暴動が起こった。逃げ惑う人々が混乱を助長し、感染も拡大の一途をたどった。


 こうして、2015年1月15日。世界は『過去』に喰われた。


 そして、現在。

 15日明朝。

 謎の感染病の発祥地とみなされている、ここ永海市は世界中の軍隊と我が国の自衛隊によって十重二十重に包囲されていた。

 一応、これだけの対応がとられているという事は、『転生者』の混乱は、日本国中には広まっていないのかもしれない。

 どうせ、詳細を知ったところで、ボクには何もできないが。

 今の事態についてすら、ほんの一部を主観的に知っているだけなのだ。

 そもそも、どうして異世界の人間が現代日本に、しかもみんな永海市近辺に転生しているのかも分からない。

 この惨事が、誰によって、なんの目的で引き起こされたのかすら見当もつかない。

 おそらく、前の世界でのことがネックになっているのだろうが、ボクは前世でも、世界がどうにかなってしまう前に退場してしまっている。だからそんなのは誰にも、いや……あいつならば――

 弥生ならば。

 そうだ。

 弥生はどこにいる?


 ――――メルト姫は、どうしているのだろう?





 今更だが、姫を――弥生を探しに行こうと思う。


 可能性なんて知らない。無謀なのは百も承知だ。

 これはボクがそうしたいというだけだ。そうしなければならないというだけだ。これは、前世の記憶なんかじゃない。今のボクの想いだ。

 ボクは、弥生のところにいく。

 それから、何ができるのかは分からない。だけど、行かなければならない。

 ボクは道半ばで倒れるかもしれない。

 そうしたら、このノートを見つけた人よ。お願いだ。

 過去から世界を救ってほしい。


 ボクは、弥生を救いに行く。


 姫を救いに行く。


 もう一度。


 何度だって――――


     






★  ★   ★








『今日の出来事 1月15日。土よう日。はれ。3年3組 ひがサツキ』


 今日は、ママとおうちのおそうじをしました。


 私は、お兄ちゃんのおへやをおそうじしました。


 お兄ちゃんのおへやは、はいきょみたいにちらかっていて、大変です。


 押し入れに、きたないノートがあったので、ママに見てもらったら、


「……………」ちんつうなおももちで三点リード文でした。


 私が「どうしたの?」ってきいたらママは、


「センター試験の当日になにやってんだい、この子は……。こんな、現実の事件と妄想がゴッチャになった日記を何ページにもわたって書き込みやがって、道理で眠たそうだと思ったよ。受験ノイローゼってやつかね? 現実逃避しやがって、まったく。お隣の弥生ちゃんは、とっくに推薦で合格してるってのに。我が息子ながら救えないアホだ。こりゃダメだわ」


 って、なんだかざんねんそうに言っていました。 


 それでお兄ちゃんは、帰ってきてからママにおこられていました。


 お兄ちゃん、かわいそう。


                    おしまい


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