色を失った少年
3年ほど前に書いたやつが漸く見つかったので修正なしで投稿。当時何を思って書いていたのか小一時間問い詰めたい
ちなみにこれは連載するつもりで書いていたのかtxtには1と書かれていました、まあ連載はたぶんしないですが、希望されたら考えます。
ではどうぞ。
カーン、カーン、カーン
広葉樹と針葉樹が東西に別れて生えている森の中で、斧が木を打つ小気味よい音が響く。
この音はいつから響かせられるようになったのか……もう覚えていない。
俺が樵になったのは5年前のことだ。始めの頃は筋力もろくに無く、斧を持ち上げることもできなかった。もちろん今では手足のように使えるが。
「おーい、飯にしようぜ」
「はい、わかりました」
野太い声に呼ばれ、作業を中断し声の方に歩く。
声の主は自分で切った切り株の上に腰掛けて、弁当の包みを広げていた。
彼のことはおやっさんと呼んでいる。厳つく髪が立っている上、右目の下に大きな傷痕があるから初対面なら怖がる人が多いだろう。しかし中身はとても優しくいい人だ、俺が樵に成り立ての時からお世話になっている。
俺はおやっさんが切り倒した木の幹に斧を立て掛け、その隣に座り、自分の弁当の包みを開けた。この弁当はおやっさんの奥さんが作ってくれている。同じ物ばかりだと飽きるだろうということで、パンであったりおにぎりであったり毎日違う物が出てくる。今日はパンにハムとレタスを挟んだ物だ。
「ああ、そうだ。今日は湖の近くにある土も持って帰って来て欲しいと言っていたのだが、頼めるか?」
「はい、今切っているところが終わったら言ってきます」
「悪いな」
「いえいえ」
俺は食べ終えるとさっきの所に戻り、作業を再開した。どれほど経ったのだろうか、作業を終える頃には日が暮れはじめていた。
もうすぐ帰宅するとの声が聞こえてくるだろう。だから斧を、持ち運ぶ為に作った紐付きの筒にしまい、湖に向かって駆け出した。
湖は森の中央にあり、こちらの岸から向こうの岸までの距離は一番長いところで50メートルぐらい有り、水深は浅いところでも10メートルはある。そして湖の水は栄養が豊富で、飲んでも美味しいし周りの土は肥えた土壌となっているのだ。
広葉樹の森を抜け湖に到着すると、俺は目的の土をいつも携帯している麻袋に詰め込んだ。
「少しだけなら……いいか」
目的を果たした俺は、湖に顔を写す。
俺の顔はやや中性的で目元も柔らかく、髪も肩にかかるほど伸ばしているので街に出るとたまに女性に間違われる。
しかし、瞳が濁っている。常に目の中に灰色の澱みが渦巻いている…そう5年前のあの日から。
「やっぱり、消えてないか。見ていると気持ち悪いのだけどな」
もう諦めきった声で呟く。そしていつまでも留まっているわけにはいかないので、立ち上がり足早に立ち去ろうとする。
ブチッ
立ち上がり湖に背を向けたとき、嫌な音が響いた。紐が切れたのだ、すぐに斧を掴もうとするが筒だけを掴み、斧自体はするりと抜け落ち湖に落ちていった。
「まいったなこりゃ」
おやっさんに一人前になったときに貰った大切な物だったのにな。
しかし悲しいとは思わなかった、いや思えなかった。
今度こそ立ち去ろうとした時、湖の方から何か音が聞こえ、一人の綺麗な女性が2本の斧を持ち水の中から現れた。
その女性の背は160センチぐらいだろうか、見た限り俺より低い。そして容姿は艶やかな髪を膝ぐらいまで伸ばし、目はどこか優しさを感じさせる。いや、感じさせるように顔を作っている、目の端がぴくぴく動いており無理をしていることは一目瞭然だ。胸もそれなりに有るようで、着ているドレスを押し上げている。
「貴方が落としたのはこの金の斧ですか?それとも銀の斧ですか?」
透き通る様な声が耳に入ってくる。
「いや、古びた鉄の斧ですよ。大切な思い出がたくさんつまった」
「あなたは正直者ですね。この金の斧と銀の斧を差し上げましょう」
「いや、いいです。そんなものを貰っても慣れた道具で無いと作業効率が落ちるだけなので」
「私が手間隙かけて作ったこの斧があんなボロイ鉄の斧に劣るですって!それは聞き捨てならないわ!」
さっきとは打って変わって、女性は目尻を上げ、怒声を浴びせてくる。
「見なさいよ!この色!輝き!頑丈さ!どれも最高の質よ!それでもいらないって言うの!?」
「はい、俺にはやはりいりません。だって俺には本当の姿が見えませんから」
「え…それってどういうこと?」
突飛なことを言われ、彼女は困惑している。
「俺の視界には色が無いんですよ。白色と黒色その二つと両方を混ぜてできる色しか」
「……禁呪に、手を出したのね」
「正確には、親が、ですけどね。うちの親はこの世の理とは外れた事象を起こす方法、つまり魔法について研究をしていました。そしてある日、実験で魔法を使うことになりました。しかしその魔法はただ悍ましき姿の化け物を呼びその対価として、二人の親の命と姉の左腕と右足、弟の右半身の神経、俺の感情と視界の色を奪っていったのです」
なぜこのように皆同じように命を奪ってくれなかったのか、そうしてくれたら・・・そうしてくれたら?いや、よくわからないな。
「じ、じゃあどうして、そんなに普通に振る舞えているの?そんな悲しいことがあったのに!」
「5年も前のことですし、そりゃあ当時は悲しかったんだと思います。……ですがどうしてもその感情が面に出てこず、ただぼーっとしているだけでした」
「……明日、もう一度ここに来て」
彼女は少し悲しそうな表情こちらに向けてそういった。
「……わかりました」
なぜだろうかいつもならどんなことにでもすぐに返事を返すのに、今だけは簡単に決めてはいけない。そんな気がした