表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

落日

作者: 秋野花得

 太陽が落ちたのは何年前のことだったか。当時は世界の終わりだと大騒ぎしたものだが、今となっては遠い昔のことのように思える。確か巨大隕石が太陽にまっすぐ落ちてきたのが原因だったはずだが、もう理由なんてどうでもいいことだ。

 とにかく今の地球に太陽の光は無く、月の明かりも無い。正確には太陽の位置がずれたことで、太陽の引力関係が崩れ、地球が400年周期の超長期軌道に入ったとか聞いているが、その頃には僕は死んでいるだろう。僕の地球にとってもう太陽は無いのだ。本当はまだ見えているらしいが、明けの明星程度にしか光ってくれないのだ。


 地球温暖化だのCO2削減だの散々警告されていたことが逆に持て囃されるようになり、こぞって地球の温度を上げようとするのは、少し痛快だった。今まで燃費が悪いだのなんだの言われていた自社のガスストーブが急に売れ出したからだ。光は強い癖にあんまり温度が高くない、という以前ならゴミのような仕様のストーブが、今では明かりも暖も取れて地球冷却化現象の対策にまでなる、と大人気である。


 おかげで羽振りがよくなった俺は、少し高めのバーで飲めるようになった。隕石様様である。


 と、いい気分で歓楽街を歩いていると、黒地に黄色いブチの特徴的な服を着た集団が乗り込んできた。


「太陽を忘れてはいけません! 我々は太陽無くして生きられないのです!」


 太陽とてんとう虫を崇める新興宗教だ。太陽が昇らなくなったことで不利益を被った連中が集まっているらしく、俺のような落日貴族を集団で襲うこともあると聞く。殺人までいくことも少なくない。まったく、何で久しぶりの休みでぱーっと遊ぼうと思った日に限って……!


 とりあえず俺は建物と建物の間に隠れ潜むことにした。だが、居住区ならともかく、こういった歓楽街では太陽の代わりに大量の電飾が使われるのが常だ。俺の隠れた場所だってしっかりと照らされている。


「太陽! 太陽! 太陽!」


 三人で寄ってたかってリーマンの一人に掴みかかり、なぎ倒して服を漁りだした。街の連中が蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。あるいは店の扉を硬く閉ざして嵐が去るのも待っている。天道教の奴らは服と同じ柄にコーティングされた棒を持って人々を追いかけていく。

 しまった。俺も逃げるか、どこかの店に逃げ込むかするべきだっただろうか。だがもう遅い。今から出ていったのでは、さきほどリーマンから財布を奪った三人組みと鉢合わせする。自慢じゃないが、俺は体育の成績はいつも2で、体育の授業が雨で潰れるようにと日夜てるてる坊主をつるしていた。太陽なんて無くなってしまえばいいと思っていた。もちろん、3対1で戦うことはおろか、逃げることも無理だろう。運動神経はまったく無いのだ。


 息を殺して身をひそめる。見つかっても抵抗しなければ死ぬことはあるまい。そう頭の中で繰り返すが、足音が近づく度に心臓の鼓動が激しくなっていく。一歩、二歩、三歩、足音がすぐ横まで来る。そう、そのまま通り過ぎてくれ!


「太陽! 太陽太陽!」


 男たちがてんとう虫カラーの棒を振り回して俺のところにやってきた時、俺はもう軽く呼吸困難になって自分から倒れ伏した。棒で背中を打たれる痛みも、どこか遠く感じる。


「か、金なら出す。許してくれ……!」

「太陽!」


 そのまま何度も打たれ続けた。不思議と痛いとはあまり感じなかった。ただ何度も視界が揺れて、悪酔いした時のような気分だった。ぐらぐら揺れる頭の中で、ああ、死ぬんだなと思った。


「お前ら、俺を殺してどうするんだ。金なら出すって言ってるだろう」

 

 どうせ何も答えてくれないだろうと思った。だが、てんとう虫カラーの男は、端正な顔を歪ませて答えた。


「てんとう虫はな、危なくなると、黄色い汁を出して仮死状態になるのだ」

「ど……どういうことだ」

「てんとう虫は太陽の虫!」「地球がこんな様だから、太陽は御隠れになってしまった」

「膿を出すのだ」「地球の膿を!」「資本主義の膿を出し切れば、きっと太陽も帰ってくる!」


 そいつらが次々とまくし立てる様子は、昆虫の群れを思わせた。本能で動いているのに、上手く統制が取れている虫の軍隊。まるで全部俺が悪いとでも言わんばかりに、指を立てて俺を非難する。

 てんとう虫カラーの棒が迫る。今度は頭を狙ってきている。動体視力の悪い俺でもしっかり分かった。これは死に際の超感覚と言うやつだろうか。


 棒が迫る。黄色いブチが躍動する。全身の筋肉を使ったスイング。

 そういえばてんとう虫教の連中はスポーツ選手が多いとか聞く。太陽が落ちてから野外スポーツ自体やり辛くなったし、客入りも悪くなっているのだ。

 体重がてんとう虫棒に乗り、重い一撃が俺の頭にやってくる。その足で地を掴み、その棒で空を裂き、そして俺の頭を勝ち割って鬱憤を晴らそうというのだ。


 俺はおもわず目を瞑った。その瞬間が酷く長く感じられた。いつまでたっても衝撃が来ない。


 ……不思議に思って目を開けると、太陽教の一人が倒れ伏していた。仲間が駆けよって、名前を呼びながら揺さぶっている。

 俺への注意は外れていた。


 なんだか分からないまま、俺はふらふらと路地に出ていった。その頃には警察も来ていた。

 俺は何かうわごとをいいながら警察の前で倒れて、そのあとは救急車に乗せられた覚えがある。



 気付くと俺は病院にいた。窓があってもどうせ日光など無いのだからと、最近は窓の無い建築も出てきている。だが病室に窓が無いとはどういうことだろう。太陽が落ちたあとにできた病院なのだろうか。

 不思議に思っていると、医者が入ってきて言った。


「君の首から下はもう動かないよ。脊髄がやられていてね。せっかく被爆を避けたのに不運なことだ」

「どういうことですか」

「もう君は一生病院暮らしだろうから言ってしまうけど、実は太陽は落ちていないんだ。あれは世界核戦争が原因でね。今の地球の上空は、原爆のガスで覆われて光が届かなくなっているだけなんだ。政府は必死に情報を操作して、人々を家の中に押し込めた。野外スポーツを控えさえ、室内暖房の開発を支援して人々をインドア傾向に誘導していった。でも、世界中にばらまかれた放射線の被害者は最近増えてきていてね」


 ああ……それで。あの太陽教の男め、いい気味だ。


 ははははは。……。

「てんとう虫と人差し指」のお題から。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 短い中で中々味のある文章を書いていますねぇ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ