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第7話 RPG的に

【Location:吹き溜まりのボトムス 19:41】


 街に入って五分以上が経過しても、警戒網は解かれることはなかった。

 ユーゴーは銃を持ってうろつく住人をやり過ごしながら、当てもなく進んでいた。

 下衆な奴らのパラダイスだから、街中でも平気でドンパチするような設定の街なのかもしれない。

 無秩序に建てられたバラック小屋のせいで、路地は複雑に入り組んでいる。


 イベントを先にやってしまおう――

 ユーゴーは小屋の脇にある木箱からバラック小屋の屋根に上がり、街を見渡した。

 RPGだから、イベントのある建物は他より目立つ造りになっているだろう。


 壊れた外壁部分は裏門だったのか、門番の男がいた正門へとまっすぐ道が伸びていた。おそらくメインストリート。街路灯はその周囲にしかなく、他は今にも太陽と共に闇に落ちようとしていた。

 その向こう側に、鐘楼のある古びた教会が見えた。

 この街で目立つ建物はそれくらいだった。

 ユーゴーはそれを確認すると、住人に遭わないように細心の注意を払って教会を目指した。


「どうして教会へ行くんですの?」


「この旅に必要な何かが起こる気がするのさ」


 RPGのお約束をマリエッタに説明したところで、通じるはずもない。だから濁すに留めるしかなかった。


「そういえばこのエリアの名前、分かるか?」


 システム面に抵触する質問だったかもしれないが、クエストを進める上で必要な情報かもしれない。


「エリア?」

「世界と言ってもいい」


 やはり疑問符を浮かべるマリエッタに、あまり期待をせずに返答を待つ。


「なんでそんなことも知らないんですの? プライマリースクールに通う子供じゃあるまいし、へんなひと。この大地はグリーンアイル、ですわ」


 グリーンアイル。

 それはこのゲームの名前であり、失われた楽園の名前だ。どうやらテストエリアだから名前がついていないようだ。


 五叉路に差し掛かり、勘で道を選んで進む。

 ユーゴーはいつの間にかマリエッタの手を引いていた。

 温かさに、確かにそこにいるという存在感を感じる。そして立ち止まれば、息遣いを間近に感じる。


「どうしたんですの?」


 きょとんとした瞳を向けてくるマリエッタ。


「……なんでもね」


 五感をすべて投影しているGIOだからこそ、これまでのエリアのNPCよりも生き生きとしているマリエッタが眩しく目に映ってしまう。


「ほらそこだ」


「初めての街なのによく迷わないですわね……」


「探索は慣れてるからな」


 角を曲がると、鉄骨やトタン屋根のバラックだらけの町並みには不釣合いな、石造りの教会が目の前に広がった。

 例えるなら、オフィス街でいきなり神社を見つけたような感覚。

 周囲に人の気配はなかった。


 敷地の入り口には錆びた格子門があり、粗悪な錠が掛けられていた。壊すことは容易いが、誰かに聞きつけられるのも面倒なので、必然忍び込む形になる。

 幸運にも外壁の一部がボロボロに崩れた場所があり、ユーゴーはそこから侵入した。

 土くれ剥き出しの地面は、昔は草木が芽吹いていたのだろうか。

 敷地内はそんな想像を巡らしてしまうほどに、無駄なスペースが広がっている。


 そんな中に佇む教会は、いかにもこれからイベントが起こるぞと言わんばかりだった。

 中には敵がいるかそれとも――

 観音開きの大扉を両手で開く。

 しんと静まり返った教会内の空気が、隙間から漏れ出てくる。

 目に飛び込んでくる、説教壇と美女が描かれたステンドグラス。

 それだけだった。

 教会には誰もいない。

 中に入り説教壇の前まで行っても、何もイベントは起こらなかった。

 マリエッタが次の目的地を話すことすら。


「おかしい」


 こんな立派な建物を用意して、何もないなど【RPG的に】あるわけなかった。

 もしかしたら、やはりこの街は後から来る場所で、今はまだフラグが立っていないのだろうか。


「気が抜けたわ」


 一番前の長椅子に腰を下ろし、溜め息をつく。

 マリエッタを連れて、緊張しながらの道だっただけに徒労感が大きかった。


「ちょっと、休むなら宿を取りますわよ!」


「街中ドンパチやってる中でいいなら、どーぞー」

「う……」


「俺は今日はここで休む」


「仕方ないですわね……」


 ここなら確かに隠れ家的で安全ですわよね、などとマリエッタがぶつぶつ呟きながら、一番前の長椅子に腰を下ろした。

 彼女の言うとおり、見る限り棄てられた教会のようだし人が来ることもないだろう。


「じゃあ俺はここで落ちるわ」


「落ちる?」


 マリエッタの疑問の声は無視して、ユーゴーはメニュー画面を開き、システムの項目を選択した。

 マリエッタにはメニュー画面なんて見えないから、もし今ユーゴーの右手を見ても意味は理解できないだろう。

 もちろん、そこを突っ込んでくるような真似はゲームのキャラだからしないだろうが。

 ユーゴーはシステムの項から更にログアウトを選択する。


 しかし反応がない。

 と言うか、ログアウトを選択できない。


「おいおいバグか不具合か?」


 メニューを一旦閉じて開いたり色々試みるが、やはり選択できない。

 データの保存が出来ないというのは、RPGをプレイするにあたって不具合の中でも最悪の部類に入るのは確かだ。ゲームの電源を落としたら、また最後にセーブした所からになってしまうのだから。

 ユーゴーの場合は、このエリアに来る前である。

 それだけは何とか避けたい。


 他の項もチェックしてみると、ゲーム内で友人登録をした者と行う簡易メールも使用できなかった。

 まるでこのエリアに閉じ込められたかのようだ。

 ゲーム世界から帰れないという事態か、とユーゴーは焦った。

 右手の親指と薬指で、左手の小指を引っ張る。

 これがゲーム内での動きを止めるアクションだ。

 何においても優先するそのプログラムは、ちゃんと発動した。


「ちょっとユーゴー?」


 マリエッタの呼び声も無視して、ユーゴーはヘッドギアを外した。

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