第5話 初めての街
ユーゴーとマリエッタは、谷底の道を延々と進んだ。
太陽は沈み始めており、空は闇色の濃度を刻一刻と上げている。
夜は覚悟しておくか――そう思いながら、ユーゴーは索敵範囲が狭まるのもいとわずにダッシュをすることにした。マリエッタも同じようにダッシュでついてきている。
しかし妙だった。ステータス画面に表示されているGIO内時計と、このエリアの時間の経過が合っていない。GIOではどんな時間にプレイしても朝も夜も楽しめるように、三時間で昼夜が逆転するようになっている。つまり現実で言えば六時間で一日が経過する仕組みだ。
夕景から夜に完全に変わるのには、およそ一時間。
だがこのエリアに入って夕景になってから、まだ日が沈まない。もう一時間などとうに過ぎたというのに。
やがて二手に道が別れていた。
「マリエッタ、街はどっちだ?」
「左にはなかったですわ」
どうやらマリエッタは左から来たようだ。ならばと右を選ぶ。正解かどうか。
それから更に十分ほど進み――
視界が開け、ユーゴーは足を止めた。
ここはどうやら山の中腹だったようだ。
足元は切り立った崖。眼下にはこれまでのエリアのような荒野が、地平線の果てまで広がっていた。
すぐ近くの地上には、小さいながら街も見える。
ユーゴーとマリエッタは足を踏み外さないように、ゆっくりと崖沿いの道を下っていった。
そして日が沈む頃、ようやく街のゲートへと辿り着いた。
「そこで止まれ!」
見張り台の上から、男の大きな声が響く。
ユーゴーは言われたとおり素直に立ち止まった。見張りの男の銃口がこちらを向いているからだ。もちろん負ける気はないが、倒して扉が開くものでもない。それに指名手配されたら、メインクエストを進めるのに面倒な敵が増えるだけだ。
「通行証を見せろ!」
もちろんそんなモノは持っていない。
ユーゴーはマリエッタに期待をして目線を送るが、
「そんなもん、持ってないですわ」
と、済ました顔で言うのだった。
「使えねえ!」
「しょうがないじゃないですの! 私だってこの街は初めてなんだから!」
「なあ、何とか入れてくれないか? なんなら金を払おう」
わめくマリエッタを無視して、無駄だろうと思いつつ頼んでみる。
「お前ら異郷人だな! ならダメだ、この街に入れるわけにはいかん! 今すぐ立ち去れ!」
この街の外から来た奴はみんな、異郷人と呼ぶのだろうか。
「お決まりの台詞どうも。ちなみに街の名前はなんだ?」
「【吹き溜まりのボトムス】だ! 肥溜めの底に溜まったクソよりひでえ街だ、さっさと帰んな!」
「随分自虐的なんだな」
「下衆な奴らのパラダイスさ。本当ならお前らみたいなカモそうな奴は大歓迎さ。だが最近になって異郷人の襲撃があった。奴らは下衆の上を行く外道だった。街も被害がひどいのさ。だから当分は通行証のない者は入れないことにした。分かったら回れ右って奴だ。鉛玉でダンスを踊りたくなかったらな」
門番はどうあっても通してはくれないようだった。
さてどうするか。
最初の街にして後回しにしなければいけないのか、それとも何か別の方法があるのか。
とユーゴーが考えあぐねていると――
突然、街の反対側で大きな爆発が起こった。
「何だ――い、異郷人の襲撃だと!?」
門番の男が無線に向かって狼狽した声を上げる。
「マリエッタ、行くぞ」
「ま、待ちなさいですわ、ユーゴー!」
ユーゴーはマリエッタを待たずに駆け出していた。
街の外周を回って、襲撃地点に向かうのだ。
おそらくこれが、街に入るイベントなのだから。