第4話 そして二人旅
「おい、お前は何をやっている」
「へ、変態男……!」
黄金の苗をアイテム袋にしまい、谷底を進んだ先。
五分も経っていないところで、マリエッタが地べたに座り込んでショルダーバッグの中身をありったけ広げていた。
いくらなんでも早すぎるだろ、とユーゴーは胸中でぼやいた。
「行商でも始めたのか?」
「うるさい! 今あなたに構ってる暇はないんですわ! 早くどこか行って頂戴」
すぐに自分の荷物とのにらめっこに戻るマリエッタに、ユーゴーはすたすたと近寄った。
「ない……! ないですわ……!」
「お前の探し物って、これか?」
「るっさいですわね! って――黄金の苗!」
マリエッタが両手を伸ばしてくるのを、ユーゴーはギリギリのところで手を上げて避けた。
そして見せびらかすように、白い袋の端を摘まんでぷらぷらと振ってみせる。
「さっき拾ったんだ」
「それは私のですわ! 返して頂戴!」
「証拠はない!」
指を突きつけ声高に叫んでみた。
本当のところはユーゴーももちろん分かっているのだが、マリエッタとの会話が楽しくてついやってしまう。
「あ、ありますわ!」
マリエッタが反論してくる。
「ほう、どんなだ」
「ちゃんと名前書いてあるんですのよ」
「どこにだよ」
袋にも、根を覆う布にも書いてなどいない。
「ここに書いてありますわ。ほらここ」
マリエッタが近づき、ユーゴーは彼女の指差す箇所を覗きこみ――
手が伸びてきたところで、ひょい、とかわすのだった。
「ふっあまい」
「うぅ、お願いだから返して下さいまし!」
あまりにも必死な表情で飛び掛かってくるので、ユーゴーはいたたまれなくなって返してあげた。NPCのくせにこれだけ良心を揺さぶられるとは思わなかった。
マリエッタは黄金の苗を鞄にしまうと、ぱんぱん叩いて満足気に頷くのだった。
「それにしても、やっぱり会話が出来るってのはすごいな」
「あなたは異郷の人なんですの? 言葉は同じなんですわね」
「ああ――まあそんなところだ」
言いながら、ユーゴーは考えていた。
NPCは、どこまで会話が可能なのかを。
「一人旅か?」
「これで一安心ですわ」
改めて鞄を肩にかけて、準備完了とばかりにマリエッタが伸びをした。
「あ、私は一人旅ですわよ」
「そうか」
相槌を打ちながら、しかしユーゴーは早速会話の妙に驚いていた。
普通ゲームにおいて会話というものは、直前の相手の台詞を受けて、関連性のある言葉を返すのが常だ。【名前を聞かれたら、名乗る】、【道を尋ねたら、教える教えない、あるいは知らないと答える】といったように。
そう考えた場合、いくら高性能AIで無限に近い会話パターンを持っているとしても、こちらの問いかけに答えを返す間に、独り言を挟むなどあり得ないのだ。
音声認識の対話系ゲームだって、会話中に独り言は挟まない。
もしも挟めばそれは、直前のこちらの台詞を認識していないことになる。
つまり会話は途切れた状態、だ。
だがマリエッタは、独り言を挟みながらも『一人旅か?』に対する答えを発した。
もはや高性能という言葉ですら表現しきれない次元だ。
まるで現実の人間と会話しているかのような感覚。
「あなたの名前はなんて言いますの?」
「ユーゴーだ。よろしく」
握手を求めると、マリエッタは快く応じてくれた。
まあいいか、とユーゴーは思った。
現実と錯覚するほどの会話が出来たからって、ゲームでなくなるわけではない。むしろ会話だけでずっと遊べそうな気さえする。ここは素直に開発者の技術に感謝するところだろう。
「で、どうしてこんな所に一人で?」
その問いにマリエッタは迷った素振りを見せたが、やがて諦めたのか溜め息をついた。
「もう見られちゃったから隠してもしょうがないので言いますけど、私は黄金の苗を植える場所を探して旅をしてるんですわ」
しまった苗を守るかのように、マリエッタが鞄に手を当てる。
「で、この山を越えようとして道に迷って――そしてユーゴーに会ったんですの」
「なるほどね」
マリエッタを苗が植えられる場所に到達させることが、このエリアでのメインクエストのようだ。
もちろん、メインクエストというものはプレイヤー全員に用意されているものだ。
そして絶対にクリア出来るように作られている。
だから例えば、今ここでマリエッタを撃っても彼女は死ぬこともないし、置き去りにしていってもずっとここでユーゴーを待ち続けるだろう。
置き去りにして、先に周辺の探索をするのも攻略の一つの手ではあるが――
「よし、じゃあ俺が手伝ってやる」
誰よりも早くストーリーを楽しみたいという思いと、マリエッタというキャラと会話をもっと楽しみたい、と思ったのだ。
「あなたは黄金の苗を返してくれた人だから信用してもいいかもしれないのだけど……どうして手伝ってくれるんですの? 私、払えるだけのお金もないですのよ?」
「お金は要らない。俺はただ、この地で最初に出会った縁って奴を大切にしたいだけなんだ。もしも別行動がしたくなったらそこでお別れでいいよ」
微笑んでやると、マリエッタは喜んだ後で――申し訳なさそうな顔になった。
「……でもユーゴーもユーゴーの旅があるんじゃないですの?」
「当てのない旅、ってやつだ。格好いいだろ?」
「自分探し、ってやつですわね」
「ヤメロそんな言葉ゲームで聞きたくない」
現実で自分の居場所が見つけられないからGIOに没頭していただけに、痛い一言だった。
「げーむ?」
「ああいや何でもない……とにかく俺はマリエッタを手伝うよ」
手を差し出すと、不敵に笑うマリエッタもユーゴーの手を握り返してくれたのだった。