第30話 戦う理由
【Location:歓楽殉教地ジェイヴ・ツー サウザンドラジオ 04:11】
「こんなものが街の正門に打ち付けられていた」
サウザンドラジオ本部ビルの一階、来客用の一室。
オルギンがガラスのテーブルに広げた紙に、ユーゴーとマリエッタは並んで前のめりになりながら凝視する。
「まったく、お前の相手してるプレイヤー達はたいした悪党だ」
オルギンのぼやきに、ユーゴーも同じように思った。
「『黄金の苗は我々が持っている。明日の午後一時に西の鉄塔群に赤髪の少女を連れて来い。来なければジェイヴ・ツーはこのエリアから永久に消えることになるだろう』だと……」
明日、とは夜が明けた今日のことである。土曜の昼ならログインしている者は多い。
五人同盟は、ジェイヴ・ツーの街を守りたければマリエッタを人柱に寄越せと言っているのだ。
ユーゴーはオルギンをちらりと見やった。短い付き合いだが、オルギンは極めて合理的に利を取る男だと分かった。
街と一人の少女の命の天秤は――
「マリエッタ嬢を差し出しても、結局奴らはジェイヴ・ツーを見逃したりはしないんだろ?」
「まあそうだろうな」
この戦いにおいて、街を守る方法はもう敵を殲滅する以外にない。オルギンもそれを重々理解しているのだ。
ましてや今、敵の居所が分かっている。
「奴らの狙いはあくまで俺とマリーで、街は後回しのはずだ。遊ぶのはいつだっていいんだからな。なら、全員鉄塔群とやらにいる可能性が高いな。……どんな場所なんだ?」
「廃棄鉄塔群グランフォリア。大昔の巨大送電鉄塔群だ。完全に廃棄されていて鉄屑集めるくらいしか使い道がない」
「なるほどね……」
「少し分からねえんだが、どうしてお前達が必要なんだ? 狙われていた理由は黄金の苗だろう? なら敵の目的は達成されただろう」
手にした者に絶対の繁栄を約束すると言われている黄金の苗が奪われたとなれば、目的はそれだったと誤解してもおかしくない。
「ゲームをしているつもりのプレイヤー達は一つ勘違いをしてるんだ。黄金の苗とマリエッタ。この二つを揃えた状態で目的地に届けないと、ゲームがクリアにならないと思ってるんだ。鍵とダイヤルの番号を揃えないと金庫が開かないようにさ」
ユーゴーは自分も以前、同じように考えていたことを思い出した。
そう思っていたからこそ、マリエッタと行動を共にし――こうして巻き込んでしまったのだ。
だから、もうこれで終わらせる。
「よし、すぐ出よう」
オルギンに目配せをして紙を握りつぶす。
「あ――」
と、ずっと黙っていたマリエッタが、勢いよく立ち上がった。
「あなた達は、ここに残って下さいましっ」
両拳をぎゅっと握り締めるマリエッタに、ユーゴーもオルギンも沈黙を保ったまま見つめる。
壁の振り子時計は、追い立てるように打刻を続けている。
「これはっ、私の問題、なんですわ。だからもう、ユーゴーもオルギンさんも付き合う必要なんてないんですわ!」
取り戻す算段も何も、持ちえてはいないのだろう。
最終目的を忘れるほど、目の前の出来事に全力でぶつかってしまう子だから――
だから、ユーゴーは声を上げて笑った。
オルギンもほぼ同時に、彼にしては珍しく愉快そうに笑った。
「な、一人でだってちゃんと取り戻してみせますわ――だから笑わないで……」
男二人の高笑いに、マリエッタが傷ついたように俯く。
「マリー、お前は猪突猛進馬鹿娘なりにどーんと突撃の狼煙を上げればいいんだ」
「そうだな。派手に行く方が似合ってるぜ」
「あ、あなた達には、戦う理由がありませんわ!」
決意の熱が冷めるのを恐れるように、マリエッタは一人で部屋を出ていこうとする。
その背に、ユーゴーは『ある』と告げた。
「お前が俺を巻き込んだと同時に、俺もお前を巻き込んでいるんだ」
「マフィアの報復は立派な義務で権利なんだぜ」
「でも……!」
二人は立ち上がり、ドアの前で立ち尽くすマリエッタの肩をそれぞれ左右から軽く叩き――
『いいから、素直に俺達に頼れ』
同時に呟いて、通り過ぎた。
オルギンはコートを羽織り、ユーゴーはテンガロンハットをかぶる。
後は敵を蹴散らすのみだ。
背後から小さな嗚咽が聞こえる。
捕食者はどちらか。
二人の牙は、もう噛みしめるのを待つだけだ。




