第2話 NPC マリエッタ
【Location:不明 18:16】
「緑はなかったか……」
目の前に広がる光景に、ユーゴーは一人呟く。
この瓦礫と荒野がウリのGIOに、緑は基本的にどこにもない。
だからつい、この隠しエリアは実は森が広がっているのではないか、なんて思ってみたのだが――そんなことはなかった。
見通しの悪い、すり鉢状の谷底のような場所。
進む道は北に伸びる、崖に挟まれた一本道のみ。
情報は少ない。
とりあえず一本道を進もうとユーゴーが歩き出したその時、道の向こうから女がやって来た。
つばの広い羽つきの赤帽子に肩までの癖のある緋色の髪、裾の長い赤いドレス、革のブーツ。
猫のような瞳は強気な性格を表している。
見た目で言えば、家を飛び出したワガママお嬢様というのが一番合っている表現だろう。
身体の上に名前が表示されないから、NPCのようだ。
互いに姿を認識し、立ち止まる。
「あなた、どこから来たんですの……?」
「どこって――」
答えようとした瞬間、
「ま、待ち伏せね! 死にたくなければ、両手を挙げて後ろを向きなさい」
銃を抜き、少女が睨みつけてくる。
いきなりイベントが開始されたようだった。
だがNPC相手に会話など出来ないので、喋らせて先の展開を待つだけである。
何らかのイベントがすぐに始まるだろう。
「なに突っ立ってるのよ。さっさとしなさい」
後ろを向くかどうかでイベントが分岐するのだろうか。
だが後ろを向いたら、きっとイベント的に良くない結果になりそうである。
とは言え、いきなり殺すわけにもいかない。
だからユーゴーは、何もせずに少女の次の行動を待つ。
待つことで進むイベントもあるかもしれない、と思って。
しかし少女は何も次の言葉を発さず、ただ睨みつけてくるだけだった。
「なんだ、これ以上は何も喋らないのか」
「なんだとはなんだですわ! 次の言葉があるわけないでしょうっ!」
「な……会話をしているだと……!」
「当ったり前じゃないですの! あんたに話してるんだからっ!」
指をびしっと俺に突きつけ、少女がわめく。
これは相当面白いエリアかもしれない。
新しいAIを搭載した実験エリアだろうか。
会話がほぼ無限のパターンができるというなら、まだ公には出せないとしても、納得できるというものである。
「でもなあ……名前も分からないキャラはどうでもいいって相場が決まってんだよな」
「ああ、そういうこと。これは失礼しましたわ」
そう言って、少女は立ち上がりドレスの裾を摘まんでお辞儀をしてみせた。
「私はマリエッタ・フィッツジェラルド。最強の賞金稼ぎ――ですわ」
お嬢様然とした格好で賞金首とは、なかなか面白いキャラクターだった。
「自己紹介まで出来るのか。俺は【流浪の支配者】ユーゴー」
「れむなんと?」
「流浪の支配者、と書いてレムナント。二つ名システムってあるだろ」
名声や悪声が高まると、街で噂されたり賞金首のポスターになったりすることがある。
その時に使われるのが、この二つ名なのである。
これは各アカウントのプレイデータを分析して、有名になった時に運営側によってつけられる。
ユーゴーの場合は「流浪の支配者」と書いて、レムナント。
誰ともパーティーを組まず、誰にも負けないことから運営に貰った二つ名だ。
貰った時、ちゃんと見てくれているものだと感心したものである。
「ふたつなしすてむ?」
「なるほど、そういった言葉は通じないのか」
ユーゴーは一人納得する。
ゲームのシステム的な単語は通じないのも仕方ない。
「【流浪の支配者】ユーゴーってのは最強のガンマンってことだ」
「へ、へえええ……随分大きく出ますのね」
マリエッタの頬に今更ながら冷や汗が伝ったように見えた。
「やるかい?」
「退くなら今のうちでしてよ?」
「そっくり返すよ」
ユーゴーは懐に手を入れ、愛銃を抜き放った。
その瞬間。
マリエッタが全力で背を向け、逃げ出したのだった。