第20話 VS爆弾魔フレード③ 罠を仕掛けたのはどちらか
さすがに正面きっての戦いでは分が悪いフレードが、一枚の扉の奥へと消える。
そこでユーゴーは一旦足を止め、回復とリロードを行った。
絶対に負けるわけにはいかない。
深呼吸をし、爆弾が仕掛けられていないか確認しながらフレードの消えた扉を開ける。
そこは屋上に続く外階段だった。
「辿り着いたぞフレード」
階段を上がりきったところで、ユーゴーは屋上の端に立つフレードと対峙する。
屋上は所々に排気ダクトがある以外は見通しがよく、隠れる場所はほぼない。地雷はあちこちに設置されているが、撃って爆発させてしまえる距離なので問題ない。
だがフレードに諦めた様子はなかった。病的な笑みをまだこちらに向けている。
「もういいやユーゴー。ゲームなんてやめだ。銃をしまえ」
「何言ってんだ、追い詰められてるのはお前だ」
「いいのかなぁ~? そんなこと言っちゃって」
くふふ、と篭もった笑い声を上げるフレードが、左手のリモコンを操作した。
と、遠く商業区の方でまた爆発が起こった。
「お前……!」
「なんだか知らないけど、本当に街を壊されるのが嫌みたいだねえ? なら銃をしまえ」
ユーゴーはおとなしく銃を懐にしまった。これ以上自分のせいで街の人が死ぬのは見たくなかった。
「フレード! この世界はゲームじゃ説明できないことだらけだってどうして気づかない! 少しでも人々と会話すれば違和感を感じるはずだ!」
「したよ。ボトムスでかわいい踊り子のNPCと。同じ台詞を決して吐かなくて楽しくて、萌え死にしそうだったから無理矢理連れて行こうとしたんだ。したらさ、ビンタされてさー。ダメージ1とか表示されてやんの。あんまりむかついたから両腕吹き飛ばして、胸元からリモコン爆弾入れてやったよ。したらどうなったと思う?」
ユーゴーは言葉が出なかった。
その場面を想像して、思わず涙が滲んだ。
「取り出せもしないのに、ない腕で必死に爆弾取り出そうとしてんの。あれは笑ったわー。思わずスクリーンショット取っちゃったよ。でさ、お次は哀願してくるの。助けてくださいって。
じゃあお前は今から僕の犬だ、犬なりにご主人様に助けをおねだりしてみろって言ったら、キャンキャン言っちゃってさ。もうかわいいペットの姿に思わず爆弾のスイッチを――」
「もういい!」
頭を振ってユーゴーは叫んだ。
「人間のすることじゃない……!」
「これはゲームだ。倫理観に縛られてる僕達が解放される場所さ。何をしたっていいんだ!」
「たとえゲームだとしても! そこまで必死なお願いなら倫理観が揺さぶられたはずだ! それをお前は!」
「心までこの世界に囚われちゃってユーゴー、君バカじゃない? まあおかげで君は手も足も出せないようで楽しいけどね? ほら、これ以上街を爆破されたくなかったら、ゆっくりとこっちに歩いてきなよ。で、そこの地雷を踏め。地雷、見えてるんだろ?」
「お前だけは絶対許さねえ……!」
フレードに憎しみの篭もった瞳を向けながらも、ユーゴーは言われたとおりに地雷を踏んだ。
おそらく一撃では死なないだろう――
足元から爆炎が上がり、ユーゴーの視界が炎と赤いフラッシュで包まれる。
ダメージ100。嬲り殺すつもりなのは明白だった。
「ほら次の地雷を踏め」
心底愉快そうに笑うフレードに瞳を向けたまま、次の地雷を踏む。ダメージ100。
まるで一割ずつHPを減らしていく呪文のように、フレードは『ほら次』と口にし続ける。こちらには地雷が見えていると知っているから、誘導の必要がない。
ユーゴーはHPを100ずつ確実に減らしながらも、地雷原を前に進み続ける。
そして残りHP199。
目の前にある地雷を、ユーゴーは跨いで超えた。
「……何のつもりだ」
「この地雷は踏みたくない。200以上のダメージかもしれない」
「まだ勝つ気でいるの? ムリだって、この距離なら手榴弾でも僕の銃の腕でも当てて起爆できる。それにまあ、種明かしをすれば全部100だよ。まだ大丈夫! 安心して踏みなよ」
フレードとの距離は十メートルほど。クイックドロー――早撃ちには自信がある。しかし一撃で倒せなかった場合は、街に更なる犠牲が出る。
敵もそれを分かっているようで、
「後ろを向け。早撃ち勝負なんてさせないよ」
リモコンをちらつかせてくる。
おとなしく、ユーゴーはフレードに背を向けた。
「しょうがない、本当は地雷だけで君を殺したかったんだけど、まだ勝つ気で何か企んでいるみたいだからね。君が地雷を踏むと同時に手榴弾で殺してあげるよ」
「なあフレード、お前は俺のスキル構成を知っているのか?」
指を震わせながら、ユーゴーは問いかけた。
「当たり前だろ。【接近警報】・【地雷探知】・【重化】だ」
「そうか。――まだそう思ってくれているか」
呟くと同時に目の前の地雷を踏む。
爆風がユーゴーの身体を吹き飛ばした。
フレードに向けて。
自らを弾丸と化したユーゴーは空中で体勢を立て直すと、回し蹴りの要領でフレードの左手のリモコンを蹴り飛ばした。そして着地と同時に半回転、フレードの顎の下に銃を突きつけ即射する。
三発入れたところで、フレードが蹴ってユーゴーを引き離した。
途中でフレードが武器を抜いたため三大致命は二発しか入らなかったが、四割のHPを削っていた。
今ので殺せなくても状況は変わらない。もうリモコンはないのだ。
「【重化】外しやがったな……!」
「お前なら後ろを向け、って言ってくれると思ったよ」
ユーゴーは銃口を突きつけながら言った。
スキルはセットするのはリストから選ぶ時間がかかるが、外すだけなら二、三の動作で完了できる。
背を向け、左手で自分にしか見えないステータス画面を呼び出し、操作する。
絶対優位に立っていたフレードには、ユーゴーが悔しさに指を震わせたように見えたかもしれない。
そして後ろ向きに地雷を踏めば、吹き飛ぶ方向はフレードだ。
「敵のスキル構成を知って油断したお前の負けだ」
「次は絶対負けないよ」
「次なんてないさ」
「あるよ」
フレードが左半身を覆うマントを開け、笑った。胸に爆弾が取り付けられていた。
「君が引き金を引くのと同じ速度で起爆できる。爆破範囲は半径三十メートル。僕は死ぬだろう。でも君も死ぬねえ?」
屋上の淵まで後ずさり、ちらりと下を確認するフレード。
「逃がせと?」
「そういうこと。じゃ、僕は一旦退くよ」
屋上から飛び降りるフレード。
ユーゴーは淵に歩み寄り、下を見た。管理小屋の屋根にフレードが着地していた。
「じゃあまたねー」
嘲笑うように手を振るフレード。
「フレード。言ったよな? 次はないって」
「え」
疑問の声をフレードが上げた時には、ユーゴーはポケットから取り出したリモコンのスイッチを入れていた。
瞬間、管理小屋が爆破され、フレードは崩落に飲み込まれていった。
敵を待ち構えて戦う者は、どんな奴でも退路を確保しておくものである。
だから最初に立ち寄った時に仕掛けたのだ。工場に隣接しているというのが匂ったから。
ユーゴーは銃をしまうと、階段へときびすを返した。




