第1話 隠し新エリアへの侵入
【Location:プロミシア鉄道233便 3号コンパートメント 17:56】
『本日はプロミシア鉄道を御利用頂き、まことにありがとうございます。当列車は、プロミシア経由ハックルベリー行きです。東西レオノラ貫通トンネル通過中は、2号食堂車をぜひ御利用下さい。プロミシア名物サボテンのクリームソテーも御用意いたしております――』
車内アナウンスを聞き流しながら、ユーゴーは窓の外の暗闇をじっと眺めていた。
等間隔で通り過ぎるトンネルのガス灯は、別段何も面白くない。
三号車のコンパートメントの一つに、今ユーゴーはいる。
個室は料金が桁違いに高いのだが、普通の座席にいると他のプレイヤーやNPCがうるさい。
「それにしてもこの時期に新イベントとはね……」
大型アップデートを間近に控えた時期に、新イベントを起こすことはGIOでは今までなかった。それが今回に限ってあるとは、まったく運営側も意地悪である。もしかしたら別のゲームに人を取られまいと、小刻みにイベントを実装するように転換したのかもしれない。
このGIOというゲームは、いくつかのエリアに分かれた広大な世界を、エリアのボスを倒したりクエストをこなしたりして先に進んでいくアクションオンラインRPGだ。
ヘッドギアとグローブ式コントローラー、それにモーションキャプチャーの装置のようなものを身体に貼り付けて、世界に飛び込むのがウリだ。
指先や腰、あるいは足のつま先を軽く動かすだけで、現実と同じような動きを可能にしている。慣れは必要だが、慣れてしまえばゲームならではの身体性能で、現実以上の動きを可能にする。
そうして動き回るバーチャル世界の進み方は、プレイヤー次第。
メインシナリオをやるもよし、サブクエストをやるもよし。
善人プレイでヒロイズムに浸るもよし、悪人プレイで日頃の鬱憤を晴らしてもよし。
プレイヤーを倒すPKをしてもよし、賞金首になったPKを追っかけてPKKプレイをしてもよし。
色んなことの出来るGIOだが、ユーゴーは数ヶ月前のアップデートで追加された新エリアを含め、もうこのゲームを三十二回クリアしている。
考えられるすべてのプレイスタイルも試したし、正直目新しいことはもうない。
それでもこの世界にまだいるのは――
「そろそろか」
NPCの情報によると、何時間もトンネルを歩いたとのことだった。
三時間以上は歩いたと推測するならだいたいトンネルの中心辺りかと思い、それなら歩いて入るよりも列車に乗った方が早いと至ったのだった。
しかしトンネル内で真ん中という目印があるわけでもない。
だからユーゴーはゲーム内の時間を計算していた。
トンネルに入ってから抜けるまで、グリーン・アイル時間で三時間四十分。
つまり一時間五十分の地点がちょうどトンネルの半分である。
一時間三十分を過ぎて、ユーゴーはゲーム内の時計を見るのをやめる。
そろそろ行動に移らなければ、トンネルの真ん中を通過してしまう。
コンパートメントを出て、列車の最後尾に向かう。
十三号車の奥のドアを開くと、そこは鉄柵で仕切られたちょっとしたテラスのようになっていた。
車内と違って、線路を車輪が軋ませる音がうるさく響いている。
左右のガス灯の光が、暗闇の奥へ吸い込まれるように流れていく。
しかしこれは盲点だった。
元々帰還系アイテムがあるせいで、こういった列車のような移動手段は、序盤を除き敬遠される傾向にある。中級者以上にとっては、たまに起こるイベントの時以外は、ただ時間を食うだけの存在でしかないのだから。
そして自分の足でこのトンネルを歩くのはえらく時間がかかる。
結果何もないのは、ユーゴー自身が足で昔に確認している。
加えてネットにも『トンネルには何もない』と情報がしっかり記載されている。
だから、盲点なのだ。
鉄柵を飛び越え、着地と同時に前転回避行動を取ってダメージを軽減。
LV50以下なら列車から落ちるのは、ほぼ即死を意味する。
LV99のユーゴーでも、軽減してようやく三割のダメージで済むくらいだ。
「さて……何があるのかな」
トンネルから来た、ってことはどこかにトンネルから外に抜ける道でもあるのだろう。山脈中ほどに出るなら、そこはまだエリアとして存在しない場所だ。新しいエリア。大型アップデートではないから、ちょっとしたイベントだろう。しかし新しいというのはそれだけで素晴らしいことである。
そんなことを考えながら歩いていると、突然視界にノイズが走った。
強制的に映像が切り替わるような感覚。
「くっ……」
現実のユーゴーが一瞬めまいを覚えるほどの、強烈なノイズによる歪み。
しかしそれも一瞬のことだった。
空間が歪曲したかのような感覚のあとには、トンネルの壁に見たこともない扉が出現していた。
顔の高さに格子つきの覗き窓のある、赤錆びた鉄の扉。
ここからNPCは来たということのようだ。
扉を開けると、すぐに階段が上に向かって伸びていた。
ユーゴーは明かりもない暗い階段をひたすら駆け上がった。
そして外の光が見え、ぐんぐんと光は大きくなって、ついには視界一面に広がって――ユーゴーはようやく外に出たのだった。