第14話 追われ続ける二人
【Location:吹き溜まりのボトムス北の荒野 11:12】
夜明けと共に吹き溜まりのボトムスを出発したユーゴーとマリエッタは、予定通り北を目指して旅を進めていた。
道はコンクリートの道路が少し残っているところを探して、それに沿うようにしていた。
瓦礫や石礫の大地よりは歩きやすいのと、何より道があるなら先に街がある可能性が高まるからだ。
「ねえ、どうしてユーゴーは寝てる時まったく動かないんですの?」
「マリエッタ。それはとても深い質問だ」
「マリーでいいですわ。それで、どうしてですの?」
ユーゴーは少し後ろをついてくるマリエッタに軽く振り向いた。彼女は暇を持て余したのか、両手を広げながら道路の白線をなぞるように歩いていた。まるで足の幅ギリギリの綱でも渡っているかのように。
「もしかしたら呼吸すらしてないかもしれないけど、病気でもなんでもないことは確かだから気にすんな」
寝る時は動きを現実に戻さないと大変なことになる。
グローブやモーションキャプチャ式の感覚器のおかげで、現実の動作の感覚で動けるゲームではあるが、実際には身体は微小な動きしかしていない。つまりほとんど【動いたつもり】で動かしているのである。
だから現実で激しく動いた場合、この世界ではかなり増幅されて伝わってしまう。意識がゲーム内にある場合はあまり起きない事態ではあるが――たまに操作をGIOに残したまま寝る、俗に言う『寝落ち』した奴が、荒野のど真ん中で跳んだり転んだり、顔を地面にこすり付けてゾリゾリ動いたりしながら銃を乱射するような場面を目撃する。
そんな奇行を行う奴に出会ったら『グッナイ』と優しく言って殺してあげるのが礼儀だ。
「修行……積んだんですのね」
「そうだ。仮死状態睡眠と言う」
「メリットなさそうなんだけど……」
マリエッタが半眼になってぼやく。
「でもお前、早起きだよな」
「レディーは朝の身支度に時間がかかるものでしてよ?」
「ま、早く起きれるのならそれでいい」
とても大事なことだった。
危険があった時、こちらからマリエッタを起こすことは出来ても、マリエッタからこちらを起こすことは出来ない。なんせ寝てる間はユーゴーはこの世界に身体しかいないのだから。
「もし俺が寝てる間に誰か襲ってきたら、容赦なく俺を捨てて逃げろよ」
「後味悪いこと言わないで下さるかしら」
「俺は死んでも死なないんだ」
「アホですの?」
「お前にだけは言われたくない」
一人ごちて、ユーゴーは立ち止まった。
確かにこの世界でのユーゴーは死ぬが、現実で死ぬわけでもない。
しかしそれを信じてもらえるだけの説明が出来そうにもない。
「まあいいや。忘れてくれ」
「変な人ですわね」
説明放棄。
首を傾げるマリエッタを放って、ユーゴーは再び歩き出した。
だが――街を出てから今まで、ユーゴーはもう三組ものプレイヤー達に襲われていた。
二つ名すら持たないような雑魚ばかりだから苦はなかったが、正直面倒だった。
それもすべては、昨晩ネットの掲示板で『ユーゴーがこのエリアのメインイベントを進めている。マリエッタという少女と黄金の苗がクエストのキーと思われる』と書き込まれたせいだ。
きっと【選民の魔眼】オズワルドが書き込んだに違いない。
唯一の救いは、新エリアに入った者だけが知る掲示板であったこと。さすがにオズワルドもライバルを無駄に増やしたくはなかったのだろう。
「あっ! 街ですわよユーゴー!」
地平線に荒野の旧文明のビルとは別の建造物群が見え、マリエッタがユーゴーの脇を駆け抜けて飛び跳ねた。
ユーゴーは双眼鏡で確認した。ボトムスより随分大きな街のようだった。
正直、この世界のキャラクター達が現実に生きていると信じた以上、あまり街に近寄りたくはなかった。今や自分はこの世界にいるすべてのプレイヤーの標的なのだ。
現実だと気づいていないプレイヤーは、ユーゴーが街にいれば容赦なく建物を破壊するだろう。人々を虐殺するだろう。これがゲームだと思っているうちは、引き金は宙を舞う埃よりも軽い。
しかも掲示板では【五人同盟】なるプレイヤーの連合軍が結成されたという情報もあった。
強力なプレイヤー達だとしたら、街に甚大な被害が出るかもしれない。
だが街に寄らずにはマリエッタは生きていけない。食料は街の外での入手は絶望的だからだ。ユーゴーはこの世界で何も食べずに過ごせるが、彼女はそうはいかない。
だから寄るしかない。
滞在は長くて数時間。
その間、襲撃がないことを祈るしかない。
「看板、ありましたわ!」
考え込んでいるうちに、マリエッタはものすごい先まで進んでいた。ユーゴーは慌てて、手を振る彼女の元に走った。
「勝手に先に突っ走るなって!」
「ええっと、歓楽殉教地ジェイヴ・ツーですって! 私聞いたことありますわ!」
ユーゴーの言葉が聞こえていなかったマリエッタは、嬉しそうに街の名前を叫ぶのだった。
それを見ると、ユーゴーはとても食糧買い込むだけだとは言えなかった。
少しだけなら寄り道しても大丈夫だろうか。
要は自分が見つからなければいい話なのだ。街は広そうだし、自分はもはやRPGと思っていない。目立つ建物やイベント事に関わらなければ、他のプレイヤー達に出会う確率はぐっと抑えられるだろう。
「このホットスプリングスが有名なんですのよ」
「なんだそれ」
「地面からお湯が湧き出るんですのよ! すごいですわよね!」
看板の絵を見て、ユーゴーはすぐに温泉だと理解した。
車上からでもはっきり見えるように設置された、幅十メートルはあろうかという巨大看板には、ジェイヴ・ツーの見所などがコミック調に描かれている。
「これは……行くしかないですわね」
「入る暇があったらな」
「ホットスプリングスは乙女の浪漫でしてよ!」
「追われない人生送れるようになってから言え」
ユーゴーの言葉にマリエッタが大仰にうなだれる。本来は彼女の旅だから好きにさせるべきではあるが、それは【観光であったなら】という注釈つきだ。
「でも……」
「お前は何のために旅をしているんだ」
「もちろん観光の――」
拳を作って力説しかけたところで、マリエッタが動きを止める。
そしてそのまま冷や汗のようなものを流し、
「こんな楽しそうな看板がいけないんですわっ!」
看板に何発も蹴りを入れた。
どうやら本気で目的を忘れかけてたらしい。
「と、いうわけでユーゴー! 北を目指しますわよっ!」
「どっちがゲーム気分か分からなくなってきたわ……」
今度はユーゴーがうなだれる番だった。




