第10話 命かデータか
「ログアウトは、このエリアでは出来ないみたい」
「俺だけのバグや接続不良ではないんだな?」
「私も出来ないし、他にこのエリアに来てる人も出来ないって騒いでる。あとゲーム内メールも出来ないでしょう?」
「ああ。面倒臭いことこの上ない」
「ログアウトやメールは、最初に来たゲートから元の世界に帰れば出来るわ」
「不具合ってわけじゃない、と?」
「ええ、あくまで仕様――だったらよかったんだけど」
クランが唇に指を当て、考え込む。
「ユーゴー、あなたさっきPKしたわね?」
「どうして知ってるんだ」
「掲示板で叫んでるのよ、新エリアでユーゴーに殺されたって奴が」
「どうせまた俺をぶっ殺す、とかだろ?」
「いいえ。『キャラクター情報がすべて消去された』って。それも三人」
確かに街の外壁での銃撃戦の時、ユーゴーはプレイヤーを三人殺している。
数が一致していることの信頼性――
「待て、このエリアで死ぬとキャラ情報消えるってのか?」
「そうみたいね。でも、もしかしたらそんな生易しいものじゃないかもしれない」
そう言って自分の肩を抱くクランは、何か空恐ろしいものを感じているようだった。
「私の兄はね、GIOの開発チームの責任者なの」
「初耳だな」
「どうせそんな情報、ユーゴーは興味なかったでしょ?」
「ま、この世界の住人の俺にとってはどうでもいいな」
大切なのは、GIOという世界がいつまでも銃声が鳴り止まない楽園であり続けることだ。ならず者と硝煙と死体に満ちた荒野を己の身一つで生き続けさせてくれれば、それでいい。
「その兄が言ったの。こんな新エリア、自分達は作ってないって」
「作って――ない?」
だとしたら、どうしてこのエリアが存在するのか。
「兄貴が驚かせようと嘘ついたんじゃないのか」
「……それも考えたわ。でも性格的にあり得ない。兄は自信家で、自分の作る物を自慢するのが好きだもの。それにね、もっとあり得ない事実がある」
クランが空を仰ぐ。
と、背後の扉が開いて、マリエッタがそっと顔を覗かせた。
「あの。私、お腹すいたからお菓子食べるんだけど、よかったら一緒にどうかしら?」
「ありがとう。でも私達、今お腹すいてないの。気持ちだけ受け取るわ」
仰向けのまま逆さにマリエッタを見据えて、クランが微笑んだ。
実際の歳はマリエッタの設定年齢とそんなに変わらないだろうに、クランは見た目通りのお姉さんキャラをしっかりと演じていた。
「ありがとう。でもそれはお前が食べて、で、しっかり寝とけ」
「ふん、子ども扱いしないでくださるかしら」
ユーゴーの言葉に、マリエッタはそっぽを向いて引っ込んだ。
「こういうことよ」
首を起こしたクランは、神妙な面持ちでユーゴーを見据えていた。そこにマリエッタに見せたような穏やかさは一切含まれていなかった。
「会話パターンが膨大すぎる。っていうか、もはやパターンやAIでは説明しきれない」
「高性能な会話の出来るAIは開発されているって聞いたことあるが」
「みたいね。でも高性能AIでも、今しがたあの子がしたような細やかな気遣いが出来るとは思えない。加えてこのエリアにいるすべてのNPCが、って考えると無理がありすぎる。何百人? 何千人? 膨大すぎるわ。それだけのキャラクターを管理するなんて、神でもない限り不可能よ」
「じゃあいったいなんだって言うんだ」
「このエリアは現実に存在する世界――ってことよ」
クランの顔に、冗談を言っている様子はなかった。
確かにこのエリアは驚きの連続だ。あまりにあり得ないことが多い。
だがその発想こそ、あり得ないのではないか。
「馬鹿げてる」
「異を唱えるなら反証が必要よ」
そう言われては黙るしかなかった。すぐにゲームだと証明する方法が思いつかない。
確かに、このエリアは【現実に存在する異世界】と考えた方が何もかも説明がいく気がする。
自由な言動で勝手に動き回るNPC達、街の住民の仕様を超えた警戒態勢。何より、全プレイヤーのデータに共通で反映される街の破壊――たった一度きりの世界。
「きっと何の偶然か、GIOはこの世界と繋がってしまったのよ。もしかしたらまったく同じような世界観だから惹かれあったのかもしれないわね。ちょっと試してみたけど、こちらの世界の銃は私達も使える。アイテム欄にデータ化は出来ないけれどね」
ほら、とクランが渡してきたサブマシンガンを受け取る。GIO序盤の店で売ってる粗悪なサブマシンガンそっくりだったが、少しだけ違うようにも思えた。
「それはこの街の人間が落とした銃よ。アイテム欄に入れてみて」
言われるがまま、ユーゴーはサブマシンガンをアイテム袋に入れようとしてみた。しかし『アイテム以外の物は入れられません』というメッセージが拒否SEと共に表示されてしまった。
「ほんとだ、入れられないな」
「ね。でも入れられないだけで使えはする。逆に私達の銃も、袋から出して実体化させればこちらの世界の人間に使える。効果はゲームと同じ、とはいかないでしょうけど」
「けど俺達こそデータだぞ」
「この世界の人間にはそう映ってないんでしょうね。だからおそらくは、私達はこの世界で人間として存在しているんだと思う。だからログアウトも出来ないし、死んだらキャラクターデータが消去されるのよ、きっと。そして傷薬は使えない」
クランが試してみたところ、ゲーム内の傷薬はこちらの人間には使っても効果がなかったらしい。逆にこちらの世界の傷薬を自分に使っても同じく効果なしとのこと。
「具現化できたところで、命の管理方法が血肉とデータじゃ、互換性があるわけないわよね」
「ま、俺はこの世界もゲームとして遊べるのなら文句はないけどな」
こちらの世界の傷薬が使えないと仕入れに元の世界まで戻る必要があるが、それでもたいした問題じゃなかった。
「そう? 楽しむのは結構だけど、これまでと同じと思っていると痛い目見るわよ――」
と、クランがいきなり突き飛ばしてきた。
直後に、ユーゴーの座っていた場所に銃弾が打ち込まれた。




