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第9話 武装商人クラン

【Location:吹き溜まりのボトムス・棄てられた教会 19:57】


「お、やっぱこっちは清々しい」


「ああああなた、いったい何なんですの!?」


 身体を動かすなり、横でマリエッタが驚き跳び退った。


「なんだよいきなり」

「なんだよじゃないですわ! いきなり身体が動かなくなりますし、呼んでも返事しませんし、脈計ったら動いてないですし!」


「そこ突っ込むかよ」


 ぼやきながら、ユーゴーはどこまでこのエリアのNPCは高性能なのかと驚きを隠せなかった。

 何も操作しなければ、ゲームのユーゴーはもちろん動かない。

 それを突っ込んでくるとは、システムに対して突っ込んでいるようなものだ。


 このエリアが【全員同じ世界】だと言うなら、ユーゴーが動かなくても時間は進む。それならば確かに、高性能AIのNPC達はこちらが動かないことを心配するというものだ。

 あまりに動かないままだと、マリエッタに死んだと思われてどこかへ行かれてしまう可能性もある。本当にログアウト出来るようにならないとクエスト失敗するのでは。


「でも脈はお前もないだろ」


「私は脈あるに決まってるでしょう!」


 一応腕を取ってみるが、やはり脈を感じ取ることは出来なかった。

 プレイヤーのユーゴー側に脈を感じ取るようなシステムは存在しないだろうし、NPCのマリエッタ側にも脈まで設定なんてされていないだろう。


「うん、ないな」


「ありますわよ!」


「じゃあ耳の裏側はどうだ」


「あう……」


 ここも人間なら脈を感じ取れる場所である。

 しかしもちろん感じ取ることは出来ない。


「分からんな。こうなったら一番近い場所で確かめるしかない」


「一番近い場所?」


「心臓だ」


「そこはちょっと待ってほしいですわ……」


「脈あると証明したいんだろ? ほら手をどけろ」


「う……」


 おずおずと胸を守っていた両手を下ろし、目をつぶるマリエッタ。

 小ぶりな胸のラインが、華奢な彼女に似合っていて可愛らしい。


 まさかここまで出来るとは。


 このエリアでは何でも出来る気さえしてきた。

 ゲームのキャラ相手とはいえのしかかってくる罪悪感と背徳感を、自分のキャラクター設定は鬼畜キャラだ、と言い聞かせて封殺。

 マリエッタの胸に触るのは、鬼畜なユーゴーならやって当たり前なのだ。

 手を伸ばし小さな胸のふくらみ、その先端に触れる――


「何当たり前に触ろうとしてんのよ」


 背後からの声と同時に、足元に銃弾が撃ち込まれた。


「危ねえだろっ!」

「あんたの発想が危ないわよ」


 振り返ると、西部劇から出てきたようなガンマン姿の女が、銃を構えながら怒りの形相で入り口に立っていた。銃口から立ち昇る硝煙が、教会の静謐な空気に溶けて消える。


 女の頭の上にはクランと名前が表示されていた。


 ウエスタンハットに腰までの長い黒髪で、切れ長の瞳は妖艶な美しさを放っている。きつく締めたウェスタンベストから覗く胸は、毎回思うが拝まない方が失礼というものだ。


 彼女は【武装商人グリム・トレーダー】という二つ名を持っている。


 プレイヤーにレアアイテムなどの売買をするのがプレイスタイルで、徹底して商人としてGIOに貢献した結果、運営側に二つ名を貰ったらしい。

 と言っても、ゲーム内の売買は顧客の確保でしかなく、その『撒き餌』に集まってきた奴ら相手に、もっとレアなアイテムを現実で売って金を得るのが、真の目的だったりする。


 ユーゴーはクランには、ゲーム内でレアアイテムを売ったり、弾丸を購入したりするくらいしかしていない。

 レアアイテムならユーゴーの方が断然手に入れているからだ。


「クラン、やけに早いじゃねえか……」


「この街にいたもの」


「くっ、あと三十秒お前が来るのが遅ければ……!」


「めでたくユーゴーを撃ち殺していたわね」


 クランが冷たく言い放ちながら、愛銃【アイリィ・ストレングス】をホルスターに収める。

 ユーゴーの【レムリア・クイーン】と同じくらいのレア武器で、破壊不可能なオブジェクトに対しては地面でもなんでも跳弾させるという、【確定跳弾リンク・オービット】というスキルのついた銃である。


「ちょっとユーゴー」


 指でこっちに来いと指示して、クランが教会を出て行った。

 マリエッタには分からない世界の言葉が多く飛び交うだろうから、確かに二人きりの方が都合がいい。


「マリエッタ、先に休んでてくれ」


「勿論そのつもりですわ。夜遊びは程々に」


「違う、あいつはただの商人だ」


 軽く弁解して、ユーゴーは外に向かう。

 教会を出ると日はもう完全に落ちていた。

 星明りのおかげで真っ暗闇ではなかったが、人気のない教会周辺には街の明かりと呼べるようなものはなく、さながらゴーストタウンの様相を呈していた。


「お前、俺がメールするより先にこのエリアに入ってたのか?」


「もちろん。GIOの情報で私に手に入らないものはないわ」


 扉の前の短い階段に座っていたクランは、正面の朽ちた門を見つめたまま溜め息をついた。


「でもこの世界はいったい……何なのかしらね」

「ログアウト出来ないからか?」


 クランの隣に座ると、彼女は首を横に振った。


「……それも一つだけどね。そっか、ユーゴーも気づいたのね」


「だからお前に連絡したんだ。何か知ってるか?」


 クランは【武装商人グリム・トレーダー】の二つ名を持つだけあって、レアアイテムの情報を嗅ぎ取るのが早い。それはつまり、情報を得る能力に秀でているということだ。

 GIOでは世界のどこで不意に情報が出現するか分からない。

 先着順に手に入るレアアイテムや、遭遇自体が希少な生物――それらの情報は、ゲームだけをやっていたのでは、すべてを追いきれない。


 だから現実の攻略サイトや掲示板、メールでの個人間での情報交換などのネットワークも同時進行で駆使して、クランは情報を収集する。

 そうして収集した情報の中には、アイテムだけでない様々な情報が飛び込んでくる。

 例えば接続環境について、など。


 限られたプレイヤーしか知らない新エリアだからこそ、クランの情報収集能力に期待したいところだった。

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