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グリーン・アイル・オンライン

【Location:レオノラ荒野西部 16:21】


 ゲームで本気になれるとしたら、それはもう現実と変わらないのではないか。

 ユーゴーはそんなことを考えながら、フィールドを歩き続けていた。

 乾ききってひび割れた大地に、草など一つも生えてはいない。

 あるのは、のたれ死んで風化していく人骨と、旧時代文明の建造物の瓦礫くらいだ。

 そのビルの瓦礫も大半は、数百年の時の果てに土台や一階部分だけになったものばかり。

 建物だなんて呼べるものはそうない、一面の荒野。

 風が吹けばゴミまじりの砂埃が巻き起こるだけの、素晴らしい世界。

 どんなに荒廃していようと、それらが直接自分の視界に飛び込んでくるのだから、素晴らしい世界なのだ。


「見つけたぜー、【流浪の支配者レムナント】ユーゴー!」


 前方の壁だけになった元・建物の影から四人組の男達が現れ、ユーゴーの行く手を遮る。

 太った男、中肉中背、メガネ、ガリガリ野郎。

 全員武器を抜いている。

 つまりゲームのシステム上、戦闘態勢に入っているということだ。


「物騒な世界になったもんだ」


 ユーゴーは一人、ぼやく。

 元々このグリーン・アイル・オンライン(通称GIO)は、『銃と荒野』がウリのオンラインRPGだから、物騒な世界ではある。


「お前を倒せば俺も名が上がる!」

「逃げても無駄だぜ? 街はこの辺りにはない」

「決闘も受けつけねえ!」

「そう、これから始まるのは一方的な殺戮だ」


 口々に四人が叫ぶ。

 誰が誰の台詞か、なんてユーゴーはいちいち聞いちゃいなかった。

 どうせすぐに死ぬ連中だ。


「そうだな、お前らの言うとおりだ」


 そう言いながら、ユーゴーは黒地に紅の一本線の入ったマントの懐に手を入れる。

 そして愛銃【レムリア・クイーン】を抜き、漆黒のテンガロンハットを銃口で軽く押し上げる。

 ユーゴーの視線に、四人が一瞬恐怖の表情を浮かべたのが見えた。


「これから始まるのは、一方的な殺戮だ」


 言い終わる前には、ユーゴーは銃口を四人のうちの一人に向けていた。

 ガァン、と派手な発砲音と共に不運な相手――ガリガリ野郎が仰向けに倒れた。

 そのままピクリとも動かない。

 別に不意打ちではない。

 相手も戦闘体勢、銃口はこちらに向いているからロックオンもされているだろう。そしてAgility(敏捷度)の値が高いわけでもない。そういったステータスは存在するが、敏捷性とはこのゲームでは走る速度であり、反射的な速度を指さない。これはプレイヤースキルと呼ばれる、自身の経験に基づいた予測と行動、それに勘だ。

 レベルは存在するが、これは単純にHPの総量と装備可能武器の拡大、それに特定のイベントを起こすために存在しているものだ。

 とは言えLV99まで育てれば、単純にプレイヤースキルも相当上がっていると思っていい。ユーゴーも最高のLV99。油断して前口上を述べるような愚か者達に後れを取るようなプレイヤーではない。


「おい! 何一撃でやられて――」


 メガネが焦燥の声を上げる途中で、脳から真っ赤な花を咲かせて倒れ、霧のように消滅する。

 ガリガリ野郎を倒した時には、ユーゴーはすでにメガネに向けて放っていたのだ。


「お前ら、LV46だろ」

「なんで分かる……!」

「そのしょぼい防具と、店売りのアサルトライフル+5。俺の銃で一撃で死ぬ体力。計算すればすぐ分かる」


 デブの言葉に、ユーゴーは事もなげに言ってやる。

 世界に一つしかないレア武器の一つ【レムリア・クイーン】によるダメージから逆算したのだが、やはり正解のようだ。


「能書き垂れてんじゃねえ!」


 中肉中背の男が、アサルトライフルを浴びせてくる。

 三発の被弾。ダメージは13、13、13。

 ユーゴーはわざと食らってみたが、やはりたいしたことはない。


「何かしたのか?」


 不敵に笑いながら、ユーゴーは中肉中背の男に近づいていく。

 その姿が恐ろしかったのだろう、焦ってダッシュで近づいてくる中肉中背の男は、至近距離で全弾発射をするつもりのようだった。

 LVが低いなりの戦い方も知らないらしい。


「うああああー!」

「馬鹿突っ込むな!」


 デブの忠告が中肉中背の男に届くことはなかった。

 その時には心臓に風穴が開いていたのだから。


「クソッ!」


 デブが瓦礫の陰に隠れる。

 逃げる準備でもしているのかもしれない。

 帰還アイテムを使うには、戦闘体勢を解かなければならない。

 だが戦闘体勢を解いた状態では防御も出来ない。

 ユーゴーは装備を一瞬で変えて、ロケットランチャー+10を瓦礫に向ける。

 障害物を破壊するのにちょうどいいのだ。

 煙を上げながら前進するロケットは瓦礫に命中し、爆発をあげる。

 黒煙の向こうに吹っ飛ぶデブが見えた。


「仲間置いて逃げるなよ」


「このチート野郎!」


 瀕死のデブが起き上がりざまに全弾発射してくる。

 現実のアサルトライフルの構造も無視して、周囲の時間の流れが一瞬スローになったかと思うと、銃弾の雨がユーゴーに向かって迫り来る。

 横に走るユーゴーの後を追って、着弾の土煙が巻き上がり続ける。


「撃ち終わりのチャンスを狙ってんだろうが無駄だぜ!」


 弾の尽きたデブが、即座に二つ目のアサルトライフルに持ち替える。


「武器ならまだまだある――ってテメェどこへ行く!?」


「雑魚の死亡シーンに興味はないんでね」


 ユーゴーはもうデブを視界にすら入れずに、歩き出していた。

 もう勝負はついたのだ。


「馬鹿にしやがって! 待ちやが」


 デブが言い終わらないうちに、背後で爆発音と共に一瞬の閃光。

 今度こそデブの声が確実に途絶える。

 ユーゴーは銃撃を避ける時にすでに手榴弾を上空に投げていた。

 それに気づきもしなかったバカの哀れな最期というわけだ。

 初期で手に入る一番弱い手榴弾だが、瀕死の身体には充分な致命傷である。


「死に際を見る価値もねえ」


 ぼそっと呟いて、ユーゴーはデブの死体を見もせずに荒野を行く。

 と――

 荒野のど真ん中に倒れている者がいた。

 頭の上に名前が表示されていないので、プレイヤーではなくNPCノン・プレイヤー・キャラクターだろう。

 どうやら突発的なイベントのようだ。大抵のイベントはこなしていると自負するユーゴーだが、これは初めてのことで、多少胸が躍る。


「助けて……下さい……」


 NPCに近づくと、こちらを見咎めて声が上がった。見た目は三十過ぎの男だった。ぼろきれのマントを纏って、いかにも長い間旅を続けてきたかのような雰囲気だった。

 ユーゴーは待つ。NPCとの会話なんて一辺倒の決まり文句しか言わないのだ。会話になんてなりはしない。


「何時間もトンネルを歩いて……来ました……もう歩けません、どうか……水を……」


 と言ったところで、男が事切れた。

 ここで死んで、イベントの発生場所を示唆する役割だったらしい。

 男はもちろん倒れたままだ。一旦ログアウトしない限り、消えないだろう。


「トンネル……?」


 ユーゴーは脳内で慣れ親しんだ世界の地図を広げる。

 トンネルというのは、この近辺だと一つしかなかった。

 プロミシア高速鉄道の東西貫通トンネル。山脈で分断された世界の西と東を繋ぐトンネルだ。

 何もないはずのそこに、どうやらイベントが実装されたようだ。

 久しぶりの新しいイベントに、ユーゴーは鼻歌交じりになるのだった。


 どれだけ血が流れる世界だろうと。


 ゲームの世界は相変わらず平和なのだった。

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