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中等部一年・夏休み前の保健室での出来事(後篇)

「お前はどうしてそんなに、“天谷楓”であろうとするんだ?」


 やっぱりそうだった。この人は私と同じだ。私と同じ転生者だ……!


「……お前にも、あるんだな。前世の記憶が。“この学校の高等部を舞台にしたゲーム”の記憶が」


 私は黙って頷いていた。誤魔化そうと思ったのに、自分の意思とは裏腹にその質問を肯定していた。手の震えが止まらない。今まで必死に隠し通してきた物が全て、この人の手で引き摺り出されてしまった。……いや、そんな言い方は良くない。誤魔化し切れずに頷いてしまったのは、私の意思だ。私の弱さだ。私の狡さだ。私の


「落ち着け。それを聞いてどうこうするつもりもないし、お前を咎めるつもりもない」


 負の思考に陥っていく私の手を取り、海川先生はそう言った。しかし、それを素直に受け取る事なんて出来なかった。私は“天谷楓”になろうとした。“天谷楓の外見の別人”になりたくなかった。“私”が“私”として生きるという事は、この世界に存在していなくてはいけない“天谷楓”の存在を私自身が否定する事になるからだ。私は楓ちゃんが好きだ。あの子のようになりたいと願った事は数えきれない。あの子が友達になってくれたらと願った回数は数えきれない。だがそれは私のエゴだ。我儘だ。




 私なんかが、楓ちゃんになれる筈が無いのに。




「いいから私の話を聞け!」

「……っ」


 両手で顔を掴まれ、無理矢理海川先生の方を向かせられた。さっきまでの人を見透かすような感じはしない。ただ、しっかりと私と目を合わせている。私が視線を逸らそうとするとそちらへと顔を持っていき、目を逸らす事を許さない。この人は一体、何がしたいのだろう。


「これからいくつか質問するが正直に答えてくれ。何と答えようと、お前を責めたりしないと約束する。いいか?」

「……」


 私は頷く。


「“プラネット・デイズ”もしくは“プラネット・メモリーズ”を知っているな?」

「……両方、知っています」

「よし、次だ。前世の記憶に目覚めたのは?」

「三歳の頃です……階段から落ちて、頭を打った衝撃で……」

「そうか……よし、次だ」


 淡々と、そして矢継ぎ早に質問を投げかけられる。私はわけもわからないまま反射的に答え続けるしかできなかった。色々な事を聞かれた。この世界における“原作”の事、家族の事、友達の事、将来の事、趣味の事、勉強の事――全て、私自身に関わることだけを先生は延々と聞き続けた。


「ここまでいくつ質問をしたかな……数えて無かったが、まぁ二十くらいは聞いただろうな。律義に答えてくれてありがとう」

「……あの、今のは意味があったんですか……?」

「あるさ。お前自身を知るための質問だ。それは私が天谷を知る為でもあるし、お前がお前を知る為でもある」


 心臓が縮むような感覚がする。だが、先生はシニカルな笑顔を浮かべながらパイプ椅子の背もたれに体重を預け、ポケットから取り出したプラスチックのパイプみたいなものを咥える。どうやら禁煙用のパイプのようだった。


「結局のところ、これは現実じゃなくて人生だ。そりゃ、俺達はこれがゲームの原作だって知ってるさ。しかも俺なんか登場人物の中で唯一年の離れた“海川玲”として生まれた。前世の記憶に気付いたのは十歳の頃だったかな……どうしようって思ったさ。これから先の自分の人生がどうなるか知ってる訳だからな。養護教諭なんて目指さず、普通のOLにでもなってやろうか、あるいは折角綺麗な顔に生まれたんだからモデルか女優でも目指してみようか、とか色々考えた」


 咥えているのは禁煙パイプなのに、本当の煙草を吸っているかのような仕草が妙に大人っぽく感じた。先生の話を聞きながら、ふとそんな事を考える余裕が出てきた事が妙に不思議で仕方ない。先生はなおも、独白するように話を続ける。


「お前と違って“原作の海川玲”をなぞるつもりはなかった。ただ、やっぱり興味はあった。ゲームの中でとはいえ、告白したり付き合う事になったりした相手がいずれ入学してきた、通っても居ないのに思い出深い母校を見ておきたいと思った。生憎実家が然程裕福でもないから、必死で勉強して推薦取って悠星学院の高等部に外部入学したんだよ。後にも先にも、あんなに勉強したのはあの時くらいなもんだ」


「でだ。いざ入学して、仮想世界の母校が実際の母校になると想像以上に愛着が沸くものさ。そしたら今度は実際に登場人物に会ってみたくなった。悠星学院ってのは本当にレベルの高い私立の高校だったから、大学受験は拍子抜けするくらい簡単だった。あとは養護教諭への道をまっしぐら。こうして、私は母校に帰ってきた。今年の新入生の名簿を見た時、内心小躍りしそうだったね。見知った名前をいくつも見つけたんだから」


 白衣のポケットに禁煙パイプをしまい、足を組みかえる。この人は、海川玲そのものじゃない。だが、間違いなく海川先生だ。少しずつ違うけど、海川先生であることに違和感が無い。


「それこそ健康診断の時くらいしか直接触れ合う事は無かったが、やっぱり気になるから廊下ですれ違ったり、校庭での体育の時にはついついお前らを探してる自分に気付いたりしてな。まぁ、キャラの奴らはみんな面影を残してて安心したような、不安な様な……なんとも妙な気分だったよ。





 ……ただ、お前だけは例外だ」


 どくり、と心臓が跳ねた。


「お前は原作開始の三年も前なのに、あまりにも“天谷楓”であり過ぎた。普通なら『年の割にしっかりしてる』『大人びてる』って思うだろうけどもな、俺からすれば違和感があった。まるで“三年後の自分がどうなるか知っていて、それに寄せに行ってる”ように見えたからだ」

「そんな、ことは……」「違うのか?」


 私が何かを言おうとする前に、質問がかぶせられる。さっき思い知ったばかりじゃないか。誤魔化そうとしても無駄だって。



「……違わ、ないです……私は、楓ちゃんになろうと思ったんです……私が前世で、一番好きなキャラが楓ちゃんだったから……」

「好きなキャラになれるから、そうしたのか?」


私は首を横に振る。私の真意は、それと真逆だ。


「好きなキャラだからこそ、私なんかが入ったのが申し訳なくて……楓ちゃんが私の記憶と意識に塗り潰されてしまった、私が、私があの子を殺してしまったんだ、って……そう、思ったん、です……」


シーツに水滴がひとつ、ふたつと落ちて行く。泣くつもりなんてなかったのに。


「だから、私が……楓ちゃんに、ならなきゃ…ひぅ……楓ちゃんが、消えちゃうって、思ったから…ぁ……!」


「わかった、もういい」


そう言って先生は私のメガネを取ると、濡らしたタオルで私の顔を拭った。少し乱暴だったけど、痛くはなかった。むしろ、もっと小さかった頃に戻ったような安心感があった。「泣く子の相手は大変なんだぞ」なんて呟きながらも、先生は私が泣きやむまで傍に居てくれた。海川先生は原作に輪を掛けてぶっきらぼうになっていたけど、面倒見の良さは変わらなかった。



この人は、間違いなく海川玲先生なんだと、そう思った。







しばらくして二時間目の授業終了のチャイムがなると、担任の大崎先生がやってきて私の鞄を持ってきてくれた。もうあと少ししたら、母親が迎えに来てくれるようだ。


「大変だったのよー。隣のクラスから天谷くんが休み時間ごとに来ては“俺が姉ちゃんの鞄を保健室まで持っていく”とか“姉ちゃんが心配だから俺も早退します”とか。姉思いの良い弟さんだけど、ちょっと大騒ぎしすぎだったわね、あれは」


大崎先生は苦笑いしながら弟の様子を伝えてくれたけれど、熱とは別の理由で顔が赤くて熱くなった。何をやってるんだ、あの弟は……。


「次はD組で授業だから、きっとまた色々聞かれるかしらね……なんにしても、天谷さんはゆっくり休んで、しっかり治してから学校に戻ってきなさいね?天谷さんは責任感が強いから学校を早退する事に抵抗があるかもしれないけど、無理して倒れたらもっと辛い事になるから、ね?それじゃあ海川先生、後はお願いします」

「ええ、わかりました」

「ありがとうございます、先生。あと……弟がすいませんでした……私は大丈夫だ、って伝えてください」


笑顔で頷く大崎先生を見送ると、書類整理をしていた海川先生が大きく背伸びをした。そのまま伸びた足で壁を蹴る。キャスター付きの椅子がからからと音を立てながらこちらへと向かってきて、図ったかのようにベッドの前で止まった。そのままゆらりと立ちあがってキャスター椅子を押し出すように蹴る。転がった椅子が机の前で綺麗に止まる。まるでカーリングだ。


「しかし、その、なんだ。お前の弟、着々とシスコンになりつつあるな」

「それも懸念材料です……」

「まぁ、しっかり面倒を見ておけ。これは前世の私がやった勝手な過去考察だがな、」


そう言って、先生はニヤリと笑うと私の頭をがしがしと乱暴に撫でた。


「中等部時代にちょっとアホの子だった棗の面倒を見てたおかげで、楓は自然としっかり者の委員長キャラになったんじゃないか?棗も棗で、中学時代にずっと楓から躾されてたお陰で、高等部に入る頃には落ち着いたのかもな。まぁ、お前ら姉弟が仲良くやってれば、自然と原作に近付くさ」

「そう言ってくれると、嬉しい、です……」


頭を手でホールドされているせいで、先生が今どんな表情を浮かべているかはわからないが、少なくとも上機嫌そうなのは何よりだ。


「いや、まぁ改めてだがやっぱりお前可愛いなー。ゲームのイラストの面影をちゃんと残してるもんなぁ」

「……そういえば、先生も両方やったんですか?原作」

「え?いや、違うぞ。プラメモの方だけやった。もちろん楓ルートも通ったぞ」


ええええ。てっきり私は先生も両方プレイ済みなのかと思っていたので、この言葉には少なからず驚いた。しかしそれはそれで、妙にしっくりくるのも不思議だった。




あれ?この違和感、って。


「……あの、先生……そういえば、さっき……」


そうだ、あの時だ。冷静になった今だから、気付けた違和感だ……!






「自分のこと、“俺”って言ってませんでした……?」




「ああ。だって前世男だから、油断してると未だに俺って言っちゃうんだよ」





少しずつ違うどころか、とんでもない誤差の存在が発覚し、私は今度こそ言葉を失った。


結果、呆然とする私を「熱が高過ぎて意識がふらふらしている」と勘違いした母親が、車を物凄い速度で飛ばして私を病院へと連れて行く事になったのが、それはまた別のお話。



それでも、まぁ、海川先生と出会えてよかったと、心からそう思える。

二人目の転生者を出せました。タグにTS転生を追加し忘れていたので追加しました。


多数の閲覧、並びにお気に入り登録、評価ポイントの投票など、厚く御礼申し上げます。

今後とも精一杯書かせて頂きますので、宜しくお願い致します。

ご意見・ご感想、お待ちしております。

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