中等部一年・ホームルームと終業後の出来事
入学式、並びにその後にあるホームルーム最大の行事はといえば、自己紹介である。
しかし私にとっては他の登場人物たちの様子を伺うという重要な任務を秘めている。
弟にはこの世界がゲームの世界だと告げていない。告げられるはずがない。上手くそれを隠しながら、やがて来る主人公の為に登場人物達と付かず離れずの距離を保たねばならない。嫌われてもいけないし、必要以上に好かれても駄目だ。
「主人公が入学したら既に攻略対象が親友キャラとくっ付いていました」なんて事態になったら目も当てられない。完全な裏切り行為である。
それに恐らく、プラメモの主人公の方も入学してくるだろう。彼が私の攻略に来るかはさておき、少なくとも私が誰かと付き合っている状況には置きたくない。多少の誤差は仕方ないが、登場人物に恋人が居る居ないは大きな誤差だ。シナリオを破綻させないまま、三年後の高等部入学を目指さなければならない。これは私に課せられた義務だ。
「はじめまして、天谷楓です。趣味は映画を見る事です。D組に双子の弟が居ますので、弟ともどもよろしくお願いします」
無難な挨拶をこなして一礼。
出席番号では一番目なので、まだ元気のある拍手で迎えられた。これが終盤になると明らかに力の無い拍手になっていたりする。たぶん、後ろの方の席の生徒は中盤以降飽きて寝ているんじゃないだろうか。しかし、出席番号順の関係で席が一番前の私は絶対に寝たり出来ないのだが。
「篝火香澄。体動かすのが好きで、女子バスケ部に入るつもりなんで一緒に入ろうって人はよろしく!」
健康的な小麦色の肌の少女が元気よく挨拶をする。彼女はプラメモの攻略対象の一人だ。
見た目も性格もボーイッシュで背も高く、男子以上に女子から人気が出るタイプの子。しかし、彼女がデレた時の破壊力はそれはもう凄かったと聞く。私はプラメモの方は詳しくないが、何千人ものギャルゲーマー達がデレた彼女の虜になったらしい。当時のネット掲示板で有名になった文句が「落したつもりが落された」というものだった辺りから、その殺傷能力の高さが窺い知れる。しかし今はまだ、あどけないスポーツ少女といった感じだ。
「……土屋想真です……あの、緊張してるんで、その…えっと…宜しくお願いします……」
名前以外の情報は緊張している点しか残さなかった小柄で茶髪の土屋君はプラデイの方の攻略対象である。彼に関しては最大の特徴が「緊張しい」であるので、ああ誤差が無くて何よりだと思ってしまった。一対一では割と話せるのだが、多数の注目を集めるシチュエーションが相当苦手らしい。こうして見ると、大変だなぁと思う。
ちなみに、両作品とも『太陽系の惑星』が名字か名前に入っている。私と弟は天王星から。
一緒のクラスになった子で言えば、篝火さんは火星、土屋君は土星である。
主人公は地球だ。プラメモの主人公は名字に「地」が付いていて、プラデイの主人公は捻った名前が付けられている。
葵明日花。
青い地球、つまり青いアース、という事らしい。語呂合わせではあるが、私は素敵な名前だと思う。とりあえず私のクラスには、登場人物が三人居る事になる。弟のクラスには弟を含めて四人だ。残りは高等部進学時に外部入学してくる人物が数名と、攻略キャラというよりお助けキャラとして存在している教師が一名である。
その後、クラス委員を決めて私は自ら立候補して委員長になった。誰も手を上げない状況だったのを見越してからの立候補だったので、出しゃばりな印象は無かったと信じたい。そうこうしている内に、午前の授業終了を告げる鐘がなった。私達新入生は今日はこれで帰宅だ。
「姉ちゃん、一緒に帰ろ?」
授業終了の鐘が鳴ったほぼ直後に弟が何の臆面もなく教室に入って来てそう言ってきた時には、今度こそ私は頭を抱えた。いや、いいんだけどね……姉弟仲は悪いより良いに決まってるし。あーあー、女子も男子もざわついちゃってるよ……。
「……棗、自分のクラスの子と話したりしなかったの?」
「え?いや、話したから来たんだよ。もう友達になったのが二人居るからさ、姉ちゃんにも紹介しようと思って」
「……人付き合いの天才ね、棗は」
褒め言葉七割、呆れ三割。しかし弟はまんざらでもなさそうな表情で頷くばかりだ。天真爛漫なのは良い事だと思うが、弟がこのままでいいのか不安になるのもまた事実だ。
ふと教室の扉の外を眺めると、見覚えがある――正確に言うと、“彼らの成長した姿”の面影のある子が二人、こちらを伺うように眺めている。
「タイガもキョウちゃんも入ってきなよー。姉ちゃん紹介するからさー」
いや、無理無理。二人とも首を横に振ってるが、当然だと思う。入学初日で自分の教室ですら場違い感が多少なりともあるのに、他のクラスに堂々と入って行くなんて相当ハードルが高いんだよ。君みたいに軽やかに飛び越えられる人が自分を基準にして動いちゃだめなんだよ。
そして弟が呼んだ名前を聞いて、一つの確信を得た私は立ちあがって。
「……私が廊下に出るわ。棗、自分が出来る事は友達にも出来るって思っちゃ駄目よ」
「うーん、そうかなぁ……」
そこは素直に納得して欲しかった所だが、今更言っても仕方がない。廊下へと出て二人の生徒に小さくお辞儀をする。
「初めまして、弟がごめんなさいね?棗の姉の、天谷楓です」
無難にそんな挨拶をして、弟に友達認定された二人を見る。片方は黒髪なのだが光の当たった部分がなんとなく藍色に見える少年だった。ゲームでは青い髪だったが、リアルにするとこんな感じになるのか、と少し感心した。もう片方の女子は大人しい感じ――というよりも、無表情な子だった。なるほど、この子は“今の時点では”こんな子なのね、と内心で頷く。
「いや、俺も気にしてないから大丈夫。俺、滝沢大河ね。大河でいいよ」
「……土師、鏡子。よろしく」
やはり、二人は“登場人物”だった。弟よ、よくやった。目立った行動を避けたかった私としては、別のクラスになった登場人物達と接触できるのは、早くても数週間後の部活動開始後か、数カ月後の球技大会だと思っていた。まさかピンポイントで登場人物達二名を連れてくるとは。あまりに接近し過ぎるのは危険だが、全くの接点ゼロからある程度の関係を構築するのは難しい。この場合、弟の存在が私と彼らを繋げてくれている。弟の社交性に感謝しなければならない。
何せ、私自身はコミュニケーション能力は著しく低いのだ。
これは“本来の楓ちゃん”もそうだった。だからこそ、自ら委員長になる事で「嫌でもクラスメートや教師とコミュニケーションを取らなきゃいけない状況」に追いやり、無理矢理にコミュ慣れさせたという経緯がある。
その一方で私は単純な口下手と心の壁の厚さが問題だ。私の場合、あまり公言出来る趣味を持たなかったせいで、他人に対してどこかしらの壁を作っているフシがある。更に言葉を選ぼうとし過ぎて声が詰まる事も多々あった。数少ない友人にも「間を取り過ぎ!」「ラジオなら放送事故レベル」と注意された事もある。
楓ちゃんとして生きる上で、ただ口籠るのではなく考えて喋るという事を意識過ぎないようにした。その上で、出来る限り誰に対しても丁寧な対応を心掛ける。そうすれば、少なくとも大きな誤差は発生しないで済む。二人が自己紹介するのを笑顔で聞いて、改めてよろしくと言おうとしたところで、
「な、ウチの姉ちゃん可愛いだろ?でもこの可愛い顔だけど、好きなタイプが格闘家とかプロレスラーなんだから意外だよな」
弟が色々とぶっ放した。私の表情が凍り、滝沢くんが驚いたような表情を浮かべる。土師さんは無表情のままだったが、こちらを凝視している。
「……棗?」
「え?だって一昨日テレビでやってたTOP of RING見てた時、NAOYA出てきた瞬間超ニコニコしてたじゃん」
どうでもいいが、TOP of RINGは最近テレビ中継も始まった総合格闘技の番組だ。そしてNAOYAは細身に引き締まった体のキックボクサーだ。だが、それはどうでもいい。私は敢えて凍りついた笑顔のまま突然の暴露を決めた弟を睨み据える。
「……なつめ?」
「いや、俺としては姉ちゃんがどういう人か二人に知ってもらおうと……」
「な・つ・め?」
「…………」
「…………」
「………………ごめんなさい」
じっくり一分間は笑顔で睨みつけるという芸当の末、ついに弟から謝罪の言葉を引き摺りだした。が、しかし。
「いや、俺はNAOYAカッコいいと思う……」
「よくわからないけれど、私は特に気にしない」
結局、隠し通していたはずの“好きなタイプの男性”がこの二人に露呈したという事実は覆らないのだった。
家族の前だからと油断した私にも非はあるけど……ズレが大きくなっていく……。
今後の学校生活に多大な不穏を残したまま、学院生活初日は過ぎて行った……。
不定期更新になりますが、宜しくお願いします。