中等部一年・入学式の出来事
運命の悪戯、なんて言葉は生きている人間にのみ起こりうる物だと思っていた。
しかし、輪廻転生の果てに前世の記憶を持ちこした人間に関しては例外らしい。
「……うん、枝毛なし。眼鏡も汚れなし。大丈夫大丈夫」
黒髪ロングのストレートヘア。見るからにインテリ御用達な感じの眼鏡。一歩間違えば“目つきが悪い”と言われてもおかしくない切れ長の目。
いくらか大人びて見えるが、これでもまだ十二歳。エスカレーター式進学校の新一年生である。
私の名前は天谷楓という。
私が前世で大ファンだった乙女ゲーム、「プラネット・デイズ(通称プラデイ)」の主人公の友人役だった委員長系少女であり、
その兄妹作とも言える美少女ゲーム「プラネット・メモリーズ(通称プラメモ)」では主人公の攻略対象キャラでもある。
前世の私はまぁ、大っぴらでは無かったものの、いわゆるオタク女で。それを隠して隠して隠し通して、大学生をやっていた。
そして隠し通したまま交通事故で亡くなって――生まれ変わったと認識したのは、私が三歳の頃だった。
自宅の階段から滑り落ち、頭を打って気絶。目が覚めた時には、前世の私の意識だった。
最初は記憶の混乱を装い、自分の名前や両親、そして双子の弟の名前を確認して――ここがゲームの世界だと気が付いた。
名前も、家族構成も、そして私自身の見た目も、大好きだった“楓ちゃん”そのものであると知った時、私は大泣きした。
ごめんなさい。
私なんかが、楓ちゃんになってしまってごめんなさい。
私なんかが、あなたの体に入ってしまってごめんなさい。
大好きなキャラクターになれて嬉しいなんて気持ちは一欠けらもなかった。
「楓ちゃんは良い子だ」「この子を親友に持った主人公はなんて幸せなんだろう」――ずっとそう思っていたから。
私の理想の女の子そのものだった“天谷楓”を、私が壊してしまった。
それでもなんとか私は生きている。
訳も分からずごめんなさいと繰り返して泣き続ける私を抱きしめて、無事でよかった、生きていてくれてよかった――そう言ってくれた両親の為に。
泣き続ける私の横で、お姉ちゃん泣かないでと言って私より大泣きしてくれた――血を分けた弟の為に。
私は決意した。
『天谷楓として、恥ずかしくない生き方をしよう』と。
今年から入学する『私立悠星学院中等部』には、プラデイとプラメモのキャラクターも入学してくるだろう。
そして高等部に進学すれば、主人公であるはずのあの子も入学してくるだろう。
その時に、彼女の親友として恥ずかしくない存在で居なければ――そう決意した。
しかし、バタフライエフェクトというか、誤差の積み重ねというか――。
同じくプラデイの攻略対象であり、プラメモでは脇役として出演している我が双子の弟に問題が発生していた。
「姉ちゃん姉ちゃん、ネクタイの結び方ってどうやるんだっけ?」
「そういうのはお父さんに聞いてよ……っていうか、ネクタイ付けるなら先にカッターシャツを着なさい」
「あ、それもそうだな。じゃあ親父に聞いてくるわ」
「その前にズボン履きなさい!」
たった今、ネクタイ片手にパンツ一丁で姉の部屋へとやってきた少年こそ、天谷棗――私の双子の弟である。
おかしい……彼は確かに快活で人見知り度ゼロの楽しい少年だったのは確かなんだが……。
今の棗はなんというか、良く言えば大らか過ぎる。悪く言えばズボラだ。
あと、ゲーム内やドラマCDで棗から私に呼び掛ける時は「姉さん」だった気がするし、少なくとも父親を「親父」と呼ぶタイプではなかった。
前世で彼のルートもプレイしたので成長後の彼を私は知っているが、少なくとも今の弟を見ていると、三年後にあのゲームと同じようになるのか、一抹の不安を覚える。
何かがズレている。これはマズいのではないだろうか……。
「……妙な事にならなければいいけど」
※
入学式は特に何事もなく終わった。
というよりも、悠星学院の規模の大きさや設備の凄さに圧倒している内に終わってしまった感もある。
案の定というか、当然と言うべきか、プラデイとプラメモの登場キャラらしき人物もちらほらと見掛けた。見掛けただけで声を掛けたりはしない。その内の数人とは同じクラスになった以上、嫌でも明日から話す事になるだろう。
何故なら私はこれから中等部の三年間を委員長として過ごす事になるからだ。
三年間委員長を続けていたお陰で、プラデイの男性キャラと繋がりがあり、そこから主人公をサポートするのが私の役目だ。それが天谷楓の役割なのだから、全うせねばならないのだ。
クラス分けは四クラスに分かれて、それぞれのクラスに三十人。男女比の誤差こそ多少はあれど、ほぼ半々。新入生名簿を見ると、私はC組で、弟はD組になった。流石に男女の双子とはいえ、同じクラスにすると紛らわしいという点もあるだろう。まぁ弟は人と距離を縮めるのが異様に上手い性格に育ったお陰で心配はしていない。
「姉ちゃん姉ちゃん、この学校部活とかサークル無茶苦茶多いよ。見てよ、このビラの数」
何せ入学式終わって数分のうちに部活・サークルの新人勧誘のチラシを山ほど抱えてくる弟だ。少なくともこの子がクラス内で孤立する事はないだろう。万が一そうなってしまうとしたら、空気の読めない行動を取り続けるか、デリカシーの無い言動を繰り返すかの二択だ。
……どっちもありえる。
「棗、外でお母さんが待ってるって言ったでしょう。勝手に出歩かないの」
「いやいや、俺も母さん探しに行ったんよ。そしたら校門の方にたくさん人が居てさー。それ見たら俺、“何これすげぇ”ってなっちゃって。で、行ってみたらすっげー歓迎されてさー。名前とか、興味ある事とかいっぱい聞かれたんよ。良かったらウチに来てーって、チラシ沢山渡された」
と、語る弟は満面の笑顔だ。ああ、目をキラキラさせて新人勧誘の群れにダッシュしていく弟の姿が目に浮かぶ……。
先輩方も明らかに興味津々な新一年生(しかも姉の贔屓目抜きにしても美少年)が近付いてきたら、そりゃ勧誘するだろう。弟には「この子がうちの部活に来てくれたら…!」と思わせるのに充分な性格と見た目を持っている。こういうの何て言うんだっけ、人たらし?
「先輩方に気に入られたのね。律義に全部貰ってくる事無いのに。……なんでチアリーディング部のチラシまで貰ってきてるのよ」
「あ、それは姉ちゃん用に貰って来た。双子の姉ちゃんが一緒に入学したって言ったら、貰えたんよ」
それを聞いて頭を抱えて座り込みたくなった。これで勧誘攻勢が私にも向かうのは避けられない。
なんというか、先が思いやられる……。
しかし、今の弟の口調は妙だったな。これ以上変なキャラに進化されても困るし、釘を刺しておくか。
「……はぁ。まあいいわ。後で見るから、棗が預かっててくれる?」
「了解了解」
「ところで、『〜〜だったんよ』みたいな喋り方はお行儀悪いから直しなさいね」
「……ん?あ、ああ、うんわかった」
この瞬間、弟が「ヤベッ」って顔をしていた。無自覚にそういう喋り方になっていたのだろうか?弟はわかりやすい性格をしているとは思うが、わかりにくい部分は極端にわかりにくいから困る。
……兎にも角にも、私の学園生活はここからがスタート地点だ。気合を入れて行こう
なんせ小学校時代は弟の面倒(≒後始末)で手いっぱいだったからね!私は「頼むから中学に上がった以上は、出来る限り姉の手を煩わせるような事にはならないでくれ」と切に願うのだった……。