52話 『任務達成』
シュウシュウと音を立て、巨大機械が駆動を始めている。
その名はディノヒウス。
オーク帝国エオドの封印されし破城兵器だ。
開発者は当時の兵器開発主任フーマイル。
当時の最新鋭技術に、フーマイルが遺跡から手に入れたいくらかの古代知識が融合されている。
最強の評判を欲しいままにしつつ、余りの過激さと目に余る行動により処刑されたフーマイル。
十数年の時を経て、それが再び起動する。
計画は完璧なはずだった。
和平条約の混乱に乗じてディノヒウスの封印を解き、忌々しいパイロラの残党を手玉に取った。
もうすぐディノヒウスがセルカリアを蹂躙する。
しかし、決行直前になって問題が発生。
どんな手段を使われたかわからないが、いつでも処理できるはずの分身が消せず、情報を奪われたのだ。
だが、今を外せば永遠に破壊は成せなくなってしまう。
ディノヒウスが温まってきた、もうじき出撃可能だ。
全てとはいかずとも、セルカリア城、そしてフーマイルを放逐したエオド兵器開発室だけは消す。
フーマイルが意気込んだその時、わずかな揺れと異常な熱量がディノヒウスを襲った。
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((出てきますわ))
ヴェルナ、今は白炎巨人融解士の霊話がイミタトルに飛ぶ。
プロセラこと制圧者とフェルジーネが霊話を使えないため、意思疎通はイミタトルを通してになる。
制圧者からの連絡は、喜怒哀楽の思念が飛ばせるのでそれで誤魔化す。
ともかく、ディノヒウスが封印されていた地下倉庫はヴェルナが流し込んだマグマで火の海だ。
それだけで倒せるほどではないが、追い出しには成功していた。
「VROOOOM!!!」
燃える岩を撥ね散らし、ディノヒウスの巨大な頭部が姿を現す。
鋼の猪を無理やり肉食獣に改造したような、歪かつ頑健なイメージを想起させる形状。
小山のようなそれが地を揺らし……跳んだ!
傍で溶けた岩を操っていた融解士が弾き飛ばされる。
背面から炎を噴き、空中停止する融解士。
跳んだディノヒウスの身体各所から小型ミサイルが乱射された。
「WHOOOSHWHOOOOOOOSH!」
制圧者が禍々しい威容を揺らし、天に吼える!
周囲を塵と化しながら立ち上がった体は展開されている触手により更に大きく見え、ディノヒウスと比べても見劣りせぬ。
空中のディノヒウスが六枚の巨大板に捉えられた。
ミサイルが板に着弾し、爆ぜる。自爆だ!
「ZZZZZZZZ!」
しかし、周囲に耳障りな音が響き爆発は一瞬で晴れた。
ディノヒウスの全身が強力な抗魔障壁で輝いている。
巨大板など存在しないかのようにその光に砕かれ、地響きを立てつつも優雅に着地した。
そこに、メイネルツが指揮する機甲オーク部隊の砲撃が殺到。
ディノヒウスはそちらを振り向きもしない。
輝く粒子が胴体側面から散布され、砲撃を遮る。
第二の防壁、電磁シールドだ!
「ZZZZAP……なめんじゃねーわ」
割り込んだのは、青白く輝く小柄な飛行体。
小柄といっても、他の化身体やディノヒウスと比べてというだけであり、機甲オーク達の数倍はある。
ディノヒウス戦のため一時的に契約したイミタトルの情報を借り、擬似化身体となったフェルジーネだ。
電磁場に触れる彼女が稲妻の腕を伸ばし、シールドを発生させていた光の粒子を剥がしとった。
抗魔障壁が掠り、腕の一部を分解するが気にした様子はない。
腕ぐらいならまた生やせばよいのだ。
それを確認した機甲オーク達が、即座にシールドが切れた部位へと砲撃を行う。
驚愕すべき錬度だが、ディノヒウスは揺らがない。
抗魔障壁の方にも物理防御力が存在するからだ。
とはいえ無制限に食らい続けていいものでもないようで、ジグザグに動きつつセルカリア側へと駆ける。
((もう少し、もう少し留め置いてくれ))
遥か上空で、抗魔障壁を破る稲妻の魔法を練っているイミタトルの通信が全員に飛ぶ。
さしもの彼女もいきなり数倍に増幅された魔力をコントロールするのには、時間を要する。
「GROOOOOONK!」
セルカリア市街方面を向き、吼えるディノヒウスの頭部にエネルギーの波が集中する。
電磁砲!
頭部は抗魔障壁の濃度が高く、フェルジーネは近づけない。
いつのまにか着地していた融解士が地表を融解させディノヒウスの足元を狙うが、抗魔障壁に阻まれている。
それを見て、オークの砲撃から退避し板で牽制を行っていた制圧者が再び割り込んできた。
いけるかな?
姉さんの解呪でも即解除にはならないんだし、多分
「R-R-ROOOOAR!」
「ZAPZAPZAPZAP!」
制圧者とディノヒウスが正面衝突し、凄まじい不協和音が発生!
高出力の抗魔障壁と、制圧者を形成する強固な生命オーラが反発しているのだ。
さすがに一対一では抗魔障壁付きのディノヒウスに力負けするのか、徐々に押されている。
そして。
「ZZZZ..ZZ...KAーBOOM!」
うげ上半分が?!
ご主人、修復はやく、はやく!
すぐは無理、オーラ散らされて、まずは、うわあ?!
遂に放たれたディノヒウスの電磁砲が制圧者の肩から上を消し去る。
だが、それによりセルカリア市街は被害を免れた。
半身となった制圧者に、抗魔障壁を纏った強烈な頭突き!
吹き飛ばされる制圧者を尻目に、障害を除去したディノヒウスが再び動き出す。
慌てて行く手を遮ろうとする融解士が、再び抗魔障壁に弾かれたその時だ。
((Alert!皆離れろ、フェルジーネは手伝え!))
イミタトルの通信により、オーク達を含めた全員が後退する。
直後、上空の黒雲から放たれた巨大な稲妻、光の柱がフェルジーネを経由してディノヒウスを飲み込んだ。
「……なんと、まだ動くのか」
「抗魔障壁は完全消滅してるしさ、黒焦げだし十分じゃないかねー」
「そうだな、後は奴らの仕事だ」
暗雲が魔力不足により解け、人型に戻ったイミタトルがゆっくり降下してくる。
横にはこれまた電気の身体が霧散して通常に戻ったフェルジーネ。
よろめき、煙を噴きながらも起き上がるディノヒウスに、上半身を修復途中の制圧者が飛びかかった。
フーマイルを逃がさないため、融解士が周囲に強力な炎の結界を張る。
機甲オーク達は静かにそれを見ていた。
目的は、精髄フーマイルの完全消滅。
色々と大事になってしまったが、特務員“制圧者”はこのために派遣されたのだ。
制圧者から生える無数の触手、巨大な簒奪管が次々とディノヒウスに侵入する。
ディノヒウス自体の駆動エネルギーを吸収し、止めるのは制圧者の肉体であるオーラ部分の仕事だ。
各所の光が消え、装甲が朽ち、ディノヒウスが動かなくなる。
((何をぉ、何をする貴様あぁあぁぁ……))
((何をぉ、何をする貴様あぁあぁぁ……))
((何をぉ、何をする貴様あぁあぁぁ……))
((何をぉ、何をする貴様あぁあぁぁ……))
制圧者を操るプロセラとツキヨの思考に、フーマイルが割り込んできた。
ディノヒウスを諦め、精髄として抵抗しているのだ。
魂の魔法である分裂のせいで、幾重にも重なって聞こえる。
ディノヒウスが完全に機能しなくなったのを確認し、プロセラもフーマイルの消化、転換を開始。
思考の嵐が入り乱れ、混線する。
声重なりすぎて頭痛くなってきたご主人……
ほんと、うるさいぞ
((何故私を、攻撃する……貴様ら、オークでもセルカリア人でもないくせに、ぐご))
黙ってわたしに吸収されてね
しぶとい
((私は、私を終わらせたセルカリアとエオドを決して許さん))
だから?
お前の過去なんか、知った事じゃない
((貴様らのどこに私を止める権利がある!))
何を言っているの
義務ならある
((私は、もっと壊さなくてはならんのだ、私の敵を。そんな私を何故止める))
だって仕事だしね
仕事だからかな
((関係ない癖にああぁぁあぁぐおぁぁあぁ))
関係あるよ
お前がいなければ、ここまで僕達が来る必要はなかった
((そんな、そんなこと、で、消える、おのれああぁぁ))
復讐と同じぐらい、生きて家に帰るのは重要なんだよ
ゼムラシア探索冒険研究連合体の名において、お前を処理する
さよなら、別に知らない人
((……))
(())
フーマイルを吸い尽くした制圧者が蠢動し、念の為再度ディノヒウス内部と周辺を索敵する。
先ほどの思念と魂の重さは明らかに本体であったが、それでも念のためだ。
安全確認終了後、制圧者と運転を解除した二人は板に乗って空へと離れた。
任務完了。
残りの処理は、セルカリア政府とエオドの仕事だ。
メイネルツとクローファを除いた機甲オーク部隊が闇に紛れ引き上げてゆく。
プロセラ達もトリクロマ商会本社へと向かった。
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「ぬわーっ?!何だこりゃ、じゃねえ誰だてめえ」
トリクロマ商会の大部屋に大の字で転がされていたリューコメラスが飛び起きる。
目の前に、緑一色のワンピースを着てショートソードを背負ったスレンダーな女性が立っていた。
その髪は緑の長髪で、同じく緑がかった瞳がリューコメラスを見つめている。
肌は透けるような白。
「自分の契約精霊を見て誰とは、いい度胸じゃないさリューコメラス?」
「ああ、戻ってきたつうことは成功したんだな……いやいや、ちょっと待ちやがれ何だその姿は!」
「起きたかリューコメラス。
フーマイルを含めた幹部全員死亡でパイロラ過激派はほぼ消滅したぞ。
セルカリア王と首相にも既に通信済み、じきに市街地も元通りになるであろうな。
メイネルツとクローファは、皇帝スイナよりの命で慌ててエオドに戻っていった。
暴走という扱いになったらしい機動兵装ディノヒウス関連の事後処理が大変そうだが、私の知ったことではない」
今まで意識を失っていたリューコメラスに、イミタトルが様々な捕捉を行う。
ディノヒウスとフーマイルの処理を終えて戻ってきた五人は、夜半まで各所への連絡に大忙しだった。
どうにか一段落し、ルスラーやトリクロマ商会会長セジューク、そして“深淵”と話し始めたところで、リューコメラスを放置していたのを思い出し今に至る。
「フェルジーネいきなりでっかくなってるんだもん、びっくりしたよねご主人」
「というかさ、精霊契約って勝手に切ったりつけ直したりできるんだな……」
「合意がありゃ何だってできるのが精霊よ?
まー全部私一人で組んだものだから即分離できただけで、ほんとは時間かかるもんなんだけどね」
「お、おう。
つうかよ、てめえまた勝手に俺の魂を改竄して一方的に契約しやがったのか」
「今回は前の接続部位をそのまま繋ぎ直しただけだからさ、なんも弄ってない。
でまあこの姿なんだけど、理由はよくわかんないさね。
多分何かが原因で望んでたからなのは確かなんだけど、覚えてねーからさ」
空中に寝そべったフェルジーネがふわふわと部屋の中を漂う。
成人の姿になった事での不都合は特に無いようだ。
「そいつは、私に憑いた時点で既にだいぶ成長しておったのだ。
離脱する時に奪ったリューコメラスの風適性とやらが関係しておると思う。
しかし、私から剥がれる時にも変化が起こったのがよくわからん」
「んー、ディノヒウスに特大の雷ぶち込んだ時に、私を経由して進路調整したじゃない?
あれのせいでイミタトルの性質がいくらか私に混ざったからじゃねーかしら。
契約外す時適性とか魔力とかなるべく触らないようにはしたんだけどさ、既に吸収しちゃってる分はどうにもならんかったわけ」
「うむ、直撃ちのほうがよかったか。
だがさすがにあれを完全制御する自信が無かったので仕方あるまい。
私も特に弱体化した気はせんしな」
「それはイミタトルの魂の容量がでかすぎるからさー。
何年生きてるのか知んないけど、私が見た感じだと適性半分になっても気付かないんじゃないかしら」
「そうかもしれん、私はまだまだ成長途上であるし」
「マジかよ霧王様……ぐわ首が!おいやめろフェルジーネ、自分のサイズぐらい判れ」
リューコメラスの首から妙な音が響く。
普段通りに肩に座ろうとしたフェルジーネの腰が、体の大きさが変化していたせいで頭に激突したのだ。
もっともリューコメラスは身長8フット超で体格もいいため、気をつければ十分座れそうである。
……絵面はともかく。
「むむ、定位置が微妙になったのは失敗ね、ところで風魔法の調子はどうさねリューコメラス?
戻せる分は戻したし、私自体のパワーがだいぶ上がったから相殺できてるとは思うのよ」
「燃費は多少悪化しとるような気がするぜ、困るような事はねえと思うが」
「ならいいかー」
「んで、リューさんとヴェルナさんはどうするんです?
僕とツキヨとイミタトルさんは明日にでも戻りますが。
ドラドに総長がいるので、そこで合流してからですけど」
「私はもう数日滞在してから列車で大神殿に帰りますわよ。
第一、ここ私の家ですし」
「俺もルスラーのドラドでの仕入れに付き合わんといかんから後だぜ、じゃあな。
何にしろお前らがバルゼアを出る時までには戻っとると思うが」
「そろそろみんな寝ようよ、疲れたでしょ」
ツキヨが大きな欠伸をした。
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ドラドの塔でイミタトルと別れ、総長ガノーデと合流したプロセラとツキヨはバルゼアに戻りつつ報告を行った。
報告といってもガノーデが勝手に読むのに相槌を打つだけなのだが。
バルゼア本部に到着直後に二人へ報酬を支払い、所属地の変更処理と特務員休職の認定を出したガノーデは、ヴァラヌス達への報告もそこそこに自室に篭った。
ヴァラヌス曰く、セルカリアで一気に探索ギルド勢力を伸ばすための陰謀をめぐらせているらしい。
最終的にはオーク帝国エオドにも支部を置くのが夢なのだそうだ。
そして半月ほど後。
「明日か明後日には出発かなあ」
「そうだねー」
“アベニー”二階、プロセラとツキヨが約三年間暮らした部屋は綺麗に片付いている。
巨大なベッドや散乱した物品も今は無い。
余分の仕事着や、捨てたり売ったりするほどではない小物類は列車でアルテミアに送ってある。
アルテミア支部で受け取る予定だ。
素材はアルテミアでは手に入りそうにないものを除き、クッキーカッターに引き取ってもらった。
家具は処分し、最低限の衣服や毛布、装備品などは板の上にまとめて置いてある。
藤林三号の処遇について長門影に相談したところ、バルゼア本部に保管で構わないと言われ、預けた。
一番困ったのは貨幣類であり、特務の臨時報酬やら化身戦の賞金やらでかなりの額になっている。
バルゼアでならともかく、あまり現金を必要としないアルミラ家での生活なら十数年は働く必要が無いほどだ。
一応、バルゼア商人ギルドで預けた金をアルテミア商人ギルドで下ろすのではなく、単に送金して受け取るなら可能なのだが手数料が妙に高い。
仕方なく1枚で金貨100枚分という魔貨に可能な限り両替し、服に縫い込んだ。
ともかく、必要な処理を全て終えた二人は自室でだらけているのだった。
ベッドやら机やらを全て処理しても、ツキヨの板とプロセラの環境調整により快適な空間は維持されている。
「バルゼアでやり残した事とか、とりあえずないよね」
「んー……そうだご主人、お風呂入ろう」
「用意してたっけ?」
「下でご飯食べる前に、いつも通りお湯いれたでしょ」
給湯を含めた水道機能は、引越しを直近に控えた今も生きている。
というより契約名義が一階店舗と同じ店主ケリーのものなので、止まる事自体が無いのだ。
「じゃ、ツキヨ先に入ってきていいよ」
「違うよ、一緒に入るの。その性欲を切るとかいう変な生魔法も外して」
「……そういえば、ロックかけてたんだった。
便利すぎて存在を忘れちゃうってのが不便だ」
「そんなだからさ、心配になるんだよわたし」
「子供できなくなったりとかそういうことは絶対無いから、大丈夫だって。
それより戻してすぐはまずい気がする、二年分ぐらい空いてるからどんな無茶するかわかんないぞ」
各種体機能を操作するエンチャントは生魔法の特徴の一つだ。
自身の性欲程度は簡単に制御できるどころか、勝手にリミッターすらかかる。
だが、それはあくまで魔法的にコントロールしている間の話。
“そういう”状況であえて解除した場合の挙動はわからない。
頭を潰されようとも即座に復活する、所謂打ち止めなど存在しない身体なのだから。
「へへ、そんなの心配しなくていいよ?
わたしだってご主人ほどじゃないけど丈夫だから、ちょっと内臓壊れるぐらいなら治るもの。
好きにしなさい、大好きなご主人」
にやりと笑ったツキヨがプロセラの首に手を回し、正面から抱き付く。
「……解除したからな。
今からなんか言っても遅いぞ、本当にさ。
ああ、ちくしょう、何だって?!愛してるに決まってるだろツキヨ!
そうじゃなかったら、今ここに住んでるわけがない」
二人が、浴室へと消えた。
バルゼアを拠点とした二人の気ままな旅暮らしは、ここで一旦終わりです。
読者の皆様、お付き合いありがとうございました。
なお最終話+エピローグの53話が明日朝投稿予定となっております。




