50話 『掃討』
オーク帝国、エオドの外れにある大型の建造物。
その中にある広い廊下を数名のオークが歩いていた。
機甲ではないが、服装や装備類からそれなりの階級であることが窺える。
彼らは一言も言葉を交わさない。
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「はて、どういうことかこれは」
トリクロマ商会本社の屋上で、建物を守りつつフェルジーネと通信していたイミタトルが首を捻った。
あちらは特に通信の断絶なども無く、順調に進んでいるようだ。
問題はこちらにある。
横に待機していたメイネルツとクローファも頷く。
「どう見ても敵が来ていますね、しかもあの反応はユニフローラ」
「……」
相当の距離だが、イミタトルの感知の糸や機甲オーク達のセンサーはごまかせない。
そもそも迷彩を施してないようなので、特に隠す気も無いようだが。
「何かの目的に私らが邪魔なのだろうな。
メイネルツ、クローファ、射程に入ったら何でもいい、適当に攻撃してもらえるか。
幻魔とのことなので対魔力体用の武器推奨だが。
可能な限り建物に触れられる前に処理する」
「はい」
「Okey dokey」
蒸気戦闘服の起動音が響いた。
スーツ表面に迷彩柄の耐魔力紋が浮かび上がり、各所の排気口が蒸気を噴く。
筋肉質な印象で頬には刺青が入っているものの、全体的には整ったオーク二人の顔をフルフェイスヘルメット状のゴーグル付き装甲が覆う。
バックパックから引き出した装備は、歪なパラボラが発射口に接続された小型のロケットランチャーといったところ。
続いて飛行ユニットが起動、二人が飛び立つ。
「さてと、私も動かねば」
それを確認したイミタトルは、市街で戦闘を行う旨をセルカリア軍総帥ターセルと首相ポロシスに一方的に通信した。
元々大規模戦闘を行う可能性は織り込み済みだが、念のためだ。
ドラド港の防衛を司る大商人である彼女は、ドラド連合での政治的序列二位にある。
一方的であろうともその言葉は意味を持つのだ。
なおセルカリア国王に連絡しなかったのは特に他意があるわけではなく、連絡先として登録していないだけだったりする。
ともかく、イミタトル自身も戦わねばならない。
新型の機甲オークであるメイネルツとクローファだけでも、どうにかならないこともなかろう。
だが敵はパイロラ過激派幹部。
絶対に逃がすわけにはいかないし、部下の仇もとってやらねば。
トリクロマ商会本社の結界を最低限のものに換装し、魔力を自身に集中する。
黒く濃い霧の奥で、イミタトルが獰猛に笑った。
「何故、霧王が」
セルカリアの空を、スパークを撒き散らしつつ駆ける小型竜巻が、その異形にそぐわぬか細い呟きをもらす。
彼女こそが“新生パイロラ”副官ユニフローラ、暴風の幻魔である。
元々パイロラの幹部であった彼女は、それが解体された後しばらく無為に過ごしていた。
そこにやってきたのは、新生パイロラ首領を名乗る謎の男と、旧知の幹部二人。
舞い込んできたその話を、細かく確認せず受けたのはどうにも彼女らしくないといえよう。
だが、宿敵であるオークとまた戦える魅力はそれほどに強かったのだ。
そして、最終計画を明日に控えた彼女は自ら動く。
首領は既に目的地に到達しているだろう。
あの力ならば、必ず達成できるはずだ。
その瞬間を自分が見られない可能性があるのは悲しいが仕方がない。
ただ、“ドラドの霧王”がセルカリアに来ていることだけが理解できぬ。
事前情報では炎の結界という話ではなかったか?
最大の障害であったゼムラシア探索冒険研究連合体セルカリア支部は既に制圧済み、セルカリア政府にもプレッシャーをかけて守りに入らせた。
エオドとゼムラシア探索冒険研究連合体本部から派遣された工作員がいくらか動いているだけだったはず。
とはいえ、防御寄りの魔法を得意とするらしい霧王に出力負けするとはあまり思っていない。
彼女は彼女で戦闘能力にかけては新生パイロラでも指折りなのだ。
問題があるとすれば先程対象の建物から飛び立った機甲オーク二匹か。
セルカリア市街を破壊するのは心苦しいが、そうも言っていられないようである。
小型竜巻だったその身体が膨れ上がり、風でできた鳥のごとき様相に変異してゆく……
「Ready! Aim! Fire!」
「Yeah! Fire!」
二人の機甲オークが構える、パラボラが接続されたランチャーから特殊な砲弾が発射される。
それはエオドの新兵器であり、電磁式の魔力構成物破壊砲。
非物質に対しても、普通の榴弾同様のダメージを与えられるのだ。
対象はもちろんパイロラ過激派幹部ユニフローラの化身体、巨大な風の大鳥!
「VROOOOM!!」
大量の電磁波を発生する妙な爆発によりユニフローラの化身体の一部が損傷する。
二匹のオークはよく訓練されていて、ユニフローラが放つ衝撃波や雷撃を器用な空中制動と抗魔障壁を併用して全て防いでしまうのだ。
特殊弾が空中や地上、そして化身体の表面ではじけ、発生する波が徐々に侵食してくる。
ユニフローラは仕方なく建物ごと敵を呑み込む計画を中断し、機甲オークを処理すべく停止した。
彼女の注意が一瞬だけ建物方面から離れる。
「メイネルツ!クローファ!もういいぞ、離れろ!」
その時、雷鳴のごとき大声が響き渡った!
声に気を取られた直後、全方位から襲い来た黒い何かによりユニフローラの周囲が闇に包まれる。
強酸性の黒い涙を滴らせ、薄く発光する無数の巨大な目玉。
闇に浮かぶそれが彼女の化身体、風の大鳥を見つめていた。
正体は考えるまでもなくイミタトルだ。
((お前に特に恨みは……いや、あるか。だが今は関係ない。運命は暗い雲の中に。さらばだ小娘))
ユニフローラの思考に、イミタトルの最後通告じみた通信が流れ込む。
出力で勝てるなど、とんでもない思い込みだった。
視線が魂を、雷光が魔力を、強酸の霧が身体を腐食し、化身体が崩れつつある。
意識が闇に沈む。
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「全く、まったく無礼な。同士がこんなにも死んでしまったぞ」
「死んでしまったね、モノトロ。死んだら悲しいの?」
「どうだろうな、パスルム。俺は悲しいのかもしれんな」
「首領は悲しいのかな?」
「悲しくないだろう」
「悲しいね、悲しいけど敵は殺さないと」
「俺達の仕事だからな」
リューコメラスが破壊した天井から落ちてきたのは、エキゾチックな衣装に身を包んだ白髪の男だった。
武器らしきものは何も持っていないが、濃密な殺気と地の気配を漂わせている。
そしてすぐ横に、薄い緑色の身体のあちらこちらから根を生やし、白い金属槍を構えた少女が着地。
リューコメラス達の事が見えていないかのように二人で喋っている。
既に戦闘体勢に入っているリューコメラスと“深淵”が先に仕掛けた。
稲妻の斧と呪われた結晶が、白髪男モノトロと地精霊らしき少女パスルムを襲う!
……だが。
「お?!」
「何でい?」
斧と結晶を弾いたのは、モノトロではない。
白い槍でリューコメラスの稲妻斧を受け流し、足元の地中から伸ばした樹根で呪いの結晶を相殺したのは、身長5フットほどの地精霊パスルム!
驚くべき膂力、明らかに普通の精霊と違う。
その間に、モノトロは戦闘準備を終えていた。
魔法的に生成された流線型の白い金属装甲に覆われ、その手にはパスルムが持っていたものと似た、やや大型のこれまた白い槍だ。
「ゼムラシア探索冒険研究連合体の方々かな?
ここは現在、新生パイロラが管理しているぞ。
ということで通せんのだが」
「私はパスルム。モノトロは気が短いから、早く逃げたほうが……っ?!」
空中に突如出現した球電が、契約者との繋がりを断ち切るかのようにパスルムを突き飛ばした!
吹き飛びつつも次々と樹根を生成し球電を阻もうとするが、触れた瞬間に切り刻まれ、止められぬ。
さらに次々風の刃が飛ぶ。
それはパスルムの背後の壁を破り、大型球電の攻撃を槍で押さえようとする彼女を建物の外へと追い出した。
球電もパスルムも消えた広間の中にノイズ交じりの高い声が響く。フェルジーネ。
「これは私が処理するさ、リューコメラス!ヤバそうなジジイは二人に任せたわあ」
残された探索冒険者二人とモノトロが睨み合う。
「何だ今のは、あれも精霊なのか。
だがパスルムは特別製だぞ、運命は決まったようなものだ。
……そしてお主らも俺に殺される」
「心配するなら自分の精霊をしてやりな爺さん、フェルジーネがあの程度の相手に負けるわけがねえからよ」
「問題は、我々がモノトロに勝てるかどうかですな」
渋い顔をした“深淵”の周りで魔力が渦巻く。
彼はその外見に似合わずサポート型なのだ。
リューコメラスとモノトロが近接戦闘を開始した。
技前の程はモノトロが上のようだが、戦況自体は“深淵”の補助のおかげで大体互角か。
どちらも防御力に優れ、簡単には決着が付きそうにない。
「さてと、これでタイマンさね精霊」
セルカリア支部建物の外は大通りになっている。
しかし今は通行止めだ。
周囲をヴェルナの強力な炎の結界で封鎖されていて、通常の手段では通れない。
「暑い、暑いねここは」
「ふふふ、地の濃いあんたはともかく、私は気にならないねー」
「お前を食べて私は戻るよ。だけどお前は、何者?」
低空を浮遊し、悠然とショートソードを構えるフェルジーネをじっと視たパスルムが首をひねった。
その黒髪が風になびく。
「私は風草精霊フェルジーネさ、どこにでもいるけど、どこにもいない風の草。
あんたこそ何者かしら?
憑依先は明らかに地単なのに、虹の色が見えてる」
「そんな、そんな事は聞いてないよ。
私は幽地精霊パスルムだよ、寄生の精霊、力あるパスルム。
精霊が私に勝てる訳無い、それでもお前はおかしい。
何をどうしたらそうなるの、っと」
会話の終わりを待たず、フェルジーネが仕掛けた!
物理法則を無視したかのような軌道を描き、パスルムを切り裂かんとする。
それを迎撃するはパスルム。
電撃を樹根で相殺し、槍で恐るべき斬撃を逸らす!
だがフェルジーネの手数が多い。
背後に抜けたフェルジーネと、踊るような動きで振り向いたパスルムが再び向かい合う。
髪と根を少々と精霊にしては装飾の多い服の一部が切り裂かれているパスルムだが、見る間に傷は塞がってゆく。
フェルジーネもワンピースの裾がわずかに裂かれているが、これもすぐに修復。
「見かけだけじゃないのねー……けど、何故そんなに技が甘い?
そんだけ密度があればもっと達人だと思ったんだけどな、わざわざヴェルナから視える位置に出たのに、無駄になっちゃう」
「なんで、なんで、なんで根が張れないのかな。
今までのみんなは、みんな根で死んでいったよ。
私はモノトロのところに帰らなきゃいけないよ、フェルジーネを食べないといけないよ」
パスルムの美貌が歪み、不可思議な色に点滅する。
吸い込まれるような不思議な魔力だ。
白かった槍が様々な魔力色に輝き始めた。
「なるほどね、精霊喰いか。
数十年前そんな奴が居たって精霊契約者杯の人が言ってたわ、それがあんた?
ま、同族は理解しなくていいから食べ易いさね、私も試してみよっか」
フェルジーネがショートソードを鞘に収める。
精霊同士なら、武器は力のイメージ以上の効果は無い。
魔力を消耗させる攻撃としての意味はあるが、それはあくまで憑依先に負荷をかけるだけなのだ。
精霊自体を倒すならば、素手の方がよりよい。
フェルジーネの全身が普段のスパークと違う形で帯電する。
陽気で、根無し草で、邪悪で、残虐で、子供好きだった昔の相棒のように。
それを視て、同じく槍を下げたパスルムの根と掌が虹色に変異する。
「おまえは、お前は何を食べたの。
私はお前を食べる、お前は私の一部になる」
目の前の相手は大物だ、今までに八匹もの精霊を吸収したパスルムもこれほどのものは食べた事が無い。
だが、精霊は精霊。
精霊の食べ方は彼女が一番良く知っている。
彼女は精霊に負けない。
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「「さて、と。こんにちは。……えーと、ティグリーヌさん」」
迷彩状態で窓からセルカリア支部三階に進入したプロセラとそれを運転するツキヨが、支部長の部屋を訪れた。
セルカリア支部長ティグリーヌは、伝令機の前に座って書類を眺めている。
「こんにちは。どちら様ですか」
「「本部よりの使者です。あなたに用事がありまして」」
「そうですか、わざわざどうもすみませんね。ここは現在パっ」
ティグリーヌが立ち上がるのと、後ろに回していたプロセラの腕が正面に突き出されるのは同時だった。
長門影の秘密兵器、電磁式魂魄捕獲投網銃から音も無く飛んだ霊気の網が、ティグリーヌの髄に潜む魂の実体を束縛する。
直後、プロセラの体表から剥がれる様に滲出した大量の白濁魔力物質が、霊気の網に絡まれてもがく身体にへばり付いた。
二階から落ちてくるのはあの人と同じです。




