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ライフレート  作者: 岡本
第七章 退職すること
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49話 『セルカリア潜入』

久々に結構殺しますので注意。

「三人こちらに向かってきています、恐らく味方」


 (ボード)製の小屋の屋根で感知を広げていたプロセラが中にいるツキヨとイミタトルを起こす。

場所はセルカリア市街手前の山中、時刻は明け方である。

思い切り飛ばして夜半前に到着した三人は、警戒しつつ休憩を取っているのだ。


「え、もう来たのご主人……」


「少々睡眠が足らんが、仕方ないか」


 小屋を消し、出迎えを待ち受ける。

三つの大柄なシルエットがすぐに近くまでやってきた。

一人は横に太い獣人で、おそらく彼が先行していた特務員の“深淵”であろう。

残りの二人は総長(ギルドマスター)ガノーデの言っていた特別な協力者。

……つまり、オーク帝国エオドより派遣された機甲(アーマード)オークだ。

イミタトルは生成した目玉を飛ばし、各種安全確認を行っている。

プロセラとツキヨは翻訳機をセットした。


「Good morning, I am Procera Armillaria...じゃない、ええと」


「どうも、はじめましてゼムラシア探索冒険研究連合体のプロセラ様、ツキヨ様、ドラド連合のイミタトル様。

私がエオドよりのクローファです。

隣の男はメイネルツ。

プロセラ様、彼にガノーデ氏より預かった翻訳機を」


「ああ、ええと、はい」


「ご主人」


「ん」


「翻訳機動いてないよ、普通に共通語喋ってくれてるからね?」


「……あ、はい、大変失礼しましたクローファさん、メイネルツさん。

これを耳にお願いしますね」


 プロセラがふと横を見ると、“深淵”とイミタトルが笑っている。

ひどい罠であった。

どうやら男オーク、メイネルツの方は共通語を話せないらしい。

彼の声が長門影(ナガトノカゲ)製翻訳機を通して耳に入ってくる。

ゆっくり喋ってくれているので一応翻訳無しでも理解はできるのだが、無理に頭を使うこともないだろう。

しかしこの翻訳機、通常の機械音声ではなく長門影(ナガトノカゲ)と同じような喋りに変換するのでいささか不気味だ。


「うむ、我がメイネルツである!ほぼ二年ぶりかね?

リューコメラス殿にも数日前に会ったぞ。

あの時は世話になったな、だが正当防衛であるからして謝らぬ」


「……はい?」


「昔、大森林で会った人みたいだよ」


「あー……それで総長(ギルドマスター)は合流可能と」


「もういいか?

ガノーデ曰く、事態は差し迫っているそうだがどうなのだ“深淵”」


 周囲を念入りに調べていたイミタトルが、妙に優しい瞳と鋭い牙を持った太い獣人に声をかけた。

“深淵”と呼ばれたその男が肩をすくめる。


「ああイミタトルさん、総長(ギルドマスター)と険悪と聞いていたが、本当に来ていただけたんですな。

助かりますぜ、それでセルカリア市街だがまあひでえもんだ。

外じゃまともに会話もできやしねえ、皆人間不信さ」


「ガノーデの話は今はいい。

しかし人間不審ねえ。

奴は相変わらず出張っているということか」


「最悪ですね、私の仲間も複数やられています。

私とメイネルツの蒸気戦闘服(スチームスーツ)はセンサーと耐魔力コートを強化してありますので、多少はましかと思うのですが」


 女機甲(アーマード)オークのクローファが頬の刺青をなぞりつつ眉を顰める。

オークは体質的にあまり魔法が得意でないため、搦め手で攻める相手は苦手なのだ。

その間イミタトルは市街方面を向いて、何やら魔力を操作している。

しばらく五人での近況報告と雑談が続いた後、イミタトルが向き直った。


「トリクロマ商会本社に滞在中の連中と連絡がついたぞ。

関門を無視し、空から本社に入る。

その後まずはセルカリア支部の殲滅だ」


「殲滅?」


 “深淵”がイミタトルに怪訝な顔を向けた。

困惑がありありと見て取れる。


「おや?情報が通っていないと」


「我らはエオド側で色々と調べ者をしておったのだ。

支部への通信は、少なくとも昨晩までは機能していたぞ。

勘違いではござらんか?」


 黙り込んでいたメイネルツが突如喋った。

翻訳機が作動し、妙なテンションの共通語が流れ出す。

その表情は“深淵”同様の困惑だ。


「いや、今支部使ってるのはほぼ間違いなく敵ですよ。

僕達とガノーデさんがバルゼアを出発する時には既に通信が繋がりませんでしたし」


「う、ぬう……」


「行くぞ、今は時間が惜しい」


 イミタトルがふわりと浮かび上がり、荷物を(ボード)に積み込んだプロセラとツキヨも飛ぶ。

蒸気戦闘服(スチームスーツ)のバックパックを飛行モードで起動したオーク二人が“深淵”を引っ張り上げた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「そ、それでだ霧王様、イ、イミタ……」


「もうそれはいいと言っておろうがリューコメラス」


「お、おう」


「皆様、階下で私の家族とルスラー達が怯えていますので、威嚇は程々にしてくださいね」


 人通りがほとんどない地上の街を眺めつつ、トリクロマ商会の屋上に着陸したパイロラ過激派処理班は素早く今後の行動について話し合った。

四日前、リューコメラスがトリクロマ商会幹部のルスラーを護衛しつつ到着した時には、既にセルカリア支部はおかしかったらしい。

なおヴェルナは単純に帰省していただけである。

予想以上に情勢が悪かったために、商会がセルカリアから脱出することも想定しつつ滞在時間を延ばしていた。

それがいつの間にやら探索ギルド本部と連絡を取り合っていたというわけだ。


「で、ゼムラシア探索冒険研究連合体本部連中は何と?」


 険しい顔のイミタトルが皆の飲み物を持って戻ってきたヴェルナに話しかける。


「あなたやガノーデと同じですわ、全て処理する以外無いと。Kill them all」


「まあそれしかねえわな、ヴァラ達も相当頭に来てるだろうよ。

しかし俺は思うんだがね、乗り込んで制圧するより深夜のうちに誰かの化身体で建物ごと消し去る方が楽なんじゃねえかと」


 物騒だがもっともなことを主張しつつ、リューコメラスが話に割り込んできた。

彼は彼でセルカリアの現状に頭を抱えているらしい。

ここに居る連中は皆、武闘派なのだ。


「いや、それはできん。

奴らの死を確認する必要があるし、できれば頭を刻んで情報も聞き出したい」


「そもそも、理解できないことだらけなのですよ。

パイロラの連中が恨んでいるのは私共オークではなかったのかと。

ここのところの犠牲者は、セルカリア人の方が多いぐらいです。

本当に気が狂ってしまったのか、何か真の目的を隠しているのか。

どちらにせよ、後腐れなく一匹残らず処分しなければならないのは変わりませんが」


「Yeah....」


 二人分の蒸気戦闘服(スチームスーツ)をメンテナンスしつつ、流暢な共通語でぼやくのはクローファだ。

セルカリア産の甘い香草茶を飲みつつそれに肯くのはメイネルツ。

オークは長い年月に渡ってパイロラの戦闘員と戦ってきたが、こうまで無差別に牙をむくケースは今までなかった。

彼らはあくまで戦士だった……はずである。


「なんでもいいから、生きたまま捕獲できればわたしかイミタトルさんがどうにかできる、はず。

ね、ご主人」


「僕はあんまりあれをやって欲しくはないんだけど、どうなるかわかんないし」


「仕方ないじゃない」


 “あれ”というのはツキヨの簒奪管(ユザーパー)を利用した情報の聞き出しである。

通常の吸収や運転(オペレイション)ではなく、順序だてて魔力と魂を吸い上げることで、思考と最近の記憶を少しばかり見ることが可能だ。

魔力接続の時起こる思考の移動から着想し、先月あたりに小動物を利用しての実証に成功した。

プロセラの転換(コンバート)でも近い事象は起こせるが、一度生命力に変換する行程を挟むために精度が悪く、極めておぼろにしか判別できない。

なお、イミタトルの場合は物理的に脳と魂を刻んで記憶を摘出する。


「今日中に、できれば日が明るいうちにセルカリア支部は制圧しておきたい。

さて、どういう組み合わせで向かうか」


「とりあえず機甲(アーマード)オークの二人があそこに乗り込むのは時期的にまずい。

それと残り全員ってのは無しだ霧王様、ヴェルナ嬢かあんたのどちらかはここを護ってもらう必要がある。

まあツキヨちゃんの(ボード)で封鎖してもいいんだが、できれば壁より反応型結界の方が望ましいぜ」


「ならば私がここに残ろうリューコメラス、制圧には本来どういった人物が支部を使っていたかがわかる者が一人でも多い方がよかろう。

土地勘があるに越したことはない」


 襲撃の段取りがさくさくと決定していく。

オーク二人は待機、イミタトルは感知を広げつつトリコロマ本社周辺を防御。

張る結界はドラドを被っていたような持続型で広範囲なものではなく、もっと小さく強力なものだ。

リューコメラス、ヴェルナ、“深淵”、そしてプロセラとツキヨが支部へ向かう。

作戦そのものはシンプルだ。

全員の処理と建物そして通信機器の奪回である。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「完全封鎖終了ですわ」


 正視し難いほどの光を放つ白い炎と化したヴェルナが呟く。

セルカリア支部周辺は彼女の張った燃える結界に包まれていた。

隔てた内側で浮遊していたフェルジーネは、それを確認するとリューコメラスの元へと戻っていく。

一方、地上では。


「「敵は全部で二十人ですね。

二階に強力な反応、恐らく幹部が居ると思われます。

三階は……一人かな?」」


 運転(オペレイション)で増幅された感知能力でプロセラが建物を視る。

リューコメラスと“深淵”もそれぞれの手段で確認中だ。


「ああ、俺にもわかるぜ」


「隠す気はねえようですな」


「「行きましょう」」


 四人、いや三人が建物内に踏み込む。

探索ギルドの常として、一階には受付や各種処理を行う広間がある。

特にセルカリア支部は食堂などの付属施設が無いため、ほぼ完全な一部屋だ。

全部で十六人ほどがあちらこちらで何やら作業していた。


「こんにちは、セルカリア探索ギルドは現在通常業務を停止しております」


 受付の椅子に座った若い女が、プロセラ達の方を向いて声をかけた。

不自然な目つきが魔力的な緊張状態にあることを表している。

だが、今の三人にはどうでもいいことだ。

連中の運命は決まっているのだから。


「「一階に精髄(エッセンス)は居ないよ」」


「おうよ、俺は右だな」


「左やりますぜ」


「「……」」


 それは一瞬の出来事だった。

正面奥、プロセラの視線の先に居た六人の首が手前に向かって転がった。噴き出す鮮血!

体内に潜むツキヨの生成した(ボード)だ。

ほぼ同時に左方面に居た四人が、白い彫像と化す!

“深淵”の得意とする結晶化の呪い。

彼は建物内に入った時点で既に準備を始めていたのである。

右ではリューコメラスにより二人は真っ二つ、一人が生き埋め。

そして右奥の柱の影に居たため、瞬殺を免れた三人が慌てて階段を目指そうとした刹那。

リューコメラスの背中から実体化し、文字通り稲妻の速度で飛翔したフェルジーネが彼らを追い越した。

振り向いた彼女がシャキンと軽い音を立て、ショートソードを鞘に収める。

バラバラに刻まれた三人は、文字通り崩れ落ちて死んだ。


「……うふふ、安らかに眠るといいさ」


「「生命反応が一つ残ってますよ」」


 プロセラがリューコメラスの方を向き、呟く。


「わざわざ生かして埋めたんだぜ。

意識はねえはずだ、早速やってくれ」


「「どうしてもですか、リューさん」」


「「いいよ、やるやる」」


「「待って」」


 ずるずるとプロセラの体内から染み出してくるツキヨを止めるプロセラ。

そして、槍の穂先で自らの手の甲を切り裂いた。


「「これで簒奪管(ユザーパー)出せるだろ、いちいち分離してると危ない」」


「「むー……痛そうな気がする」」


「「別に」」


「「ありがと」」


 傷口から白っぽく半透明な触手が数本伸び、リューコメラスが指差した床のひび割れに潜る。

簒奪管(ユザーパー)はプロセラの体内にいる場合、普通に操ることができない。

恐らく肉体のコントロール権の問題だろう。

ともかく、使用するには一旦分離するか、肉から直接出す必要があるのだ。

触手が脈動し、犠牲者の魔力と、魂と、短期記憶を吸い上げる。


「「おいしくない……ええと、別働隊らしいってことしかわかんなかったよ」」


 反応がなくなったのを確認し、触手が体内へと戻っていく。

全てを引っ込め終えると、再生を止めていた傷口が一瞬で塞がった。


「くそ、三下すぎたか。

するてえと、上の奴も別働隊なのかねえ」


「残るパイロラ過激派幹部は風の幻魔(スペクター)であるユニフローラ、地の精霊契約者(エレメンタリスト)モノトロ、

そして名称不明精髄(エッセンス)の計三人だったと思いやすぜ」


「あ、言い忘れてたけど精霊が上に居るのさ。

……共鳴しちゃうから仕方ないわよね」


 フェルジーネが天井を見据え、少し考えた後に非実体化した。

精霊同士は索敵しようとしなくても何となく位置がわかってしまうのだ。


「「精霊がどうのよりも、生命反応が通常の生物でない気がしますね。

精霊契約者(エレメンタリスト)なのが確定なら、否死者(イモータル)精髄(エッセンス)は属性適性が殆ど無い上、反応がほぼベース生物と同じなので除外できますが。

そして帰還者(レヴナント)は生命反応がまともに出ないのでこれも違う。

先手(アンセスター)幻魔(スペクター)か、もしくは純粋属性の化身魔道士か」」


「面倒な、やるしかねえですが」


「スペシャリストつっても地なんだろ。

少なくともヴェルナ嬢を突破することはできねえはずだ。

だが三階にもまだ居るんだよな、二階のほど強そうじゃねえが。

……プロセラ、迷彩して上回れるか?」


「「わかりました、では二階はよろしくおねがいします」」


 プロセラの周囲が数枚の薄いオーラと魔力で覆われ、生命反応や体温、魔力が薄れる。

そして、音も無く外に出て行った。

逆にリューコメラスは本格戦闘用の帯電する岩鎧に身を包む。

続いて、“深淵”の体に付着した不思議な結晶が育ち始めた。

彼は覚醒(アウェイクニング)できるほど獣の血は濃くないものの様々な特殊魔法技術を持つ。

気のよさそうな肥満体だが、それでも凶悪な特務員には違いないのだ。


「上の奴、明らかにこっちに気付きながら逃げようとしねえですね」


「自信があるのやら、諦めとるのやらわからねえが、天井を破った方がよさそうだぜ」


「ですな」


 しばらく耐魔力処理がなされている天井のほころびを探していたリューコメラスだが、静かに破ることは諦めたようだ。

軽く溜め息を吐いた彼は、巨大な岩の槍を生成して上へと叩きつけた。

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