04話 『旅立ち』
「ねえ父さん、僕ももう17歳だしいい加減どこかで働きたいんだけど、何か紹介できない?あとこれ、また僕が処理するのかよ」
書類の山を整理しながらプロセラが口を開いた。
なおこの書類は、父オストロが溜め込んだものである。
父が文官になってから5年かそこらは経っているはずなのだが、相変わらず手際は悪いらしい。
「俺がプロセラに紹介できる職場なあ。
アルテミアの国務は大神殿が半分以上処理しちまうから人が余っとって……
軍もここのところ平和なおかげで、縮小傾向かつとんでもなく給金がのう。
かといって探索ギルド支部すら無いこの村に職など」
「何でそんなに世知辛いんだよ父さん」
「書類仕事もできるほうだと思うし、モリーユ母さんの後そのまま継いで村長でもいいのだが」
何を言っているんだこいつは……という顔でオストロを見るプロセラ。
そもそもここの村の長はモリーユではなくオストロだ。
全ての仕事を彼女がやっているというだけで。
「それはもう少し年取ってからでいい、というかできれば自宅以外で」
「外でというだけならここにヴィローサの紹介状が二人分もあるぞ。
お前の分と、あと何故かツキヨちゃんの分」
オストロが戸棚の裏をごそごそと漁り、分厚い封書を二つ取り出した。
なんと大神殿の、神教の印が押してある!
こんなものを仕込んでいたとは……
「神殿だけは絶対に行かない、絶対にだ。
僕は別に神教が嫌いなわけじゃないし、もちろん父さんも母さんも姉さんも尊敬している。
それでも僕とツキヨの大神殿勤務だけは認められない、信じるのと広めるのは別だ」
「う、うむむ……」
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「……というわけでいい仕事無いかな母さん」
「まー難しいわねえ、とりあえず夕食を食べてからにすればどう?」
モリーユ・アルミラ、つまり母が、テーブルの上に置かれた料理を取り分けながら困ったように言う。
「そもそもだプロセラ、俺が思うに、まともな仕事を見つけようと思ったらアルテミア首都方面に行くか、首都からの定期便に乗る、あるいは裏の山脈を越え森を抜けるかどちらかでバルゼア王国へと下りる必要がある」
「ここって国境近かったのか、山までは越えても森の方へ行ったことはなかったから知らなかったよ」
美味いことは美味いが、だいぶ冷めている肉の煮物をパンに乗せてかじり、地理を考える。
首都方面にすら買い物やらのために時々出る程度でしかないプロセラ。
アルテミア内についても詳しいとはいえないものの、あまり人の多い国ではないということは判る。
隣国のバルゼアに向かうのに山を越えて更に下りるなら、アルテミアは盆地にあるのだろう。
書庫には詳細な地図が無かった為、詳しいことは不明だが。
「そうねえ、あまり出る必要は無いものね。ところでヴィローサの紹介状とやらだけど、あなた中身は読んでいるの」
「読んでないよ、存在自体今朝知ったし。まあどうせ神殿騎士団へのどうのこうのだと思うんだ。
そういえば父さんは中身、確認してる?というかあの紹介状っていつ受け取ってたのかな」
「前回来た時のだからせいぜい2ヶ月、70日ほど前だと思うが、中身の確認まではしていないぞ。紹介状なのは確かだが。ええと、これだな」
足元の鞄から二つの封書を取り出すオストロ。
そのうちの一つ、宛がプロセラになっている方を受け取る。
どうやら分厚いのは封筒の中に別の丈夫な封筒が入っているためのようで、中身は薄そうだ。
蝋を剥がして取り出す。
「……内側の封筒、神教の印が押されて無いし、そもそも差出人の名前がヴィローサ姉さんじゃないぞ。
父さん、ゴールデン・バルブって誰、知ってる人?」
「うむ、全く知らぬ」
はあ、と溜め息をつきながら内側の封筒を開けると、見たことの無い印影、そして謎の一文。
「なんだこれ。金影の名において、生魔道士プロセラ・アルミラの本部七級試験受験資格を保証するものなり……?
七級とは一体、ってかそもそもどこで使えばいいのやら」
えらく硬い紙に書かれた、なんらかの紹介状らしきそれをひらひら振る。
オストロが身を乗り出し、覗き込み、そしてにやりと笑った。
「ほう……」
「父さん?」
「まあ最後まで聞け、この印はバルゼアに本部を持つ通称探索ギルド、正式名【ゼムラシア探索冒険研究連合体】のものだ。
でだ、探索ギルドの大体の業務は任務ごとの契約式なんだが、その管理が11の階級で行われている。
具体的には十級から一級までの10段階に加えて特殊階位の特務員だ。
特務員は特務とは名乗らずコードネームを持つ。
十級は日常的な雑依頼を処理する日雇いのようなものなので、実質的に九級からが探索ギルド所属者となる。
そして七級からは待遇が上がり、同時にいくらかの義務も発生する。
つまり正規の探索冒険者あるいは研究者、というわけだな。
後、詳しくはないが本部所属者はできることが支部所属者より多いらしい。」
腐ってもアルミラ教国の文官であるオストロ、その知識量は侮れない。
新たな情報がプロセラの頭にインプットされる。
「するとこの紙は探索ギルド正職員へのコネで、書いたゴールデン・バルブさんは金影のコードネームを持つ特務員なのか。
ヴィローサ姉さんにそんな人脈がある、というかちゃんと僕の神殿以外の行き先も考えてくれてたってのは意外だ……」
「違うなプロセラ、気遣いはともかく、特務員は現役を退いても任務遂行力がある限りコードネームは持ったままだ。
恐らくこのゴールデン・バルブという方はヴィローサの同僚、つまり元ギルド員、現神衛なんだろう」
その時、食事を終えたモリーユが二通目の封書を手に取り、開封しながら口を挟んだ。
「ところで、もう一通の方はどこへの紹介状なのかしら……と、同じく探索ギルドへみたいね。
名前が違うのと、あと紹介元のコードネームが金影と傘魔の2人になっているわ。
だけど本部七級試験っていいのかしらねこれ?あの子って確かまだ13歳だったような」
「プロセラのお付きとして揃えたということか、だがなあ」
「ツキヨもいけるのか、それは良かった。で、父さん達は何を心配してるの?
いくら身近に同年代がいない生活してきたからってあいつに手を出したりはしないぞ僕は。
エノキさんを怒らせたくもないし」
「何を訳のわからん事を言っとるか。そうではない七級の仕事そのものの話だぞ」
「何で?」
三人全員が首をひねった。どうにも何か色々と噛み合っていない。
オストロが顔をしかめる。
「プロセラよ、探索ギルド員は軍ほどではないが体が資本の職だぞ。七級以上は戦闘も多い」
「ああ、そんなことか……」
「そんなってあなたね」
「いや全く問題無い。前言ったはずだよ父さん、あいつは僕より強いと。
好きとか逆らい辛いとかって意味に取ったんだろうけど違う。
あいつに確実に勝てるのは、僕の知ってる中じゃヴィローサ姉さんだけだ。
去年父さんと行った、アルテミア魔物闘技場覚えてる?
そこの最高ランクの亜龍でも、ツキヨには近づくことすら出来ないと言い切れる」
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深夜までかけ父母を説得したプロセラは、翌日からすぐにバルゼア行きの準備を開始した。
遠出するというのは前々、それこそ前世からの夢であったし、姉の好意に乗らない理由は無い。
最も重要なバルゼアの地図は、そこそこのものを父が贈ってくれたので、それに甘える。
そして一通り終わった今、プロセラとツキヨは何か使えるものが無いかと、倉庫でガラクタの山と格闘しているのだった。
「それにしても埃が凄いんだけど、ここって掃除されてないよね、そのへんどうなのツキヨ」
マンネン一家、つまりツキヨ達はアルミラ家住み込みの使用人だ。
三世代に渡って同じ敷地内に住んでいる上、マンネンなどは村の医者としての顔も持つため、食事を別に取る以外は家族との境界は曖昧ではあるのだが。
とはいえ、敷地内の掃除などは義務なはずである……
「それはねご主人、倉庫はさ、オストロ様のお父さんが管理していて、触らせなかったらしいの。
だから、代かわった後も何となくそのまま手をつけてないんだってお婆ちゃんが」
積み上げられたなんだかよくわからない古い箱を念力で並べ直しながらツキヨが言う。
かなり早く亡くなったそうで、プロセラもツキヨも元軍人だったということしか知らない。
「なるほど、いい物あればいいな」
「あんまり期待できないんじゃないかなー……わたしが言うのもおかしいけどお金にはずっと困ってたみたい」
「困っていた、というか今も困っているだろう。
僕、この歳になっても書類上はともかく実物は銀貨以上持った事ないぞ」
アルテミア、というかバルゼア周辺の国はギルドを介しゆるい連合を結んでいて、共通の貨幣を使っている。
小貨と言われる小銭10枚で、半貨と呼ぶもの1枚に、それが10枚で銀貨1枚に、さらに銀貨10枚で金貨1枚。
他に大口の取引や国庫の貯蓄などに使われる魔貨と呼ばれる金貨100枚分の特殊合金製の硬貨がある。
オストロが昔よく利用していた、アルテミア首都で2番目に安いらしい食堂のランチが半貨2枚だそうだ。
しかし、プロセラは数えるほどしか金をまともに使ったことが無い。
その手の知識もここ数年で経理関連の書類の整理などを手伝わされて初めて得たのだ。
そもそも金を使う場所が周辺に無い。一番近い店は隣村の雑貨屋という有様。
「ご主人はまだいいじゃない。わたし、自分のお金持ったことない」
初耳だ。ツキヨはここ最近かなり大きな獲物も捕るようになったため、プロセラはそれらを売っていると思っていたのだが。
「あんなに色々狩ってきてるのに」
「ご近所さんに持っていくときは野菜とかと交換だし、革とかなめして売るのはお父さん。
っていうかお金もらっても使い道無いよ?肉は狩れば済むし服はお婆ちゃんがいいの作ってくれるし」
「そうなんだ……まあなんていうか店そのものが無いしな。それにしてもゴミばかりだツキヨ。
この鎧とか崩れそうだしこっちの旅行鞄は割れてる」
整列した箱を開けては閉めるを繰り返しつつ溜め息を吐く。
「ないねー。師匠……ヴィローサ様は自分が前使ってた奴が倉庫にあるとか言ってたんだけど」
「それよりこう旅に便利なものとかないもんか」
「オストロ様からもらった地図より便利なものはないと思うよご主人……あ、この短剣はちょっと使えそう」
「武器は邪魔なんじゃ?」
ツキヨはおよそ物理干渉が必要な全ての行動を魂の魔法で処理できる。
余計なものを持ったところでただ重いだけだろう。
「この角度とか大きさとか、今のナイフより便利っぽい」
「まあいいけどさ」
あからさまなゴミをどかし、埃を払い、倉庫を漁り続ける二人。
何かあるかもしれないという建前で掃除をさせられているだけなのではないか?いやそうに違いない。
だらだらと中身を確認した箱やら農具やらを戻していると、天井からツキヨの声がした。
「やっと新しそうなのみつけた」
やや上からツキヨと共に白っぽく縦に長い木箱が降りてくる。蓋にヴィローサの文字。開封。
「これが姉さんが言ってた奴なのか」
「たぶん……そうなの?」
「なんかこれ違う気がするぞ」
「服に見えるね」
「服だな。まあ着れそうならもらっていっても」
何枚か取り出して、サイズを確認するツキヨだが、困った顔で投げ戻してしまった。
「だめだこれ大きいよご主人」
ヴィローサはかなり背が高く、13歳の上その平均よりも小さいツキヨには全くサイズが合わない。
これではもし何か装備があったとしても結局使えなかったのではなかろうか。
とりあえず畳んでからしまおうと、中身を適当に出して蓋の上に乗せる。
「あれ?底に何かあるぞ」
「あ、師匠が言ってたのはこれのことかな」
腕につけるタイプの小型の盾、そして5フット……1.5メートルほどとやや短い、金属製の戦闘棒が出てきた。
どちらも何らかの合金製で特殊な力の付与は感じないが、それほど重くなく非常に硬そうだ。
「これはなかなか使えそうな」
「おー。でもわたし棒のほうはいらないよ」
「それはわかってる。僕が使う」
「でもあってよかったね。掃除しないとだけれど」
「そうか、掃除か、あれこれ引っ張り出したもんな……」
日は暮れゆく。
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そして翌日。
「もう準備が終わったのか」
「もうって何だよ父さん、10日ぐらいかかったろ」
「息子がもう戻ってこないかもしれないと思うとな」
そう言いつつ泣き真似をしてしなをつくるオストロ。
妙齢の女性ならともかく、父とはいえ壮年の隻腕大男にやられて気分のいいしぐさではないにも程がある。
「家を捨てるわけじゃないし、何言ってんだ不吉な。しかも気持ち悪いよ?!」
「冗談だ。だがな、ヴィローサもああだしお前までいなくなると流石に寂しいわけで」
「うん、それはまあ……はい、ありがとう父さん。で、母さんはどこに」
「別れが辛いから来ない、というわけではなく二人分の足代を用意しとるところだ。
といっても別に借金ではないぞ、一応その程度の金はある」
「お金か、定期便に乗るのに必要なんだっけ」
「うむ、俺も二度ほどしか乗った事が無いが、確か王国までなら片道4日で金貨2枚だ」
確かアルテミア首都だと普通の宿が一泊銀貨1,2枚、安い貸部屋が1ヶ月つまり35日で金貨1枚といった所だったはず。
4日で金貨2枚というのはどうなのだろうか。定期便は魔導式の動力機関を持つ列車だが、速度はあまり出ない。
馬より速いが騎乗用猛禽よりは遅い、しかし安全です……と定期便の広告パンフレットに書いてあった。
なおジオニカの紙はとても安い。
生木から直接紙を生成するテンプレート化された地魔法が存在し、量産体制が確立しているからだ。
それなりに地魔法を熟練しているオストロでも使えないところを見るに特殊訓練が必要そうではあるが。
とりとめもなく物価について考えつつ母を待っていると、突然背後に気配を感じた。もちろん何かはわかっている。
「おっと」
簡易の強化エンチャントを発動、後ろから飛んできた巨大な荷物を掴み取って背負う。
ついで飛来する金棒を受け取った。
「準備できたよ、違うできました!ちょっと遅れてごめん」
荷物他の確認と整理を頼んでいたツキヨがにこにこしながら現れる。
よく見ると、ツキヨ自身も微妙に変わっていた。
いつも腰に下げていた古い皮剥ぎナイフが細身の短剣に。黒髪も荒れたロングから綺麗に切り揃えられたセミロングに。
そして真新しい革の帽子とブーツ。後部に小型盾がセットされた、プロセラの三分の一ほどの背負い鞄。
「おはよう。あれ、その帽子とかどうしたのさ」
「作ってもらった、材料はわたしが狩った奴。そういえばご主人の分もやってもらえばよかったねー」
「いやいいよ、どうせ向こうで仕事始めれば買い換えると思うし。それよりエノキさんとかは見送りに来ないの?」
「おめでたいことだから来ないって。よくわかんないね」
「そっか。それにしても母さん遅いなあ」
「モリーユ様がどうかしたの」
「足代を用意してくれるって……うわ?!」
その時、モリーユが、母が玄関から現れた。
現れたのだが、何故かドレスを着て凄まじく濃い化粧をしている。
「何よその顔は、息子たちの門出を見送るにふさわしいでしょう?
あっと、忘れるところだったわ。さあ受け取りなさい、多くはないけれど」
母が微笑み、数枚の金貨を包んだ袋をプロセラとツキヨの鞄にそれぞれ滑り込ませた。
「ありがとうございます!」
「ありがとう母さん、父さん、じゃあ行ってくるよ。しばらくお別れだ。
隣村で馬を借りて、首都に下りて一泊、それから定期便に乗って移動だから到着は一週間ぐらい先かな」
「おせわになりました。行ってまいります……行こ、ご主人」
二人が駆け出す。モリーユとオストロは、その背中が消えるまで静かに見守っていた。
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一刻後。プロセラとツキヨは幅の広い山道を歩いていた。隣村とは反対方向だ。
別に、バルゼアに行かないというわけではない。首都方面に行かなかったのには理由がある。
二人にはオストロ達が知らない、一気に山越えする秘密の移動手段があるのだ。
資金は今とても貴重であり、列車などに金貨を払う気はさらさらない。
「よし、そろそろいいか。ツキヨ頼んだ」
「そだね、今から板出すから、その間に地図の見直しとあと方角の確認おねがい」
鞄から地図と、方位磁石……のような魔法道具を取り出すプロセラ。
それを横目で見ながら、ツキヨは魂の魔法で板を生成してそれを組み始めた。
「ええと、南東に直進で丸一日半ってとこか、でもあれツキヨばっか疲れるよな。
街に入る準備があるし、バルゼア手前の川のとこで一泊するのは確定として、途中どうする?
適当な場所で泊まるかぶっちぎるか。
まあ地図見る限り、山側から森を抜けるルートもちゃんと道があって、交易路として成り立ってるようだから、休んでもそんなヤバい魔物とかは来ないと思うし」
「私が板で小屋とやわらかいの作るから、野宿と宿屋ってあんまり差ないよ。
寒いのはご主人が生魔法であっためてくれるでしょ?だからちゃんと泊まって休もう」
言いつつ、ツキヨは組み上げたり崩したり、自身の魂の魔法と格闘している。
「じゃあ休み休み行くことにしよう。
全然関係ないけどさ、ツキヨって何で僕のこと名前じゃなくご主人って言うの?
すごく今更だけど」
「え?ご主人がそう呼べって言ったからだよ。初めて狩りした時。
あの時、お母さんとかに教えられたようにプロセラ様って呼んだらご主人怒ったもん」
「あーなんかそんな事あったかもしれん、別にもう普通に呼んでいいぞ……」
頭を抱えるプロセラ。よく覚えてないが、恐らく前世の気分でネタとして言ったのだろう。
普段呼ばれる分にはともかく、他人と混ざって仕事する場合にちょっと変な誤解とかそういう嫌な予感がする。
「今更変えられないよ。大体ご主人がわたしのご主人なのは正しいんだし。と、新飛行板できた」
魂の魔法で生成された板を組み合わせて作られた、 飛行板。
ツキヨが操作することで、人や物を載せてかなりの速度で飛べる。
透明なそれに乗り込むため、プロセラは自身に聴覚強化をかけて音の視界を確保した。
最後に気休めのカモフラージュとして、荷物と身体に布を巻きつける。
「これでよしと。ところで荷物置きの横が隙間ってか穴になってるけど塞がなくていいの?」
「あれはお手洗い、こんな何がいるかわかんないとこで地面でするのは危ないから。命とプライドなら命」
「なるほど。生魔法の影響でどうにもそういうの適当になるし、危機管理は有り難い」
「弱いからね、気になるのー」
「ツキヨは僕の何倍も強いだろう」
「あのね、いい機会だから聞いてね。でも他の人には秘密だよ。
確かにわたしに普通の攻撃は当たらない。でも、もし当たったら痛い。
魔法も念力と魂の魔法しかないから回復もできない。
それに病気でも、うっかりしても、毒でも、呪いでも死んじゃう。
わたしは脆くて弱いよ。死んだら死んで終わり。
でも、ご主人は違う。攻撃当たってもだいたい死なない、病気にもならない。毒も効かない。それに、わたしを守ってくれるでしょ。
ご主人がいないと、わたしはなんにも安心してできないよ。だからご主人の方が上なんだ。
……口に出すとなんかおかしいね、いいやもう。よし!出発!」
「……そうか、死んだらだめだよな、うん」
ツキヨが納得できるようなできないような不思議な理屈を話し、妙に嬉しそうに笑う。
ふと、いつ死ぬか怯えていた昔を思い出す。ある意味でツキヨの言葉は、真実なのかもしれなかった。
浮き上がった飛行板が木々の間を抜け、滑り出す。目指すはバルゼア。
超田舎脱出の巻