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ライフレート  作者: 岡本
第七章 退職すること
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48話 『特務』

 ゼムラシア探索冒険研究連合体バルゼア本部三階、総長(ギルドマスター)ガノーデの自室。

難しい顔をして胡坐をかいたガノーデが、机の上に積まれた書類の束をめくる。

その横では正座した長門影(ナガトノカゲ)とヴァラヌス、そして同じく本部勤務の一級探索冒険者であるダニオとモーリーが、

同様に様々な資料を眺めては溜め息をついていた。

ガノーデの召集を受けてやってきたプロセラとツキヨも例外ではない。

重い空気に包まれている。


「で、その戦争を煽ってる精髄(エッセンス)を処理しないとどうにもならないと」


「けどガノーデさん、武芸大会でオークを運転(オペレイション)してたのと同じ敵だとすると、わたし達だけじゃ捕まえられないよ。

奪われる可能性があるから藤林三号も持って行けないし」


 精髄(エッセンス)の特性はだいたい判明している。

ツキヨが強力な精髄(エッセンス)であるからだ。

しかし、特性がいくらわかっても魂の魔法(ユニーク)を対策できなければ意味がない。

特に今回の相手は。


「そう、そこが問題だ。

John Doeの特殊転移(テレポート)だか不可視化(インビジブル)だか、ともかく魂の魔法(ユニーク)詳細が判明すればだいぶ違うんですがね、長門影(ナガトノカゲ)、あれを」


 ガノーデの指示で、長門影(ナガトノカゲ)が妙な形のハンドガンを出してきた。

メカニカルな太いシルエットで、何となく玩具のような印象を受ける。

銃はジオニカではあまりメジャーな武器ではない。

ある程度修練を積めば火薬の爆発で飛ぶ弾より弓や投石の方が強くなるからだ。

なお榴弾やフラッシュバン等、身体能力で代用できない効果のものはそこそこ発達している。


「何ですこれ?」


「我もウィステリアも運転(オペレイション)の危険性から、セルカリアには行くなとガノーデ殿に命じられておるでな。

そこで我らや藤林三号の代用品、電磁式魂魄捕獲投網銃だ」


 相変わらず、長門影(ナガトノカゲ)の所持品というか開発品は謎極まりない。

ガノーデが認めているものなら恐らく効果はあるのだろうが。


「名前で言われても全くわからないんですが」


「このハンドガンはロックオンした対象に、強力な電磁場を発生する魔力ベースで編まれた霊気の網を射出する。

具体的な効果としては21グラム、ゼムラシア風に言うならば0.74オズの不可視物質、魂の実体を捕縛可能」


「説明されてもわからないよ長門影(ナガトノカゲ)さん」


 首をひねりつつ正論を返すのは、プロセラの隣に座っているツキヨだ。

恐らく本人以外で理解しているのはガノーデだけだろう。


「む……そうか……ええとだ、命中すると強力な電磁力でしばらくの間、魂をその場に固定させる。

まあ一時的に該当座標から移動不能になるわけだな。

今回の対象は魂の魔法(ユニーク)特殊転移(テレポート)という話であるから、ついでに封印可能だ」


「要するに撃ち込んで始末しろという話ですか……」


「結局見つけなくちゃだめなんだよね。

同族だし、ジオ教団本拠地での感じだと近くにいればまず判別可能と思うけど、偶然近くに来るまでセルカリアに滞在するの?」


 その言葉にガノーデが反応する。


「あなた方のような希少な魔法持ちに、そんな不確定要素の多い指令は下しませんからご安心を。

なお先日の証書に則り、任務終了より所属変更と休職手続きを行いますのでそれも楽しみにしておいてください」


「調整にずいぶん手間取ったのよ。

なんせ十日ほど前まではセルカリア王国政府からの入国禁止令を無視して、ガノーデ自ら処理しに行こうとしてたぐらいだし。

ギリギリで真っ当な手段の都合が付いたってわけ」


 横からさらりと恐ろしい事を言うヴァラヌス。

セルカリアの探索ギルド支部は政府と距離を置いている。

ヴァラヌスに言わせればただ乗り野郎(フリーライダー)だそうだが。

ともかく、総長(ギルドマスター)ガノーデはセルカリアが絡むとあまり表立って動けない立場なのだ。


「それはオフレコですよ、ヴァラヌス。

現地に特別な協力者を二人と、特務員を一人既に派遣してあります。

それと、“傘魔”がセルカリアに滞在中らしいので支援要請を出しておきましたがまあそれはよいでしょう。

今回の作戦の鍵は、あなた方二人がドラドで合流する人物。

私も不本意ですがドラドまで向かいます。

それが奴の、忌々しいイミタトルの協力を取り付ける条件ですのでね」


「イミタトル氏の協力を得る話が拗れたのは、だいたい総長(ギルドマスター)のせいではありませんか?」


 奥でひたすら書類をめくっているモーリーが溜め息とともに呟く。

ダニオとヴァラヌスも頷いている。


「私とイミタトルの仲が悪いのは知っているでしょう。

しかも、しかもですよ、こっちから要請した時は三度とも断ったくせに、向こうから協力を打診し返してきて交換条件があれとかふざけています。

呑むしかないのがまた」


「交易に影響が出ちゃあねえ。

それにガノーデ、この情勢で“ドラドの霧王”がドラドを離れるなら、代わりに防衛戦力を要求するのは仕方ないかと」


 宥めるようなヴァラヌスの返しにしばらく困った顔をしていたガノーデだが、じきに本来の威圧感を取り戻し、重々しく言葉を紡いだ。

それを受け、プロセラとツキヨの表情も引き締まる。


「ゼムラシア探索冒険研究連合体総長(ギルドマスター)ガノーデ・アプランの名において、“制圧者”への特殊任務を言い渡します。

現時点より事態解決まで、制圧者(オーバールーラー)自由使用許可。

次に……そして……」


 各種打ち合わせは、夜遅くまで続けられた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ツキヨ、あの塔の天辺に直接着陸してください」


 ここはドラド上空。

赤くゆらめく不定形めいたローブを纏って飛ぶ総長(ギルドマスター)ガノーデが、飛行(ボード)に乗った二人に声をかけた。

ドラド全体を見渡せるその塔こそが、“ドラドの霧王”イミタトルの住処であり待ち合わせポイントなのだ。


「はーい、ガノーデさん」


「それにしても総長(ギルドマスター)、これは一体」


 プロセラがドラド市街を見下ろし眉を顰めた。

空はよく晴れているが、市街全域がほんのわずかに薄暗い。

大型の建物の屋根には黒い染みのような影がまとわりついているのだ。

まるで呪われているようである。


「イミタトルです。

この忌まわしい結界、奴以外にありえません」


「忌まわしいとは失礼な、私ほどドラドを愛するものがいるとでも」


「「う?!」」


「出迎えていただけるとは殊勝なことで」


 三人の横から、高いが落ち着いた声がした。

そちらを向くと、女性のシルエットを黒い煙のような霧が渦巻いている。イミタトルだ。


「本当に来られるとは、よほど切羽詰っていると見える」


「切羽詰っているのはそちらではないですかね?

まあ今そんなことは問題ではありません。

セルカリアと彼らをよろしく頼みますよ、イミタトル」


「ふん、相変わらずだな心読み(マインドリーダー)

どうせ私の思惑もわかっているんだろう、ちゃんとやるから安心しろ。

だが、ドラドは絶対に守ってくれよ」


 不機嫌そうなイミタトルが黒い霧の中からいくつもの瞳を生成し、ガノーデを睨む。

ガノーデの周囲で、魔力と魔力がぶつかり合うかすかな振動が発生した。


「……心配せず暴れてきてください。

む、何ですと?」


「当然消すぞ、耄碌したか。

私の部下も統一武芸大会で一人、セルカリアで四人やられている。

邪魔者は許さぬ」


「ええ、ええ。

プロセラ、例の件頼みましたよ」


「はい、総長(ギルドマスター)

それより本当にこちらが判るんでしょうか?」


「まず大丈夫だと思います。

それでは、あなた方の帰還まで私は私の仕事をしますかね」


 言い残すと、ガノーデは吸い込まれるように塔の中へ消えていった。

直後、ドラドの街中が明るくなり、先ほどとはまた別の違和感が発生する。

約束通りにイミタトルの後を継ぎ別の守りを展開したのだ。

その様子を確認し終えたイミタトルが遠く東、セルカリア方面を向いた。


「イミタトルさん、ドラドからセルカリアってまっすぐ飛んでもいい?」


 ツキヨが飛行(ボード)を調整しつつ話す。

ガノーデと地図から大体の情報は得ているが、現地情報がいまひとつなのだ。

セルカリア支部からの連絡は、少し前から断絶している。

現在のセルカリア情報は、先行して向かった特務員“深淵”がセルカリアとエオドとの国境近くに設置した簡易の伝令機と、“傘魔”ヴェルナが実家であるトリクロマ商会より発信したものだ。


「いや、手前で一晩停止して先行人員との合流と休息を挟むぞ。

私にもセルカリアの詳細まではわからん、“制圧者”の片割れよ」


「ツキヨです。あとそこの否死者(イモータル)がご主人、じゃないプロセラ」


「うむ。

ところで、何故今の状況になったかは聞いているか?」


総長(ギルドマスター)が知っている範囲では大体は」


 セルカリア問題は、一年前まで遡る。

オーク帝国、正式名をエオドと言うオークの国は、長年ゼムラシアの他の国々と小競り合いをしていた。

だが、支配者が代替わりしたことにより変化がもたらされる。

過去の怨恨より自国の強化を求める新皇帝スイナは、各国から工作員を引き上げた後、一部の破壊兵器を封印して国境を接するセルカリアと休戦条約を結んだ。

じきに数百年ぶりの交易も再開するという話になっていた。

しかし事態は意外な方向に転んだのだ。

戦いの継続を望む勢力を一通り転向、制圧した後に条約を持ちかけたエオド側に対して、セルカリアはそうではなかったからである。

セルカリアには“パイロラ”という武装集団が存在し、オーク対策を含めた各種活動を行っていた。

ゼムラシア探索冒険研究連合体が、支部こそ存在するもののセルカリアでの権限が他国より弱いのはそれが原因だ。

もっとも、大体のセルカリア人は戦いを望んでいないため条約そのものは締結され、最後まで反対したパイロラもセルカリア軍により解体された。

セルカリアあるいはエオドに深い恨みを持ち高い戦闘力を持つパイロラの幹部数名が地下に潜り、戦争再開を煽りつつオーク、セルカリア人の区別なく襲い始めたのはそれからしばらくのこと。

“もはや何が目的なのかすらわかっていないのだろう”と、セルカリア王や首相、そしてエオド皇帝スイナに言わしめたパイロラ過激派との戦闘は泥沼の様相を示している。

この手の潜伏者対策は、ゼムラシア探索冒険研究連合体こと探索ギルド総長(ギルドマスター)ガノーデの右に出るものはいない。

しかし、セルカリア人は根本的に探索ギルドを好いていないのだ。

戦乱に明け暮れているそこに無理やり乗り込めば今度こそセルカリアが崩壊し得る。

半年ほどの調整の末、ガノーデが直接入国しないことを条件にエオド、セルカリアと探索ギルドの協力体制が仮決定した。

だが、パイロラ過激派処理には個人名不明の精髄(エッセンス)を殺害することが必須条件。

その算段、具体的には索敵人員の確保がつかなかったためにガノーデは奔走していたのである。

先ほどようやく十分な戦力ことイミタトルが加わって、作戦が開始されたわけだ。

ドラド連合のイミタトルは、ゼムラシア大陸内においてガノーデに次ぐ情報収集能力を有する。

それにエオドから派遣されるオークの物理索敵と、プロセラへの運転(オペレイション)で強化される精髄(エッセンス)ツキヨの同属感知を併用して対象を捜索、処理するのだ。

セルカリア軍の精鋭達はセルカリア自体を守るために動けないが、それを別にしても戦力的にはかなりこちらが上である。

ここ最近の襲撃がさらに激しさを増していることだけが気がかりだ。


「ならば問題無いな。

現地の連中と合流して情報交換の後、まずは探索ギルドセルカリア支部の制圧を行う。

建物内に残るものは全て過激派と見ていい。

幸い、トリクロマ商会の本社が拠点として使えるそうだ。

リューコメラスから先ほど連絡があった。

“傘魔”ヴェルナが強力な炎の結界を張っておるから、転移や隠密状態での潜入はされぬ、他には……」


 難しい顔のイミタトルがいくつかの新情報を説明する。

彼女は塔にいる間中、ドラドを守りつつ各所と通信していたのだ。


「リューさんからの連絡ってことはフェルジーネが居るんだよねご主人」


「うん、だいぶ楽になるな」


「それは、リューコメラスの風精霊の話かね?

あの時一瞬見ただけだったので魔力がやたら濃かったこと以外よくわからんが、奴に何かあるのか」


「あいつはちょっと特殊なんですよ、イミタトルさんは精霊契約者(エレメンタリスト)(カップ)見ました?

単独でリューコメラス本人と同等の戦闘能力を持ってます。

そして、精霊通信の範囲が極端に広い、片道ならバルゼア市街から周辺都市全体をカバーできるほどに。

セルカリアの面積ならほぼ伝令機の代わりになります。

イミタトルさんの通信魔法と併用すれば移動しつつ相互連絡が可能かと」


「気まぐれで戦闘時凶暴なのが玉に瑕だけどね」


「ほう……多少の作戦変更をすべきやもしれんな。

とりあえずセルカリア付近まで急ぐぞ、“制圧者”」


 遠くを見据えたイミタトルの周囲を覆う黒い霧が矢のような形状に変異し、加速。

精髄(エッセンス)化し、プロセラの体内に収まって出力を上げたツキヨも後を追った。

多分ラストミッションになります。

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