47話 『二人』
百万都市バルゼアの朝は騒がしく、活気に溢れている。
しかし、部屋の壁を防音のため板で覆い、東向きの窓に布を下ろした“アベニー”の二階は薄暗く静かだ。
薄い寝間着姿で横たわり完全に脱力したプロセラとツキヨの両掌を、白っぽい魔力色を持った細い触手が繋いでいる。
小さく呻くような呟きが聞こえるだけで、どちらも動かない。
「……ほんと……幸せ、この……あ……感覚、久々」
「もうすこし、太くして……吸って……いい、よ……ツキヨ……」
ほぼ一ヶ月ぶりに自室で眠った二人は、目覚めて朝風呂を浴びるとすぐに簒奪管で接続し、互いの魔力を吸い始めた。
大きな隙ができるそれは基本的に遠征先では行わないことにしているため、長期外出から帰還した翌日は必ずこうなる。
一時期は何か退廃的であるし控えようという事になっていたが、接続頻度が減ると仕事に影響が出ることが判明して撤廃された。
具体的には連携や運転時の精密操作、そして二人まとめて迷彩を行う時などに微妙な狂いが出てしまう。
もっとも、最大の理由は単にやって楽しいからというだけなのだが。
「今日は、これぐらい……な、気分……」
「んー……なら、こう、感覚鋭化で……はぁ……」
「あう、細くした意味無い……や、それも……好き……」
ここ半年ほどで魔力の流れを変えてみたり、色々エンチャント魔法を追加したりとバリエーションも増やした。
どうせこれから先もずっとやる事なのだから、選択肢は多い方がいいというわけだ。
そして、最近得た新しい力。
武芸大会会場で使用する事はなかったが、通常の感知範囲外まで離れていても互いの位置をだいたい特定できるようになっている。
熟練の魔道士が自身の魔法生成物を遠距離から判別できるように、混ざり合った魔力を自分の一部として認識するのだ。
もう少し慣れれば、運転していなくても思考のやりとりが可能になるだろう。
ともかく、互いの魔力に飢えた二人は先程からずっと密着したままだ。
部屋の中だけ時間が止まっているかのようである。
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「うわあ?!もう夕方じゃないか!」
「ご主人止めてよ、時間見てたでしょ?!」
「見てない!」
「グロッソ工房閉まる!」
大慌てで外出準備をする二人。
昨日長門影に藤林三号の修理と補給依頼をした時に、一部の材料を購入し遺跡地下にある彼の研究所に持って来いと頼まれていたのだ。
昼から工房に向かう予定が、欲望に負けずるずると延びて既に日が傾いている。
「よし行くぞ!」
「財布は」
「持った」
どうにか間に合わせるべく、“アベニー”店主ケリーへの挨拶もそこそこに文字通り飛び出す。
普段、街中は歩くのだが今日は一刻を争うので飛行板だ。
「な、何だ、私の工房に何用か!?売らんしやらんぞ!」
「ああ、すみません、客です客」
「間に合ったね……」
グロッソ工房の0番口、グロッソ本人が勤務し、各種素材やインゴット等を扱ういわゆる同業者用の場所である。
時間があまりにぎりぎりだったため、板から降りる勢いでそのまま突っ込んだのだ。
長門影からのメモと紹介状をグロッソに渡し、該当素材を購入しなければならない。
「もう少し静かにやってきてくれると助かるんだがね」
「すみません。それでですね、これをお願いいたします。できれば本日中に」
「何だと?!……ああ、これなら問題無い。
ただ、かなりの重量と大きさがあるのだが」
「運搬手段はあるので問題無いです」
「運ぶのわたしだけどね……」
「これで修理する藤林三号自体がツキヨの装備だし」
しばらく待っていると、奥から数人の職員を連れ、様々なインゴット類を担いだグロッソが戻ってきた。
メモを読み上げ、ナンバーを打ち込んでいる。
「Ⅰを二本、Ⅱを三本、Ⅳを五本、Ⅵを二本、Ⅷを七本。
合計で金貨91枚銀貨7枚だ」
「高っ」
「……が、代金は長門影氏より既に支払われておるから、そのまま納品してくれ。
それと、氏に特殊溶鉱炉の製造を手伝う件はどうなったのかと聞いておいてもらえるか」
「あ、はいわかりました」
梱包されたインゴットを飛行板に積載し、工房を後にする。
長門影はいつのまにやら様々な所に人脈を作っているようだ。
本部の見張りをウィステリアに譲った彼は、最近総長ガノーデの依頼の元幽霊屋敷地下迷宮を改造しているという噂もある。
ガノーデは喜んでいるが、予想以上の狂科学者っぷりに心配になるプロセラではあった。
「曇って星も出てないのによく方角わかるねツキヨ」
「わかんないよ?」
「え」
「藤林三号の場所教えてくれる針を長門影さんから貰ってるから、それ見て適当に飛ばしてるだけー」
「大丈夫なのかそれ……」
「さあ?
でも、バルゼアはわかるから帰れなくなることはないよ」
「まあ、そうだけどさ」
音の視界と、進行方向を示す矢印を頼りに闇夜を飛ぶ二人。
なんだかんだで予定の倍ほどの時間がかかったのであった。
「ハハハ!これで電磁ネットの出力アップだ!
マイクロミサイルは役に立たなかったようだからな、代わりに魔力体に干渉可能な兵装を増やすぞ、良いか?」
長門影が笑いながら様々な機械を操作している。
ツキヨにはもちろん、プロセラも彼が一体何をどうしているのかさっぱりわからない。
元地球の技術者の魂ということだが、どう見ても通常の現代機械を作る工程や機材ではないのだ。
もう一人関わっていたらしいので、そちらの技術比率がかなり高いのだろう。
ともかく持ってきたインゴット類は全て謎の機械により分解され、藤林三号の部品や装備が生成されつつある。
その光景を眺めながら、特にやることもなく二人は携帯食料を齧っているのであった。
「相変わらず色々おかしいねご主人」
「ううん、未来を感じる」
「ところで二人とも、帰らずとも良いのか?
今日明日では終わらんぞ」
「どの程度かかります」
「調整も含めて五日ほどかの、それと……」
喋りつつも、長門影の作業は進む。
生成されてきたシート状のものを藤林三号の骨格に巻きつけている。
「後でここまで取りに来ればいいのかな?」
「探索ギルド本部に搬入しておくでな、ガノーデ殿を通して受け取ってもらえれば」
「わかりました」
「はーい」
「それとだ、こいつを持って行ってくれ。
耳に装着するものだ、英語、いやオーク語の補助になろう」
「この間言っていたやつですか」
「そうだ。翻訳機である!」
「え……ここ数ヶ月ずっとやってた僕の勉強は一体」
「安心せよ、聞き取りのみなので喋るのは無駄にならぬ。
よかったなプロセラ殿!」
「あ、はい。よかった……いやよくないぞ?!
駄目だ、うん、楽はできない」
「悲しいねご主人」
プロセラの手に、小さな機械が渡された。
アルテミアの件で連絡用に使ったものと大体同じような形状である。
便利そうではあるが、オーク語共々使わずに済むならそれに越したことはない。
しかし、今更こんなものを渡すということはじき必要になるのだろう。
オーク帝国の近くにあるというセルカリアの内情は、総長にすら把握しきれていないらしい。
遺跡もとい長門影の研究所よりバルゼアへと戻る二人の気分は、その夜空同様いまひとつ晴れなかった。
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幸いにも何事もなく二ヶ月ほどが過ぎた。
常に快適な空間に調整されたオーラを纏っているため、季節はあまり関係ないのだが今は初夏だ。
一仕事を終え夕食を摂った二人が、自室でだらけつつ今後の相談をしていた。
「やっぱり、やるとするならアルテミアの方がいいのかな」
「や、ご主人、アルテミア支部への所属変更はもう申請してあるでしょ?
来期にはカードも更新されるよね。
何にしてもアルミラ家には戻らないと大変そうだし。
もうちょっとここに居たい事は居たいけど、別に時間があいたらまた来ればいいんだし」
「仕事の話じゃないツキヨ」
「……そっか、そうだよね、うん。
あーどうしよう、アルテミア式ってこのちょっと巻いたっぽいのだよね」
ツキヨが各種服や小物、ドレスが絵つきで載った本をめくっている。
写真とだいたい同じ理論の魔法で印刷されたフルカラーのそれは、仕立て屋のカタログなのだ。
「そうだけど、衣装の話でもないぞ」
「じゃあなに」
「式自体をするかどうか、もしやるならどこでやるかってことでだ。
だってさ、書面上の手続きは二年以上前に全て終わってるわけだよね。
ならもう無しでもいいかなあと。
こう、今更やるのも気恥ずかしいというか、どうせ今も一緒に居るんだしというか」
そう、プロセラとツキヨははアルテミアの実家に戻る計画を立てているのだ。
予定ではもう一年ほどバルゼアに居住するところが、姉ヴィローサからもたらされた実家事情で少し早められた形である。
総長ガノーデやヴァラヌス、リューコメラス等には既に連絡、了承済み。
特務員の仕事も、次の指名が終われば十年ほどは定時連絡のみにする約束を証書つきでガノーデから取り付けた。
二人には半無限の時間がある。
百年ほどバルゼアを離れてアルミラ家にいてもいいだろう。
クッキカッターやミツクリ、そして“アベニー”店主ケリーや“トンプソン”店主グローブにはもう会えないかもしれないが、他の連中は長命なので問題無い。
「わたしは一応結婚式やったほうがいいと思うけどね、新生活って感じで気分切り替わりそうだもの。
でもやらなくていいかなっていうご主人の気持ちもわかるよ、だってアルテミアで挙げるとしたら、呼べるの師匠とヴェルナさんと近所の人ぐらいしかいないし」
「そう、そこなんだ。
僕達はアルテミアに友人が居ない。
考えてみれば当たり前だよ、学校は遠すぎて行ってないし、あのとんでもない田舎には僕達以外子供どころか若者も居なかった。
しかも母さんの実家は既になくなってるし、ツキヨの親戚ってどこに住んでるんだっけ、ドラド?
流石に遠すぎて呼べないよなあ」
「近所の人だけ呼んで、ちょっといい料理食べる簡単なのでもいいけど。
まあさ、いつ挙げてもいいんだからアルミラ家に戻って支部で仕事始めてからゆっくり考えよ?
それにしてもガノーデさんはともかく、ヴァラヌスさんもクッキーカッターさんもひどいよね」
「ああ、あれはひどいな、教えてくれてもよかっただろ」
酷いというのは、先日この件を探索ギルド本部に伝えに行った時のことだ。
ヴァラヌスは、ツキヨ本人ですら去年の秋に帰省するまで知らなかったツキヨの家名追加を普通に知っていた。
あの時の“えっ、今更?”といった感じのヴァラヌスの表情と、二人が受けたショックは計り知れない。
考えてみれば二人の身元を保証しているのが探索ギルドであるため、アルテミアで成された名前変更も伝わって当たり前なのだが。
「なんか今までずっとそういう目で見られてたって思うと、困っちゃうね」
「運転でツキヨを格納するのは別にしても、まだ手は出してないのに言いがかりだよな」
「それはご主人が生魔法で自分の身体いじって性欲止めてるからってだけでしょ。
勝手に収まるとか言ってたのにさ、隠しても運転したら全部わかるんだよ。
身体に悪かったりしないの?」
「いや、こっちに来た頃は本当に平気だったんだ。
帰還者事件の後ぐらいから急におかしくなってきて、それでちょっと操作した。
変わった理由は全くわからない、どっちにしても今は停止させてるけども。
あと身体は何ともないしいつでも戻せる、確認済みだから安心して」
別に嘘でもやせ我慢でもない。
プロセラは生魔法で自身の体機能や生理現象をある程度自由に操作できる。
不可能なのは一定値を越えた食欲と睡眠欲の停止、そして酒精の分解を遅らせて酔いを長持ちさせる事ぐらい。
無論あまりに無茶な事をすると調子を崩すが、男性機能の操作程度なら反動はないのだ。
「なんかさ、律儀だよね」
「ずっと子供できたら困る状況だったじゃないか」
「今は困らないし、わたしの簒奪管ならそういうの確認できるから事故ないよ、逆も簡単」
「……」
掌から簒奪管を伸ばし挑発するツキヨ。
無言で両手を伸ばして細い触手を掴み取ったプロセラが、転換で魔力を転換し吸い上げる。
先ほどまでやや硬かった二人の表情が緩んだ。
「う……あ……へへ……やっぱ今はこっちがいいね、ご主人」
「……まあ……アルテミアに帰った……ら、いくらでも」
「はー……い」
アルテミアの田舎は勿論大切な故郷であるが、戻るならどうしても二人きりで安らげる時間は現在より減るだろう。
そう考えると、先の永い時間よりも今の一瞬が大事に思えてくるのだった。
不穏で平和な日々。
次は火曜日になります。




