45話 『化身』
外で轟音と、試合終了の大音量アナウンスが響く。
激闘の末、ついにセンペールがイミタトルを打ち破ったようだ。
生命反応がどちらも低下しているため、かなりの接戦だった事が窺える。
「やっと僕達の番か」
「バルゼア騎士団五騎星って、どんなことするんだろ」
「昨日晩の感じだと、面白い人たちだけどね。
超巨大ゴーレムって気になるよなあ」
「それより、ヴェルナさんと当たらなかったのが残念だよご主人」
「それは次に持ち越しだ、というか普通に二人で出たいよな。
タッグ戦とかあればいいのに」
「だね。
あ、動き始めた」
((第三試合が開始されます。該当選手は移動する天幕に追従してください))
二人の思考に選手用のアナウンスが飛び込んできた。
化身は喋れないことが多いため、円滑な運営のため前もって霊話の亜種が選手にかけられている。
これにより運営側からの連絡を可能にしているのだ。
「まともに使うの初めてだな」
「じゃ、いこっか」
簒奪管がプロセラの肉体に絡み付き、侵入してくる。
幾度も運転状態を経験した今なら、即座にツキヨを体内へと格納することも可能だ。
だが、それでもきっちり手順を踏む方が安定、安心だ。
髪色が濃くなり、活力が漲り、溢れる魔力がオーラと化し、陽炎となってゆらめく。
開始アナウンスと共に天幕が爆発し、二人、いや一人の姿は煙に覆い隠された。
数瞬の後、煙の中から無数の輝く触手が湧き出す。
((うおおおっしゃあああ!行くぞルイ、ルブラン、グラハム、ノヴァーリス!バルゼア五騎星の根性見せたれい!))
((はい、パートン団長!探索ギルドの連中などには負けません!))
一方のバルゼア騎士団チームも、五人が連携するための霊話の調子を確かめつつ、やる気十分に化身化の準備を進めてゆく。
バルゼア騎士団は巨大都市バルゼアの守護者だ。
もちろん、ゼムラシア探索冒険研究連合体本部や、バルゼア魔導ギルド、それに警備隊等も有事とあらばバルゼアを守るだろう。
しかし、国の守りという意味で騎士団の誇りは別格なのである。
彼らはその力を見せ付けるためにやってきているのだ。
そうして炎の中から色とりどりの騎士甲冑めいた五体の巨人、“大要塞号”が立ち上がった。
対戦相手、つまり探索ギルド特務員“制圧者”の化身体が向かいの爆発の中から姿を現しつつある。
体の各所に輝きうねる無数の触手と、結晶体めいた板を生やした禍々しい巨人だ。
その輪郭は陽炎で歪んで見え、全身がぎらぎらと発光している。
頭部、顔のパーツがあるべきところには何も無い。
((おい、あんなサイズとは聞いてないぞ?!))
((うわあキモい!“ドラドの霧王”と互角のキモさです!))
((ともかくやるぞ、団長))
((イエスボス!))
((大要塞合身!!!))
大騒ぎしつつも、フォーメーションを組んでいくバルゼア五騎星。
彼らの化身は、まだ完全体ではないのだ。
騎士甲冑が妙な形態へと変化してゆく。
対戦相手を見て困惑しているのはバルゼア五騎星だけではない。
プロセラとツキヨ、つまり制圧者も同様に戸惑っていた。
なんだこれ、どういうことだツキヨ?!
どう見ても五匹いるね……
絶対おかしい、二人だからって五人押し付けられるとかそんな
出力、出力上げようご主人!真ん中で戦うならもっと出力上げても山の木々や観客は無事なはずだよ!
そうだ、その通りだ賢いなツキヨ!あんな玩具戦隊なんか踏み潰してやる!
何言ってるのかわかんないけど賛成!
協力して化身すると聞いていたのに、対戦相手が普通に五体居る事に憤慨した二人が制圧者の出力を上げる。
普段はストッパーになるプロセラも、いくつかの鬱屈が爆発していて止まらない。
結界の向こうの観客さえ吸い殺さなければもうそれでいいとばかりに、制圧者の体表が煌いて追加のエネルギーを取り込む。
「WHOOOSHWHOOOOOOOSH!!!」
サイズアップしつつ、人ならざる暴風のような音を咆哮として発する制圧者!
その圧倒的威圧感を感じつつも、騎士甲冑巨人の変形は続く。
団長パートンの操る鮮紅甲冑の手足が縮み、同時に胴体は太い箱状へと大型化、ゆっくりと浮遊。
副長ノヴァーリスの青銀甲冑は縦に細く組み直され、巨大な氷の剣を持った右腕に。
ルイの黒鉄甲冑は同じく縦に細く組み直されるが、ノヴァーリスのものよりは太く、頑丈そうな追加装甲のある左腕。
グラハムの黄金甲冑は巨大な左足、ルブランの白甲冑はスパイクだらけの右足へと変化。
それらが空中で接続されて一体の歪で巨大な鎧人型となった。
元の五倍の巨体に見合った頭部が新たに生成され、そのフルフェイスの奥からは赤い光を放つメカニカルな瞳。
そうして、遂に真の“大要塞号”が降臨する。
「ハハハハ!聞け制圧者よ!
バルゼアを守るのは我らの任務、決してお前達ではない!
覚悟せよ!」
なんと、合体した甲冑巨人が流暢に喋った!
五人で操作するだけあり、“大要塞号”には普通の化身に無い発声機能がついているのだ。
制圧者が咆哮でそれに答える。
「WHOOOOOO!」
おお、ちゃんと合体したぞ。っていうかなんかこっちが悪役っぽい?!
一体になったね、どうする?
どうもこうも、倒す!
なんかご主人おかしい
おかしくない!
「氷炎破ァ!」
軽快に跳び上がった大要塞号が巨大剣を振り回し、上空から下に向かって赤青の衝撃波を放つ!
攻撃が観客や山に向かって飛ばない様、なんだかんだで気をつけてはいるのだ。
唐突な縦移動に、空から観戦していた中の不用意な連中が吹き飛ばされる。
制圧者が悠然とそれを見据えた。
斜めに生成された大型板が衝撃波を逸らし、その先に更に斜めの大型板が出現。
更にもう一枚、角度調整された板により赤青衝撃波が跳ね返ってゆく。
「面妖な」
左腕の装甲を利用し衝撃波をかき消す大要塞号。
そのままの勢いで飛び蹴りだ!
白いスパイクが制圧者に迫る。
だが、その攻撃が届く事はなかった。
横から飛来した板が大要塞号に衝突。
防御結界で包まれた超質量を弾くには至らないが、わずかに体勢を崩し減速する。
その直後、猛烈な衝撃が大要塞号を襲った!
「うおおお!」
((まずいです団長!))
((目が、目が回る))
((作戦四を実行する!))
スパイクにも構わず右足を掴み取った制圧者が、片手一本で大要塞号を振り回す。
戦慄すべき膂力だ!
さらに触手が殺到、バチバチ音を立て防御結界を侵食する。
じきに結界は破れ、大要塞号も消滅するだろう。
だが、奇怪な音と共に手応えが消えた。
「バルゼアン・セパレーション!ハーッ!」
「AAAUGHHH!」
それは一瞬の早業だった。
白いスパイク脚が根元から外れ、解放された大要塞号が背面から魔力を噴出させ空中で方向転換。
振り回されていた力を逆利用して巨大剣を横薙ぎに叩き付ける!
制圧者の腕を見事に切断、そして胴体にまで巨大剣が食い込む!
解放されたスパイク脚は空中で引き寄せられ、元通りに接着された。
「うぬ、なんたる質量防御」
制圧者の胴体から巨大剣を引き抜いた大要塞号が飛び下がり、うろたえる。
パートン達五騎星は、氷炎破と飛び蹴りを囮にした巨大剣の一撃で試合を決めるつもりだった。
予定外の処理のされ方と、蹴りを捕まれるアクシデントはあったが、それでも相手の力を逆利用し一刀両断するには十分と思われた。
しかし、精髄の唯一性に否死者の強靭な生命オーラを纏う制圧者は必殺剣を強引に耐え切ったのだ。
五人の魔力を合わせて操作する大要塞号は力負けしない。
それが例え古木センペールの地租だろうと、大僧正デンドロンの百拳王だろうと少なくとも互角のはずなのだ。
だがどうだ、現実は。
目の前の冒涜的巨人、探索ギルドの回し者は明らかに自分達よりが出力が上ではないか。
そして、それが百拳王等より強いとも思えない。
結局、認識が甘かったのだ。
騎士としては強くとも、化身としては決して最強不敗ではない。
だからといって負けるわけにはいかぬ、五騎星の、大要塞号の双肩にはバルゼアの守りがかかっている。
目の前の不可思議な敵は既に再生を終え、体勢を立て直していた。
制圧者はどうやら先の試合の地租同様、周囲から力を得るタイプであるらしい。
それの再生に伴って大気が振動し、岩石が砂埃に分解されている。
そしてその対象は大要塞号自体ですら例外ではないようだ。
先程捕まれていた白いスパイク脚の防御結界が半分ほど喰われ、スパイクもいくらか折れている。
「来るぞ!」
制圧者が跳ぶ!
その外見からは想像もできない俊敏な動き。
飛行するわけではない、しかし空中に次々と足場を生成し、大要塞号の死角を狙う。
恐怖で身体が固まり、逃げ遅れた飛行観客がまた一人衝突し、分解された。自己責任だ。
ともかく、後ろを取ろうとした制圧者の拳と、五人分の視界で先手を打ち振り向いた大要塞号の巨大剣が衝突する。
巨大剣が制圧者の腕に食い込むが、今度は何らかの追加強化を施しているようで切断できない。
右腕担当の騎士、副団長ノヴァーリスが剣を強化して制圧者の傷口と触手から噴出する捕食のオーラに抵抗する。
その時だ。
「馬鹿な、ぬわあ!?」
大要塞号が、突如よろめき、仰向けに押し倒された。
巨大剣は制圧者の腕に食い込んだままだ。
やったのは、手足でも触手でもない。
倒れた大要塞号の体の各所に、四角柱のような透明結晶が刺さっている。
正体は、先ほどまで制圧者の体表に装甲めいて付着していた板!
至近距離で急速に成長し、大要塞号の防御結界を貫いたのだ。
結界の破れ目に触手が殺到し、魔力を吸い上げようとする。
同時に制圧者の太い腕が巨大剣をへし折った。
しかし大要塞号は諦めない。
「最終攻撃結界起動!」
倒れた大要塞号の胸部、バルゼアの紋章が赤熱する。
全身が輝き、破壊的な魔力の奔流が制圧者を呑み込み、上空へと吹き飛ばす。
大要塞号の魔力の殆どを注ぎ込んだそれは散ることなく、今も空が輝いている。
今回は飛行観客の犠牲者は出なかった。
先ほどの二回に渡る空中攻防で学習した観客は皆、既に退避していたのだ。
ボロボロの大要塞号がよろめきながら立ち上がり、空を見上げる。
破壊の光が少しずつ縮んでゆく……。
「……だめか、修行が足らんな我らも」
「WHOOOSHWHOOOOOOOSH!!!」
よし、勝った!それにしてもなんて転換しやすい魔力!
でもご主人、ちょっと出力上げすぎじゃない?
辺り一帯を振動させる咆哮とともに姿を現したのは、無傷の制圧者!。
いや、無傷どころではない。
一回り以上大きくなり、体表から発する光も強い。
何も無かった顔からは、神話にあるゴルゴンのように追加の輝く触手が生えている。
大要塞号から放たれた魔力の奔流を吸収し、全体的に強化されたのだ。
空中に板で生成した足場からふわりと飛び降りた強化制圧者が、大要塞号を蹴り砕いた。
勝負あり。
決着のアナウンスとともに、観客たちが熱狂する。
((第三試合終了です。次の試合のため退避してください))
試合進行用の連絡がプロセラとツキヨ、そしてバルゼア五騎星の思考に流れる。
魔力がほぼ空になった五騎星がふらふらと去っていく。
二人も制圧者の姿で軽く伸びをし、撤収しようと。
((待ちなさい二人とも!))
((そうだ、その力、わしが使わせてもらう))
((こら、使うのは私よ))
どんな手段を使ったのか、ヴィローサと大僧正デンドロンが連絡に割り込んできた。
二人が困惑していると、更に話しかけてくる。
((真ん中でちょっと脱力してなさい!あんたたち吸いすぎなのよ))
((この上わしらが喰ったら辺りの環境と観客がまずいからな、化身用の動力として役に立ってくれいヴィローサの弟君))
「ゼムラシア統一武芸大会、最終戦を開始いたします。
観客の方々は先ほど以上の危険が予想されます。スタッフは各種終了準備」
((試合を開始します))
どうやら、大僧正とヴィローサが制圧者の余剰エネルギーを使用するという連絡は本部にも通っているらしい。
そのまま試合開始のアナウンスとともに二箇所の天幕が爆発。
と、言われた通りにオーラの制御を緩めていた制圧者から、凄まじい勢いで力が吸い取られていく。
やばいやばいやばい、加減無しとか!
逃げるよご主人!
制圧者の外身を全て剥ぎ取られたプロセラとツキヨが、オーラと魔力の制御を慌てて強め、板に乗って脱出した。
眼下では二人から力を吸い取った二匹の怪物が立ち上がり、今まさに激突するところ。
観客席を見ると、怖いもの知らずの観客が下がっていく。
この時点まで残っているような人々は、大抵前回の大会も見ている。
大僧正とヴィローサの危険性を嫌というほど知っているのだ。
見た感じ、二匹は少なくとも制圧者と同等、おそらくそれ以上の破壊存在。
リューコメラスたちの反応は、観戦しているにしてはかなり離れた場所にある。
二人もそちらへと向かった。
久々にちゃんと勝ったような気がします。
ハイテンション。




