43話 『試合』
「何やってんですか、リューさん」
「何ってプロセラお前、酒飲んでるに決まってるじゃねえか」
「昼間から地面に寝転がって?」
「ご主人でもこんな飲み方しないよ」
二人の足元にリューコメラスが転がって瓶から直に酒を飲んでいる。
もちろんこの場所はリューコメラスの家でもなければ飲み屋でもない。
ゼムラシア統一武芸大会会場に沢山張られている大天幕、その隅だ。
世界の終わりのような顔をして転がっているその姿は哀れといえば哀れだが、はた迷惑にもほどがある。
「聞いてくれ、俺は悪くねえんだ!」
「意味がわかりませんよ」
「精霊契約者杯に出られなくなった」
「「なんで?!」」
リューコメラスの説明は、昨日に引き続き要領を得ない。
理解できるのはフェルジーネが強すぎて選手が集まらないということだけだ。
「うーむ、あー……どう言えばいいもんか」
「それで、件のフェルジーネはどこに」
「わからん、精霊契約者杯の会場でなんかやってるらしいがよ。
どうせもう魔貨は手に入らねえんだ、閉会まで毎日酒飲んで過ごすぜ俺は」
「はあ」
「ほっとこう、ご主人。そろそろわたしの試合あるし」
「うん」
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第四回戦用の広いリングで、藤林三号ことツキヨと“傘魔”、つまり神衛ヴェルナが向かい合っている。
既に試合開始のアナウンスは流れているにもかかわらず、二人は動くことなく会話を続けていた。
全ての安全装置を解除し、キリングマシンと化した藤林三号が体の各所からシュウシュウと蒸気を吐いている。
炎の鎧を纏うヴェルナの仮面が高熱で白く輝き、獲物のモーニングスターが文字通り煌く星のごときの熱を放つ。
互いの隙を窺っているのだ。
「昨日、魔法も無しにサロルを刻んだのはどういう技だったのですかね、フジバヤシさん?」
「サロルとは」
「いい度胸ですわね、彼は私の同僚なのですよ」
「殺してはおらぬし、四肢もちゃんとあったろう、神衛殿」
ツキヨは昨日までは藤林三号の機能のみで勝ち進んできた。
無論、魂の魔法等が藤林三号の運転中に使えないわけではない。
単に当たり運が良く、使う必要のある相手に当たらなかっただけだ。
そして戦闘中の会話は内蔵プログラムに一任してある。
長門影を更に無機質にしたような応答をする、戦闘用AIだ。
彼の製作した機甲者には強力な魔力迷彩がなされているため、ヴェルナの感覚器でもツキヨと特定できない。
最も、プロセラの知り合いである事ぐらいは試合前の様子を見ればわかるのだが。
なおヴェルナの言う同僚、つまり三回戦の対戦相手を倒したのは武器ではない。
脇差を構えた状態で、内蔵されたブースターから大量の推進剤を吐き高速移動、衝撃波と共に体当たりしながら切り刻んだだけである。
内蔵兵器や魂の魔法を使わないといけないほど強くはなかったが、素の藤林三号で倒せるほど弱くもなかった。
ともかく、ヴェルナは今までの相手とは次元が違う。
出し惜しみはできない。
「まるで機巧。いや、現に機巧なのかしら……っ?!」
突如、ヴェルナが跳んだ!
だが上空まで飛び上がりはしない。背面から炎を噴き、空中停止する。
今まで居た地面に、黒く小さな穴が二つ空いていた。
仕掛けたのは藤林三号。
藤色の瞳から放たれる怪光線がその正体だ。
「チャージ開始」
システムメッセージが流れ、エネルギーの充填が開始される。
藤林三号の全身に仕込まれた装備は、実弾のものを除きチャージ式だ。
大気中から取り込む魔力と、長門影製作の謎の補助燃料により駆動する。
プロセラは最初核燃料ではないかと怯えていたのだが、どうやら違うようだった。
「焼却牢」
空中で呟いたヴェルナの身体が瞬く。
藤林三号の身体が結界に包まれ、そして。
「――・――・・―――・―!!」
全身の関節から凄まじい不協和音。
あまりの奇怪な音に周囲の観客が何人か倒れる中、ヴェルナの張った結界が爆砕!
それは科学の力。
機甲オークが装備していた抗魔障壁に近い。
しかし藤林三号のものは魔法を防ぐ障壁ではない。
近くの魔力を吹き散らし、魔法そのものの発動を阻止する魔法妨害!
推進剤を吐き、爆炎の中より飛び出してきた藤林三号の両肩から電磁力が発生、ヴェルナを周囲の魔力ごと引き寄せようとする。
「こんなもので私を」
直後、ヴェルナの仮面から白熱光線が照射され電磁場を消し去った!
面倒な機巧を破壊すべく、魔力がモーニングスターに集中する。
だがそれこそがツキヨの狙い。
突然ヴェルナの周囲の空間が歪む。
それは藤林三号の装備ではない。
今まで秘匿していた、念力!
戦闘状態の神衛は通常、念力や呪いを遮断する神聖魔法に包まれている。
そこで電磁力だ。
繊細な神聖魔法に物理干渉し、防御結界を緩める。
狩人たるツキヨは、敵が緩んだ結界を無視して行動する、その瞬間を待っていたのだ。
「ファイア」
強力な念力で束縛された事に気付いたヴェルナが防御結界を再展開しようとする。
しかし、少し遅い。
藤林三号の体内に格納されている電磁弾、マイクロミサイル、クナイ、鋼糸、そして両手から放たれる破壊光線。
それらが次々と叩き込まれてゆく。
だが、ツキヨは知っている。
半実体半霊気の正体を持つ先手は、こんなものでは倒しきれないと。
藤林三号の装備で、ヴェルナに確実にダメージを刻めるのは先程の電磁波と、魔法妨害。
それらは現在チャージ中である。
しかし、ここで手を止めるわけにはいかない。
「キェエエエアァァアア!!」
ヴェルナが全身から高熱を帯びた魔力を噴出し、叫ぶ!
結界などという高尚なものではない、しかし単純ゆえに強力だ。
爆発がかき消され、クナイが融け、鋼糸が燃える。
中心にいるのは眼が潰れんばかりの光を放つ、白熱した女性型の輪郭。
それこそが先手ヴェルナの核。
ようやく暴いたそれに、ツキヨ本来の攻撃手段である魂の魔法、つまり無数の板が殺到する!
高熱魔力の壁を突破し、次々刺さり、打ち、潰す。
炎が原形を留めなくなるまで、それは続けられた。
「やっぱりご主人いないとむりかー……」
各種装備を精密管理し、正体を隠すための戦闘用AIをオフにしたツキヨが呟く。
藤林三号の視線の先にあるのは、泡立つ液体状の白い炎。
地面の融解がはじまっている。
「あはははは!面白かったわよ、すっかり騙されましたわ!」
炎溜まりから、凄まじい火柱が噴き上がった。
吹き荒れる熱風をサリックス僧正の結界が必死に押さえ、観客席への影響を軽減する。
火柱が収まると、そこに立っているのは真の姿ではなく、神衛のヴェルナだった。
炎の鎧は既に無く、神官服の裾と袖は裂け、白熱仮面にも少々皹が入っている。
だが、大して消耗してはいないようだ。
一方ツキヨはかなりの魔力を失い、更に藤林三号の内蔵武器をほぼ使い切っていた。
「むり、負けです。弾切れ」
「そう。なら一発だけ殴らせなさい」
言うが早いか、背面から火を噴き高速移動したヴェルナが、藤林三号に強烈な掌底を見舞う。
吹き飛んだ藤林三号がリングの外に落下した。
動かない。
勝者決定のアナウンスが流れたのを優雅に確認したヴェルナは、再び火柱と化し会場から消え去った。
「無茶するなって言ったよね?」
「うー……」
ぎこちなく歩く藤林三号が、人気の少ない場所へと歩いていく。
「大丈夫なのツキヨ」
「ちょっ、とは。ま、不意討ちしたのは、わたしだし」
辺りを確認し、染み出すように藤林三号から脱出したツキヨが咳き込み、血を吐いた。
最後の掌底に強力な魔力が込められていたようだ。
運転中の精髄が持つ自己保全能力が一部貫通されている。
倒れ込む彼女を、慌ててプロセラが抱きとめた。
「ええ!?」
「ごほ、修復中、すこしだけ休ませて」
「い、無感覚」
ツキヨには他人再生が効かないため、麻酔じみて特定部位の感覚を鈍らせるエンチャントでお茶を濁す。
物理的に他人の傷を回復させるオーラの操作も練習中だが、今のところ実用には至っていない。
「大丈夫だよ」
「いいから」
「……ごめんなさい」
「ていうか、ヴェルナさんあんだけ潰しても何ともないのかよ。
姉さんほどじゃないけど何かがおかしい」
「あの人物理攻撃が効かないみたい、板でも核の部分しか当たってない感じ。
火以外の属性乗ってれば効くのかなあ」
「相性悪いな」
「たぶん化身戦にも出るんだろうし、その時やり返すよご主人」
大会の雰囲気に当てられたのか、ツキヨが微妙に戦闘モードのままだ。
確かに制圧者ならば、ヴェルナの化身も押し切れるだろう。
最も、エキシビジョンである化身戦では当たる可能性のほうが低いのだが。
「話変わるけどさ、明日から三日間空くし休もう」
「いいけど、どこで」
「あんまり考えてないけど」
「じゃあえっと……え?」
回復を終え、無感覚も吸い取ったツキヨが飛び起きた。
少し遅れて立ち上がったプロセラも感知を広げ、周囲を見回す。
だが、特に何も居ない。
藤林三号に滑り込んだツキヨが、各種センサーを起動するが、やはり反応が無いようだ。
「ううん、やっぱり見張られてるというか、こっちに視線が向いてる感じではない。
けどこの突然出たり消えたりするのは」
「わたし達が目的じゃなさそうだよねー」
統一武芸大会二日目辺りから、時折感じる妙な印象。
犠牲者の状態から、間違いなく精髄なのだが。
「大会を妨害するってわけでもなさそうだし、でも殺してるし。
センペールさんは向こうが様子見なら、こちらも放っとけって言ってたけどなあ」
精髄の“殺して操る”特性を知っているものはあまり居ないはずである。
二人が知る範囲では総長ガノーデと、センペールのみ。
後は、神や大僧正などなら知っているだろうか?
「多分、魂の魔法が特殊転移なのかな」
「捕まえてはみたい、けども」
「なんか制限はあると思うの、わたしの板にだって四角でないとだめとかあるし。
距離か、場所か、もしかしたらロンディさんみたいに時間か」
「いやね、心配なのは藤林三号を盗まれたらどうしようかって」
「その対策に、さっきヴェルナさんに全弾撃ったんだよ、ご主人」
「なるほど。
ともかく、なるべく乗って歩く方がいいか。
化身戦の時はリューさんにでも預けておこう」
「だねー」
いくつかの問題に悩みつつも、食事を買って第十祭殿に戻るべく移動を開始した二人。
食堂や露店のある大天幕へと向かって歩いていると、少し離れたところに謎の人だかりが出来ていた。
なにやら熱狂的な応援が聞こえている。
「これが精霊契約者杯だったのか」
「フェルジーネがいるように見えるんだけど、出られないって話じゃ」
近づいてみると、試合自体はどうやら決勝であるようだった。
精霊にしては大柄な、全身から棘を生やした地精霊と、下半身が水の触手になっている中性的な水精霊が戦っている。
地の方はよくわからないが、水の方は“入道”の契約精霊クリスタリナムだ。
確か本選にも出ていたと思ったが、ここに居るということは敗北済みか。
「おおっと!これは意外、重水破が効いているようです!
さあてレヴォルタ氏の対応は?!」
「ツキヨ、フェルジーネは一体何をやってるんだと思う」
「試合実況なのかなあ……」
リングの上空で逆さまに浮遊するフェルジーネが、風により増幅された良く通る声を発し、ハイテンションで解説している。
上下逆でもワンピースの形が全く崩れないのは、さすが風精霊といったところ。
何にしろその戦況判断や説明は的確で、観客から歓迎されている事が見て取れる。
試合の方は、粘液状に変質したクリスタリナムが、レヴォルタと呼ばれている地精霊を包んで締めあげていた。
しばらく見ていると、地精霊が非実体化。
どうやら勝負あったようで、僧衣の審判が色々とアナウンスをしている。
勝利し、“入道”の元へ戻ろうとしたクリスタリナムが、フェルジーネに捕まって何やら喋らされていた。
「もっとこう、勇ましいこと言うといいのさ!パフォーマンスよ!」
「俺の勝手だろ?!」
「そうしないとさ、私の収にゅ……おわあ!」
「なんでクリスタリナムいじめてるの、フェルジーネ」
観客が散りつつある中、念力でクリスタリナムからフェルジーネを引き剥がしたツキヨ、というか藤林三号が脇差の峰でフェルジーネを殴った。
それをフェルジーネは一瞬だけ非実体化して回避。
解放されたクリスタリナムが慌てて“入道”の横へと飛ぶ。
「いじめてねーし!勝利のインタビューよ」
「そんな意味不明な事やってる理由が知りたいよ、僕は」
「あーうん、なんかリューコメラスが金が金がとか言っててわたしが悪いのかなと。
開催できなくなるから、精霊契約者杯出るなとか言われちゃってさあ。
酷いわよねー?
でまあ、出られないならその代わりになんかやらせろって言ったのよ私は。
最初は試合の賭けでもと思ったんだけど止められて、そういうのじゃないならいいよってさ。
試合に出るよりはずいぶん安いけど、まあそれでいいかーみたいな」
見ると、フェルジーネが背負った小さな袋に銀貨や半貨が詰まっている。
言われてみれば、リューコメラスに憑く前のフェルジーネはヤクザな商売をしていたのだった。
今でもそういう適性は高いのだろう。
「そう……えらいえらい」
「悪気はないんじゃないかな、多分」
「酷い言い草だわ、結構色々やったのに。
これとかも好評だったのよ、ハッ!」
足元の石を蹴り上げたフェルジーネが件の電動ショートソードを抜く。
空中で切り裂かれた石は、数個の正六面体となって掌に収まった。
剣を収めたフェルジーネは指先からスパークを放ち、正六面体に印を刻む。
まあまあの出来の六面ダイスだ。
「それを売ってたの?」
「いいや?これを、こう」
フェルジーネがすり鉢状に少し凹んだ地面に向かってダイスを振る。
ふと周りを見ると、数箇所に同様の凹みがあった。
「ねえフェルジーネ」
「なにかな」
「僕の基準では、それはなんかの賭け事っぽいんだけど」
「そうだけどさ、試合に関係しないからね。
違反じゃあないのさ。
試合結果に影響されず、組織的でない商売は認められる。
ほら、串焼きとか氷を売り歩いてる人いたでしょ?
あれも申請の必要ないのね、素で許可されてるの。
関連規約はちゃんと確認してあるさー」
「ああそう、リューさんが捕まらない程度にね……」
「疲れたよご主人、早くご飯買って帰ろ」
「なんかその反応腹立つわねー、んじゃさよなら」
帯電したフェルジーネが飛び立つ。
プロセラ達も、食事を買うため大天幕へと消えた。
ヴェルナは化けなくても超強いです。
一人では無理。




