42話 『観戦』
「それでセンペールさん、化身戦に出るのはいいとして具体的には何をすればいいんですか」
「ただ暴れるだけで良い、閉会の儀の代わりのようなもんじゃ。
会場の更に奥に広い岩場といくつかの禿山があったじゃろ、あそこで適当に戦う。
一応順番もあるが当日発表じゃ」
センペールが広げた紙に、プロセラとツキヨが必要事項を書き込んでゆく。
化身魔法使用者同士がダイナミックな戦いを繰り広げる最終イベント、化身戦だ。
各組織の武力のパフォーマンスと、派手な見世物と、神への奉納を兼ねたもので、特に勝敗などは決められない。
二人は、センペールだけではなく総長ガノーデにも是非出場するように勧められている。
「はあ」
「本殿の方に来なけりゃあ問題無い、ちゃんと給金も出るぞ」
「ご主人、ガノーデさんと言ってる事同じだしそういうもんなんじゃないの」
「何を心配しとるのか。
化身状態の殴り合いなんぞ本選に出るよりずっと安全じゃろう。
二人で一体なのも気にせずとも良いぞ、バルゼア騎士団の化身など五人で一体じゃ」
「騎士団戦隊……」
「何を言っておるんじゃ?
まあそういうことじゃから、本当に適当で良い。わしも出場するしの」
「わかりました」
二人の記入を確認したセンペールが立ち上がり、出かけた。
恐らく申請書類を処理しに行くのだろう。
戦闘、修行、そして祈りしか行わないようなイメージなのだが、そうではないようだ。
自筆の招待状を送ってきたりもしたことであるし。
「化身戦は最終日だし、まだ四日も先だけどね。
わたしとザルバルドは今日四回戦あるし。
勝てば八位以内確定」
ゼムラシア統一武芸大会は今日で六日目。
最初は百二十八名居た本選参加者も既に十六名となっている。
残っているのはもはやそうそうたるメンバーだ。
セルカリアとアルテミアからの参加者が少ないことを差し引いてなお、一人で軍を名乗れそうな連中が殆ど。
対戦相手は直前発表だが、藤林三号を操作するツキヨで勝てそうなのはそのうち四人ほどといったところか。
なお、メタセは一回戦で別の僧正に敗れ、ファロは三回戦でドラド連合の幹部である強大な吸血鬼に敗れている。
「あんまり無茶したらだめだよツキヨ。
藤林三号が壊れたら、長門影さんしか修理できないし」
「ちょっとぐらいなら自己修復するぽい、腕折れたりしたらだめだし、装備は戻らないけど」
「内蔵武器とかどれぐらい使ったのさ」
「弾薬とかは使ってないけど、クナイは結構投げた。
あと魔力推進剤とかいうのを昨日、知らない神衛の人倒すのに半分ぐらい」
「僕も操作してみたい」
「無理だよね」
藤林三号、というか長門影製作の機甲者達は、地球基準で言うとロマンの塊である。
しかし、操作方法が人造あるいは本物の魂を封ずるか、精髄が無理やり乗り込むかしか存在しない。
すぐ傍に憧れがあるのに触れないプロセラにとっては、なんというか生殺しなのであった。
ともかく、そろそろ出発の時間だ。
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「ど、どうしようご主人」
「僕に言われてもどうしようもないぞ」
「困った」
二人が眺めているのは、第四回戦の相手を示す巨大な掲示板。
統一武芸大会本選は、シングルイリミネーションではあるが、いわゆる勝ち抜きトーナメント表は利用しない。
対戦相手は勝者者の中からランダムに決まるのだ。
「勝機とかある?」
「ご主人を運転するならたぶんどうにかなるけど、藤林三号じゃ厳しい。
どう考えても相性悪いし」
「相性ってそんなのわかるのツキヨ?」
「アルテミアの時、長門影さんが青い火を吐く将軍に押されてたでしょ。
ヴェルナさんはあれの上位互換だから」
「よし降参だ」
「……ちょっとだけやらせて」
「少しだけだぞ、ほんと」
こういう時のツキヨが荒っぽいのは相変わらずである。
プロセラも、藤林三号が全壊しなければ問題無いだろうと割り切った。
二人の横ではザルバルドとファロが組み合わせを眺めつつ唸っている。
「GRORRRR」
「微妙そうねえ、ザルバルド。あたしはもう応援しかすることないけど」
「グレゴリーごとき俺様が四足になりゃあ」
「駄目よ」
グレゴリーは第六祭殿の僧正であり、灰色の肌を持つ巨漢の獣人だ。
同じく腕力勝負のザルバルドにとってはやりやすい部類。
ただし、ザルバルドは完全な森林竜の姿で戦うことができない。
本選では一部の化身魔法同様の扱いが適用され、サイズオーバーで失格になってしまうのだ。
会場を破壊されてはたまらないので、妥当な制限といえよう。
「二足かあ」
「八割方あんたの反則負けでしょうよ」
「ザルバルドは勝敗より周囲を破壊しない事を考えるべき」
「んなこたしねえ、俺様を何だと思ってやがる」
「すっごい怪しいよねご主人」
「ツキヨ、怪しいとはずいぶん控えめな表現だぞ」
「GROW!」
妥当な指摘を受け悔しそうに吼えるザルバルドを適当に流しつつ、指定された試合場所へと向かうプロセラ達。
元は十個以上あった本選用リングも今は四しか残っていない。
その分リング自体の広さが何倍にもなっているのだ。
好きに戦ってもらうためと、少しでも観客への危険を減らすための処置である。
ツキヨ、というか藤林三号の試合は昼からなので、今のところ二人は暇だ。
「ところでさ、リューさんは今日はいないのかな」
「来てると思うけど。
精霊契約者杯に出るって言ってたし」
「それなんだけどさツキヨ、昨日は精霊契約者杯開催されなかったらしいよ。
話聞いても今ひとつ意味がわからないんだけど、とりあえずフェルジーネが悪いとか」
「わかんないね」
「まあザルバルドの試合でも見ようか」
目の前のリングでは、グレゴリー僧正とザルバルドが互いに威嚇しながらポージングしており、大変に暑苦しい。
グレゴリー僧正はアナウンスを待たず既に覚醒している。
リングに上がった時着ていた、9フットの巨体が引き摺るほどに長く大きな僧衣は、いまや水着のごとく肉体に密着しており、破れないのが不思議な有様。
巨大な象を二足歩行に無理やり改造し、更に全身に筋肉を上乗せしたような悪夢的怪物。
それがグレゴリー僧正の覚醒した姿。
「冷血蜥蜴が俺を倒すなどと、笑わせるな!BARAAAG! 」
「GRONK!温かい肉は旨いらしいぜ、なあ!」
ザルバルドも負けてはいない。
違反を取られない限界まで森林竜の姿を発現させている。
棘だらけの灰色竜鱗で覆われた鋼の肉体、その全体的な印象は立ち上がった蜥蜴と言った所。
しかし、柱のごとき長く太い腕とそこから伸びる皮翼、そして鋭く捻じ曲がり挑発的に前方を向いたエメラルドの角。
明らかに蜥蜴などではない。
いかに二足歩行といえど、それはまさに伝説の竜だ。
身長とリーチはザルバルドに分があろう。
だがグレゴリーは横幅が大きい。
圧倒的膂力を想起させる盛り上がった筋肉と、鱗などという外付けに頼らぬ見るからに強靭な皮膚。
その威容は、リーチの差を補って余りあると思われた。
二人、いや二匹が今にも殴りあわんとした瞬間、試合開始が告げられる。
「グワーッハッハハ!
這い蹲った貴様に巡礼道の草を喰う権利をくれてやるのが楽しみよのう!」
まず仕掛けたのはグレゴリー。
衝撃波を伴う正拳がザルバルドの正中線を襲う!
「GROOO!欠伸が出るぜ!」
ザルバルドが跳んだ!
鮮やかに正拳を回避し空中で一回転、長い尾がグレゴリーを引き裂かんと振り下ろされる。
棘だらけの尻尾が曲線を描き、流れるように叩き付けられる様はまるで回転鋸!
「BARAAAG!」
拳を戻したグレゴリーが咆哮と共に目を見開く。
その眉間に魔力が集中、黒光りする金属防壁を生成!
恐ろしい尾は円形盾めいたそれに逸らされ、グレゴリーの横の地を打ち小さなクレーターを作る。
ザルバルドは落ち着いて尾を引き戻し、着地。
「けっ、臆病なことで」
「フゥーム?」
分厚い爪のついた四本の指で、拳を構え直すグレゴリー。
その胸元に、先ほどの黒光りする円形盾が浮いている。
別に念力で維持しているわけではない。
盾を構え、挑発的に揺らしているのは彼の太く長い筋肉質の鼻。
直後、生き物のように動く円形盾の縁がザルバルドを斬りつける!
だがザルバルドは悠然として動かない。
己の鱗がそのような半端な武器を受け付けないことを知っているからだ。
グレゴリーの攻撃で警戒すべきは魔法や小手先の技ではなく、その重量拳のみ!
「んなもんが俺様に効くと思ってんのか、アア?」
灰色の竜鱗が盾を弾き返す。
それによりグレゴリーに生まれたわずかの隙を見逃すザルバルドではない。
無造作に長い腕を伸ばし、盾を持った鼻を掴み、万力のような握力で爪を食い込ませた。
そのまま引きずり倒し、勝負を決めるべくザルバルドの肩が筋肉の緊張で盛り上がる!
「GRR……馬鹿力が」
だが、まだだ。
ザルバルドが呻く。
掴んだグレゴリーが、まるで動かせない。
そして!
「BARAAAAAAAA!!」
グレゴリーの巨大な雄叫びが会場を揺らす!
それは戦慄すべき光景だ。
伸ばした鼻をザルバルドに掴まれたグレゴリー。
だが結果はどうだ。
瞠目せよ、大鰐を軽々叩き殺すと言われる象の力を!
鼻一本で逆に弾き飛ばされたザルバルドが宙を舞う!
「クソ野郎!!」
バサバサと巨大な羽音を立て、空中で体勢を立て直すザルバルド。
血が上った頭を山颪が鎮め、冷静さを取り戻させてゆく。
彼はまだ若く、その棲家は森の中である。
しかし、確かに竜なのだ。
生まれながらに空の支配者である己が、地を這いずる獣などに遅れをとるものか。
ザルバルドの皮翼が勢いよく大気を打ち、一気に加速する。急降下!
迎え撃つは当然、大地を踏みしめ拳を構えたグレゴリー!
一瞬の後、二匹が交差する。
凄まじい激突音が響き、土煙が巻き起こった!
「BARR……中々に強力な、蜥蜴め」
「GRONK!GRONK!まだ立つか、畜生!」
正面から激突した二匹は、互いに弾き飛ばされリングに叩き付けられた。
が、どちらも致命傷ではない。
彼らの強靭な体は、そう簡単に行動不能にはならぬのだ。
二匹はほぼ同時に立ち上がった。
高加速の飛び蹴りを受けたグレゴリーの肩から胸にかけてが裂け、流血している。
しかし骨までは達していない。
覚醒獣人ならではの再生力と、暗黒魔法の力により体力はともかく傷は塞がりつつある。
一方のザルバルドは、カウンター気味に叩き込まれた恐るべきストレートパンチにより、腹部の鱗が破損していた。
生え変わるまでに丸一日はかかろう。
皮翼も片方が裂け、普段の数倍の魔力を消費しなければ飛べない状態となっている。
しかし、砕けた竜鱗はきっちりと仕事をこなし、内部の損傷は最低限だ。
残り体力的にはややザルバルドに分があるか。
二匹が拳を構え、じりじりと接近する。
「BARAAAG!」
「ROAR!!」
正面からの殴り合いだ!
肩を痛め、腕もやや短いが圧倒的に膂力で勝るグレゴリーと、リーチに優れ体力に余裕を残すが力で劣るザルバルド。
一進一退の攻防。
拳と足だけではない。
丸太のようなグレゴリーの鼻がザルバルドの首を打ち据え、よろめかせる。
だがその一瞬後には、ザルバルドの長い尾がグレゴリーの足を背後から絡め取った。
転倒したグレゴリーは鼻、右腕、左腕の変則三点倒立で跳ね起き、その勢いのまま破壊的重量のドロップキックをザルバルドに叩き込む。
竜鱗を失った腹にそれが直撃したならば、いかにザルバルドといえど確実に戦闘不能だ。
ザルバルドは一瞬の判断で仰向けに倒れこみ、起き上がりざまの強烈すぎる不意討ちを回避!
無事な方の皮翼を大きく振ってグレゴリーの追撃を制限しつつ、踊るような動きで起き上がる。
再び向き合い、咆哮と共に飛び掛る両者。
戦闘の余波でリングの周囲に撒き散らされる岩石や地面や衝撃波は、本選に出場していない僧正の結界によってどうにか防がれていた。
戦いの熱気が会場を包む。
「どっちが勝ちそう、ご主人?」
熱戦を眺めるツキヨが藤林三号の口を借りて呟く。
他の三試合は既に終了している。
互いに耐久力と体力に優れ、魔力の消費も少ない戦闘スタイルのため試合が長引いている。
「ザルバルドが反則して負けるか、普通に殴られて負けるかかなあ」
プロセラが生命感知を解析方面に向けて使用し、二匹の戦いを評論する。
見る限り、全力を出すとサイズ制限に引っかかるザルバルドが不利なようだ。
リング上では、グレゴリーがついにザルバルドを押さえ込んでいた。
「BARAAG!ようやく捕ったぞ、蜥蜴め」
「GRORRRRR!GRR! EEEEEK!!」
鼻をうまく使い、厄介な尾を押さえたグレゴリーがザルバルドに圧し掛かり、腕をねじりあげている。
抵抗するザルバルドの足の鉤爪がグレゴリーの皮膚を割くが、決して力を緩めぬ。
腕を二本まとめて圧し折る気だ!
さしもの竜鱗も継続的圧力には耐え切れない。
骨が軋む音がする。
「フハハハ!」
勝利を確信したグレゴリーの笑い声が響く!
彼は決して無傷ではなく、血塗れである。
だが、余裕がまったくないかと言えばそうでもない。
ザルバルドやプロセラは知らないが、グレゴリーにも化身魔法があるのだ。
たとえザルバルドが完全な森林竜の姿で襲ってきても、ねじ伏せられるはず。
互いにルール違反の奥の手を隠しているならば、ルール内での勝敗も全力と同じ。
絶対に負けられぬのだ。
「GRRRRR!」
「うぬ?!」
突然、ザルバルドの体が脱力した。
当然のようにグレゴリーが締め上げていた両腕の骨が折れる。
だが、様子がおかしい。
「GRRR……痛えクソ、木剋土、也、森林竜なめんじゃ、ねえ。
手前みてえな地虫に、負けるか」
グレゴリーが突如、泡を吹き痙攣を始めたのだ。
「ぐ、ゴボ……BARAAG!AAAUGHHH!」
腕二本を犠牲に捕縛を外し、勢いよく振り向いたザルバルド。
そのエメラルドの角がグレゴリーに突き刺さっている。
森林竜であるザルバルドは、若いこともあり魔法が得意でない。
まともに使えるのは竜が体に帯びる魔力を直接用いての飛行と肉体強化、不完全な変身、緩やかな自己治癒のみ。
他の竜のような炎も吐けず、嵐も起こせぬ。
ザルバルドの切り札は、魔法でも竜吐息でもない。
森林竜は角に大量の電気エネルギーを蓄えている。
その源は、樹に落ちる雷。
角は緊急時の活動エネルギーであり、森を雷から守る手段であり、奇襲的攻撃手段。
敵に接触して解き放つことで、風の魔法によるものなどとは比べ物にならぬ大電流を発するのだ。
それを体内に直接通されたグレゴリーが、意識を失い崩れ落ちる。
角を抜いたザルバルドが、しんどそうに立ち上がった。
倒れたグレゴリーの覚醒が解け、人型に戻る。
無意識ながらも呼吸があり、焼け焦げた傷口がじわじわと塞がってゆく。
何たる生命力であろうか。
先ほどまで輝きを放っていたザルバルドの角は白く濁っている。
グレゴリーを打ち倒すのに殆どの備蓄を使ってしまったのだ。
勝者決定のアナウンスが会場内に響き渡る。
敗れたグレゴリーは、このリングに結界を張っていたサリックス僧正が担いで去っていった。
適当に回復魔法をかけ、しばらく放置しておけば復活することだろう。
「GRONK!俺様の力を見たか、八強だぜ、なあファロ。
……すまね、追加の治癒をくれ」
リングから降りてきたザルバルドが、肉体の修復を開始する。
しかし角のエネルギーまで使い尽くしたためか、再生速度が極端に落ちていた。
なお種族的な耐久性が高すぎて、プロセラの他人再生は全く役に立たない。
駆け寄ってきたファロが、幻魔として溜め込んだ幽霊の力を一部開放して治癒を行う。
皮翼と骨はすぐに修復されたが、竜鱗だけは自然治癒でないと戻らないようだ。
「全く、勝敗なんかより角の力のが大事でしょうに。
後で親父さんに何言われてもあたし知らないわよ、ザルバルド」
「R-R-R、んなこた知るか、勝ちゃいいんだぜ、勝ちゃよ。
だがさすがに四強は厳しそうだぜ」
「来期にまた来ればいいでしょうが、馬鹿ねえ」
疲弊したザルバルドがファロを乗せ、一足先に第十祭殿へと戻ってゆく。
ふらふら飛ぶ大きな影は、じきに山の向こうへと消えた。
「予想外れたね、ご主人」
「あんな技があるとは知らなかったから、仕方ない」
「わたしも頑張ろ」
二人の視線の先では、本日の後半戦に向け急ピッチで会場の清掃と修理が進められていた。
一応試合観戦もしてるんですというお話。




